第五十五話 かまきり
小那姫が来る前に宗古は家康と小さな声で話をしていた。
家康の顔が変わった。
家康は茶阿と宗古と吉川に部屋の奥で隠れるように指示をした。
小那姫が家康の部屋に入ってきた。
「家康様、御用でございますか」
「江戸に来て見聞は広がったか」
「はい。淀君にも大変可愛がっていただいております。江戸城には浜松にでは見ることができなかった色々なものもございます。
やり残したことを江戸で実現したいと思います」
「そうか。さて昨夜の静勝軒の火災で聞きたいことがある」
「わかりました」
「昨日静勝軒に行ったと家来に聞いたが、用事はなんだったのか」
「茶阿局様が淀君のところに来られて、静勝軒には面白いものがあるとお聞きしましたので、茶阿局様に連れて行ってもらいました」
「何か面白いものはあったか」
「太田道灌の時代の道具を興味深く見ておりました。いずれも浜松城には無い者でしたので」
「その後もまた、一人で静勝軒に来たと家来に聞いたが、どうしたのか。
忍びの月でもいたのか。
正直に申せ」
小那姫が打ち震え始めた。
「忍びの月から吹き矢に挟んだ手紙が私の部屋に入ってきて、『夕方静勝軒の三階で待つ』とだけ書いてありました。
私は小刀を懐に忍ばせて忍びの月を殺そうと静勝軒で待っていたのですが、結局現れませんでした。
二階にも降りて確認したのですが裏の扉が開いてはいましたが、忍びの月は居ませんでした。
三階に戻って、太田道灌の玩具を眺めていると、なんと月の小面が置いてあったのです。
私はこれで忍びの月を仕留められると思いました。
太田道灌のからくり玩具に前の箱を空けたら背中に棒が飛ぶものがあったのです。
私は箱に月の小面を入れて箱の上に月の小面と筆書きをし、忍びの月が箱を開けたら小刀が背中に刺さるように仕掛けをして、静勝軒を去りました」
「そのあとどうしたのか、誰かにそれを言ったのか。」
「はい。淀君だけにはそのような仕掛けをしたことを言いました。」
「最近、淀君と仲がいいようだが。大野修理とはどうだ。」
「大野修理様とはあまり会う機会がありません。私と入れ替わりに淀君のところに戻ることが多いと思います。
淀君からも、『大野修理に頼みたいことは済んだから小那姫はこれから伏見に戻って私を世話してくれないか』とありがたいお言葉を頂き感激しております」
「以前肥前名護屋城で小那姫の性的嗜好を聞いたが、淀君と何かあったか。私には隠せぬぞ」
家康は小那姫に踏み込んだ。
小那姫は更に震えて下を向いている。
「どうなのだ。」
「はい。大変良くしてくださいます。
忍びの月とは比べ物になりません。」
それ以上は勘弁してください。」
淀君は両刀使いなのか。
「淀君に太田道灌の玩具の仕掛けの話をしてからどうなった」
「はい。大野修理様が部屋に戻られましたので、私は淀君の部屋を出ました」
「何か言っていたか。」
「はっきりとは聞こえませんでしたが、淀君が大野修理様に、忍びの月、月の小面という言葉は聞こえました。
大野様からは仕留めますというのが聞こえましたので、私の代わりに忍びの月を殺してくれるのかと思いました。
翌日、大野修理様が亡くなられたと聞きましたので、忍びの月に殺されたのかと思いました」
「大野修理は、背中から小刀を刺されて、大野道灌の玩具の箱の前で死んでいた」
小那姫の眼が吊り上がり泣き出した。
「まさか、私の仕掛けで。
忍びの月が殺したに違いありません。
私はやっていない。私は大野修理様を殺す理由もない」
そのまま小那姫は突っ伏して泣き続けた。
「調べを続ける必要がある。もう小刀は持っていないな。
浜松城に戻ったほうが良い。
今後については堀尾吉晴に伝える」
「私は。月を殺したい」
小那姫は勝吉に連れられて、家康の部屋を出て行った。
家康がもう姿を見せてもいいと言われたので、宗古が家康に話しかけた。
「実行犯は小那姫です。
ですが、黒幕は、そういうことです。
もう大野修理氏は用済みになったのだと思います。
多分懐妊されたのでしょう。
家康様、お体に気を付けてください。忍びの月は黒幕の指示であなたを暗殺するかもしれません。
この世界のためにも大事な体です」




