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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第五章:俺のクラスに夏休みはない
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Dragon's coming back

 銃声が轟く数分前、米兵たちは研究所内に残っていた日本人研究者たちを追い出すと、有理の研究室へと足を踏み入れた。訓練どおりに部屋の隅々に散っていった兵士たちは、静かな制動音を立てるサーバーを前に戸惑いを見せていた。


 このような作戦経験がなかったというわけではない。そうではなくて、同盟国の防衛軍の基地内にある重要施設を、無理やり接収しているという行為に忌避感を覚えていたのだ。個人的な感情はともかく、彼らアメリカ人は少なくとも自衛隊は味方だと思っていた。なのにどうして仲間にこんな真似をしなければならないのだろうか。


『俺達は何をやらされてるんですかねえ、大尉』


 無数にあるサーバーラックの間をうろうろしていた兵士がぼやいた。彼は手にしたメモを見ながら、ラックに収められている機材の型番を一つ一つ確かめながら移動していた。


『口を慎め、軍曹。作戦中の私語は禁止だと何度言ったら分かるんだ』

『大尉だって本当はこんなことやりたくないんでしょう?』

『口を閉じろと言ってるだろうが……命令だから仕方ないだろう。我々軍人は上からの命令には逆らえない。逆らったらもう軍隊じゃなくなるからな』

『命令だからって、納得いきませんよ。なんでもこの作戦……あの大統領の命令だって噂じゃないですか。それって、本当なんですか?』

『俺は知らんよ。いいからその口を閉じて作業に戻れ。大体、本当に大統領命令なら、こんな会話をしていたら軍法会議ものだぞ。作戦中の会話が記録されてることはお前だって知ってるだろう』

『へいへい、分かってますよ……おっと、危ない。あったあった』


 理不尽な命令に渋々頷いていた軍曹は、一瞬、行き過ぎようとしていたラックに、目的の型番があるのを発見した。ここに渡されたUSBメモリを差し込めば、あとは機械が勝手にやってくれるらしい。何をするかは知らないが、これでお役御免なら安いものだろう。彼は言われた通りにUSBメモリを差した。


『大尉! 完了しました!』


 彼がそう言うと、部屋のあちこちに散っていた隊員たちが部屋の中央に集まってきた。大尉はそんな部下たちに見守られながらモニターの前の椅子に座ると、マウスとキーボードで端末を操作し始めた。


 USBメモリに仕掛けたプログラムがセキュリティを解除した後、ペンタゴンにあるサーバーが、ここを乗っ取る予定になっていた。噂ではここ数日、何度もアタックを掛けては撃退されたシステムらしいから、果たして上手くいくだろうかとみんなが息を呑んで待ち構えていると……どこからともなく少女の声が聞こえてきた。


『警告。当システムは現在、何者かの攻撃を受けています。警告。ルーターからの応答がありません。回線が遮断できません。警告。推論エンジンに改ざんの兆候が見られます。メインメモリーチェックを開始。至急、ハードウェアの確認を推奨します。警告。当システムが既に何者かの侵入を許している確率、99%』


 端末は暫くの間、そうやって警告を発し続けていたが、やがて、


『有……理……』


 そう一言残して沈黙した。どうやら上手く行ったらしい。大尉はホッと溜息を吐くと、部下たちに次の指示を出すためにくるりと椅子を回転させ、


『よし、作業完了だ。後はこの研究所を立ち入り禁止に……って、どうしたんだ、おまえたち?』


 部下たちに次の命令をしようとしていた彼は、その途中で彼らの様子がおかしいことに気づいた。彼らは大尉のことなど眼中になく、明後日の方向を見ては驚愕の表情を浮かべている。


 何をそんなに驚いているのだろうかと、不思議に思った大尉がその視線の先を追って振り返ると、たった今まで自分が操作していた端末のモニターが変形し、何かがその中から突き出しているように見えた。


 それは例えるなら、焼いた餅が真ん中から裂けてぷくっと膨れるような、そんな感じに、モニターの中から何かが飛び出してこようとしていたのである。


 これはなんだ? と大尉がその物体に手を触れた直後、彼は自分の肩に激痛が走るのを感じた。


 モニターから出てきた物体は、その後、急速に形を変え、巨大で凶悪な爬虫類の顔へと変貌した。硬い鱗に覆われた頭部からはヤギのような角が突き出し、黒目だけの瞳がじっと兵士たちを見下ろしている。人間を一飲みにするほど巨大な口からは、鋭利な牙が何本も突き出していて、ヘモグロビンの酸味を帯びた口臭と、獣特有の鼻を突くような悪臭が部屋に立ち込めた。


 もし、あんなものに襲われたら一溜まりもないだろう。そんな巨大な爬虫類の顔が、たった今自分が出てきたモニターの前に居た大尉に躊躇なく噛みついた。


 いきなり頭から丸ごと噛みつかれた大尉は、一瞬にして視界を奪われ、自分が何をされているのかも分からなかっただろう。彼は暫くの間、痛みにのたうち回るように藻掻いていたが、やがてゴリゴリとコンクリートを砕くような咀嚼音がしたあと、彼だった物の下半身だけがボトリと千切れて床に転がった。


『うわあああああああああーーーーっっ!!!』


 それを見た兵士の一人が悲鳴を上げて駆け出した。この状況下で、正しい行動を咄嗟に取れたのは彼だけで、他の兵士たちは眼の前の光景にただ呆気に取られるばかりで中々動けなかった。


