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第八十五話 捜索! アリスのガレージ!


 フェリデールの一角。丘の上に高級住宅街がある。


 富裕層向けの静かな街だが、そこにはさらに、貴族たちの住む区画がある。

 どの家も広い屋敷に広い庭があり、家の数自体は少ないが互いの距離が離れていて、それがために広大な区画となっていた。


 そんな住宅街の石畳を、俺とラリア、キリーが歩いていた。


「やはり馬車をお借りするべきでござったな」


 陽光の降り注ぐなか、キリーが呟く。

 おっしゃるとおり俺は少し後悔し始めていた。


 立ち並ぶ屋敷の庭は自然豊かな造りになっていて、無数の木々が生え散らかしているのが見える。

 それでいて屋敷そのものは敷地の向こうに隠れて見えない。

 そのため住宅街というより自然公園を歩いているような気持ちだ。


 住宅街と聞いたから徒歩でかまわないだろうと考えて宮殿を出発したのだが甘い考えだったと認めざるを得ない。

 とにかく広い。遠い。


 やがてそれぞれの屋敷を囲っている鉄柵は鳴りを潜め、さらなる長大な芝生が現れた。


「ロス殿。この先でござるよ。ハル・ノートの豪邸」


 新たな鉄柵と、門が見えてきた。


 それがハルの家の門だ。

 今日俺たちが目指した目的地。


 ブリジットと面会した際、彼女はこの家にあるアリスの研究室でヌルチートが造られたと話していた。俺はゴースラント行きを少し先延ばしにして、ここでヌルチートの製造過程について調べようと思ったのだ。


 門を通ってからがまた長かった。途中の生垣が熊だのウサギだのの形に刈り込まれているのを見やりながら道を歩く。

 延々歩いた後、俺たちの前についにハル・ノートの自宅が姿を現した。

 

 豪邸を通り越して宮殿のような様相を呈していた。


 宮殿の周囲の庭(庭というよりただの平原や森のようにすら見える)には、フェリデールの衛兵たちが散見された。


 脱走したブリジット、手引きをしたアリス、チュンヤン、ディアナ。そして同じく姿をくらましたハル・ノートがこの宮殿に戻ってくるかも知れないと、王府が配置しているのだ。


 ここはハルの愛の巣なのだ。

 ハルたちは、基本的にはこの宮殿に5人で暮らしていたらしい。


「戻ってくるでござろうか」

「こないだろうな……と言うより1手遅かった。アリスたちはサッカリー陛下がフェリデールに戻る前にここへ戻ったはずだ。それから先王を連れにいっている。ハルに至っては戻ってこられるかも怪しい状況らしいからな」


 宮殿の玄関へ行くとそこにも見張りの兵が立っていた。キリーが見張りに話しかけた。


「お勤め、ご苦労にござる。拙者、王府諜報部のキリー・マーダレアルと申す者。この国を救いし英雄ロス・アラモス殿が、アリスのガレージを見たいとご所望にござる」

「承っております。ガレージは裏手です。裏に回ればすぐにわかりますが、案内をいたしましょうか?」


 キリーが俺を見上げてきたので、首を横に振る。

 俺たちは宮殿を回って裏へ向かった。


 見張りの言う通りガレージはすぐに見つかった。

 裏庭の平原にレンガ造りの大きな倉庫のような建物が、ぽつねんと立っている。

 かなり大きく、高さで言えば2階建て。空港の格納庫のような風情があった。


 ガレージの壁、四方のうちこちら側の1面は大きく開け放たれている。シャッター式なのだろうか。だとすればそれもハルのアイディアだろうか。何にせよ解放されたガレージの前にも別の見張りがいたので、挨拶をしたあと中へと入った。


