第十八話
宴が終わり、宗古と吉川は家康の部屋に入った。
小那姫は家康の横で俯いていた。
「よう来た。小那姫も謎に興味があるらしい。茶でも飲んで気楽に話してくれ」
さらしをきつく巻いた凛々しい男装姿の宗古が言った。
「家康様、ここは安全でしょうか。先ほど私どもの部屋は天井か壁に不審な気配を感じましたので」
「大丈夫だ。今は家来に天井、床、部屋の外や壁の全部に見張りを忍ばせておる。宗古殿の部屋も同様の警備をした。
それから勝吉に聞いたが、石山安兵衛のところで会った貞と呼ばれた怪しい女はさきほど城の井戸近くに潜んでいたのを勝吉の家来が見かけた。ただすぐに逃げられて行方を追っている。
そう遠くには移動できないだろうから捕まるのは時間の問題だと思う。
先ほど宗古殿の天井に潜んでいたのもその女ではないかと思う」
「わかりました。月の小面消失の謎を今から話します。
あくまで消失の謎に限った話ですが、ここでの話は内密にお願いします」
宗古が大きな瞳で小さな声で話し始めた。
「能面をいれた桐の小箱にからくり仕掛けがありました。
あの箱は二重構造になっていて普通に開けるときと、輪の把手を右にずらして開けるときで異なる空間が出るようになっています。最初に月の小面を入れて、次に出すときに右ずらして把手を引けば空の空間がでてくるという仕掛けです」
家康が言った。
「翌朝木箱を空けたは小那姫だが、小那姫が月の小面を盗んだのか」
吉川がそのとおりだと頷き、茶をすすった。
宗古が続けた。
「翌朝箱を空けたのは小那姫様、あなたですね」
「家康様、本当に申し訳ございません。どうしても断り切れなくて」
小那姫が突っ伏した。
宗古が姿勢を正した。
「小那姫様、あなた様は月の小面を消失させようとしてからくり箱を手に入れた。そして翌朝木箱を右にずらせて月の小面を消失したかのように見せかけた」
「そして、本当に月の小面が無くなって一番びっくりしたのも小那姫様、あなたですね」
吉川は首を傾げた。何を言っている。
宗古が続ける。
「何故なら月の小面を消失したように見せかけて、あとで桐箱から月の小面を取り出そうとしたら、桐の木箱には月の小面が無かったから」
吉川は茶碗を落として眼を剝いた。
家康が叫んだ。
「そうすると月の小面を盗んだのは誰だ。
私が鍵を一晩中握っていたのにどうやって」
宗古が瞳を輝かせて話した。
「金蔵の扉の上に小さな換気孔がいくつか有りました。
換気孔は、ほこりもたまっていませんでした。
誰かがあの夜に換気孔から、先端が鉤になっている硬く細い針金状の金属棒をいれて桐箱の輪の把手に入れて引っ張り、桐箱を開けたのです。
次にもう一つの細い金属棒の先に膠のような糊をつけて能面を箱から出して換気孔まで小面を引き寄せたのです。
そのあとに硬く細い金属棒で箱の横を押して箱を閉じたのです」
家康が口を挟んだ。
「そうすると月の小面は、朝に金蔵の換気孔に裏向きで張り付いたままだったということか」
「そうです。
あの蔵は明り取りが換気孔しかないから蔵内は薄暗く、蔵の壁も黒、能面裏も黒色だから目立ちにくかったはずです。
あの朝、誰かを除いて家康様も堀尾吉晴様も小那姫様も関係者の皆さんもみんな蔵から出したこれから開ける木箱に集中していたはずです」
宗古が続けた。
「誰かだけは、木箱ではなく蔵の上の換気孔に付いていた能面をさっと取り何食わぬ顔で隠し持って木箱の前でびっくりしていたはずです」
「その者はかなり器用で敏捷な動きができる能力が必要だな」
「そうです。小奈姫様には無理だと思います」
「そうすると小那姫は月の小面を盗んでいないということか」
「はい。誰かにそそのかされて茶番を演じただけです。
あるいは盗んだ者から罪を着せられるために騙されただけだと思います」
「どうやって能面が消失したのはわかった。それでは誰が盗んだ?」
宗古が小那姫に向って言った。
「小那姫様が木箱を取り出したとき、金蔵の鍵を開けたのは家康様ですが、扉を開けてくれたのは誰ですか」
「歩き巫女の月です」
宗古が私の読み通りという得意満面な顔で、家康に宣言した。
「あの日の朝、金蔵の扉の近くにいて金蔵の扉を開けた者が月の小面を盗んだ犯人です。
歩き巫女の月が真犯人です。
以上で私の謎解きは終わります」
家康は小那姫に尋ねた。
「誰に唆されたのか。あの能楽師か」
小那姫は真っ赤になって言った。
「違います。月です。
私は来電から言い寄られましたが男と致すのは興味ありません。
来電の能の演技は見事だと評価しますが、父にそろそろ縁談をどうかといわれてもずっと断ってきました。
私は男に興味が無いのです。
算砂様が碁打ちで浜松城に来られるたびに私は月に抱かれました。
同性からしか与えられない終わりのない悦びに私の理性は崩壊したのです。
それが、あの月の小面が消えた日から月は急に私に冷たくなったのです。
あの日、月の小面消失以降、私にはもう興味が無い、しつこいと吉晴様に告げ口すると脅されました。
先ほどの宴でも月は私と視線を合わせようとはしませんでした」
家康はすっと立ち上がると家来を呼びつけ何か指示をした。
しばらくして家来が戻ってきた。
「算砂様はいびきをかき眠っておられます。
月という方は部屋に居ませんでした」
先ほど能を演じた勝吉が部屋に入ってきた。
勝吉が宗古に尋ねた。
「石山安兵衛から、きんちゃく袋は未だ見つかっていないが紋は九曜だったような気がすると言ってきた。
参考になるか」
「忍びの者発祥の望月家の紋ですね。
九曜は、家康様の家臣に滅ぼされた望月家の紋。
そして月は忍びの者だったと」
宗古が答えた。
「それで今、本当の月の小面はどこにある」
「わかりません。
あの文書によると遠江のどこかに隠されているかもしれません。囲碁打ちの算砂様に、月のことを詳しく聞く必要がありそうですね。」
「わかった。勝吉、算砂殿を起こしてここに来てもらいなさい」
算砂を待っている間、吉川は小声で宗古に、何故昨日は小那姫が月の小面を盗んだ犯人だと大声で言っていたのかと聞いた。
「宗桂のおっさんより先に寝転がって上を見ていたら、天井の隙間から女の眼のようなものが見えたの。
忍びの者が天井に潜んでいたわ。だから本当のことは言わなかったの」
「小那姫と月は女性同士で愛し合う仲で、月が忍びの者だと思っていたのか」
宗古はそれには答えず、
「武田家が滅びて忍びの者を操っているのが本当の黒幕かもしれないわ」




