定説破りの男
高尾メリッサ殺害事件、そして魔法学校襲撃事件はアメリカの手によるものだった。まだ絶対とは言い切れないが、米軍が強引に事件に介入してきたことを考えれば、十中八九間違いないだろう。
せっかく捕らえた犯人を頭越しに連れ去られてしまった内調は激怒し、すぐに大使館を通じて抗議をしたそうだが、向こうは知らぬ存ぜぬの一点張りで、内閣もまた外交問題に発展するのを嫌がって、自制するよう求めてきた。こうなると宮仕えには何も出来なくなるが、かと言ってメンツを潰されてこのまま黙っても居られず、宿院青葉たちは制止する政治家たちを煙に巻きながらコソコソなにか調べているようである。
そんな感じに周りが騒がしくする中で、被害者である物部有理に何が出来るわけもなく、いつも通りの生活を続けていた。そして、もう一人の被害者である鴻ノ目里咲もまた、事件後も自衛隊に保護される形で魔法学校に留まっていた。
普通に考えればもう拘束される謂れはないのだろうが、世間的に彼女はまだ死んだことになっているので、ぷらぷらと外を出歩くことも出来ず、また、結局のところアメリカの狙いが何だったのかが、まだはっきりしておらず、彼女の身の安全を考えると引き続き保護しておかねばならなかった。まあ恐らく、彼女ではなく、有理の方が狙われたのだと思うのだが……
と言うか、有理自身は狙われたのは自分ではなく、メリッサなのではないかと思っていた。メリッサとは、声優の高尾メリッサのことではなく、AIのメリッサの方である。それも、有理が子供の頃からせっせと作り上げたメリッサではなく、彼女に成りすましていた偽物のことである。こうして字にするとややこしいが。
実際にややこしい問題だった。あの成りすましが何者だったのかは分からないが、状況からして今回の入れ替わりに、あの偽メリッサが関与していたのは明らかだった。
里咲と入れ替わる前、有理は確かにメリッサの一次記憶を止めていた。ところが、そうなっては何も出来ないはずの彼女が、帰ってきたら稼働していたのだ。こんなの、どう考えても誰かの手が入ったと考えるしかないではないか。だから成りすましに気づけたわけだが。そして成りすましていたからには、彼女が入れ替わりを発生させたと考えるのも妥当だろう。どうやったのかはさっぱり分からないが。
そして、こんな不思議な現象を引き起こせるのなら、神奈川の大停電を起こしたのも、またこの偽メリッサだったのではないかと考えるのも筋ではないか。ぶっちゃけ、有理は魔法適性が高いと言われているが、未だに自分が魔法を使えるとは思えなかった。いや、あのゲームから持ち出してきた語魔法なら使えるのだが、桜子さんが使ってるような、本格的なルナリアンの魔法はやっぱり使える気がしない。
ところが、そんな有理が唯一魔法を使ったと思われてるのが、あの神奈川の大停電の時なのだ。彼は巨大な重力を生み出し、その影響で神奈川県全域の電子機器を飛ばした。しかし、あの時、有理は死にかけていて、意識が混濁していた。だから後になって自分が魔法を使ったと言われても、さっぱり実感がなかった。実際、その後何度検査されてもおかしなところはなく、学校に帰ってきても、相変わらず魔法は使えなかった。
だが、もしあの時、魔法を使ったのは有理ではなく、偽メリッサだったと考えればどうだろうか? 人間の精神を入れ替えてしまえるというような不思議な能力を持つ彼女なら、大停電のときの超常現象を起こすこともまた可能なのではないか。それで彼女はあの時、何をしたのかという疑問は残るが……
ともあれ、未だに無能力者である有理が魔法を使ったと考えるよりは、彼女が使ったと考えたほうが理に適っているだろう。問い詰めた時、彼女もそれを否定しなかった。
そして、こう決め打ちしたところで一つ、疑問が残る。彼女はいつから有理の周りをうろついていたのだろうか? 魔法学校に入学した時から? それ以前? もしかして、東大の合格発表を見に行った時にはもう居たんじゃないか。
魔法を使ったのが彼女だとすれば、どうして有理の魔法適性は高いのだろうか。もしかして、M検の結果は有理の適性値を表していたのではなく、彼女の存在に反応していたのではなかろうか。実際には、有理には魔法適性なんか無くて、あれは彼女の数値だったのだ。そう考えれば、今の自分が無能であることと、辻褄が合うんじゃないか。
そう思って、有理は事件後に自分から再検査を申し出た。またアホな現象に巻き込まれていた彼のことを、科学者たちももちろん検査したがっていたから、再検査はすぐに行われた。そして結論から言えば、確かに彼のM検の検査結果は変わっていた。
「おおおおーーーっ!! なんてことだ! こんなの初めて見た!!」
再検査の結果を手にした科学者たちはその数値を見ながら、興奮気味に議論を始めた。口角につばを飛ばし、ランランと目を輝かせる彼らの姿は、まるで新しいおもちゃを与えられた子どものようだった。
「またオレ何かやっちゃいました?」
診療台の上からそんな彼らの姿を見ていた有理の声に答えるものは居なかった。彼は狂喜乱舞する科学者の姿を不安そうに眺めていることしか出来なかった。
