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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第四章:高尾メリッサは傷つかない
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そして歴史は繰り返す

 本郷三丁目の古い雑居ビルの中で、マネージャーの藤沢は忙しなく歩き回っていた。そろそろアフレコの開始時間が迫ろうと言うのに、所属タレントの高尾メリッサがいつまで経っても現場に来ないのだ。


 昨晩は連絡事項をチャットに流して、既読が付いたことも確認していた。だから今日アフレコがあることはちゃんと分かってるはずなのだが、一体どうしたのだろうか? ついに遅刻が確定し、スタッフに所在を尋ねられ、他の出演者たちがそわそわしだした頃に、ようやく彼女は現れたのだが、寝不足なのだろうか、目の下には真っ黒な隈をつけて今にも倒れそうな様子だった。


 彼女は明らかに様子がおかしかったが、しかし何をしていたのかと問うよりも前に、二人で謝罪行脚をしてみたところ、殆どの出演者は笑って許してくれたが、何故かその日はベテランの高島田かほる子が虫の居所でも悪かったのか、


「アフレコに遅刻してくるなんて、たるんでるんじゃありませんか?」


 とご立腹で、その場にいる人々を凍りつかせていた。


 里咲はフラフラになりながらも、そんなベテランに申し開きもせず平身低頭している。顔面蒼白で今にも貧血で倒れそうな彼女の姿を見て、こりゃあかんと思った藤沢は、何かあった時のために事務所に緊急連絡を入れた。


 たまたま事務所に顔を出していた一里塚は、連絡を受けて急遽現場まで飛んできたのだが、電話ではかなり深刻そうな雰囲気だったが、実際にスタジオに来てみたらどうも様子が違った。現場は確かにピリピリした雰囲気だったが、それは高島田が不機嫌だからではなく、里咲が醸し出す異様なオーラが原因のようだった。


 その日の彼女はいつもとは違い、どこか神がかったような雰囲気を纏っていた。まるで生まれたときからその役を演じてきたかのように、自然体のまま自らの役を完璧に演じきり、高島田のアドリブにもまったく動じることなく、なんならベテランの持つ引き出しを新人の彼女のほうが引っ張り出しているくらいだった。


 そんな二人のやり取りに当てられて、いつしか他の演者たちも真剣になり、一里塚も見たことがないような物凄く濃密なアフレコは、緊迫しつつも充実した雰囲気のまま時間がどんどん過ぎていった。


 そしてついに全てのシーンの収録を終えた時には、ベテランの高島田さえも、全身にびっしょりと汗をかいており、


「今日はこのくらいにしておいてあげるわ」


 と、悪役令嬢みたいなセリフを吐いて帰っていく始末であった。一里塚はそんな現場を見て、これがオンエアされたら、間違いなく業界屈指の神回として語り継がれていくのだろうなと確信するほどだった。


 それは監督も同じ気持ちだったようで、彼は収録が終わるとブースから出てきて、次回分の台本が上がっているから、よかったら読み合わせをしてくれないかと依頼してきた。すると彼女はそれを待っていたかのように快く応じて、手伝いを買って出た一里塚と共に、今までの彼女が見せたことがないような、それでいて彼女という人間そのものがにじみ出ているかのような、そんな完璧な演技をしてみせた。


 その演技はまったくベテランである一里塚すら舌を巻くほどで、どうして今日の彼女はこんな鬼気迫るような演技をするのだろうか、まるで生き急いでいるかのような演技を前に、彼は不思議で仕方がなかった。それは今にして思えば、もしかして虫の知らせだったのかも知れない。


 監督からの緊急の依頼も完璧にこなした彼女が全ての仕事を終えたときには、日はだいぶ傾いて夜が近づいていた。明らかに寝不足のまま現場に来た彼女は、昼食も取れずにいて、大分疲れて見えたから、藤沢の勧めもあって帰りに焼き肉を奢ってあげることになった。


 こうして三人で食事に行くのは初めてのはずだったが、一里塚は何故か、既に何度もあったかのような不思議な感覚を覚えていた。帰り支度を終えた彼女と三人でエレベーターに乗り、一階まで降りてくると、玄関から出た道路の向こう側に出待ちのファンがいるのが見えた。自分の現場じゃないのに何故かいるファンに笑顔で応えつつ、急ぎ足でビルから出た彼は1ブロックほど歩いてから背後を振り返った。


 自分のすぐ後には藤沢が焼肉焼肉と鼻歌交じりに続いていたが、里咲の姿は見えなかった。うっかり置いてきてしまったのかな? とビルの方を確認すれば、開けっ放した玄関の中に彼女は立っていて、一里塚の姿を見つけると何故か薄く笑った。


