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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第四章:高尾メリッサは傷つかない
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そして犯人は逮捕されたが……

 殺されると分かっていたのに、無様に殺されてしまった有理は、幸か不幸か、また過去に戻っている自分に気がついた。


 どうもこの巻き戻り、前回の情報を保持しているだけではなく、行動の結果もある程度は維持しているらしい。お陰であの汚部屋を片付けずに済んだ有理は、ホッと一安心したのもつかの間、そんなこと言っても何も解決していないことを思い出した。


 このまま何もしなければ、また明日の午後には殺されてしまうのだ。そうならないよう、万全の対策を練らねば……


 とはいえ、ある程度のプランは既に頭の中にあった。犯人がいつ、どこでどのように凶行に及ぶかはもう分かってるのだから、その現場をばっちり押さえて警察に突き出せば良いのだ。その際、実際に犯行を行わせる必要はない。何故なら、犯人は始めから殺すつもりで来ているのだから、所持品検査すれば言い逃れが出来ないような凶器が出てくるはずである。


 もしくは、通報して警察が来たタイミングで表に出ていって、犯人を釣り出しても構わないだろう。前回は不意打ちを食らってしまったが、今回はどこから飛び出してくるかも分かっているのだし、同じ失敗をするつもりはない。今度こそリベンジだ。


 そんなわけで方針は固まったので、有理は余った時間を悠々自適に過ごし始めた。昨日は部屋の片付けに追われて、気がつけば朝になっていたが、実際にはアフレコまでまだ半日以上の余裕があった。


 布団は干してもシーツまでは洗っていなかったので、大量の洗濯物と一緒に近所のコインランドリーに出かけていって、暇つぶしにそこに置いてあった週刊誌を切り抜いて怪文書を作成したりして過ごした。こんなものが届いたんですぅ~と言って警察に見せれば、犯人は書いてないと否定するだろうが、殺意自体は本当にあるのだから、突っ込まれたら認めるしかなくなるだろう。バレても、犯人さえ逮捕されればもう安全なのだから、後のことは知ったこっちゃない。


 その後、部屋に帰ってきて洗濯物を畳んでいたらムラムラしてきて、洗いたての服を次々に着替えて姿見の前に立って遊んだ。この女、本当に見た目だけは良いので、何を着ても似合ってしまう。あのまま汚部屋に放置して、服を腐らせずに済んで良かったと思いつつ、明日はどれを着ていこうかと迷っている内に段々眠くなってきて、その日は眠ってしまった。


 翌朝、スマホの目覚ましで起きて、昨日買っておいたパンを食べてから家を出た。前回は大遅刻して行ったからガラガラだったのだが、通勤時間の丸ノ内線は殺人的に混雑していて、体も小さくなっているせいで本当に死にそうだった。結局、目的地に着くまで座れることなく、電車から吐き出された時には体力を使い果たして、這々の体で現場へと到着する。


 前回は右も左も分からなくてあたふたするばかりだったが、今度は言われる前に他の出演者に挨拶回りをしていると、マネージャーの藤沢がやって来て、


「おはよう、里咲ちゃん。今日は午後に雑誌インタビューあるから、終わったらすぐ帰らないで残っててね?」

「え? そうなんですか?」


 昨日はそんなもの無かったはずだが、有理がやらかし過ぎたせいで仕事をキャンセルされてしまっていたのだろうか。今度はそんなことにならないよう気をつけねばなるまい。彼はそう決意すると、気合を入れてアフレコに臨んだ。


 とはいえ、前回の経験があったから、二度目のアフレコは滞りなく進んだ。


 有理はもう他の演者の前で上がることもなく、高尾メリッサを完璧に演じきり、周囲もそんな彼に違和感を持つことは無かった。あの怖かった高島田も今回は駄目だししてくることもなく、終始和やかなムードで収録は進み、普段はこんなに穏やかな人だったのかと驚くくらいであった。


