第八話 武装せよ! ロス・アラモス!
俺は武具屋へ向かった。
パシャールの依頼を果たすために必要なことの、もう一つを片付けるためだった。
海外旅行とはしてみるものである。
半裸で地図を覗き込みながら武器を買いに行くなど、日本にいた頃はなかなかできない体験だ。
この異世界が日本と違う点はまだある。
道行く人々はみな、顔をまっすぐ上げて歩いているということだ。
日本では今の俺のように、どいつもこいつも下を向いて歩いていた。
スマホを覗き込むためだ。みんな今すぐでなくてもいいような情報を、CIAのエージェントのような使命感と無機質さで漁っていた。
歩きスマホこそしたことはなかったが、俺もたいして変わりない。
何を知りたいのかわかっていないまま、大事なことが書かれていやしないかと板を覗き込む。
板は窓だ。窓枠より外側にある世界を、俺を含めたみんなが望んでいなかったように思う。
それはあたかも信仰めいていた。誰もが現実に怯えていた。俺たちはたしかにその画面の中に、救済を求めていたのだ。
もっとも俺がそこから得られた啓示といえば、スポーツにおけるウェイトトレーニングの是非を巡る論争に終わりはないということだけだったが。求める結果が同じ集団ほど、宗派を分かち激烈に争うものだ。
宗派と言えば先ほどのシスター。
何だったんだろうか。
転生者がどうのと言っていたが……。
「あの……マスター」
ふいにラリアが声をかけてきた。
俺はそれへ目をやることなく生返事をした。
目を離せば地図上の自分の位置を見失いそうだった。地図を見るのは不得手ではないが、集中を要する行為なのは変わりない。
「さっき、ボクのことを、奴隷じゃないって……」
「気に入らなかったか」
「ち、違うです! ただ……マスターがボクのことを奴隷じゃないって言うんだったら、ボクはマスターのなんだろって思って……」
「初対面の、誰だか知らない子供だ」
左腕で、コアラが小さく呻いたような気がした。
ついに俺は地図上の俺を見失った。
地図上の武具屋と、実際の武具屋の位置がイメージの中で結びつかなくなった。
認めよう。
俺はこの異世界で右も左もわからない男だ。そんな男が、北も南もわからないまま地図を見ようというのが思い上がった行為だったのだ。
俺は通りすがりの老人を捕まえて尋ねた。
「失礼。武具屋を探してるんだが、ここからどう行けば?」
「こんにちは。今日はいい天気ですな」
「ああ、ちょうど俺もそう思ってた。それで、武具屋へはどう行けば?」
「こんにちは。今日はいい天気ですな」
「あの……」
「こんにちは。今日はいい天気ですな」
またこれだ。
老人は歩き去って行った。
別の通行人にも声をかけてみた。
たくさんの人々に話しかけ、様々なことがわかった。
このアルバランの町は、タイバーンという国の、シェーディラという首都の、東側の海沿いにあるということ。
タイバーン王国は、カシアノーラという大陸にあるということ。
王家は魔物の台頭に頭を悩ませているということ。
夫が仕事を辞めてしまったということ。
最近犬を飼おうかと考えているがトイレの躾に自信がないということ。
様々な人々が、様々なことを俺に教えてくれた。
まったくありがたいことだ、しかし肝心の武具屋については誰も話さなかった。
なぜか人々は、何と話しかけても、同じ返事しかしないのだ。
一人につき、一言ずつ。まるで要領を得なかった。
一番腹が立ったのは、「武器は武具屋で買えるよ!」を繰り返す男がいたことだ。その武具屋がどこにあるのか言わなかったのは言うまでもない。
「ラリア」
「なんですか? マスター」
やや不機嫌そうに返事をしたラリアへ、
「この町の人間はみんなこんな調子なのか」
「うーん……ボクはあんまりカシアノーラの人間とお話ししたことなくて……あ、商人さんとはよくお喋りしたですけど」
「おまえは南の大陸から来たと言っていたな。国ではどうだった?」
「うーん……? どうだったかなー……」
どうだったかなときた。普段の会話の内容など確かに覚えていないものかも知れない。
いや。やはり忘れるには特徴的すぎる会話の仕方だ。
奇妙な町だった。
ひょっとして俺は嫌われているのだろうか?
あるいは……何か宗教的な理由が? たとえば、日中にはあらかじめ決められた一つの言葉しか話さないことで、願掛けか何かをしているとか?
