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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第四章:高尾メリッサは傷つかない
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楽しそうなことしてんじゃん

 生徒会長と密会していたら、なんか急に飛び出してきた張偉に引きずり倒された。何事か? と思えば、続けて森の中から銃を持った銀行強盗みたいな男たちが出てきて、目を剥いた。見れば、さっきまで自分たちが立っていた地面が抉れて、土塊が宙を舞っている。パラパラと雨みたいに降り注ぐ土くれを、呆然と見上げる顔に小石が当たって、里咲はようやく我に返った。


「え? なにこれなにこれ?」

「確認は後にしろ。とにかく今は逃げるんだ!!」


 切羽詰まった声に急かされるように立ち上がると、これまた腕が抜けそうなくらいの力で強引に引っ張られた。


「痛い痛い!」


 と叫ぶも、そう叫ぶ自分の背中にパシパシと何かが当たる音が響いて、多分、その場にいたほうがもっと痛かっただろうと本能的に悟る。青ざめながら必死になって足を動かしていると、腰をかがめた低い姿勢で、会長が二人に並びかけてきた。


「張さん、何これ? なんで私たちは襲われてるのよ!」

「俺も知らない!」


 張偉は反射的に叫ぶとすぐに、相手に位置を悟られないよう声を落として、


「俺は物部さんの様子がずっとおかしかったから、彼の後を尾けてきただけだ。そうしたら、あの連中が居ることに気づいたんだよ。何者かは分からないが、よく見たら、あいつら銃を持ってるじゃないか。まさかとは思ったが、念の為にあんたらに警告をしに走ったんだ。あとは見ての通りだ」

「つまり、また物部ってわけ? あんた何したの!? 今度は何に巻き込まれてるの?」

「ぜ、全然、まったく、これっぽっちもわかりません!」


 怒られたと思った里咲が叫ぶように返事をすると、背後でまたフラッシュが閃いて、パシパシと不吉な音が聞こえてきた。里咲の腕を掴む張偉の力が更に強くなる。


「今は話してる余裕はない。後回しにしろ。とにかく逃げるんだ」

「でも、これまっすぐ行って平気? 相手は何人いるの?」

「えーっと、前方に一人待ち伏せがいるよ。右に避けたほうが良い。人数は……わからないけど、全部で10人近いんじゃないかな!?」


 里咲のそんな言動に、会長が怪訝そうに眉を顰める。


「なんでそんな正確なことがあんたに分かるわけ?」


 どう説明したらいんだろうかと迷った里咲は咄嗟に、


「えーっと、その……リガードゥ ベスト!」


 そう叫んだ瞬間、生徒会長の目が怪しく光った。彼女はその一言で、里咲に見えている世界がどんなものか想像がついたのだろう。張偉と並んで走っていた彼女は、その言葉を聞いた瞬間に逃げるのを止め、その場に立ち止まると、


「おいっ! 生徒会長、なにやってる!?」

「リガードゥ ベスト! ラス トランチ アルボ! メティ アルボ ファイロ イル グランダ ヴェント ヴェント ヴェント!」


 彼女がそう叫ぶや否や、雑木林に落ちていた枝木が急に炎を上げ、続けて強烈な風がうずまき、それは巨大な火炎となって暗い森の中で吹き荒れた。突然の出来事に追跡者たちが足を止めると、彼女は更に続けて、


「メティ アクウォ グルンド! ファリ ホモ ファリ!」


 そう叫んだ瞬間、追いかけてきた男たちが突然、ぬかるみに足を取られたかのようにその場に倒れた。いや、実際に彼らはぬかるみに足を取られていたのだ。会長の魔法が、周辺の地面を泥沼に変えてしまったのだ。