 収録が終わって、前回知り合った『初対面の』演者と会話を弾ませていると、藤沢が雑誌記者らしきカジュアルな出で立ちの男を連れてやってきた。これまた前回缶詰にされた控室へ通され、そこでインタビューを受けることになり、スタッフを残して他の演者たちは帰宅してしまった。出来ればもう少し仲良くなりたかったのに、残念である。


 インタビューは高尾メリッサのプライベートを突っ込んで聞くような内容であったが、有理にとってはクイズみたいなもので、特に問題なく受け答えすることが出来た。むしろ、あけっぴろげに何でも話すから、相手のほうが若干引いてるくらいだった。いや、ラジオでもこれくらい普通に話すんだよと教えてやりたい。


 そのインタビューの最中、また仕事にかまけて本来の目的を忘れてしまっては元も子もないから、トイレ休憩と称して席を外した際に、ビルの非常階段に出て、上から隣家の玄関先を確かめてみた。


 すると門扉を入ってすぐの茂みに不審な男が隠れており、頻りにビルの入口付近を気にしている様子が窺えた。間違いない。あれが犯人であろう。


 すぐに警察に通報すべきだが、もっと決定的な証拠がほしい。やはり、有理が襲われてるところを現行犯逮捕させるのが一番だろうと考えを改め、仕事を終えてから通報することにした。


 お陰で休憩後は上の空で、インタビューは上滑りに終わってしまったが、最初にサービスしておいたから特に問題なく、相手も満足して帰ってくれた。藤沢も有理を不審に思うこともなく、事務所に報告の電話を掛けに行ってしまった。


 有理はその隙にまた非常階段へ出ると、犯人がまだ隠れていることを確認してから110番通報をした。その際、先日、怪文書が届いたこと。それを気にしていたら、ビルの影で待ち伏せしている男を発見したと伝えたら、すぐに最寄りの警察署から巡回の警官を回すと言ってくれた。


 そして有理は、その警官が路地に現れるのを待ってからビルの玄関から外へ出ていくと……


「異世界からの侵略者が! 日本から出ていけえーーっ!!」


 ビルを出た瞬間、犯人は隣家から飛び出し、そんな意味不明なことを叫びながら躍りかかってきた。警官はもうすぐ目の前にいるのにまるでお構いなしなのは、彼からはそれが見えなかったのか、それともそんなの関係ないくらい異世界人が憎いからだろうか?


 有理はその異常なまでの執着心に一瞬尻込みしたが……流石に二度も同じ攻撃を食らうわけもなく、彼は慌ててバッグを両手に構えると、腰溜めに突き出してきた犯人のナイフをそれで絡め取った。ナイフの軌道は前回と全く同じで、受けることは容易かったが、体格差のせいで突き飛ばされた拍子に彼は尻もちをついた。


「きゃああーーーっっ!!」


 っと、道を挟んだ向かい側に立っていたファンから悲鳴が上がり、それを聞きつけた警官たちが泡を食って駆けてきた。犯人はここへ来てようやくそれに気づき、慌ててナイフを引き抜こうとしたが、バッグの中に入っていた台本に突き刺さっていたそれは容易に引き抜けず、もたついている内に駆けつけた警官たちに引きずり倒された。


 こうして高尾メリッサは暴漢に刺殺される未来を回避することが出来た。有理は尻もちをついてそれを見届けながら、心のなかでガッツポーズを決めたのだった。


***


 なにしろ、警官の前での犯行だから言い訳は利かず、犯人はそのまま警察署へと連行されていった。遅れてやって来た藤沢が一体何の騒ぎだと動転する中、そして有理も被害者として事情聴取のために同行を求められた。


 そして連れて行かれた警察署で有理は昨晩作った怪文書を取り出し、実は以前からおかしな脅迫を受けていたと訴えた。自分は第2世代だからそういうことが度々あり、それで警戒していたところ、今回はたまたま犯人が隠れているのを見つけたのだと説明した。


 第2世代を確信的に憎んでいるというのは犯人の供述とも一致しているので、警察はそれを鵜呑みにし、余罪を追求すると腕まくりしていた。まあ、犯人は否定するだろうが、こんな考えなしの行動を取るくらいだから、ボロを出してくれることを期待する。


