緊急避難と言え
話し合いが終わった時にはまだ午前中だったので、そのまま校庭へ移動して射撃訓練を行うことになった。訓練と言ってもただの試し撃ちで、みんなで銃の扱い方を勉強するという趣旨である。
もちろん、みんな銃を撃つのは初めての経験だったから、最初の内は興奮した男子が奇声を発したり、緊張した女子が悲鳴を上げたりして騒がしかったが、意外と早くみんな慣れてしまって、一部の者は射撃精度を上げようと頑張っていたが、殆どの者は使い方を覚えたらもう興味を失い、あっという間にお開きになった。
有理も撃ってみたが、なんというか、こんな簡単に人を殺せるんだなというか、そんな感じで、特にこれといった感慨は受けなかった。
その後は、研究所の前に放置されていた米軍の装甲車を動かしてみようという話になったのだが、意外にもこっちの方は訓練の必要がなく、すぐにみんな乗りこなせるようになってしまった。実を言うと、有理以外のクラスメートたちは、授業で教習を受けていたらしい。忘れがちだが、彼らは卒業後、日本初の魔法兵として自衛官に採用される予定なのだ。だから元々、大体の乗り物は乗りこなせるよう訓練されていたようである。
とは言っても、本物の装甲車を運転するのは初めてだったから、運転手のなりたがる者が多数現われ、最後は争奪戦になった。そんな感じで一通りの訓練が済んだ頃、学食で料理をしていた料理班の方も仕事を終えたらしく、飯が出来たと呼びに来たので、みんなで食事をしながら二回目のミーティングを行うこととなった。
異変が起きてから初めての食事で、料理長も気合を入れてくれたのか、味の方も評判良く、和気あいあいと話し合いは進んだ。
もう午後になっていたが、午前中に準備は出来ていたので、夏は日も長いから探索に行こうか? という話になった。とはいえ、流石に遠出は出来ないから、基地の周辺を見て回る程度である。
基地を出て暫く行くと住宅街が広がっており、いくつかコンビニやスーパーが点在していたので、そこでスナックや菓子パンなんかを調達しつつ、自分たち以外の生存者が本当にいないか探してはみたが、やはり予想していた通り、どこにも人影は見当たらなかった。
悪いとは思いつつ、民家にお邪魔して中を調べてもみたが、どの家もついさっきまで人が生活していた痕跡だけが残されていて、住人はどこかへ消えていた。何件か、犬小屋など動物を飼っていた形跡も発見したが、飼い主を失って鳴いているペットは居らず、どうやらペットも人間と共に消えてしまったようである。
そんなことをしている内に日が傾いてきて、近所の小学校から夕方を知らせるチャイムが聞こえてきたので、今日はここまでにしようと基地へ戻った。
料理班が夕食の準備をしてくれていたので有り難く頂戴し、寮の大浴場で一風呂浴びたら、何故かみんな部屋には戻らず男子寮のロビーに集まってきたから、女子も含めてトランプをやったり、持ち寄ったボードゲームを楽しんだりして過ごした。ゲームが終わっても誰も部屋に帰る者はなく、昼間調達してきたスナック菓子を広げて夜遅くまで雑談を続けた。
もしかすると不安だったのかも知れない。普段はどちらかといえば仲が悪いクラスメートたちが夜ふかししながら、いつになく仲良く遊んでいる姿を見ると、なんだか不思議な感じがしてしょうがなかった。
翌朝。今日は装甲車に乗って遠くまで探索に行くことにした。とはいえ全員でゾロゾロ行っても効率が悪いので、グループに分かれての行動である。
目的地は大雑把に三か所。まずは基地の最寄りでもある厚木周辺、そこから少し東へ行った辺りの町田・相模原地域、南に下って海沿いの湘南方面を探索する予定である。前日に電話が通じることは確認済みだったので、何かあったら連絡を取り合うことを約束しつつ、それぞれ学校を出発する。
有理は最寄りの厚木周辺の探索メンバーに入った。本当は学校に残って、改めて研究所を探索したかったのだが、里咲が関のグループと一緒に行くというので、腹立たしいから邪魔をしに来たのだ。
ところが、てっきり里咲にちょっかいを掛けてくると思ったら、意外にも関は彼女のことを苦手にしているらしく、有理が参加すると言うと、大歓迎で助手席に引っ張られた。なんでだろう?