 先ほどの宮殿は豪奢な外観だったが、ガレージは見た目も質素、中も質素だった。

 だだっ広い石の床。その空間の中に、2つほど脚立が放置されている。

 壁の方には、小さな車輪のついた箪笥のようなものが寄せられているのも見える。たぶん作業用のツールか何かを入れるラックだろう。


「ここがアリスの、召喚獣を造る生成場でござるか」


 キリーはガレージの中を見回しながら呟いた。


 召喚獣を造ると聞けば、俺としては照明の暗い怪しげな研究所めいた雰囲気を連想する。

 だがこのアリスのガレージは、やはり飛行機の格納庫、整備場のような雰囲気があった。

 壁の机にビーカーが置かれていたり、床に背の高いガラスの容器が2つ3つ並んでいるところを除けば、生き物よりも機械を造るための場所に見える。


「広いでござるな」

「グローバルイーグルを入れるためだろう」


 ガレージの入り口から右の壁に、扉のついていない出入り口がある。


「あちらが研究室のようでござるな」

「行ってみよう」


 ガレージの隣には研究室が併設されていた。

 そこはレンガ造りではなく木造だった。

 

 広さは、日本の平均的な小中学校の教室一部屋ほど。

 中央に明るい茶色の大きなテーブルがあり、そこには何かの図面が数枚広げられている。他にも羽ペンやら、巻物やら、古い羊皮紙やら、アヘ顔のウサギの縫いぐるみやらが無造作に置かれ、散らかっていた。


 壁際には本棚。ギッシリと書物が詰まっている。

 壁には何か引っ掛けるためのフックが2つついた、額縁のようなものも掛けられていた。

 2つのフックは80cmほど間隔を開けて、横に平行に取り付けられている。

 長い銃、ライフルのラックを連想した。だが何もないところを見るとアリスが持ち去ったのだろう。


 部屋の中に階段があり、上はロフトになっていた。

 1階は窓の明かりに静かに照らされているが、ロフトは光の死角になっているため薄暗そうに見えた。


 それが、アリスの研究室だった。


「ロス殿。何を探すでござるか?」

「ヤモリ……ヌルチートのレシピだ」


 ハルたちの話によれば、スキルを封じるヤモリ、ヌルチートはアリスが造ったものだという。

 もしかしたらヌルチートを創造する設計図のようなものが、ここに残されているかも知れないと俺は考えていた。


 俺とキリーは手分けをして、壁の本や机の上の巻物を調べることにした。ラリアは字が読めないので、椅子に座って待機してもらった。


 本棚を眺める。

 あのアリスという少女、アホそうな人となりではあったがずいぶんな勉強家らしいことがわかった。


 召喚獣に関する書籍。魔法学の本。数学の参考書。恋愛小説。

 行動的な人物に見えたが、こういった場所に閉じこもって自分の興味のある分野に粘り強く取り組むギーク気質もあるようだ。


 『誰でも簡単! 一週間で楽々召喚獣が造れるようになる初心者入門』と書かれた本を手に取った。

 表紙には著者の他に翻訳者の名が書かれている。外国の書籍なのだろうか。ページをめくり流し読みしてみる。


 専門用語が多すぎて内容がよく掴めなかった。

 いや、用語の解説はあるのだが……と言うよりいちいち1つ1つの用語の解説が多く、むしろ頭に入ってこない。

 解説に終始しているためか話が先に進んでいないような、そんな印象を受ける。まあ入門書というものはたいていそうだ。


 かと言って、棚にはもっと高度な本もあるようだが、それを読み解いて召喚獣のお勉強をするほど俺も暇ではない。


「……召喚獣の専門家に、アドバイザーとしてきてもらうべきだったな」


 そう呟いて後ろを振り返ると、テーブルの設計図を眺めていたキリーがこちらを振り向いた。


「専門家、でござるか。ロス殿のお知り合いにいるでござるか?」

「いや。王府にはいるんじゃないのか」

「さて……おりませぬが」


 キリーは首をひねった。


「王府にはお抱えの魔法使いとかがいるんじゃないのか?」

「たしかにサッカレーには魔法学の学院がござる。よその国もそうでござるが……しかし魔法学と召喚獣は別物でござるので……」

「研究している人はいないんだろうか?」

「さて……以前申し上げたとおり、召喚獣の生成にはお金がかかるうえ、使い道も少ないのでござる。そのようなものの研究に資金をつぎ込む者などよほどの物好きでもなければ……よそはわかりませぬがサッカレーのような小国では過ぎたる玩具かと」