***
「返す返すも君は特異な人ですね。君が現れてから、魔法学の定説がいくつ覆されてきたことか。来年にはもう名前が教科書に載ってるでしょう、きっと」
検査後、一人蚊帳の外の有理が手持ち無沙汰にパックジュースをチューチューやっていたら、徃見教授がふらっとやってきた。彼はたった今出力してきた有理の検査結果のペーパーを指でペチペチしながら、
「物部君が言う通り、確かに君の魔法適性値は変動していましたよ。ただ、君の予想とは裏腹に、数値が減るどころか逆に増えていたんです」
「……増えた?」
「ええ。元の数値が大きかったから、それと比べれば微々たるものですが、変わったのが分かるくらいには、はっきりと」
「それって珍しいことなんですか」
「珍しいどころか、今まで一度も無かったケースですよ」
教授は大仰に頷いてからまた興奮気味に続けて、
「授業でもやったと思いますが、M検の結果は術者のマジックフィールドの大きさに依存しています。ルナリアンは、我々のスケールでは殆ど反応しないニュートリノという物質を捕らえるために、重力場を形成します。それがマジックフィールドですね。その大きさは術者固有、生まれつきのもので、生涯変動することはありません。それが、いつまでもシヴァ王が最強と言われている根拠でもありました。ところが、君はこの数値が変動しているんです。これはあり得ないことですよ」
「変動するとまずいことでもあるんでしょうか……?」
有理が恐る恐る尋ねると、
「さあ、まずいかどうかは、今までに無かったことですからなんとも言えませんね。これからどうなるか経過観察が必要ですよ。僕としては特に何も無いと思ってはいますが……しかし……」
「しかし?」
教授はどこか煮えきらない感じである。なにか考え事をしているようだ。有理が続きの言葉を促すと、彼は考えながら話すようにゆっくりと、
「いやあ……もしかすると、魔法適性値の変動は、今までにもあったことなのかも知れないと、そう思いましてね」
「……? さっきと仰ってることが真逆になってますけど」
「ええ。もちろん分かってます。ほんの思いつきだから、本当なら君にこんなことを言うのも筋違いなんですけど」
「もしかして、俺の検査結果に、何かおかしなとこでもありましたか?」
教授の歯切れが悪くなったのは、有理の検査結果を見てからだ。彼が尋ねてみると、教授は慌てて否定するように、
「いいえ、検査結果には何もおかしなことはありません。まあ、物部君が叩き出した数値が異常だってのは確かですけどね、今更ですからね」
「はあ……」
「気になったのは、数値が変動した初のケースが、君だったってことです。物部君は、両親が共に日本生まれの、生粋の地球人ですよね?」
有理は頷いた。魔法は異世界の住人であるルナリアンが持ち込んだ謎の力だ。だから、今まで魔法が使えるのは異世界人と、その混血に限られると思われていた。ところが、そう思ってたところに、地球人である有理が魔法適性を示したものだから、魔法界隈は大騒ぎになって、そして彼はモルモットとなったわけだが……
「いえね? 今まで、数値が変動しないことを確認してきたのは全てルナリアンなのですよ。そもそも、M検は魔法が使えない人には反応しないのだから、当たり前ですよね。そして第2世代の研究が始まったのはつい最近のことで、彼らの魔法適性値はまだそれほど調査されていません。多分、物部君のほうが、学校の誰よりもこの検査を受けていると思いますよ。その君の数値が変動したのは、何か示唆的ではないですか」
有理はその言葉でピンときた。
「あ、もしかして……ルナリアンは変動しないけど、地球人や混血は変動するかも知れないってことですか?」
教授は頷いて、
「もちろんただの憶測ですけどね。調べてみる価値はあるかも知れません……ここ最近、急に地球人の中で適性を示す人が増えたのも、もし数値が変動すると考えればありえなくもない話じゃないですか。まあ、一人見つかれば複数見つかるってことはよくありますし、ただの偶然かも知れませんが」
「なるほど……第2世代ならあの学校にいくらでもいるし、調べるのは簡単でしょう。試してみたらどうですか。俺からも学校の先生に頼んでみますよ。気になるし」
「そうですねえ……なら、やってみましょうか?」
そして数日後、本当に魔法学校の生徒を巻き込んで、大々的な検査が行われる運びとなった。有理と教授がお茶を飲みながら、ほんの思いつきで始めたような実験ではあったが、しかしその結果は割と衝撃的なものであった。
教授が予想した通り、第2世代の中には、入学時から魔法適性が変動している者が少数ながら存在したのだ。これによって、今まで不変と思われていた魔法適性値は可変であることが証明されたわけだが……
ところで検査結果はこれに飽き足らず、もう一つ気になる兆候もあぶり出していた。魔法適性値が変動していたのは全生徒ではなく、かなり偏りがあったのだが、その人物を並べてみると奇妙な共通点が見つかったのだ。
具体的に、適性値の変動が見られたのが誰かと言えば、生徒会長の椋露地マナ、張偉、関、そして有理のクラスメートに偏っていた。更に言えば、その人物とは皆、あのVRゲームで遊んだことがある者ばかりだったのである。




