第八十九話 キノコ狩り 2
木々の葉が密集し、陽光を遮って暗くなっている場所。
そういうところにシャイニングマツタケは生えているという。
かと言って、まったく明るくない場所もダメだという。
「シャイニングマツタケは輝き茸の一種で、日の光をその身に溜めることで夜に光り申す。ゆえに、ある程度明るい場所を探さないといけないと、手引き書に書いてござった」
木の根、倒木の陰。そういったところを覗き込みながらキリーが言った。
俺たちは自然と二手にわかれ、マツタケ狩りを行なっていた。
ラリアとパンジャンドラムは森の木々に姿が隠れて見えない。たぶん近くにはいるのだろう。
俺はキリーと2人きりのような状態でシャイニングマツタケを探している。
暗いが、しかし明るい場所。
そういう矛盾したところを探さなければならないらしい。
森の中を見渡せば、木漏れ日が当たる空間は間違いなく明るく見えるが、そういう直射日光の当たるところにはないという。
森には、黒っぽい色の幹のため深い暗がりのスポットもあるが、そこも暗すぎてダメだそうだ。
「基準が判然としないな」
「ゆえにシャイニングマツタケを探すのは難しい……というより、手間がかかって面倒なものなのだそうでござる」
「夜の方が楽なんじゃないだろうか? 光るから目立つだろう」
「ロス殿、ご存知ないのでござるか? 輝き茸の燐光は人心を惑わす効能があって、夜にその燐光を見ていると幻惑されるのでござる。前後不覚となり森をさまようハメになり申す。何事もなく我に帰るならばよいのでござるが、崖から落ちたり、獣に襲われたりなどすればコトでござる」
ふうん、と相槌を打った俺。キリーはさらに、その輝き茸の幻惑の効果を活用した道具や術もあると話してくれた。
「ゆえに拙者、よく輝き茸を探しに山に入ったものでござるよ」
「ではシャイニングマツタケを見つけるのもプロというわけだ」
そう言うとキリーは屈託なく笑って、
「いえ、シャイニングマツタケを探すのは初めてでござる。道具に使う輝き茸は違う種類のもので」
倒木の下を覗いたりしていた。
全体的に、どこか日本の忍者を思い起こさせる少女だった。
出会ってからハルとの決着がつくまで、彼女は巧みな術と強固な意志によって俺をサポートし続けた。
それはただひとえに、国家のためだったのだろう。彼女はそのためだけに叩き上げられてきた。
だが今俺の目の前で倒木を覗き込みつつ首を捻っているキリーは、どこにでもいる女子中学生のように見えた。
「ここではないでござるな。どうも輝き茸とは勝手がちが……どうしたのでござるか? 拙者の顔に何かついてるでござるか」
「大変だったな」
「……?」
「ハルのことだ」
倒木のそばにしゃがんで俺は言った。
キリーは首を傾げていたが、にっこり笑った。
「何のこれしき。任務でござる」
「子供には荷が重すぎる任務だった」
「……拙者は、このようなことのために訓練されて参ったでござるから……」
少し視線を逸らして言ったキリー。
その笑顔には少しだけ影があった。
今回のシャイニングマツタケ狩りも、友達や仲間と冒険をしてみたかったと言ったキリーのために行なったものだ。
さっきどこにでもいる中学生のように見えた彼女は、中学生ではない。
彼女の青春は、国家という張りぼてをメンテナンスする作業にすべて費やされてきた。
「やめたらどうだ。その仕事」
「……なにゆえそのようなことを?」
「子供は子供らしくあるべきだ。国のために命を賭けるなど、もう少し大人になって自暴自棄になってからでもいいだろう」
「……子供らしさとは、何でござろうか? どうすれば……」
ふと考える。
どうすればいいのだろう。
友達とプリクラを撮るとか。
最近の若者はプリクラを撮るのだろうか。まだそんな機械はあるのか。
そう言えば年頃の中学生とは主にどこへ遊びに行くのだろう?