 それを見ていた張偉が驚愕の声を上げる。


「お、おい! こいつはどうなってやがる!? あんた、その魔法は一体!?」


 足を取られた追跡者たちはその声に反応して、即座に銃撃を加えてくる。張偉は慌てて姿勢を低くすると、その現象に心当たりがあることにすぐ思い至ったか、


「リガードゥ ベスト! ……おいおい、マジかよ?」

「説明は後よ。今はとにかく逃げましょう」

「ああ、こっちだ!」


 こうして三人とも探索魔法(リガードゥベスト)を使えたのが功を奏した。普通に考えれば何も訓練を受けてないただの学生が、銃で武装した襲撃者たちの追跡から逃れることは不可能だったろうが、彼らは相手の位置が特定出来たのと、生徒会長の魔法のお陰で何とか逃げることが出来た。


 しかし、初動の失態から復帰した襲撃者たちもまた、すぐにこちらの動きに追随してきた。暗視装置でも装備しているのか、相手もこちらの位置を特定できるようで、そうして暗い雑木林の中で鬼ごっこが始まると、三人は狩人に追い立てられる獣のごとく、徐々に追い詰められていった。


 その的確な連携は、いつか岬の倉庫で戦った第2世代の四人組とは明らかに違った。その事実からしても、相手がこの仕事に慣れていることに間違いはなかった。どうしてそんな連中に狙われているのかは分からないが、少なくとも、そう簡単に逃がしてくれそうもないということだけは分かった。


 張偉は奥歯を噛みしめると、なんとかしてこの窮地を脱する方法がないかと知恵を絞った。学生寮か、せめて校舎の方まで行ければ、そこにいる誰かが気づいて応援を呼んでくれるだろう。なにしろここは自衛隊の施設内だから、すぐにセキュリティが飛んでくるはずだ。だが、それが分かってるかのように、相手の威嚇射撃に誘導されて、三人は近づくどころかどんどん遠ざけられていく始末だった。


 気がつけば、彼らは学校からは遠く離れた雑木林の中に追い込まれてしまっていた。抜け出そうにも周囲をぐるりと囲まれており、下手に強行突破しようものなら蜂の巣にされてしまうだろう。会長の魔法は効果的ではあったが、相手を倒しきれるほどではなく、派手なせいでかえって目立ってしまうという欠点があった。彼女が放つ電撃も炎も凍結も、相手は対策済みのようで、殆ど効いてないようだった。


 しかし電撃対策まであるなんて、こんな装備、ただのテロリストや殺し屋が所持しているとは思えない。一体、やつらは何者なんだと歯噛みしていると、ついにその相手から最後通牒のような一斉射撃が決行された。


 ドドドドドッ!! っと、真っ暗闇の中に土煙が上がっているのが見て取れる。


「うわああーーーっっ!」


 生徒会長が咄嗟に作った土壁に防がれ、銃弾は三人に届かなかったが、バシバシと激しく弾が当たる音からして、それはいつまで保つか分からなかった。彼らの射撃は正確で、完全にこちらの位置を特定しているようである。この土壁が崩されたら、もう彼らの命を守る防壁は存在しない。


 上の方から徐々に崩れ落ちていく土壁を直そうと、会長は何度も何度も必死に呪文を唱え続けている。しかし相手はこっちに反撃の手段が無いことを知ってか、そんな彼女の行為を嘲笑うかのように、距離を詰めて更に銃撃の密度を上げてきた。


 もはや絶体絶命である。こんなことで、自分は死んでしまうのか……張偉が諦めて神に祈ろうとしていた時だった。


 ドンッ!!


