あなたは……誰……?
森の中でゴブリンの群れに襲われた里咲は、絶体絶命のピンチのところ、乱入してきた二人組によって助けられた。それまでに致命傷を負ってしまった彼女は死にかけていたのだが、男が差し出してきた瓶の中身を飲み干したら、それもあっという間に全快してしまった。
脇腹にぽっかりと空いていた傷口が見る見るうちに塞がっていく。これは一体、どうしたことだろうか? ハイポーション? いや、エリクサー? まるでゲームみたいな治癒力に唖然としていると、そんな彼女の目の前でまたゲームみたいなことが起きた。
よく見れば、男たちが倒したゴブリンたちが次々と謎の光に包まれて消えていく。弾けるような光の礫だけを残して、死体が残らず消えていくさまは、まるでゲームの敵モンスターみたいだった。
もしかして、異世界転生だと思っていたけど、実はゲーム世界に転生したんじゃなかろうか? 例えばここは乙女ゲー世界で、自分は主人公か、もしくは悪役令嬢に転生してて、あの二人は攻略キャラとか……? いや、違う。今の自分は男だった。じゃあもしかして、BL? BLゲーの世界に転生しちゃったの?
そう思ってよく見てみれば、颯爽と現れ助けてくれたこのボーイズらは、二人揃ってゲームみたいなイケメンだった。
ポーションをくれた彼は細面で一見華奢にも見えるが、よく見れば筋肉質で、スポーツかなにかでガッチリ鍛えられているのが分かる。ちらりと見えた腹筋がセクシーで、お尻もきゅっとしまってそうである。
もう片方は少し小狡そうな顔をした俺様系で、ああ見えて攻めに弱くて受け体質に見える。どっちかと言えば、こっちの方が好みである。こういう男をぐっちゃぐちゃにしてやりたい衝動は女子なら誰しも持っているものじゃないかな。ホモオオオ!
「つーかパイセン、なにゴブリン相手に必死になってんのよ。逆に驚いたわ」
里咲が妄想を逞しくしていると、その俺様系が急に話しかけてきた。妄想に酔いしれていた彼女はハッと我に返ると、スケベ心を見抜かれないよう……もとい、お礼を言わなきゃと慌てて頭を下げた。確か、この男、さっき関とか呼ばれていた気がする……
「えと……関さん。本当にありがとうございました。お陰で助かりました」
「はあ!? 関さん……? お、おい、なんだよあんた、気味悪いなあ。何か企んでるんじゃねえか?」
里咲がお礼を言うと、まるで関は幽霊でも見ているかのような、恐怖に怯えた目つきで返してきた。
どうしてそんなに驚いているんだろう? と思いもしたが、それもそのはず、うっかり素の自分を出してしまっていたが、今の彼女は鴻ノ目里咲ではなく、物部有理という別人になってしまっているのだ。彼からしてみれば、昨日までフランクにつき合っていたはずの友達(もしかしたら恋人かも知れない)が、いきなりバカ丁寧にお辞儀してきたら薄気味悪くも映るだろう。
しかし、だからといって、どうすればいいのだろうか。事情を話した方がいいようにも思えるが、今はまだ彼らが本当に協力者かどうかが分からない。悪い人たちではないとは思うが、彼らとはまだ出会ったばかりだし、この世界がどんなところかも分かってないのだから、どんなリスクが転がっているかも分からないだろう。
ここで里咲が、実は中身が別人でしたと言い出そうものなら、下手したら、精神病院みたいなところに入れられたり、奴隷商人に売り飛ばされたりするかも知れない。まずはここがどんな世界なのか、彼らとどういう関係なのか、先に調べておいたほうがいい。協力を仰ぐのはそれからでも遅くはないだろう。
里咲はそう心に決めると、相手の情報を探りつつ、当たり障りのない返事を返した。
「ん、ああ……いやあ~! 死にかけたせいで一瞬パニクってたわ。ありがとうな、関ぴょん」
「関ぴょん……? お、おお……まだなんか変だけど、まあ、いいわ」
関はまだ不審そうに首を捻っている。この感じ、彼には敬称などは付けずに、呼び捨てにしたほうが良さそうである。二人の関係は思った以上に近しくて、気のおけない仲なのかも知れない。そう言えば、パイセンと呼ばれていたから、何かバイトとか、学校とか、そういうのの先輩後輩関係なのだろうか? こっちが先輩なら、少し高圧的に出てもいいだろう。やはり関は受け。受けであるに違いない。
「物部さん。大丈夫か? 来たらいきなり襲われてたから、慌てて入ってきたんだけど。調子でも悪いのか? 今日は学校にも来なかったが」
もう一人の方は立ち居振る舞いが紳士的で、生来の育ちの良さを感じさせる男だった。ルックスやスタイルもモデル並みで、ゲームじゃなければあり得ないようなキャラデザである。もしかして、こっちが本来のこのゲームの主人公なのではなかろうか? そんなことを考えながら様子をうかがっていると、
「おーい、張! こっちのドロップアイテム貰っていいか?」
「好きにしろ!」
彼の名前は張と言うらしい。職業柄、どことなくアクセントに癖があるなと思っていたが、どうやら大陸系だったらしい……大陸系? そう言えば、関といい、張といい、モンスターが出てきて冒険者ギルドがある世界にしては、アジア寄りな気がする。もしかして、和風ファンタジーみたいな世界観なのだろうか……?
