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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第五章:俺のクラスに夏休みはない
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今日から夏休み

 人が消えてしまった学校の中を、クラスメートたちは当てもなく歩いていた。みんな最初は探せば何か見つかるんじゃないかと思っていたが、どこもかしこももぬけの殻で、人の気配がすると期待を込めて走り出せば、そこにいたのは同じクラスメートで糠喜びをするということを繰り返している内に、気がつけば約束の1時間が過ぎていた。


 少し遅れて帰ってきた有理たちが教室に入ると、既にクラスメートたちは全員集まっていた。中には探索を早々に諦めて、さっさと戻ってきた者もいたらしい。みんな、これからのことを考えると不安なのだろうか、暗い顔をしていて、お通夜みたいな状態だった。


 その顔を見ただけで何も収穫がなかったことは分かったが、情報交換をしないわけにもいかないので、みんなそれぞれ発表し合うこととなった。


 そんなわけで仕切る人間が必要になったのだが、普通なら人選で揉めそうなところ、たまたま生徒会長がいたのですんなり決まった。マナは少し不満そうだったが、文句を言っても始まらないので、黙って教卓の前に立った。


 その後、少々ぐだつきもしたが、取り敢えずみんなが持ち帰った情報は以下の通り。まず、小一時間ほど学内をうろついたが、誰も何も発見出来なかった。どこへ行っても自分たち以外に人間は存在せず、特に目につく異変や異物は見つからなかった。いや、はっきりと目に見える空の色の変化はあったが、逆に言えばそれくらいで、他に目立ったものはなかったらしい。


 蝉の声が聞こえなくなったが、虫が居なくなったわけではなく、よく見れば鳥も飛んでることから、消えたのは人間だけと推察される。蝉が鳴かなくなったのも、多分、気象条件かなにかではなかろうか。心做しか、気温もいつもより過ごしやすいような気がする。


 そんな中、朗報と言っていいだろう。今まで通り電気は使用可能で、照明もクーラーも問題なく使えるようだった。ガスも水道も滞り無く供給されており、シャワーを浴びることも可能である。更には電話もネットも通じていて、お互いに連絡を取り合うことも出来て、動画投稿サイトなんかも視聴出来たが、残念ながらSNSで助けを求めてみても、誰からも返事は帰ってこなかった。


 どうやら、ネットは繋がるけども、リアルタイムの更新はされていないようである。まだ試していないが、多分、テレビは映らないだろうし、待っていても、明日の朝刊は届かないだろう。


 やはり自分の生活空間は一番気になるのか、寮の部屋を見に帰った者は多かったようだが、特に何事もなく、部屋は朝に出かけた時のままだったそうである。取り敢えず、今晩は寮で過ごしても問題無いだろう。


 また、有理と同じように食料が気になった者も居て、彼らと情報共有をした結果、基地には潤沢な食料が備蓄されていることが分かった。寮や学校の食堂の他にも、自衛隊の施設にも米や芋や根菜などの日持ちがする食材が沢山あったらしく、それらをかき集めれば、一年だって余裕で保ちそうだった。


 ただ問題は、それらは食材であって料理ではないことだ。異変が起きたのが朝だったから、寮の食堂は片付けられたばかりであり、学食は仕込みもしてない状態だった。しかし、幸いなことに、クラスには中華料理屋の息子が居て、料理に関しては彼に一任すればなんとかなりそうだったので、張偉が頼んでくれたのだが、


「俺は絶対嫌だぜ」


 取り付く島もない態度に、張偉は困惑気味に続けた。


「なんでだ、(チン)? このクラスにおまえの他に厨房を仕切れる者はいない。お前が頼りなんだぞ?」

「あのよ、張偉(チャンウェイ)。簡単に言ってくれるけど、このクラスには30人近くの人間がいるんだぞ。こんだけの大人数の料理を用意するのがどれほど重労働なのか、分かって言ってんのかよ。朝から晩まで1日中料理し続けたって終わらねえよ」

「なら俺も手伝うから」

「そういうこと言ってるんじゃねえよ。どうして俺がそんな面倒なことをやんなきゃなんないのかって言ってんだ。それに、その料理は誰が食べるんだ。おまえや仲間ならともかく、日本人どもにくれてやるのは残飯すらねえよ」


 陳の言葉にクラス中が紛糾する。


「なんだとこの野郎!」「日本人だとか中国人だとか、緊急時にそんなこと言ってる場合か!?」「今はみんなで協力する時だろう」「一人だけそんな勝手が許されると思ってるのか!!」


 特に関を始めとするヤンキーグループの怒りは激しく、クラスは一触即発の様相を呈してきた。そんな中で有理は一人、弁護するよう彼の側に立って、


「まあ、待て、落ち着け。彼の言うことも尤もだ。無理強いは良くない」

「あ!? パイセンもこんな時に我儘が許されると思ってんのかよ?」

「いや、こんな時だからこそ、嫌なことははっきり断れなきゃ駄目だろ。お前らだって、緊急時だからって、いつも喧嘩してる中国人たちと仲良くしましょうって言われても、本当は嫌なんだろ? 今までのわだかまりは捨てて、彼らに頭を下げて協力しましょうって言われたら、納得すんの?」

「それは……」


 有理の言葉に、いつも喧嘩をしている双方が黙りこくる。


「どんな状況だろうと、嫌なもんは嫌なんだよ。それを緊急時だからって無理強いしても、いいことなんて何もない。彼の心が傷つくだけだ。逆に、お前らだって嫌なら嫌って言っていいんだよ。お互い、譲れないものは譲れないで、その上で協力していけばいいんじゃないかな」