 と、耳をつんざくような爆発音と共に、森の中に巨大な火柱が立ち上った。一瞬、生徒会長がやったのか? と思いもしたが、それは違うようだった。火柱は三人の周囲で弧を描くように次々と立ち上ると、たった今まで彼らを窮地に追い詰めていた襲撃者たちを吹き飛ばしてしまった。


 地面に伏せながら唖然とそれを見ていた張偉が気配を感じて空を見上げれば、青い月を背負うように空を飛んでいる、一人の女性の姿が浮かび上がった。


「楽しそうなことしてんじゃん。あたしも混ぜてよっ!」


 桜子さんはケタケタと愉快そうに笑い声を立てると、続けざまに爆裂魔法を地上へ放った。その桁違いの威力で木々は吹き飛び、地面が抉れる。突然の乱入者に不利を悟った襲撃者たちは、深追いはせずすぐに撤収をしようとしたが、


「一人も逃さないでください!!」


 いつの間にかそんな彼らを取り囲むように布陣していた自衛官たちによって退路を絶たれ、破れかぶれの強行突破をした者から次々と拘束されていった。


***


 自衛隊施設内における前代未聞の銃撃事件はこうして幕を閉じた。有理とマナ、張偉の三人の学生を襲った襲撃者たちは全員がその場で捕縛され、同基地内の隔離施設へと連行されていった。作戦を担当していた宿院青葉は、そんな犯人の中に見知った顔を見つけて驚きの声を隠せなかった。


割松(さいまつ)司令補……? どうしてあなたが?」


 拘束された男は青葉の顔を一瞥することなく、神妙な面持ちで連行されていった。そんな男の背中を呆然と見送る彼女に、桜子さんが話しかけてくる。


「知り合い?」

「は、はい……」


 青葉はショックを隠しきれない様子で、少し唇を震わせながら、


「学校を含めて、この基地全体を統括している司令部の補佐官です。階級は3佐。実質この基地のナンバー2で、警備主任みたいなものですから、彼ならここで起きていることは全て把握していたでしょうし、情報を隠蔽して行動を起こすことも可能だったでしょう……実際、今日はもう少しで裏をかかれるところでしたからね。桜子さんの機転がなければ、危なかったかも知れません」

「ふーん、最初から相手には全部お見通しだったってわけね。道理で先手を取られるわけだ」

「それよりも、自衛隊の幹部に裏切り者がいたってことですよ。私にはそっちの方が信じられません。ぽっと出の新入隊員じゃないんですよ? 勤続何十年って人が裏切ったとなると、もう誰を信じていいかわかりませんよ……」

「桜子さん! 宿院さん!」


 二人がそんな話をしていると、自衛隊によって保護された張偉たちがやってきた。彼らを連れてきた自衛官は三人を引き渡すと、桜子さんに敬礼をしてから去っていった。張偉はそんな彼らの背中に頭を下げて見送った後、


「助かったよ。あんたらが来てくれなければ、今頃どうなっていたことか。恩に着る」

「いいっていいって。あたしは別に、何したってわけじゃないのよ。部屋で漫画読んでたら、メリッサが緊急だって言うからさ」

「メリッサが?」


 その言葉に、有理が急にキョドり始める。桜子さんはそんな彼のことを不思議そうに見つめながら、


「実はあたしもユーリが狙われてるなんて、さっき知ったばかりなんだけどね。アオバが言うには、なんかここ数日、あたしらの知らないところで、またえらい目に遭っていたみたいよ。彼女はそれで警戒していたらしいんだけど……」

「やっぱり……また物部のせいでおかしなことに巻き込まれたのね。あんたねえ……そういうことなら早く言いなさいよ! こっちは危うく死にかけたじゃないの!」

「ひぃぃーっ! すみませーんっ!!」


 マナに怒鳴りつけられた彼が情けない顔をして謝罪していると、そんな彼を庇うように青葉が苦笑しながら歩み出てきて、


「まあまあ、その辺にしておいてあげてください。彼女も自分の身に何が起きているのかは、まだ良く分かってないでしょうから」

「まだって……どういうことよ?」

「実はそこにいる物部さんは、見た目通りの物部さんじゃないんですよ」

「はあ?」


 青葉はそう言ってから有理……つまり里咲の方へ向き直ると、


「高尾メリッサさんですね? 本物の物部さんがお待ちしています。研究室の方までご同行願えますか?」


 彼女のそんな言葉に、里咲のみならず張偉からも動揺の声が上がった。


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