表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第四章:高尾メリッサは傷つかない
139/239

パワーレベリング

 宿院青葉に、過去に飛ばされてしまった有理がやって来るからと言われて、秘密基地の中で待っていると、玄関にひょっこり小柄な少女が現れた。まさかこの可憐な美少女が、本当に物部有理なのか? とマナが目を疑っていると、隣に立っていたもう片方と一緒にアホなことをやり始めたので、彼女は一瞬にして納得するのだった。


 どうしよう。こいつら、殴ったほうが良いのかな……と彼女が二人の様子を遠巻きに眺めていると、家の中を探しに行っていた張偉が戻ってきて、


「物部さん……あ! 本当に高尾メリッサになってるじゃないか! 驚いたな」

「あれ? 張くんまでいるの? なんで?」

「俺もよく分からないが、宿院さんにそうしろと言われたんだ。ところで、本当に本物なのか? パチモントレーナーのメアやれる?」

「ちょっと、待ってね。あれってどんなキャラだったかな……」

「あの……本人の前でそういうことするの、やめて貰えますか」


 張偉は有理の姿を見てもまるで動じることなくすぐに馴染んでしまった。どちらかと言えば、自分の仲間だと思っていたマナは少しショックを受けながらも、このままじゃ埒が明かないと思い、


「ちょっと、あんたたち! いつまでも馬鹿やってないで、そろそろ本題に入ってちょうだい! どうして私、この場に呼ばれたのか、まだ分かってないのよ。早く帰りたいんだから!」

「あ、はい……調子に乗ってすみませんでした」


 マナがイラッとして怒鳴り声を上げると、有理はシュンと項垂れた。いつもだったら気にもならなかったろうが、今は見た目が可憐な美少女なので妙な罪悪感を感じる。彼女は、なんだかムカついたので、いつもの男の姿の方を睨みつけると、中の人が違うせいかいつも以上にキョドりまくって気持ち悪かった。凄くやりづらい。


 そんな具合にマナが振り上げた拳のやり場に困っていると、有理はキョロキョロと辺りを見回しながら、


「……それで、肝心の宿院さんは?」

「彼女なら来ていないぞ」

「え? なんで? 俺は彼女とここで待ち合わせたつもりだったんだけど」

「俺たちは逆に、三人だけで行けって言われてきたんだ。その方が効率がいいからってさ。彼女は、過去の物部さんにそう言われていたようだったが……」

「そうなの?」


 有理は意外そうにキョトンとした表情をしていたが、暫く考え込むように黙りこくると、やがて自分を納得させるように、


「ふむ……多分、これから俺は、この場で君たち三人とだけ会ったってことを、過去の彼女に話すんだろうな。どうしてなのかは分からないが、その方が効率がいいってんならそうなんだろう。ところで、張くんはともかく、ここに椋露地さんや高尾さんまでいるとは思わなかった。どうして二人まで呼ばれたの? っていうか、君たち、なんで知り合いになってるの?」

「知り合いってほどじゃないわよ。私も、あんたの中身が入れ替わってるなんて、さっき知ったばかりなんだから」

「そうなの? なら、ますます椋露地さんが呼ばれた理由がわからないね」

「私もう帰っていいかしら?」

「まあ、待ちなさいって」


 有理は苦笑しながら彼女を押し留めると、続いて里咲……本当の自分の体の方へ向き直って、


「ところで……さっきは勢いで入れ替わってるって言っちゃったけど、君は……今、俺の体を動かしているのは、鴻ノ目里咲さん、で間違いないね?」


 有理はじっと自分の目を見つめながら問いかける。里咲もまた、自分にそんな風に見つめられるのは不思議だと思いながら、


「あ、はい。はじめまして……物部有理さん?」

「こちらこそ、はじめまして。でも、そう……俺の意識が君の体の中に入っているんだから、俺の体の方にも君が入っていてもおかしくないわけか。しかしまさか、入れ替わってるとはねえ……ところで高尾さん。君はその体になってから、どのくらい時間が経過している?」

「えーと、2日です。昨日の午後に気づいて、まだ1日しか経ってません」

「そっか。意外と短いな。その間、何があったか出来るだけ詳しく教えてくれないかな?」

「は、はい……わかりました」


 里咲は、てっきり厄介なキモオタだと思っていたが、本物の物部有理はこういう男だったのかと狐につままれたような気分になった。彼は思っていたよりも才気走っていて、淡々というか、てきぱきというか、理路整然とした喋り方をする。その早口は確かにオタクっぽかったが、キモオタと言うよりか専門家(ナード)と言ったほうがいいような、そんな感じである。


 しかし、あんまり気を許したくはない相手であるのは確かだった。彼女は少し警戒気味に続けた。


「えっと……私は暴漢に刺された後、このゲームの中で気が付きました。そこで張さんと関さんに出会って、てっきり異世界転生でもしたのかなあ……って思ってたんですけど、実はゲームの世界だと知って驚いたんです。その後、まだ夢でも見てるのかなと思いながら寮に帰って、ご飯を食べた後に部屋に行ったら、なんか女の人が住んでたんで、驚いて飛び出して来たんですけど……」