「……ひょっとして、そんなものの知識を身につけたところで、就職先もない?」

「……でござろうな」


 俺はあどけない表情でこちらを見ているキリーにうなずいてみせると、再び本棚へ向き直った。

 初心者入門を棚へ戻し、並ぶ背表紙たちを眺める。


 アリスはいったいどんな執念を燃やして、この何の未来にもつながらない召喚獣に取り組んだのだろうか。


 日本ではみな、この分野は就職に有利、この分野は何の役にも立たないと話し合っていた。

 勉強とは就職のためにあり、サラリーマンになるという崇高な目標と関係ない学問は、すべてつまらない宴会芸の類いだと思われていた。


 良い大学を出て、良い企業に就職する。

 そのただただ漠然とした人生計画のみが至高の命題とされ、それ以外のための勉学は異端のそしりを免れなかった。


 俺もそういう価値観の中で生きてきた。

 そういう価値観だけを両親から授かり、他の方法も知らず生きてきた。

 そしてそういうルールのゲームに敗北し、そういう価値観の中で死んだ。


 それがためにやってくることになった、アリスの研究室。

 俺と違って若く未来ある少女が、ただただ自由に、気のおもむくまま、自分の好きな道に邁進していることの証拠が、俺の眼前にそびえ立っている。


 自由。

 自由を武器に人生に立ち向かったアリスは、ついに王妃にまで上り詰めた。

 それと比べて価値観を盾に世間の荒波から身を守ろうとした俺は、トラック1つすらはね返せなかったからここにいる。


「アリス殿は、冒険者学校でハル・ノートがお金持ちだから近づいたというようなことを申していたでござるな。お金持ちの男を引っかければ好きなことができ申す」


 俺の背後でキリーが呟いた。


「それだから女は楽なのだと申す男もいるでござるが……しかしアリス殿、そのお金でやることが、無用の長物たる召喚獣の研究とは……。やはりあのヌルチートなるものを造り出し、ハルのような転生者を捕まえてバラ色の生活を送るのが目的だったのでござろうか」


 俺は本棚を見上げた。

 5段の本棚。しきいは1段につき4つ。その20の棚はすべて、隙間なく本で埋め尽くされている。

 俺は尋ねた。


「ハルたちがこの家で暮らし始めたのはいつ頃からなんだろう」

「えーと、たしか……エンシェントドラゴンを退治したあと、褒美として先王陛下にあてがわれたとのことにござる。あの者が貴族に取り立てられた頃でござるな。アリス殿も一緒でござった」

「ではアリスは単純に召喚獣を造りたかっただけなんだろう」


 振り返ると、キリーが首をかしげていた。


「アリスがハルと出会ったのはドラゴン退治の前、冒険者学校の同級生としてだ。その当時からすでに、アリスは召喚獣の使い手だと知られていたんじゃなかったか?」

「……諜報部の調査によるとそうでござる」

「ハルは当時から有能で知られ、裕福でもあった。おまけにドラゴン退治の英雄にもなり豪邸に住んでいた貴族だ。ハルが転生者であろうとなかろうと、アリスが彼の恋人である限りバラ色の生活なのは変わらない。それに」

「何でござろうか」

「ヌルチートの製法をどうやって思いついたのかは知らないが、ハルが転生者だと知ってから造り始めたのでは間に合わないように思う。というより召喚獣の研究をし始めることがだ。彼女はもともと、ヌルチートと関係なく召喚獣の研究をやっていたんだろう」


 キリーは研究室を見回した。

 今彼女のいるテーブルには様々な絵図面や巻物が散乱し、研究室のそこかしこにも、書籍や得体の知れない器具が転がっている。


「なぜでござろうか? 何の役に立つかわからぬ知識を、これほどの資金と熱意を傾けて……」


 俺は言った。


「それが学生さ」


 それから鼻をさすって、ロフトの階段を登った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 純粋な熱意。湧き起つ好奇心。金にならない学問。 夢中になれる何かに全てを注ぎ込む。それができてしまう若さが眩しい。そんな夢の跡。
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