 その姿は儚くて、今にも消えてしまいそうに思えたから、彼はつい届くはずのない手を彼女の方に差し伸べて、意味もなく空中を掴んだ。するとそれを合図にしたかのように、彼女は何かを呟いた後、まるで十字架を背負うイエスのように厳かな表情でビルの玄関から足を踏み出したと思ったら、急に、視界の右の方から男が物凄い勢いで駆けてきて、そのまま体当りするように彼女を引き倒した。


 そして男は彼女に馬乗りになると、何か奇声を発しながら、手にしたナイフを振り下ろし、彼女のことを滅多刺しに突き刺した。男がナイフを振り下ろすたびに、まるで噴水のように血が吹き出る。地面はあっという間に彼女の流した血で染まり、夕日を浴びてテラテラと光っていた。


 たまたまそれを目撃していたファンから悲鳴が上がる。一里塚と藤沢が突然の凶行に固まっていると、そんな二人を押しのけるようにして数人の制服警官が駆けていって、彼女の上に乗っかっている男を突き飛ばして地面に抑え込んだ。


 警官に取り押さえられた犯人は、まるで勝ち誇るような笑い声を上げていたが、特に抵抗することはなく、大人しく捕まったようだった。たまたま現場にいた人たちがスマホを翳している真ん中で、警官たちが苛立たしそうに怒声を浴びせていると、間もなく遠くの方から救急車のサイレンが聞こえてきた。


 そのサイレンの音でようやく我に返った二人は、救急隊員に同行を申し出たが、家族以外は乗せられないと断られ、搬送先が決まったら事務所に連絡をしてくれと名刺を渡すと、救急車を追いかけるつもりで近くの駐車場に停めてある車へ走った。


 救急隊員はそんな二人のことは待たずに、地面に倒れていた血だらけの被害者を急いでストレッチャーに乗せると、まるで逃げるかのように救急車を発進させた。騒然とする人々を警官が交通整理する間を抜け、赤門前を通り過ぎ、大通りに出てから赤信号ばかりをサイレンで5つばかり通過し、そして後をつけて来る車がないことを確認してから、突然、サイレンを止めて平常運転に移行した。


 道を譲ろうとしていた一般車がぽかんとする中、救急車は路地へと曲がり、そのまま目立たない裏通りを通って首都高のランプに入ると、流れに乗って走り始めた。すると助手席に座っていた隊員が立上がり、静まり返った車内のカーテンが揺らして車両後部へと姿を消した。


 そして隊員は外から見えなくなったことを確認してから、鬱陶しそうにマスクを外し、白衣を脱ぎ捨て、


「……物部さん。物部さん? ちゃんと生きてますか?」


 救急隊員のフリをしていた宿院青葉は、未だにストレッチャーの上でぴくりとも動かない被害者……高尾メリッサに話し掛けた。台の上に寝かされている彼女の体は、自らの血で真っ赤に染まっており、とても生きているようには見えなかった。


 実際、青葉はもしかして失敗したのではないかと緊張していたのだが、暫くすると、その動かないはずの高尾メリッサの体がピクリと動いたかと思えば、


「……あ……あれ? あれ? 私、どうしたの……って、なんじゃこりゃああーーーっ!!!」


 と、血まみれになった自分の手を見てそんなセリフを叫んでいた。青葉はそんな彼女の姿を見て、元気そうだなと判断すると、


「あ、もしかして、もう里咲さんに戻ったんですか? どうやら、ちゃんと成功していたみたいですね。良かったです。物部さんから話は聞いていますか?」

「え? あれ……? 宿院さん……? でしたっけ?」

「はい。それではこれからあの学校までお連れします。暫くは不自由するでしょうが、もうちょっとだけ我慢してくださいね」


 彼女はにこやかにそう言うと、取り敢えずその血を拭けとタオルを渡した。


***


 タイトルコール:高尾メリッサのMerryMerryラジオ(エコー)


 (オープニングミュージック)


 (ジングル)


 冒頭挨拶


「……ラジオの前の皆さん、こんばんは。高尾メリッサのMerryMerryラジオ第53回の時間ですが、えー、今日は予定を変更して特別番組を放送させていただきます。木曜日担当の一里塚です。


 どうして僕が冒頭挨拶をしているかと言いますと、既に皆さんSNSに上げられた動画等で知っていらっしゃる方もいるかと思いますが……えー、高尾さんが事件に巻き込まれまして……えー、今は病院にいらっしゃるということで、今日の生放送は中止とさせていただきます。


 それで……事務所の先輩である僕が代役を務めさせていただくことになったのですが……だいぶショッキングな映像が……」


(4章冒頭に続く)


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ただいま拙作、『玉葱とクラリオン』第二巻、HJノベルスより発売中です。
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よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
メリッサが死んだってことにすれば 相手も手の出しようがないってことか! でも学園で襲撃されてるから、 メリッサが生きてるのはバレてるのかな?
マジでシュタゲやんw
死んだフリレベル100?!
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