「あ、張くん、ありがとう。いやあ、ちょっと油断して……あはは」
「そうか、ならいいんだ」
なんとなく、彼は君付けだろうと決めつけて口にしてみたが、どうやらそれで合っていたようだ。相手がさん付けしてくると言うことは、彼も関と同じく後輩なのだろうか? そう言えば、さっき学校がどうとか言っていたようだが、例えばギルドの養成所なら養成所と言うだろうし、もしかしてこの世界にも学校のような場所があるのだろうか。
それって、もしや魔法学院(正解)……などと考えていると、ドロップアイテムを拾い集めていた関が戻ってきて、
「いやあ、大漁大漁。一旦、荷物置きに行きたいからさ、秘密基地出してくれよ。後でギルドに換金に行こうぜ」
「秘密基地?」
何のことか分からずまごついていると、関が焦れったそうに、
「メニュー画面にあんだろ。あくしろよ」
言われた通りにステータス画面を開いてみると、右側に並んでる項目の一番下に、HIDEOUTなるアルファベットが並んでいた。横文字だからか、さっきは完全に見えていなかった。というか、見えていたところで意味がなかったろう。
(ひ・で・おうと……って何だろう?)
取り敢えず、関が押せと言ってるのはこのボタンかな? と当たりをつけると、里咲はぽちっとボタンを押した。すると突然、目の前の空中に無機質な扉が現れて、その中は亜空間に通じるワープゾーンみたいに七色のもやもやが広がっていた。
この中に入るのは勇気がいるぞと躊躇していると関に無理やり背中を押され、よろよろと足を踏み出せば、するといきなり視界がぐるぐると渦巻くように消えていき、驚いて腕をぐるぐる回していたら、チャララーンと間抜けな効果音がどこからともなく聞こえてきて、気がついたら、彼女はさっきの森とはガラリと違う、どこまでも続く草原の中に立っていた。
とはいえ、何も無いわけじゃない。見れば、目の前には大きな屋敷が建っている。その前庭には畑や魚が泳ぐ池が設置してあり、風が吹き抜けて心地よく、空は太陽がないのに何故か明るく、ぽかぽかと春の陽気だった。
ここはどこだろう? と思っていると、突然、彼女の目の前にポップアップウィンドウが表示されて『メンバーが入室許可を求めています。許可しますか?(同意)(キャンセル)』などと書かれてあった。
同意ボタンを押すと、さっきゴブリンが消えたのとは逆に、光が集まってきて人の形を作り、そこにさっきの二人の姿が現れた。
「サンキュー、パイセン」「お邪魔します」
二人は慣れてる調子で里咲を追い越すと、当たり前のように屋敷の中に入っていった。その様子からして、この屋敷は里咲の持ち家らしいことが分かった。もしかして、これが異世界転生特典のチート能力だろうか? これからどうやって生きて行けばいいのかと途方に暮れていたところだから、家を持っててくれたのは本当に助かった。
少なくともこれで風雨に晒される心配はないだろう。後は食べ物にさえ困らなければ、この世界でもやっていけそうであるが……そう思いながら屋敷の中に入り、そこに並んでいた調度品の数々を、(売れないかな?)と見て回っていたら、奥の部屋でなにやらゴソゴソやっていた二人が帰ってきて、
「それじゃ今日は森に戻ってレベル上げしようぜ」
「昨日は秘密基地の整備で1日潰しちゃったからな」
そう言って二人は、おそらく自分たちのメニュー画面をポチポチと操作して、亜空間から出ていってしまった。
取り残されてしまった里咲は、慌てて彼らを追いかけようと、同じようにステータス画面を開いて右側に並んでいる項目を確かめた。