カラオケ。ゲームセンター。援助交際。オヤジ狩り。ウェイトトレーニング。
自分から話を振っておいて、思いつくアイディアはすべて人伝てや風の噂、インターネットのよもやま話しかなかった。
「ロス殿の子供時代はどうだったのでござろうか? 拙者、あまり遊んだことがなかったもので……お話を聞きたいでござる」
「……長い長い訓練の日々だった」
「と言うと……タイバーンの冒険者の方が申した通り、人相が変わるほどの過酷な修行を……? 道理でロス殿、いかなる状況にあろうと落ち着き払っていたような……」
「そういうわけじゃない。もっとつまらない、イージーなものさ。君とは違う。君ほど過酷ではなかったし……」
「ロス殿……?」
「君と違って実も結ばなかった」
空洞になった倒木の中を覗き込む。行き止まりのトンネルがあるだけで、マツタケはない。
「……聞いてもよろしいでござろうか。その険しいお顔。拙者、人相を見る訓練も受けたでござる。その……並々ならぬ苦しみを抱える人のお顔に見えるのでござる。ロス殿が転生してより、いったい何があったのでござろうか……」
複数の木の根が地面から盛り上がっている。その陰を見落としのないよう覗く俺の視界に、キリーがいる。
彼女はしゃがんだまま俺の顔を見ていた。
「何もない」
「では前世にて……」
「何もない」
マツタケもない。
俺はここで重大な問題に気づいた。
発音がマツタケなのだ。
マツタケは松の木に生えるから松茸なのだ。
今俺がジロジロと観察している木はまったく松の木ではない。
あの歪んだ幹を持つ木ではなく、真っ直ぐに伸びる大木だ。
「キリー、場所は本当にここで合っているのか? シャイニングマツタケの群生地はひょっとして違う場所じゃ……」
顔を上げた。
キリーが涙目でうつむいていた。
「……どうした」
「…………申し訳ござらぬ。拙者のような子供に話すようなことではないのですね」
そしてキリーはやにわに立ち上がり、そびえ立つ木の裏に回り姿を隠した。
俺があとを追うと、キリーはせっせと木の根を探している。
「……お忘れくださいっ。好奇心で訊いていいような話ではなかったのでござる……!」
俺から顔をそむけ、木の根を探り回るキリー。
ここから立って眺める俺からしても、そこにシャイニングマツタケがないのが見て取れた。
俺はキリーの隣にしゃがみ込む。彼女は慌てたように立ち上がろうとしたが、俺は言った。
「キリーは輝き茸に詳しいんだな。幻惑の効果がある……道具に使うといっていたが、仕事で使うことも?」
腰を浮かしかけていたキリーだったが、ゆっくりとしゃがむ。
少しの間返事はなかったが、やがて口を開いた。
「……左様。任務のために、人を惑わす術を学んだでござる」
「スコーウェルで俺を誘惑しようとしたあれもか?」
「……っ! あ、あれは、その、申し訳……」
「責めているわけじゃない」
俺とキリーはいつしか木の根を覗くのをやめていた。ただ2人でしゃがんで、黒い木を見るともなしに見ていた。
「…………昔のことか……。俺は昔、学校に通っていた。勉強していた。大学へ行くために」
キリーが弾かれたように振り返った。
「だ、大学⁉︎ 大国の、都市部にしかないという、あの大学にござるか⁉︎ ロ、ロス殿は富裕層のエリート……⁉︎」
「そういうわけじゃない。いや、家はそこそこに裕福だったかも知れないが……それはそれとして俺の国では大学はありふれていたんだ」
「あ、ありふれてるのでござるか⁉︎ どんな世界観でござるかそれ⁉︎」
「とりあえず聞いてくれないか」
「はっ」
「……俺はそのありふれた大学の中の、とある学校へ行けと両親に言われた。1番レベルの高い大学、Sランク大学さ。そこへ行けば幸せになれる。むしろそこに行けない奴は生きる価値がない虫ケラだと。そのために俺は勉強してきた」
「…………」
「その大学には受からなかった。そして他には話すようなことはない」
キリーは言われた通り黙っていた。木の幹を眺めて、黙っていた。
「キリー、俺はいくつに見える?」
「……えっと……20歳前後かと……」
「俺は42歳になる」
「えっ………………」
やはりというか。
彼女は木の幹を眺めるのをやめて俺の顔を見てきた。
俺の方ではまだ木の幹を見ていたが。
「話せるようなことがないんだ。正直に言うと、あまり覚えてない。42年生きてきて、どんな人生を送ってきたのかと訊かれても……ないんだ。勉強をしたということしか覚えてない。記憶に残るほど素敵なことなどない。18歳で働き始めてから、ただ働いていたというだけだ」
「…………あの……」
「何だろう」
「ご両親は……」
「18歳の時から会っていない。俺は成績が良くなくってね。俺がキリーぐらいの頃には、両親は口もきいてくれなくなっていたよ。俺が彼らの期待に応えられなかったからだろう。大学へ行くのに失敗した後、家を出た。その後一度も家には帰らなかった」
俺は言った。
「たぶん彼らは俺の葬式もやっていないんじゃないだろうか」
それからしばらく俺たちはずっとうずくまって、何も喋らないでいた。
どこかで鳥がさえずっていた。
歌を歌っているのだろう。
15歳の少女に人生の愚痴を並べる40過ぎのオヤジのブルースを。
いいだろう。CDにして売ればいい。ストリーミングでも何でもやればいい。
「ロス殿……」
