第九十三話 旅の仲間
パンジャンドラムはマジノと袂を分かった後、さらに東へ向かった。
人間の住む町や街道に沿って自身の活動領域を設定した彼は、その新しく訪れた小さな国が共和国であることに気づいたそうだ。
王はなく、民主制。
選挙が行なわれ、国のリーダーは大統領と呼ばれていた。
当初、そういうこともあるだろうと流していたパンジャンドラムだったが、ある日その大統領が、元はたくさんのSを持つ冒険者だと知った。
エンシェントドラゴンを退治し、人心を掴んだその男は、暴政を敷く王を討ち倒し民主化を成し遂げ、初代大統領に選出されたのだと。
フルフェイスの兜で顔を覆い町を散策したパンジャンドラムは、大統領が6人の妻を持つ男だという情報を得た。
「まさか、とは思ったけどさ。一応、会ってみようと思ったんだ。大統領が別荘で遊んでる時、夜中に忍び込んだよ」
警備は手薄だった。
大統領は凄まじい戦闘能力を持ち、自身を討ち取れる者などないとタカを括っていた節があったという。
パンジャンドラムはなんなく大統領の寝室まで到達した。
「…………何て言えばいいのかな。その………………信じられなかったよ」
部屋の隅にある大きな壺の陰に身を潜めたパンジャンドラム。
大統領は6人の妻とともにベッドの上でお楽しみの真っ最中だったらしい。
そのアラレもなさ、浅ましさときたら、侵入者であるパンジャンドラムの方が悲鳴をあげて逃げ出したくなるほどだったという。
その時突然、柱時計が鳴った。驚いたパンジャンドラムは、うっかり壺を倒してしまった。
6人の妻と、大統領がパンジャンドラムに気づいた。瞬間大統領が叫んだ。
『た、助けてくれぇ! このままじゃ女たちに殺される!』
ベッドに大の字、全裸で全裸の女たちに組み伏せられていた大統領。
当時のパンジャンドラムは大統領が何を言ってるのかさっぱりわからなかった。だが妻たちが武器を手にパンジャンドラムへ襲いかかってきた。
6人、いた。
多種多様、個性豊かな女傑たちが様々な攻撃を繰り出してきたが、それ自体はパンジャンドラムの敵ではなかった。
できるだけ傷つけないように、手加減してスキルを使ったという。
パンジャンドラムは落ち着くように言った。ただ大統領と話がしたいだけだ。大統領の出自について。
オレと同じ転生者なんだろ、と。
そして、だ。
「……あいつらの背中から、デカいヤモリが出てきたんだ」
不吉な報らせとともに、パンジャンドラムのあらゆるスキルがシャットダウンされた。
そこからはもう話し合いどころではなかったという。
手傷を負ったパンジャンドラム、泣きわめきながら這って逃げる大統領、それを笑いさざめきながら追いかける妻たち。
パンジャンドラムは別荘から逃げた。
何が何だかわからなかったが、わからなさすぎて逃げたそうだ。
一夜明けて、再び町へ潜入し情報収集に努めようとした。
しかし、町に自分の似顔絵の描かれた貼り紙を見たという。
「賞金をかけられたみたいだった。もうこれ以上この国にいるのは危険だって思って、出て行くことにした。あの大統領のことは気になったけど……」
そうしてまた東への旅を続けた。
そこが、サッカレーだった。
後はお決まりのパターンだ。
ドラゴンを討伐した黒いコートの男。
それに侍る女。
国中の賞賛。
転生者という噂。
サッカレーの転生者 (つまりハル・ノートだ)は、やはり圧政を敷く王を排し、望まれてこの国の王になったと、表向き(たぶんブリジットあたりのプロパガンダだろう)には聞いた。
大統領と同じく、パンジャンドラムはハルにも接触を試みようとした。
マジノと同じくハルも女たちと一緒に国を散策することが多く、屋外でもその姿を見ることができた。
が、女に囲まれたサッカレーの転生者の死人めいた顔を見て、気後れしてやめたという。
「大統領のことが頭に浮かんでさ。あの人…………レイプ、されてたとしか思えなかった。ひょっとしたら、サッカレーのあの人もそうかと思って……」
パンジャンドラムはサッカレーで、自分たち転生者について考えてみたという。
パンジャンドラムはゴブリンの里で産まれたが、産まれてこのかた争いに遅れをとったことは一度もなかった。
マジノとともに旅した時、マジノもまた圧倒的な戦闘能力を持っていたし、大統領も、サッカレーの転生者も、不可能と言われるエンシェントドラゴンの単独討伐を成功させている。
理由はまるでわからないが、日本で死んで異世界に転生した転生者は、通常の異世界人と違い凄まじい力を持つようだということは推測できた。
そしてその力を崇める人々がいて、女性にモテて……。
結局パンジャンドラムはハル・ノートと交流を持つことなく、さらに東、つまり俺がはじめにいたタイバーンへと向かい、あの洞窟で俺と出会った。
パンジャンドラムはそう、語り終えた。
岩の上に座っていたラリアがグラついた。
食事の後のため眠気が襲って来たのだろう。俺はラリアを膝の上に乗せて抱えた。
「そのマジノという人物……いや、その恋人たちはヌルチートを持っていたか?」
「それはわかんないな。大統領やあのハルって奴と違って、マジノはみんなといい関係だったよ。健康そうだったし……捕まえられてるって感じじゃなかったな」
「マジノと別れたのはいつのことだ」
「あー……結構歩いたからなあ。もう1年ぐらい前のことじゃないかな」
「少なくとも、大統領のハーレムはヌルチートを所持しているということか」
パンジャンドラムの話した大統領の共和国とは、ガスンバ地方の西にあるのだろう。