するとさっきは『HIDEOUT』と書かれていた項目が無くなっていて、代わりに『RETURN』と『LOGOUT』という2つが並んでいた。
いきなり何の説明もなく変更されていて、どっちを押せばいいのかも分からなかったが、流石にログアウトという単語くらいは読めた里咲がポチッとボタンを押すと、さっきと似たような渦巻くエフェクトの後に、彼女の視界はぷつっと暗転し……
そして彼女は、自分が何やらヘルメットのような物を被っていることに気づくのであった。
「……あれ? ここ、どこ?」
しかし、てっきりログアウトしたらあの森に戻るんだと思っていたら、全く見覚えのない場所にワープしてしまった彼女は面食らった。何が起きているか分からないが、邪魔なヘルメットを取ってみれば、そこには無機質な壁に囲まれた、コンピュータールームみたいな部屋が広がっていたのだ。
昔、社畜アニメに出演した時、演じたキャラが寝泊まりしていたサーバールームに雰囲気が似ている……と思ったら、本当にそうだったらしく、直ぐ側にゴウンゴウンとものすごい音を立てて、ファンをぶん回しているサーバーラックが陳列されており、そして彼女が座っているリクライニングチェアの前には、大きなディスプレイが何枚も並べられていて、よくわからないウィンドウがパカパカ開いたり閉じたりしていた。
と、そのうちの1つに、何だか見覚えのある姿が映し出されているのに気づいて、よくよく目を凝らしてみれば、そこにはさっきの二人組が森の中に佇む姿が映し出されていて、何やらぺちゃくちゃお喋りしているようだった。
どうして彼らの姿が……? と、驚いて立ち上がった拍子に、被っていたヘルメットを床に落としてしまい、慌てて拾い上げて壊れていないか確かめていると、そのヘルメットに繋がったワイヤーの先で、同じようにヘルメットを被って眠りこけている二人組の姿を見つけた。
「……なに……これ……なんなの……?」
ヘルメットで顔が隠れているが、そこにいたのはあの森で出会った二人で間違いなかった。二人は里咲と同じようなリクライニングチェアの上で、ぐったり全身脱力状態で倒れており、よく見れば呼吸をしているようだが、完全に意識不明状態のようだった。
そしてディスプレイを見れば、その二人の姿が映っている……
(まさか……二人の意識がコンピューターの中に囚われているの……?)
まるで映画マトリックスみたいな状況に混乱している里咲の耳に、その時、更に驚きの声が飛び込んできた。
「有理、どうかされましたか?」
彼女はどこからか突然聞こえてきた声に、ビクリと体を震わせた。恐る恐る周囲を窺うも、部屋の中には自分の他には、目の前で眠っている二人の姿しか見当たらなかった。
それではこの声はどこから聞こえてくるのだろうか? 気味の悪い状況に慄いていると、再度彼女を急かすように声が聞こえてきた。
「張偉も関も、有理が戻ってこないことを不審がっています。何かトラブルでも起きたのでしょうか?」
意識して聞いてみると、どうやらその声はディスプレイ脇のスピーカーから聞こえてくるようだった。この声の主は遠隔地にいて話しかけてきているのだろうか。
いや、そんなことよりも、彼女にはもっと気になることがあった。
その声にはどうしようもなく聞き覚えがあった。自分の商売道具なのだから間違いない。それは彼女……声優・高尾メリッサの声だったのだ。
「有理、ログアウトしていることを、張偉に教えてもよろしいでしょうか?」
声は尚も疑問を投げかけてくる。
「あなたは……誰……?」
里咲は恐怖に震えながら、その問いに問いで返した。