「俺が言いたいのはだ、キリー。俺は君よりマシだってことだ。ただただ誰かと戦う技だとか、誰かを騙す術だとか、そういうことを押し付けられて青春を棒に振ったわけじゃない。俺は両親の願望しか背負っていなかったが、君はもっと重いものを背負ってハルと戦っていた。転生者の超人、あのハル・ノートとだ。死んでいてもおかしくなかった。君と比べれば俺の人生など話す価値もないってことなんだ。実際何の価値もない虫の一生だった」
俺はアリスの研究室を思い出していた。
金と時間をつぎ込んで作られた、彼女だけの研究室。
俺はあの時なぜか、アリスの研究が上手くいって欲しいと心に思った。
おかしな話だ。その研究はすでに上手くいったし、そのためアリスは一国の王妃にまで登りつめた。そしてその上手くいったものを破壊したのは、俺自身に他ならないのに。
だがあの本棚を眺めていた時、俺の心は時系列を無視し、若者の夢が打ち砕かれないことを間違いなく願っていた。
ブリジットの昔話を聞いていた時も、ハル・ノートとかいう奴はいったいいつその哀れな少女のためにスキルを使うのかと思いながら聞いていた。
チュンヤンが冒険者学校に戻ってきたくだりでも、行動派な彼女に上手くやったなと思った。
ディアナも、バウンサーのバイトなど辞めてしまったのか、ならそれはとても良いことだと思った。何もそんな危険でやさぐれた仕事をしなくても、若者にはもっと楽しいことがあるはずだと。
みんな上手くいっていた。
俺以外のみんなが。
ハルですら、途中までなら悪くない状況だった。
それでいいのだ。
そうあるべきだと思っている。
それらは誰かから押し付けられたものではなく、彼女ら自身が望んだものだった。
ある時点にロス・アラモスとかいう目つきの悪い負け犬の介入があったにせよ、彼女らはまだ若い。能力も強い心も、仲間もいる。いくらでもやり直せるだろう。
「……ロス殿……」
「俺はもう終えた人間だ。ゲームは終わった。途中がどうだったにせよ、死んだらすべては清算される。だが君はどうだ? まだ若く、始まったばかりだというのに、誰かのために自分自身を犠牲にさせられている」
「…………犠牲だなどと拙者は」
「国家のために、王子のために、スコーウェルで好きでもない男に身を預けようとして……。知らないと思っていたのか? 君はあの時震えて」
「好きでもないなどということはござらぬっ!」
キリーはやにわに立ち上がった。
俺を見下ろし、真っ赤な顔をしていた。
「拙者は、拙者は……たしかにロス殿を利用するために近づき申した! スコーウェルでのことも、たしかにロス殿を誘惑して、もっとロス殿を巻き込もうと考えていたのも否定はでき申さぬ! ですが…………ですがそれはけして……けっして誰かにやれと言われたことではござらぬ! 拙者は、拙者は己の意志にて……拙者はロス殿のことが……」
彼女は肩を震わせていた。拳を握りしめ、震えながら話していた。
「……拙者はまだ子供でござる。ロス殿のお国のことも知らぬでござる。ロス殿の苦しみも、拙者にはわかりかねる。ですが……ですがご自分のことを虫だなどと言うのはやめて欲しいでござる! まぎれもなくロス殿の力と心によって、このサッカレーは救われ申した。ロス殿のお話によれば、ハル・ノートの妻たちは転生者の力を封じる召喚獣を持っていたそうではありませぬか! それでロス殿はどうなさったのでござるか⁉︎ 一つとしてスキルを使えなくなったのに、Aランク冒険者に立ち向かい、あんな重い車に轢かれそうになりながら……ロス殿がおらねば、拙者とてどうなっていたか! ロス殿のやり遂げたこととは、そういうことでありましょうがっ!」
俺に背を向けた。手で顔をこするような仕草をして、それから押し黙る。
「……キリー……」
「……今拙者が申したこと、どうかお忘れいただきたい」
「今君は、俺のことを」
「拙者は嘘つきにござる。嘘をついて、他者を欺くのが仕事にござる。拙者の申す言葉に意味などござらぬ。ござらぬのです」
もう一度、彼女は顔をこする仕草をした。
そして振り返った。
その時にはもう彼女は笑っていて、
「ですが、これだけは本当のことでござる。こたび、このシャイニングマツタケのクエストに誘っていただき、拙者は嬉しゅうござる。これは本当の、本心でござる!」
そう言った。
「申し訳ござらぬ、拙者、変なことを言って空気を悪くしてしまって。さあロス殿、マツタケを探しましょう! ラリア殿やパンジャンドラム殿に負けられぬでござるよ!」
キリーは倒木を離れて駆け出した。
俺はその後を追い歩き出す。
ピクニックにはしゃぐ少女の軽やかな足取りが森にリズムを生んでいた。
それはどこにでもありふれた光景に見えた。
そのあと俺たちは、見つけたキノコのいくつかをパンジャンドラムが起こした焚き火で焼いて食べた。
キリーは楽しそうに笑いながら、パンジャンドラムやラリアと喋っていた。
列車での冒険のこと。パンジャンドラムの国では蒸気機関車は時代遅れだということ。パンジャンドラムの国では曖昧な理解だけを元に機関車を1年で作り上げたことがあるということ。サッカレーでは2年かかったということ。
謀略に巻き込まれて出会うことになったロス・アラモスとパンジャンドラムのこと。ロス・アラモスはたいへんコアラに冷たい男だったということ。
時々こちらへ振られる話に、俺は相槌を打ちながらシャイニング・マツタケを食べていた。
味は思い出せなかった。
食べているふりをして、話しているふりをして、知っていることに知らないふりをする。
ロス・アラモスはずっとそうしていた。




