第六十話
結局、茶阿局の部屋に行くことになった。
宗古は茶阿局に、
「淀君に確認したいことがあります。
小那姫様を伏見にお呼びになろうとされたのに何故気が変わって、浜松城に『伏見にはもう来なくても良い』という手紙をお送りになられたのか。
それが小那姫様の悲劇の一因と聞いております」
まあ、気まぐれの姫ならそんなこともありそうだが。
そんなことより黒幕の正体にもっと核心的な質問をしたほうがいいのでは。
家康暗殺の気配があるのだろう。
宗古の脳も鈍ったのか。
「わかりました。
今日はもう遅いですが、大晦日なのでもし起きておられれば私が聞いてきましょう。皆さんはここに居てください」
茶阿局が部屋を出て言ったので、吉川は勝吉に聞いた。
「急に江戸に戻られるとなって。大変でしたね。家康様に対して不穏な動きがあると伏見で聞きましたがどうですか」
「早馬を乗り継ぎ、ほとんど寝ずに走ったからすぐに江戸に着いたよ。
間諜から、家康様に恨みを持った武田の残党が江戸城に来ており、隙がありそうな元旦に家康様を襲うという噂がいくつか入ってきたのだ」
「夜が明けると元旦ですね。いやもう年が明けましたか」
「江戸の武器調達商人と付き合っている間諜からも、高性能な火縄銃や殺傷能力の高い小型携帯爆薬の特別注文を受けたという噂もある。
家康様に確認したが、徳川家からの発注ではなかった」
「江戸城に入ってこなければ武器は使えないですね」
「そうだが。忍びの月の動静が気になる。あれ以来身を潜めているようだ。
正月には西の丸の最上階で、元旦の宴がある。
淀君も参加されるらしい。
私も能を演じる。小面ではない別の演目で」
宗古が口を開く。
「勝吉さん、大野春氏様は囲碁が強いと聞きましたが、算砂様と対戦されたのでしょう。」
「家康様が同じことを考えられて二人の対局が先日行われたのだが、算砂様の調子が悪かったようで大野春氏様がかなり有利で中押し勝ちに近い局面だったが途中で対局中断となった。
算砂様は風邪気味のようで家康様に謝っていたよ。
でも大野春氏様は相当囲碁が強いと思う」
茶阿局が戻ってきた。
「聞いてきたわ。まだ起きておられたので」
「どうでした」
「不思議な感じ。
大野春氏様の部屋に、小那姫様からの手紙が入っていて、『浜松城に居ることにしました。どうしても伏見に行く必要がありますか』という内容だったとの事。
大野春氏様は淀君にそれをお見せして、淀君からは、実家がよいのだろうと言われ、伏見にはもう来なくても良いと回答の手紙を渡されたとの事だった。」
勝吉が唸る。
「あの浜松城の淀君からの手紙は返信だったのか。
小那姫様が可哀そうすぎる。
大野春氏様の部屋に小那姫様が手紙を入れるのは不可能だ」
「私たちが伏見に出発してから、勝吉さんは江戸に戻ったのだけれど、それ以外の方はそのまま江戸城におられるのですか」
「そうね。江戸城を出て言ったのは宗古さんたちだけね。その宗古さんたちも戻ってきたし。
今日はもう遅いから明日にしましょう。
勝吉殿、二人の寝床を用意して。
私は家康様が待っているみたいだからこれで失礼します」
茶阿局が化粧を直し部屋を出た。
「貴方たちも姫納めするのね」
いや、まだキスも正式にできていないのだが。
勝吉に寝床を用意された。
「末席だが明日の宴の席を用意した。明日は家康様の宴に参加してくれ。
警戒は厳重にするから物々しいかもしれないが。
江戸城に客人以外誰も通すことはしない。
それでも何かあるといけないから家康様に近づく怪しい奴がいないか監視してくれると助かる」
「ありがとうございます。わかりました」
急な訪問だったが、二人の寝床は正月バージョンで煌びやかだ。
江戸城から外を見ると大きな満月が空に浮かんでいる。
「明日は黒幕との対決ね。
さて、ファーストキスのやり直しする?
そのあとは姫納めで、伏見の女と王子の男が合わさる?
きちんと手順を踏んでいなかったから王子のアイコンが光らなかったのよ」
宗古が目を閉じた。
「私は覚悟を決めたわ、どうか……」
その懇願ともとれる囁きに、吉川の理性は限界を迎えた。
彼は少女の華奢な肩を抱き寄せ、ゆっくりと畳の上へと押し倒した。
抵抗はなく、むしろ彼女は縋るように吉川の背に細い腕を回してくる。
二つの身体が、闇の中でゆっくりと重なり合う。
肌と肌が触れ合う熱さが、夜気の冷たさを瞬時に忘れさせた。
吉川の手が、少女の白磁のような肌を愛おしむように撫で上げる。指先が胸元へと差し掛かると、彼女はビクリと身を震わせ、吐息を漏らした。
そこには、未だあどけなさを残す柔らかな双丘があった。
手のひらに収まるほどの慎ましい膨らみだが、その感触は驚くほど瑞々しく、弾力に富んでいる。吉川の視線と指先がその頂を捉えると、羞恥と興奮によって硬い蕾となった突起が、ツンと自己主張するように張り詰めていた。
「……んっ……」
指先でその蕾を弄ると、少女は甘い声を漏らし、背を反らせて吉川に密着してきた。
まだ何も知らない純白の領域が、吉川の手によって徐々に色を変え、女としての悦びを教え込まれていく。
上気した頬、潤んだ瞳。目の前の少女は、あたかも春の夜に開花を待つ桜のようだ。
「……痛くはないか?」
吉川が耳元で囁くと、彼女は首を横に振った。
目尻に涙を溜めながらも、その瞳には強い意志が宿っている。
「あなたの……ものに、なりたい」
その言葉が引き金となり、吉川は彼女を深く抱きしめた。
少女から女へ。
痛みと熱の狭間で、彼女は身を捩り、初めて吉川の名前を何度も呼んだ。
その声は初めは苦しげだったが、やがて互いの鼓動が重なり合い、溶け合うような甘い溜息へと変わっていく。
月明かりの下、蕾は花開き、彼女は本当の意味で美処女から美少女となったようだ。
しばらくして、鶏の声が聞こえた。
夜が明けそうだ。