「桜子さんか……」


 有理は頭を抱えた。何も知らない人からしてみれば、自分の部屋にエルフが住み着いているんだから、わけがわからないを通り越して恐怖だろう。


「そりゃ、驚かせてしまってすみませんね。あの人のことは、まあ……適当に無視してくれれば良かったんだけど……それで、逃げ出した後どうしたの?」

「あ、はい。あちこち歩き回っていたら、研究室に泊まれるよって教えて貰ったんで、その日はそこに泊まりました。あ! その時、始めて自分が殺されたって記事を読んで、凄くびっくりしたんです。そしたら……」

「うん、それで?」


 里咲は、言おうかどうしようか少し迷ったが、


「その……なんか、部屋の中から私の声が聞こえてきまして……」

「自分の声……? あ!」


 有理はまた頭を抱えたくなった。彼女は研究室で、メリッサに話し掛けられたのだ。すっかり慣れてしまって、今では気にもならなくなっていたが、AIのメリッサの声は本物の声優からサンプリングしてきたものだった。


 まさかその本人に聞かれてしまうとは……有理が、自分のことを厄介なオタクだと思われていないかなと、内心うろたえまくっていると、彼女は続けて、


「それで私、AIに、この体の主はどうしちゃったのか聞いてみたんです。そしたら、彼は私の死亡ニュースを聞いた後、代われるものなら代わってあげたいと言っていたと言うんで……まさかねって思ってたんですけど。本当に入れ替わっちゃってたんですね」

「俺が……? そんなこと言ったっけかな……」


 そう言われてみればそんな気がしなくもないが、今となってはもうだいぶ前の話なので、よく覚えていなかった。しかし、あの頃はだいぶ参っていたから、もしかすると酒を飲んだ拍子に、そんなセリフを口走っていたかも知れない。


 でも、だからって、それが入れ替わりの原因になるわけがないだろう。単に願望を口にした程度で何でも願いが叶うのなら、人間だれも苦労はしない。もしそんな力があれば自分はこんなところで、こんな不自由な生活を続けてなんかいないだろうし。だからこれは、たまたまメリッサが聞いていて、それを彼女に言っただけという、他愛もない話だ。それ以上でもそれ以下でもない。ないはずなのに……


 なんだろう? この違和感は……違和感というか、何か大事なことを忘れているような、そんなモヤモヤ感がある……それはもう喉の上の方まで出かかっているというのに、どうしても言葉にならない。そんな感覚だ。


 鴻ノ目里咲はメリッサからこの話を聞いたという……ただそれだけの話なのだが、それが自分は妙に気になるのだ。思うに……それは、果たして可能なことだったのだろうか……? 何故……自分はそう思うのだろうか……?


「あの、聞いてます?」

「ん、あ、ごめん。続けて」


 有理が長考に沈みかけていると、突然動かなくなってしまった彼に向かって、不安げに里咲が話しかけてきた。有理は我に返ると、取り敢えず、すぐに結論が出そうにないことは後回しにして、話の続きを促した。


「それで、その日は研究室に泊まって、翌朝、学校に登校しました。なんか、やけに先生に当てられるけど、どうにか放課後まで乗り切ったら、今度はクラスメートたちが私の席の周りで喧嘩を始めてしまって……」

「喧嘩? なんでまた?」

「それはだな、俺と関が最近仲が良いなんて気持ち悪いことを言う連中が現れて、ちょっと揉めてたんだよ。俺はふざけるなってすぐに黙らせたんだが」


 有理のそんな疑問に張偉が答えた。彼はなるほどと頷いて、


「ああ、最近あいつも放課後、研究室に入り浸ってゲームやってたからか」

「そうだ。それで、関がおまえらも遊んでみれば分かるからって言って、クラスのみんなとゲームをやる流れになったんだ」

「え? クラスの連中あの部屋に連れてきて、みんなでやったの?」


 そんなことをして近所からクレームが来ないだろうかと心配していたら、予想通りと言うべきか、学校の方に連絡が行ったみたいで、


「生徒会にばっちり苦情が来たわよ。何やってんだって驚いたのもそうだけど、実際に来てみてもっと驚いたわよ。あんた、あんなことがあったのに、クラスメートにゲームで遊ばせてるんだもの。慌ててすぐに止めさせたわ」

「あんなこと……?」


 有理が首を傾げていると、マナは信じられないと言った目つきで、


「あんた、まさか忘れたの? 私たちがこのゲームの中で習得した魔法が、現実世界でも使えることが分かって、危険だから関係者は増やさないようにしようって話になったんじゃない!」

