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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第四章:高尾メリッサは傷つかない
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魔法の系譜学①

 あくびを噛み殺しながら空調の効いた研究棟から外へ出ると、猛烈な太陽光線に焼かれそうになった。そのまま回れ右したい気分になったが、ぐっと堪えて、出来るだけ日陰を探して歩き出す。最近は男子でも日傘を差す者が増えているというが、検討の価値があるかも知れない。そんなことを考えながら校舎に滑り込むと、ほんの数分のことなのに、もう汗ばんでいた。


 全館空調の魔法学校の廊下はひんやりしていて、蒸発する汗が熱を奪っていって、寒くもないのに腕が毛羽立ってきた。外は灼熱で内は極寒で中間はないのかと愚痴りながら、宥めるように腕を擦る。


 応接室と校長室の前を通り過ぎ、職員室の横の階段を上っていくと途端に騒がしくなった。ちょうど前の授業が終わり、生徒たちが廊下に出てきているようだ。ガヤガヤと人で賑わう廊下を進んでいくと、通りすがりの生徒たちがぺこりとお辞儀をしてきた。


 連れてこられた当時は完全アウェイだったが、最近はみんな普通に接してくれる。尤もそれは職員に対する感じではあったが。有理もこんにちわと挨拶をして通り過ぎる。


 クラスのドアをくぐると、中国人たちのじろりとした無遠慮な視線が飛んできた。最初はメンチを切られてるのかと思ったものだが、もう慣れてしまった。張偉に言わせれば、日本人からはそう見えるだけで他意はないらしい。クラスの他の連中にもそれが分かってきたのか、最近ではヤンキーたちも事あるごとに衝突することはなくなっていた。まあ、一日に一回程度だ。


 その中国人たちのグループの中から張偉が出てくる。


「物部さん、来たんだ。朝飯のとき呼びに行ったら返事がないから、てっきりまだ落ち込んでるんだと思ってた。もう平気なのか?」


 張偉は久しぶりに授業に出てきた有理を気遣ってくれてるようだった。有理はありがとうと頭を下げて、


「いやまあ、落ち込んでるけどね。俺が落ち込んだところでどうなるもんでもないし、いい加減気持ちを切り替えて、ぼちぼち社会復帰しないと」

「でもあんた、授業なんか出る意味ないだろう。俺たちと違って頭が良いから、免除されてるんじゃなかったか」

「まあね。でもほら、今から魔法学でしょ? 夏季休暇前の最後の授業だから、ちゃんと出ておきたくて」

「ああ、そのためにわざわざ? あの授業、ちゃんと聞いているのって物部さんだけだぞ。俺は聞いててもまるでわからない。そんなに面白いのか?」


 有理は苦笑いしながら、


「俺も全部が全部分かるってわけじゃないよ。でもその、分からないってことが分かるってのは、本来楽しいものなんだけどね」

「ふーん……言っている意味は分かるけども」

「よう! パイセン、授業に来んの久しぶりじゃん。元気になったんなら良かったよ。ところで放課後、研究室遊び行ってもいい?」


 二人が世間話をしていると、今度はアホの関がやってきた。なんでこいつはいちいち絡んでくるんだと、最初は鬱陶しくて仕方なかったが、最近ではこれも日常になっていた。有理は生ゴミでも見るような目つきで近寄ってくんなと言いながら、


「おまえが研究室に来てなにするってんだよ?」

「ほら、こないだのゲームの続きがしたくってさ。ずっと気になってたんだけど、パイセンが弱ってるからって張に止められてたんだよ」

「あー……まあ、いいけど。まずは授業を受けてからな。ほら、先生来たから席つけよ」


 彼はそう言って着席すると、持ってきたノートを取り出した。魔法学の授業はもとより、このクラスに板書を取るような生徒は一人もいない。張偉たちは肩を竦めると、それぞれの席に戻っていって、間髪入れずに机に突っ伏した。


 隣の席で、関がゴオゴオとわざとらしくいびきを立てている。ノートの角で引っ叩いて黙らせていると、亀の歩みでよちよちと歩いてきた徃見教授がようやく教卓にたどり着き、いつものように壁に向かって話しかけるかのごとく、淡々と授業を始めた。


「みなさん、こんにちは。今日は今学期最後の授業ですから、これまでにやったおさらいをしたいと思います。まずは初回にお話ししました、魔法という力がなんであるのか、昔の人はどう考えていたのかということから振り返っていきましょうか。


 昔と言うのは、それは50年前の大衝突よりもずっと前、まだ科学技術が発展していない中世の頃の話です。人々はあらゆる物質が原子から作られていることを知らず、この世は私たちの住む地上と、空の上にある神の国とに別れていました。


 昔の人は空を見上げて、そこにある星や太陽や月がどうして落ちてこないのか、不思議に思っていました。


 水は高いところから流れてきて、低いところに溜まります。落石は斜面を転がり落ちるだけで、坂を駆け上がるなんてことはない。地上のあらゆる物質は、必ず上から下へと落ちてくるというのに、どうして夜空の星々は落ちてこないのだろうか。よく見れば、太陽と月と星はそれぞれ違った動きをしていて、中には惑星なんて不規則な動きをする星もある。何か見えない力が働いているとしか思えない。でもそれがなんだか分からない。だから昔の人々は、地上と空とは法則が違っている、それぞれ別の世界なのだと考えました。