 軍曹は、大尉の死体を見ながらジリジリとすり足のように後退していたが、やがて正気を取り戻すと、さっきの兵士と同じように逃げ出そうとして、滑って転んだ。立ち上がろうとしたのだが、足が震えて動かない。彼はそのまま這いつくばるようにして必死に部屋から出ようとした。


 モニターから出てきた爬虫類の顔は、その後、向こう側に残してきた体も引きずり出そうと藻掻き始め、まるで風船がリングを通り抜けるが如く、巨体が狭いモニターをくぐり抜けてきた。そんな冗談みたいな光景を見た兵士の一人が銃を乱射したが、硬い鱗は傷一つ負うこともなく、寧ろその痛痒に苛立った怪物は、自分を傷つけようとしたその兵士を一薙ぎで肉塊へ変えた。


 バシャッと打ち水のごとく血が噴出する。


 もはやパニックになった兵士たちは背後に銃撃をばらまきながら、我先にと部屋から飛び出していく。モニターから這い出てきた怪物は、逃げ惑う小虫たちを追いかけようとして研究室のドアへと突進したが、今度はさっきみたいな理不尽なことは起こらず、狭い入口に激突した彼は、ゴゴン! ゴゴン! と地震のような振動を立てながら出入り口を破壊すると、研究所のエントランスホールへと躍り出た。


『ドラゴンだ!!』


 四方八方から浴びせられる銃撃の中で誰かが叫んだ。破壊されたコンクリート片が辺りにばらまかれ、もうもうと砂煙が舞うエントランスホールの中で、やがてその霧が晴れた向こうに現れたのは、確かにドラゴンだった。


 ニューヨークを襲った、あのドラゴンだった!


***


 椋露地マナは一心不乱に駆けていた。


 講堂で集会の準備をしていたら、何故か米軍が学校に来ていて。それを不安がる生徒会メンバーや、教師たちに頼まれて様子を見に行けば、そこに桜子さんが居て、有理の研究室が大変なことになってるから彼に伝えてほしいと頼まれた。


 どう見ても穏やかじゃない光景を目の当たりにして、理由を聞かずに駆け出せば、まだそれほど走ってないところで、突然、背後から銃声が聞こえてきて、まさかと思って振り返れば、エントランスがパニックになっていた。


 ここからでは何が起きてるか分からなかったが、とんでもないことが起きていることだけは確かだった。銃声は断続的に続いている。自分が行ったところでやれることはないだろうし、とにかく当初の予定通り、早く有理に伝えたほうがいいと思った彼女は、また慌てて駆け出した。


 講堂の前を通り過ぎて学校の校舎に飛び込むと、職員室や校長室のある一階の廊下を駆け抜けて、階段を登って自分の教室の前の廊下へと辿り着いた。ゴム底の上履きがリノリウムの床を蹴るキュッという音が鳴り響き、自分の足音だけがパタパタと反響する。いくつもの教室の前を駆け抜けながら、そんな音を聞いていたマナは、ふと、違和感を覚えた。


 何故だかさっきから、やけに周囲が静かすぎるような気がする。


 そう言えば、あれだけ盛大に聞こえていた銃声も、校舎に入った辺りでぱったり止んで、今は全然聞こえてこない。それは距離があるからかも知れないが……耳障りだったあの蝉時雨も、気を抜くと意識が飛びそうになる夏の暑さも、気がつけばいつの間にか止んでいて、外は静寂に満ちていた。


 なにかがおかしい……そうやって意識してみれば、教室の中から聞こえてくるはずの声も聞こえてこず、校舎の中は人の気配が全く感じられない。まさかと思って、すぐ近くの教室のドアを開けると、中は人っ子一人おらず無人だった。隣の教室も、隣の教室も、みんな空っぽだ。


 流石にここまで来ると異常事態が起きていることは明白だった。それを確かめるためにも、すぐに外を確認した方がいいと思った彼女が渡り廊下へ飛び出ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。


「なに……これ……?」


 外に出た瞬間、妙な違和感に襲われた。気になるのは景色というよりもそれを包み込む光の方で、視線を上に向ければ、彼女の目に映った空の色が、何故かセピアのように色褪せて見えた。それはどんよりとした暗雲が立ち込めているわけではなく、本当に空が経年劣化で茶ばんでしまったようにセピア色だったのだ。


 これは明らかに尋常ではない。また、おかしなことに巻き込まれているのだ。


 また……


 彼女がそれに思い至った時、真っ先に物部有理の顔が脳裏を過った。こんなおかしな現象が起きたのは、またあいつのせいじゃないのか?


 そんな具合に理不尽な憶測を立てていると、その容疑者の声がどこかで聞こえたような気がした。ハッと顔を上げれば、渡り廊下の向こう側、主に上級生の教室が並んでる棟から人の気配がする。


 それは丁度、彼女が向かっていた有理の教室で、もしかすると彼もまたこの不思議な現象に巻き込まれているかも知れないと思った彼女は、キュッと地面を蹴ると、校舎の中へと駆けていった。


 そんな彼女の姿を、高いビルの上から見下ろす影があった。この基地内で一番高い研究棟の屋上の更に上の上空に、赤い髪の男がプカプカと浮かんでいた。


 彼は娘が慌てて駆けていく姿を見送ると、自分の役目はここまでだといった感じに頷いたかと思えば、シャンと鈴の音を一つ残して、虚空へと消えた。


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ただいま拙作、『玉葱とクラリオン』第二巻、HJノベルスより発売中です。
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有理は「巻き込ませ型主人公」だったのか…!
大尉「マミられた」
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