「……あ! ああーっ!」

「それで張さんたちも使えるようになってないか確かめるって、翌日もう一度会う約束してから別れたわけだけど、どうやらあんた、そのタイミングで入れ替わりを起こしていたみたいね。あの日は、いくら待っててもあんたがやって来ないから、すっぽかされたと思って腹を立ててたら、今度は生徒会に苦情が来てこれだから、頭きてその子に今日こそ来なかったら殺すわって詰め寄っちゃったわよ」

「詰め寄られました」


 よほど怖かったのか、里咲は小さく丸まっている。マナはそんな彼女の背中を叩いて謝っていた。まさか中身が入れ替わってるなんて思わなかっただろうから、期せずして彼女を脅してしまったことを後悔しているようだ。誤解が解けて良かったと見守っていたら、話はまだ終わってなかったようで、


「それで、今度こそ話の続きをしようとして待ち合わせ場所に来てみたら、いきなりあの連中に襲撃されたのよ」

「……襲撃? 襲撃って、どういうこと?」

「そんなの、私が知るわけないでしょう。あんた過去にも同じ連中に命を狙われてたって話じゃない?」


 マナの話はいまいち要領を得ない。困惑していると、話を聞いていた張偉が後を引き継いで、


「物部さんは、過去の高尾メリッサを救おうとして、何度も謎の組織に殺されたって話じゃないか。その連中がどうも学校に襲撃を掛けてきたみたいなんだ」


 それは部屋に帰ったらいきなり首を掻ききって来たり、梅田でなりふり構わず通り魔をしてきたりした連中のことであろうか。


「あの連中が、今度は未来の俺を狙ってきたっての……? 驚いたな。でも確かに、自衛隊内部にも協力者がいるなら、そういうこともあり得るってことか」

「ああ、宿院さんはこの襲撃について、過去の物部さんから……つまり、今のあんたに聞いて知っていたみたいだ。それで連中が現れるのを待って一網打尽にした。それでも、俺達は死にそうな目に遭ったがね。もしもゲームの魔法が使えなかったら、詰んでいたところだ」

「そりゃ大変だったね……ってことは、やっぱり張くんもゲームの魔法を持ち出せたの?」

「ああ。俺は生徒会長ほど上手くは使えなかったが」

「それで? 襲ってきたあの連中は一体何者だったの?」

「それはまだ分からない。さっき捕まえたばかりだからな。これから取り調べがあるだろうから、あんたが元の体に戻った頃には判明しているんじゃないか。首尾よく戻れればの話だが」

「そうか……」

「話は以上だ。そして俺たちは襲撃を受けたその足で研究室まで連れてこられて、ここで物部さんに会って来いって言われたんだ。会えば分かるって感じだったが……」

「ふーん……そう。それで肝心の宿院さんがいないのは、その方が効率がいいからって話だったっけ」


 それはどういう意味だろうか?


 入れ替わりが発生し、里咲が有理の体に入ってから約1日半。その間に起きた出来事はそう多くはない。彼女は新しい体に馴染むことに時間を費やして、自発的なアクションは殆ど起こさなかった。


 そんな状況下で特に目につくのは、何と言っても過去に有理を襲ってきた連中が、未来の里咲たちに襲撃を仕掛けてきたということだろう。彼らの狙いは有理か、それともその中の里咲かはまだ分からないが……


 だが、何故、襲撃を掛けてきたのか、その理由は自ずと分かる。彼らは失敗したのだ。彼らはこれから過去に戻る有理の計略に嵌まって、里咲を殺したつもりで殺せていなかったことに気づき、改めて襲撃を掛けてきた……そう考えるのが妥当だろう。それは有理が、第三学生寮で死んだはずの里咲を目撃した事実とも一致している。


 では、これから自分はその状況に、どうやって持っていくことが出来たのだろうか? 有理には段々とそのカラクリが見えてきた。


 鍵となるのは、ここに張偉とマナが呼ばれていることだ。そして、青葉はその方が効率が良いと言っていたらしい。彼らの共通点は、共にあのゲームをやっていて、語魔法を現実世界に持ち出せたということである。


 以上を踏まえて、これから自分がやらなければならないことは示されている。


「物部さん、どうだ? 何か分かったか」


 張偉がもどかしそうに問いかけてくる。有理はそんな彼に頷いて見せて、


「ああ、取り敢えず、今から俺達がやらなきゃならないことは分かったよ」

「それは?」

「パワーレベリングだ」


 その言葉を発した瞬間、場に微妙な空気が流れたが、彼は決してふざけているわけではなかった。今の自分に必要なことは、出来るだけ効率よく経験値を稼ぐことだ。そのために、張偉とマナが呼ばれたのだろうと、彼はそう確信していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただいま拙作、『玉葱とクラリオン』第二巻、HJノベルスより発売中です。
https://hobbyjapan.co.jp/books/book/b638911.html
よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
たしかに里崎にメリッサの声が聞こえていたのはおかしい 魔法を使えていたのは有理ではなくメリッサだった…?
蘇生魔法かぁ。レイズやザオリクが使えたら便利なような大変なような。現実だと絶対に世界が混乱する。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