「でもパイセン。あんたが飯は大事だからって、真っ先に食堂調べたんじゃないかよ」

「それは人間、飯を食わなきゃ生きていけないからで、美味いものを食いたいからじゃないだろ。ぶっちゃけ、俺だって米くらい炊ける。あと肉を焼くくらいも」

「あ、私もお味噌汁なら作れます……」


 有理の話を聞いていた女子の一人が、控えめに手を上げて発言する。それを見て、憤っていた連中は、不承不承といった感じに矛を収めて席に戻った。有理はそれを見届けてから、


「この近所にだってコンビニくらいはある。美味いものを食いたいんだったら、そこでレトルトとかカップ麺とか調達すりゃいいんじゃないか」

「物部は、学外も調べたほうがいいって言うのかよ?」


 クラスの中から疑問の声が上がる。有理は彼に向かって頷くと、


「ああ、どうせこのあと言おうと思ってたんだけど……この異変も、学内だけで片付く問題なのかよく分からない。そして、いつまで続くのかも分からない。あと、単純に気になるから、そのうち外には出てかなきゃならないと思ってる。そこで提案なんだけどね?」


 彼はそう言ってから、廊下に隠しておいた米軍の装甲車から調達してきた銃を取り出してみせた。


 黒い光沢のある殺傷兵器をいきなり目にして、クラスメートたちはどよめいた。そのうちの何人かはバツが悪そうに顔を伏せたところをみると、どうやら気づいていながら報告しなかった連中が何人もいそうだった。有理はそんな連中には気づかないフリをしながら、


「椋露地さんが言ってた通り、なんか研究所の方に米軍が来てて、こんなものを置いていったんだ。装甲車もある。ここは自衛隊の基地だし、探せばもっとあるかも知れない。どちらにせよ、これから外を調べに行くに当たって、身を守る方法があるにこしたことはないから、これをみんなに配ろうかと思うんだけど」

「銃を? 物部は外はそんなに危険だと思ってるのか?」

「分からない。それは分からないよ。もしかしたら危なくないかも知れないし、こんなものは必要ないかも知れない。だから、要らないって人は無理に持たなくてもいい。でも、最低限、ひとり一丁くらいは持っておいても損はないんじゃないか?」


 有理の提案にまた全員が黙りこくった。彼の言う通り、中にはそんな物騒なものを持ちたくないと思う者もいたかも知れない。でも、他のみんなが持っているなら、やはり自分も持っておきたい。そうでないと不安だ。


 そんな消極的な理由で、結局、全員が銃を携帯することに同意した。関みたいに能天気に喜ぶ者が大半だったが、女子の中には不安そうにしている者もいた。そしてもちろん、みんな銃なんて撃ったことはなかったから、使い方を教えてくれという者が続出し、このあと校庭で試し撃ちをしようという話になった。


 そしたら自然に、外を探索するなら足も必要だろうから、装甲車も頂戴しようという話になって、誰が運転するのか、俺が運転したいと手を挙げた者が集まって、ジャンケンで運転手を決めたりしているうちに、最初の暗い雰囲気はどこかへ消えてしまっていた。


「物部、ちょっといいか?」


 そんな感じに、教室が和やかな雰囲気になってくると、さっきは料理するのを嫌がっていた陳がふらりとやって来て、


「さっきは断ったが、やっぱり俺が料理をやってもいい」

「え、ホントに?」


 彼は頷いて、


「ああ、さっきは俺だけ仕事を押し付けられるのが嫌だったんだ。みんなそれぞれ仕事があるなら話は別だ。他の奴らが外に行ってる間、俺はここに残って料理をするよ」

「あ、だったら私も料理に回りたい」


 陳が料理役を買って出ると、それを聞いていた数人の女子も後に続いた。外には危険があるかも知れない。誰も彼もが探索をしたいわけじゃないから、適材適所ということだろう。


 そんなわけで、今後は探索班と料理班に分かれて拠点運営をしていくこととなり、方針が決まったことで締めの言葉欲しいと頼まれ、何故か有理がみんなの前で話をすることとなった。マナや張偉のほうが向いてると思うのだが……まあ、年功序列だと観念しつつ、彼は教卓の前に立つと話し始めた。


「えー……気がついたら俺達は、世界から取り残されてしまっていました。これが一過性のことですぐに終わるかどうかも、助けが来るかどうかも、何もかもまだ分かりません。ただ、米軍が学校に来ていたことからして、恐らくあそこで何か起きたことは間違いないでしょう。今後、この謎を解いていくつもりではあるけれど、それまでぼんやりと待ってるわけにはいかないので、みんなには大変かも知れないけど、この生活が少しでも快適になるよう、暫くの間ご協力ください」


 有理はそこまで話したところで、ふと思い出したように、


「……そういえば、今日から夏休みだったんだよな。そう考えると案外、これは一足早いバカンスとか、サマーキャンプみたいなものなのかもね。正直なところ、考えすぎたり、不安がってても何も始まらないんだから、それくらいの軽い気持ちでいたほうがいい。大丈夫。俺も今まで何度か魔法絡みでひどい目に遭ってきたけど、最終的にはなんとかなったから、きっとみんなも上手くいくよ。まあ、そんな感じで、頑張っていきましょう!」


 彼の宣言が終わると教室中から自然と拍手が起こった。思い返せばこの中で一番能力が低いのは間違いなく彼なのだ。彼はこの学校で一人だけ魔法が使えず、実技ではいつもおミソ扱いだった。何ならイジメの対象ですらあった。


 そんな彼が全然不安がっていないのだから、いつも武張っている自分たちが怖気づくわけにはいかないだろう。こうして思いがけずクラスは結束し、こんな理不尽な目に遭っているわりには、いつの間にか誰も不安も不満も抱かなくなっていた。


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