マジノはどうかは知らないが、いずれにせよそれほど離れた地域にも、ヌルチートがいる。
「ヌルチートって、合成された魔獣なんだよね? たしか、魔女とかいう変な女の人が造り方を知ってるっていう……」
「サッカレーのアリスの日記によればそうだ。タイバーンのアナスタシアという女がどうやって製造法を知ったのかまではわからないが」
「うーん……ヌルチートは野生動物じゃない……製造法があって、違う国の人間も製造法を知ってる……? でも、召喚獣の合成ってあんまりやってないんだよね? 俺もあんまり聞いたことないけど……」
俺は荷物から地図を出そうと思った。
しかし膝にラリアが乗っているので、パンジャンドラムに頼んだ。
広げられた地図に目をやる。
サッカレーの西に、ガスンバと書かれた地域が広がっている。
広さは南米のアマゾンほどだ。
「君はここを踏破して来たのか」
「うん……ぶっちゃけサッカレーにたどり着いたのは道に迷ったせいだったよね。南へ進んだつもりだったんだけど」
「以前、ここは未開の地域と言っていたか?」
「あまり人間はいないよ」
サッカレーには大渓谷と呼ばれるクレバスがあった。
地図を見ると、サッカレーの大渓谷はそのままガスンバの周囲に沿って、南側へ続いている。
大渓谷は三日月のようにガスンバを囲んでいた。
「ここ、大統領の国だよ」
パンジャンドラムがガスンバの西を指した。
線で囲われガスンバと名の書かれた地域の西には、さらに山や森を表す図柄があり、パンジャンドラムの爪の長い指が差したのはその西。
ペリノアド王国と書いてある。地図が古いのだろうか、共和国とは書いていなかった。
遠すぎる。
そう感じた。
サッカレーとタイバーン。そしてペリノアド。
人跡未踏のガスンバを挟んでヌルチートが膾炙するには、遠すぎるように思えた。
そう言えばサッカレーの先王は大渓谷を越えて橋を架けていた。
それはハルの手によって鉄道に変わっていたが、いずれにせよ大渓谷と山脈を越えてガスンバとつなぐ計画があったということだろうか。
「俺たちが今いるこの山道だが……ガスンバのどこに続いているんだろう?」
「ガスンバの森の中までだよ。そこから南へ行けば開拓地だね。集落があるよ。山脈のガスンバ側に鉱脈もあるし、ガスンバの森には魔術用の珍しい素材が多いって聞いた」
サッカレー先王はそこに流通ルートを作りたい……あわよくば何かしらの利権に食い込みたかったのかも知れない。もう今となっては俺に関係のない話だが。
アリスが出会ったという魔女も、この山越えルートと開拓地の村を通り、サッカレーとペリノアド王国を行き来したのだろうか。
だとすればなぜ……。
少女たちにヌルチートの造り方を教えてどうしたいのか。
パンジャンドラムに礼を言って、地図をしまってもらった。
ラリアが俺を向いてしがみついてくる。無意識でやっているのだろう。
パンジャンドラムがそんな俺たちを眺めていた。
西から旅を続けてきた孤独なゴブリンスナイパー。
そう言えば、これまで独りで旅をしていた彼は、なぜガスンバへの案内役を買って出てくれたのだろう。
俺は尋ねた。
「パンジャンドラム。君はこれからどうするつもりなんだろう? 元の世界、日本に帰りたいと言っていたな。あてはあるのか?」
「ロス君はどうするの?」
パンジャンドラムは俺の質問に答えず尋ね返した。
俺の顔を見たり、はたまた手許のライフルをいじったりしながらだ。尋ねた答えが返ってくるのを恐れる人間は、たいていそんな動きをする。
「話した通りゴースラント大陸というところへ行こうと思っている。ラリアの故郷だ」
「それで……その後は……」
パンジャンドラムが俺の顔を見た。
捨てられた子犬というのはこういう顔をするのだろう。子犬が捨てられるというけしからぬ出来事に遭遇したことは幸いにしてないが。
だが今、捨てられそうなゴブリンには出くわした。
「あの……さ。よければ、なんだけど……」
「何だろう」
「その旅に、俺も混ぜてくれたりなんかは……しないかな?」
答えを返すより先に、彼がどこからやって来たのか俺は考えた。
西の方だという。
彼はゴブリンの集落を出て独り旅を続けてきた。
だが元々は、俺と同じで日本からやって来た。
日本を追い出され、集落にも戻れず、知人に裏切られ、ジャングルを踏破し、洞窟にこもって、ペステロとかいう犯罪者だけが友達だったパンジャンドラム。
「あの……あの、ダメなら別に」
「かまわないが」
パンジャンドラムの表情が明るくなった。
今までよほど孤独だったのだろう。それは俺が前世で体験していたものとは少し違う、いるべき場所にいる能力があってもそこにはいられない、もどかしい孤独だ。人の波の中で、少しずつすれ違っていく孤独。
パンジャンドラムは一度、ヌルチートを持った女たちに殺されかけていた。
それが理由で俺たちは一度は別れたが、なぜ死の危険を押して俺を助けに来てくれたのか今ならわかる。
「よっし! そうと決まれば、早く山を越えちゃおうぜ! 山の天気は変わりやすいし、日が暮れると大変だよ。俺こう見えて、昔はサバゲとキャンプが趣味だったからね。俺は山にはうるさいぞっ!」
どこかウキウキとした表情で荷物をまとめ始めたパンジャンドラム。
ゴミも1つとしてそのままにせず、リュックサックに放り込む。
彼は話し相手が欲しかったのだ。
さよならを言うことが少しだけ死ぬことなら、さよならを言う相手もいないのはたくさん死んでいるということだ。