野郎とのドライブを楽しめるわけもなく、男女のグループが和気あいあいと会話しているのを背後に聞きながら、装甲車は国道とは名ばかりの狭い幹線道路に入る。
夜になって忘れていたが、今日も空はやっぱり変な色をしていた。セピアの空は曇るでもないのにどんよりしており、まるで梅雨に戻ってしまったような気がした。
日本の狭い道にアメ車は少々手こずるかと思ったが、走り出してみれば自分たち以外に車はおらず、対向車線をはみ出してど真ん中を走れるから事故の心配は無さそうだった。
とはいえ、交通量はゼロでも、車が全く存在しないわけではなく、ところどころ路上駐車や民家の車庫に見かけることが出来た。もしかしたら、走行中の車両だけが消えてしまったのかも知れない。途中、カーディーラーを見つけたので立ち寄り、店の鍵を拝借して試乗してみたが、他の車も問題なく動いた。高級車に乗り換えようぜという関に、また今度にしろと肩を引っ張り先を急ぐ。
今回の探索も、やはり生存者の発見が一番だったが、もう昨日の時点でその可能性は大分諦めていたので、どちらかといえば未発見の物資の調達が目的だった。
最寄りの厚木駅周辺は閑散としていて期待外れだったが、隣の海老名駅は打って変わって凄かった。駅前が全部ショッピングセンターになっているだけでなく、それを取り囲むように何軒ものショッピングモールが林立しているのだ。もはやここだけで一生暮らしていけそうだった。
「うっひょおおーーーっ!! すげえな、これ全部、略奪し放題かよ!?」
「略奪じゃない、緊急避難と言え」
有理は店の商品を手当たり次第かごに詰めている関に向かって叫んだ。まあ、やってることは変わりないのだが、ニュアンスが違うのだ。
異変が起きたのが丁度開店直前だったからか、ショッピングモールの棚はどこもかしこも整然として隙間がなかった。人が居ないせいか、空調が効きすぎていて少々肌寒かったが、お陰で生鮮食品の鮮度も保たれており、まだまだ新品のままである。
バックヤードを覗けば巨大な冷凍室まであって、その中には大量の食料が保存してあるようだった。うず高く積まれた段ボールの中にはペットボトルの水と缶詰、米や小麦粉のような穀類も文字通り売るほどあって、昨日、自衛隊の物資を発見したばかりだが、もう用済みになってしまったようである。
笑ってしまうのは、これと同じようなモールがあと数軒も周辺に建っているのだ。
「物部さん、見てみて! ゆる◯ャン△」
売り場を確認していると、通路の反対側から里咲の脳天気な声が聞こえてきて、振り返れば彼女はキャンプ用品売場のテントの中に寝転んでいた。隣のワゴン車のルーフの下では、彼女の友だちがキャンプチェアで寛ぎながら優雅に紅茶を飲んでいる。その脇の『火気厳禁』の張り紙の前で、もう一人がコンロでお湯を沸かしていた。
「最近のキャンプ用品って凄いね。もうここで暮らせちゃいそう」
彼女は何気なくそう言ったのだろうが、有理もそれはありかなと思っていた。いや、キャンプがしたいわけではなく、このモールにこのまま住んでしまおうというのだ。
何しろここには有り余るほどの物資があり、ワゴン車が乗り入れられるくらいフロアも広い。足りないものは殆ど無いし、あってもすぐ隣りのモールに行けば手に入るはずだ。わざわざ基地まで持って帰る手間を考えれば、自分たちの方が移動してきたほうがずっと簡単だろう。
そう考えたのは彼だけではなく、他の地域の探索に向かったグループもだったらしい。暫くするとスマホに連絡が来て、彼らも行く先でショッピングモールを見つけたのだが、物資を回収しようにもその物量の前に途方に暮れて、もうこっちに住んだらどうかと提案してきた。
そんな彼らにこちらの状況を伝えると、だったら一度集まってどうするか決めようという話になり、急遽、学校まで取って返して、残っていた料理班を慌てさせた。
何があったか説明すると、彼らも大型冷蔵庫が欲しいと言い出し、満場一致で移住が決まった。続けて、それじゃどこに住もうかという議題の元、それぞれが見つけてきた物資の情報を交換している内に、結局、どこも似たりよったりだと結論が出て、だったら学校との行き来がしやすい海老名にしようと決まった。
その後は全員で引っ越しの準備をして、夕方までには粗方片付き、8台の装甲車に分乗して学校を出発した。私物を満載した装甲車が縦列になって進む光景は、まるで戦争映画さながらで、空の色がそれに拍車をかけていた。
マシンガンが取り外された銃座の上に座るお調子者の姿を眺めながら、車に揺られること約20分で目的地に到着。タクシープールに横付けした車から荷物を下ろして、今日から暫くの間お世話になる予定のショッピングモールに入る。
海老名駅周辺にはモールがたくさんあったが、移住先はその中でも一番大きな駅裏のモールに決めた。もっと中央寄りの、他とアクセスしやすい商業施設も検討されたが、そんなことよりもやはりデカさが決め手となった。アポカリプス映画でもモール暮らしは定番である。ゾンビさえ出てこなければ。
4階まで吹き抜けになっているエントランスホールを抜けてメインストリートに入ると、その両側に何百メートル先までずらりとテナントが並んでいる。みんなで案内板を見ながら、それぞれ好きな店を決め、そこをプライベートな個室にしようと決まった。
中には寝具売り場を住まいにして、ダブルベッドを独り占めして喜んでいる者もいたが、大体みんな仲が良い者同士で近所に住んで、外に出入りしやすい1階に集中していた。有理は調べ物がしやすいだろうという理由から4階の本屋に決めたが、フロアが広く従業員も多かったからか、バックヤードも広くて結構快適である。
その日は引っ越しの準備で時間が取れなかったから、夕食はフードコートにあった食料で済ませた。基本的にこの手のチェーン店はその場で調理しているわけではなく、レトルトをチンしてるだけだから、スキルがなくてもなんとかなった。
風呂は併設のフィットネスジムで済ませ、その後は駅前のシネコンまで出掛けていって、最新の映画の鑑賞会をした。あの魔法学校に入ってから、シャバに出るのも大変だから、新作映画を大スクリーンで見れるのはとても嬉しかった。映写室は全部デジタルで、昔の映画みたいにフィルムがカラカラ回ったりしてなくてちょっと残念だったが。
大迫力の立体音響を堪能して寝ぐらに帰ると、残っていた関たち男子がモール全体を使った鬼ごっこをして騒がしかった。案の定、生徒会長に怒られた彼らはワイワイ外へ飛び出して、今度は駅前でスケボーをやったり楽しそうに過ごしていた。
相変わらず近所迷惑だったが、今は迷惑を掛ける近所もいない……悲壮感を漂わせているよりはこっちの方が良いだろうと、それ以上は気にも留めず、その日は疲れが溜まっていたのか、イヤホンで音楽を聞いている内に、いつの間にか眠りに落ちていた。




