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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第四章:高尾メリッサは傷つかない
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そりゃ犯罪だ

 徃見(いくみ)教授が授業を終えて教室を出ていくと、そこには死屍累々の光景が広がっていた。皆気絶しているか、フェレンゲルシュターデン現象を起こした猫みたいに、虚空を見つめたまま固まっていて、動いている者は誰もいなかった。


 有理はそんな中でただ一人、せっせとノートに板書をしながら、シャーペンの芯をカチカチ鳴らし唸り声をあげていた。


 一学期の授業を通じて魔法について分かったことと言えば……結局のところ、まだ魔法は分かっていないことだらけだ、ということだった。1つの謎が解決したかと思えば、すぐまた次の謎が見つかる。そもそも、魔法の力がどのように伝達しているのかを観測出来てない現状では、真っ暗闇を手探りで歩いてるようなものだから、研究者たちも胸を張って、こうだ! と言えることがまだ少ないのだろう。


 普通の人ならこんなものは学ぶ価値がないと言ってそっぽを向いているところかも知れないが、そんな状況でも、学者たちが仮説を立てるところまで行っているというのは、興味深かった。魔法とは、実は情報を伝達する力のことで、何らかの粒子を交換することで発動しているのだ、というのは、それまでの雲を掴むような話に比べれば大分とっつきやすかった。


 少々踏み込んだ話をするが、実はこの世のあらゆる物理現象は、粒子の交換で成り立っている。電磁気力にしろ核力にしろ、そこになんらかの力の相互作用があるときは、作用し合っている粒子同士がゲージ粒子と呼ばれる素粒子を交換しているのだ。


 例えば原子核の中では、プラスの電荷を持つ陽子と、電荷を持たない中性子が、何故か仲良くくっついている。これは双方が中間子と呼ばれる粒子をお互いに投げ合っているからだと予想した湯川秀樹は、最初は馬鹿げていると笑われたが、後にその粒子が発見されて日本人初のノーベル賞を受賞している。


 魔法は未だに未知の現象ではあるが、同じ宇宙に存在している限り、同じ力の法則に縛られているはずである。ならば魔法も、既知の他の力と同じように、粒子の交換が行われていると考えるのが筋ではないか。


 しかし、魔法が発動する際、その力の発動の鍵が、術者の脳内で生じているというのは奇妙な話である。魔法はアストリア語を理解する異世界人が、特定の『言語』を発すると、自然に発動する。まるでゲームみたいに。


 どうしてこんなにゲームみたいなんだろうか? そう言えば、この間、閉じ込められてしまったVRMMOの世界でも、魔法を使うには『(ウォート)』を発する必要があった。ゲームの中で有理が水を意味する『アクウォ』と唱えれば、たちまち水がどこからともなく溢れてくるのだ。


 このゲームの中の『語魔法』と、現実のルナリアンの『魔法』がそっくりなのは、開発者がそれを意識して模倣したのだから当然であるが、ゲームの中でならいくら使っても不思議に思わない魔法が、現実で使われると不自然に見えるのは何故なんだろうか。


 この世界には当たり前のように魔法が存在する。しかし、この当たり前は、どうして違和感を伴うのだろうか……


「物部、ちょっといいかしら」


 有理が鼻の下にシャーペンを挟みながら椅子の脚を傾けていると、教室のドアの方から彼を呼ぶ声が聞こえてきた。見れば、生徒会長の椋露地(むくろじ)マナが、首を突っ込むようにして教室の中を覗き込んでいた。


 彼女とは、そのゲームの中に閉じ込められて、主観時間で1ヶ月以上を共に過ごした仲であるが、学校では特に縁があるわけではなかった。実際、彼女が教室にくるなんてことは初めてだったから、クラスメートたちの無遠慮な視線が飛び交って、なんとも居心地の悪い空気が充満していた。


 一体全体なんの用だろうか? 有理はその視線を掻い潜るようにして、足早に廊下へ出ていった。


「椋露地さん? こっちの教室に来るなんて珍しいね。どうしたの」

「ちょっとあんたに話があるのよ。放課後、時間を作ってくれないかしら?」

「話? 別にいいけど……ここじゃ駄目なのかい」

「ええ。出来れば、二人だけで話したいんだけど……」


 どうせ大した用事じゃないと思っていたら、なんだか様子が穏やかじゃない。有理はどうしたんだろうと戸惑いつつも、分かったと頷いてから、


「放課後は先約があって、張くん達と研究室に行くことになってるんだ。その後でよかったら話を聞くけど」

「そう……ならそれで構わないわ。何時くらいになるかしら?」

「分からないけど、夕方にはなっちゃうんじゃないかなあ。もしかすると下校時間ギリギリかも知れないから、一度帰って、寮のロビーで待ち合わせないか?」

「出来れば人目は避けたいのよ……手が空いたらメッセ飛ばしてくれない?」


 マナはそう言って定番のチャットアプリのアドレスを送ってきた。定番だから一応インストールはしているが、ろくに使った試しがないアプリである。もちろん女の子とアドレス交換するのは初めてだから、ドキドキしながら慣れない手つきで登録すると、彼女は来た時と同じくらいそっけない態度で、くるりと背を向け去っていった。スタンプとか買っておいた方がいいんだろうか……


「なんだなんだ? 告白かあ~? パイセンやるじゃん」


 その時になって慌てないよう、使い方を覚えようとして軽くUIを弄っていると、背後から下世話な声が聞こえてきた。何を言ってもうざ絡みされそうで億劫なので、


「うっせえ、死ね」


 とぞんざいに返す。


「今の生徒会長だろ。これからあのゲームやるって、誘っても良かったんじゃないの」

「あんな目に遭ったんだから、もう懲り懲りだろ。つーか、関と一緒って知ったら相手が嫌がるんじゃないか」

「酷いっ!」

「それに年考えろよ。相手は普通だったらまだ中学生だぞ。手を出したらロリコンじゃ済まねえよ」

「え? 飛び級とは聞いてたけど、あれってそんなに若かったの? そりゃ犯罪だ」


 有理は面倒くさそうに首をぽきぽき鳴らしてから、マナが去っていったのとは反対方向へと歩き出す。


「さて、目的の授業は終わったから、俺は先に研究室に行ってるよ。君はあと一時間頑張りたまえよ」

「ちぇっ、授業免除者はずりぃよな」


 関のため息が心地よく響く。有理はそれを聞きながら意気揚々とその場を後にした。


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