いずれにせよどうしたものか。
このままでは武具屋にたどり着けない。
そう思っていると、通りの向こうから少女が歩いてくるのが見えた。
赤い髪のボブカット。茶色い革の鎧を着て、腰には剣の鞘らしきものを吊るしていた。
鞘だけで剣のグリップは見当たらなかった。ミニスカートの下の足は、黒いレギンスに覆われている。
彼女はうつむき、意気消沈した様子でとぼとぼと歩いている。
ため息なんかもついていたりした。
俺はもう一度、試してみることにした。これでダメなら一度ギルドに戻ればいい。
「失礼、お嬢さん」
「……何?」
肩を落としていた彼女は俺を見上げた。
可憐な少女だった。
朗らかな笑顔なんかが似合うような顔だ。声の質からも、活発であることがうかがえた。
しかし疲れ切り、かつ胡散臭げにこちらを見上げる表情や仕草が、その彼女の魅力を損なわせていた。
そしてその表情で、たぶん次も「……何?」と言うのだろう。
「どうしたの? 何か用事があるんじゃないの? 早く言ってよ。もしそれが上着貸してくれってのなら断るけど」
一瞬、呆気に取られた。ラリアと顔を見合わせる。しかしすぐに気を取り直して、言った。
「武具屋はどこだ」
ようやくたどり着いた武具屋の中は、いかにも武具屋然としていた。
壁にはラックがあり、そこに何本もの剣や、槍や、斧が、楽器屋のエレキギターみたいに吊り下げられていた。
その下の蓋のない樽にも、剣が乱雑に放り込まれている。
その扱いを見るに値段もそれなりなのだろう。
壁のそれと違ってメーカーの威信をかけたフラッグシップモデルではないのだ。著名なギターヒーローが使っていた物の、形だけを真似た廉価版。誰かがこの剣を手に入れるために通販会社にメールを送っているところを想像した。
この世界は仮にも人殺しの兵器が安売りの傘と同じ扱いを受けるような場所らしい。
その樽を赤い髪の少女が覗き込んでいた。
この武具屋へは彼女が案内してくれた。
パシャールの依頼をこなすには何かしらの屠殺道具が必要だった。
だから俺は彼女にそういったことを話すと、
『君も冒険者なの? じゃああたしと同じだね! あたしもちょうど武具屋へ行くところだったんだ、ついてきなよ』
と言ってくれたものだ。
そうやって連れだってこの武具屋についてからというもの、彼女はああして樽を覗き込んでいる。小さなアンプと、細く頼りないケーブルと、物によっては譜面台なんかも付いてきそうな剣を。
カウンターには、背は低いがラグビー選手を彷彿とさせる体格の髭面の男が座っていた。耳は少し尖っていて、サンタクロースのような三角帽子を被っていた。帽子の色は色は茶色だったが。
たまに民家の庭にあんな感じの置物があったりするのを思い出した。いや、あれはノームか。目の前の店主はドワーフというやつだろう。
エルフだっていたのだ。ドワーフがいたっていい。好きにすればいい。
そういえばあのエルフはどうしたのだろうか。どうでもいいか。どうにかしたのだろう。
俺はカウンター近づいた。ドワーフらしき店主が言った。
「何が欲しいんだいっ」
「M4ライフルをくれ。弾薬と、それから予備のマガジンも」
店主は返事をせずカウンターの上に一振りの剣を置いた。
大きく、長い直剣だった。長さは180㎝はある。
たしか、ツヴァイヘンダーとかいう名前の剣ではないかと思った。
ドイツ語でツヴァイは数字の2を表す。ヘンドは手。つまりこれは、「両手のやつ」という名の剣だ。
まったくドイツらしく合理的な名前だ。この名前なら、おバカさんがこんな長大な剣を片手のやつだと間違えることを防げるだろう。
俺は首を横に振った。長すぎる。
店主はそれを引っ込めると、派手な剣をカウンターに置いた。
幅の広いブレード。黄色い鍔は薔薇の花びらのように左右に広がり、柄は青。グリップエンドはやはり黄色の、球が取り付けられていた。
子供向けのRPGで見かけるような、見栄えのいい剣だった。
ラリアが目を輝かせてそれを見つめていたが、背後から声があがった。
「あーっ! それ伝説の、『破魔王の剣』だっ!」
赤髪の冒険者だ。俺の右横からカウンターに手をつき、破魔王の剣とやらを食い入るように見つめていた。
「ねえおじさん! こ、これおいくら⁉︎」
店主は指を三本立てた。
「さっ……3,000ペシニー?」
店主は首を横に振る。
「……30,000ペシニー……?」
店主は首を縦に振った。
少女はがっくりと肩を落とした。
「あちゃあ……そんなの手が出ないよ……でも、まあ仕方ないか。なんたって破魔王の剣だし……」
「ラリアの60倍か」俺は言った。「こんな鉄の塊が命より高価だとはな」
ラリアがこちらを見たような気がする。しかし俺は少女の叫びに気を取られて右を向いたので、定かではない。
「ちょっと君、何言ってんの⁉︎ これ、破魔王の剣だよ⁉︎ かつて魔王を倒した伝説の勇者が所有してたと言われる、風属性のエンチャントが施された……」
「他人のシグネイチャーモデルに興味はない。人にはそれぞれのバランスというものがある」
俺はそう言って店主に向き直った。
正直に言えば、高価すぎただけだ。
俺は無一文だった。
パシャールからあるクエストの受注を頼まれたのだが、俺はシャツとズボンと、穴の開いたスニーカー、それからコアラの腕輪しかない男だった。
今やシャツも失って、RPG的に考えればロス・アラモスの防御力は大幅に低下している。
非武装という名の平和の伝道者だった。パシャールはそんな俺に、支度金をくれた。教会へ行った後、その金で武具屋へ行き装備を整えろと言われたのだ。
支度金は10,000ペシニー。予算オーバーだ。
俺は店主を見つめた。
店主は俺が、「人にはそれぞれのバランスというものがある」と言ったあたりから、俺の顔をじっと見つめていた。
ゲイか。
俺がそう思った時、店主は剣を引っ込め、新たに一振り、カウンターに置いた。
黒い剣。黒い鞘。
刀だ。
俺はそれを掴んで鞘を払った。
緩やかなカーブを描く刀身。輝きを放っていた。少女もラリアも、熱に浮かされたようにそれを見ていた。
その吸い込まれそうな怪しい輝きに踊る、丁字乱れの波紋。
「村正……?」
俺の呟きに、店主は頷いた。
鞘へ納めた。鍔鳴りなどない。ガタつきのない証拠だ。
鞘の栗型に値札がつけられていた。
1,000ペシニー。
俺は店主に頷いた。
店主もまた頷いた。
なぜ村正がこんなところにあるかは知らないが、とにかく俺はこれにすることにした。
武器を選ぶにあたって最も重要なことは、威力がどうのとか前評判が云々ということではない。
しょせん、自分がそれを見慣れているかどうかだ。