 例えばアリストテレスは、あらゆる物質は突き詰めると、全て近接力によってのみ動かすことが出来ると考えていました。大きな岩は、誰かがグイッと押さなければ動かない。水が流れるのは、水同士が押し合いへし合いしているからだ。木の葉がひらひらと舞うのは風に押されるからだ。ところが、夜空の星々は何によって動かされているのか、見ててもさっぱり分からない。まるで見えない力によって押されているとしか思えない。


 もし空と地上が同じ法則で成り立ってるなら、この地上はぐちゃぐちゃになってしまう。だからアリストテレスは、そうならないよう、世界を分けて考えたのですね。太陽の世界、月の世界、星の世界、神の世界と、全部別々のものだと分けてしまったのです。


 こうして私たちの地上は全部近接力によって説明がつくけれど、空の上は謎の遠隔力によって支配されている別の世界、と考えられるようになりました。そして神の世界は太陽の世界の更に上にあって、呪いとか、神の奇跡とか、魔法とか、そういった未知なる現象は全てその世界に由来すると考えられてきたのです。


 これがいわゆる昔の人たちの『魔法観』みたいなものです。神様は、地上に住んでる私たちには絶対真似のできない、未知なる力を行使する存在なわけです。


 ですが、現代に生きている私たちからすれば、これはもはや未知でもなんでもないですよね。


 私たちは、この地上も、太陽も、夜空の星々も、みんな同じ重力が働いていて、万有引力の法則によって説明することが出来る、ということを既に知っています。


 ティコ・ブラーエの研究資料を引き継いだヨハネス・ケプラーが惑星の運行法則を発見し、アイザック・ニュートンが運動の法則を数式で著し、そしてマイケル・ファラデーが場の理論を発明して以来、私たちの世界からは神の世界は消え去りました。魔法という、謎の遠隔力はどこにも存在しなくなったのです。


 さて……それからまた200年が経過し、今から50年ほど前、時空を超えた二つの世界が混ざりあう、大衝突が起こります。その時、こっちの世界にやってきたルナリアンは、魔法としか思えないような不思議な力を持っていました。


 しかし、昔ならばいざ知らず、科学の発展した我々からすれば、それはもはや未知なる力であってはならなかったのです。


 我々の科学はこれまでに、この宇宙はビッグバンで始まり、その時に生まれた4つの力によって成り立っていることを証明してきました。宇宙は奇跡的なバランスの上に成り立っており、もしそこに未知なる力が入ってきたとしたら、消滅してしまうはずだ。


 つまり今、宇宙がそうなっていないのであれば、そこに未知なる力なんてものは存在するはずがない。


 だから50年前の科学者たちは、ルナリアンたちが使う魔法もまた、4つの力によって成り立っているはずだと考えました。


 そうした仮説によって発見されたのが、彼らの魔法がニュートリノ系とでも呼ぶべき力の法則によって成立しているということでした。


 ルナリアンたちは、太陽から絶えず飛んでくる無尽蔵とも呼べるニュートリノを、重力のフィールドを展開して収集し、エネルギーに変えて魔法を行使しているらしいぞ……ということを突き止めたのです。


 補足ですが、魔法力に個人差が存在するのは、この重力のフィールド……つまりマジックフィールドを展開する能力に差があるからです。単純に、術者の展開できるフィールドが大きければ大きいほど、一度に使えるエネルギーは増えますが、どれくらい大きく出来るかは生まれつきの才能に左右されるので、誰もがインドのシヴァ王みたいに極大魔法を使えるわけじゃない。


 また、このフィールドを展開するには術者の精神に負担がかかりますから、魔法をずっと使い続けることも出来ない。いわゆるMP切れを起こすわけですね。そういうルールで、ルナリアンたちは魔法を使っているようです。


 とまあ、こんな具合に、今までに分かったことを意気揚々と説明してきたわけですが、実はここから先のことは、まだ良くわかっておりません。エネルギー源は見つけた。でも、そこから魔法が行使されるまでには、実際どのような物理現象が起きているのか、その仕組みは解明されていないのです。


 例えば、ニュートリノをエネルギーに変えていると言っても、具体的に脳内でどのような変換が行われているのか。また、そもそもルナリアンたちはマジックフィールドをどうやって展開しているのか。 我々、地球の科学者はまだ重力を操ることはもちろんのこと、重力子(グラビトン)を発見してもいませんから、どうなっているのか見当もつかない。


 例えば、ルナリアンの中には空中浮遊をする人がいますが、空を飛んでるとき、彼らは何に乗っているのか。魔法といえば爆発魔法が定番ですが、術者はどうやって火種もないのに離れた場所に爆発を起こせるのか。これらの原理もまだよく分かっておりません。


 尤も、マジックフィールドを展開するとき、彼らは重力を操っているわけですから、これらの現象もまた重力を用いていることは大体想像がつきます。いきなり遠隔地に爆発を起こせるのも、重力子には次元を飛び越える能力があると考えれば、まあ説明が出来ないこともない……逆にそうでもなければ説明がつかないのですが……


 少々話が脱線しましたが、魔法使いたちが脳内でどのようなプロセスを経て魔法を行使しているのかは、まだ分からないことだらけなのです。


 ただ、この仕組みについては、現在、新たなアプローチから迫れるのではないかと期待されています。それはいわゆる第2世代の魔法を研究することによって判明してきたのですが……引き続きそれらについて見ていきましょう」


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