 ともあれ、こうして高尾メリッサの殺害犯は逮捕されたのだから、有理もお役御免である。元の体に戻って、この体は彼女に返そう……


 しかし、返すと言っても、どうすればいいのだろうか? 待ってればそのうち勝手に戻るのだろうか? そんなことをぼんやり考えている内に事情聴取が終わり、帰っていいと言われて警察署を出ると、外でマネージャーの藤沢と事務所の先輩の一里塚が待っていた。


「高尾さん、大丈夫? 襲われたって聞いてびっくりしたよ」


 一里塚は今日は仕事がなくて、事務所で新人の相手をしていたところ、有理が襲われたという連絡が入り、慌てて駆けつけてくれたらしい。こんなことがあったら、一人で帰るのは不安だろうし、男手があったほうが良いと事務所が気を利かせてくれたらしい。ありがたいので気持ちは受け取っておく。


「あ、イッチさん。お疲れ様です。幸い、怪我もなくて犯人も捕まっちゃいましたら、もう大丈夫ですよ。ご心配をおかけしました」


 一里塚は有理が無事であることを確かめると、ホッと一安心といった感じに、


「それじゃあ、なにかあったら大変だから、今日は僕が家まで送るよ。あ、もちろん藤沢さんも一緒だから安心して」

「いいんですか? 助かりますけど」

「うん、社長にもお願いされてるからさ。そうだ。こんなことがあったからお昼もまだでしょう? 三人でご飯食べに行かない? 奢るからさ」

「焼き肉ですか!?」


 一里塚の提案に、有理ではなく藤沢が答える。彼は少々引き気味に、


「え? う、うん……別に焼き肉でいいけどさ。君にはおごら……」

「奢りですか!」


 藤沢が鼻息荒く畳み掛けると、一里塚は観念したように、


「……分かったよ。奢りでいいよ、もう」

「いやったー! やっきにく! やっきにく!」


 藤沢はスキップしながら駐車場の方へと向かっていった。その後をため息混じりに一里塚が追いかけ、苦笑いで有理が続いた。


 一里塚の車で警察署から出て、聖橋を越えて上野方面へ向かう。アメ横に彼の知り合いが経営している店があるというので駐車場を探したのだが、ついてないことにどこも満車で、グルグルしている内に秋葉原まで戻ってきてしまった。


 仕方ないので、そこの立体駐車場に停めて歩いて行こうということになり、一里塚を駐車場待ちの列に残して、藤沢と二人、車を降りて歩き出した時だった。


 事件はそんな、なんてことないタイミングで起きた。


 末広町の交差点に差し掛かるとちょうど信号が点滅を始め、どうせ一里塚を待たなければならないのだから、急がなくていいと思ったのだが、藤沢が走り出してしまったので、彼も遅れて後を追いかけた。


 藤沢は体力馬鹿なのかウサギみたいに足が早くて、有理が交差点に辿り着いたときにはもう通りの向こう側に渡りきってしまっていた。有理はそこで止まればよかったのだが、歩行者信号は赤になっていたが、まだ車道の方は黄色だったので、間に合うだろうと判断した彼は急いで横断歩道を渡り始めた。


 すると、その時……交差点に、ゴオオオっとサーキットみたいな爆音が轟いたと思ったら、秋葉原方面から物凄いスピードの車が交差点に入ってきた。その車は何を思ったのか、そんな狭い交差点で車体を横に滑らせて、ドリフト走行でカーブを曲がろうとして……そして横断歩道を歩行中だった有理目掛けて突っ込んできた。


 まさかそんな暴走車が突っ込んでくるとは思わず、有理の体はそれを見るなり固まってしまった。頭の中では避けなきゃ! と思っているのだが体が動かず……そして棒立ちのまま衝突した有理は車道へ吹き飛び、勢い余った車がその上を通過していって……


 そして彼はまた意識を失うのであった。


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おお有理よ、死んでしまうとは… 2回目ですよ(呆れ)
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