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第八十三話 庭には二羽


「不思議な話よね。自分でも何でなのかわからないわ」


 貴族用の屋敷牢へ戻った後、俺たちはテーブルに座り茶を飲んでいた。


 ブリジットは横を向いて座り足を組んでいた。気の強そうな瞳を虚空へ向けたまま、優雅なそぶりでティーカップを持ち上げながらそう言った。

 反逆罪の罪で収監され、夫に幻滅した女性にしては落ち着いているように見えた。


「何がだ」

「何であんな男を好きになったのかってことよ。まるでバカみたいだわ」

「賢い奴には恋などできない」


 ブリジットはティーカップに口をつけると、そのまま上目遣いで睨むように俺を見る。口を離すと、ため息をついてカップを置いた。


「そうあるべきだったかもね。貴族たるもの、家を存続するために……いえ。もっとシンプルに言えば、ただ子孫を遺すためと割り切るべきものだったんでしょうね。貴族ともあろうものが、そこを忘れて平民みたいに感情に走るなんて」

「俺にはわからないが、奴にもいいところがあったんだろう。それに結果的には失敗したが、君は王妃まで登りつめた」

「……いいところね。思い出せないわ」


 ブリジットはそう言って、カップの中に視線を落とした。


「はじめはたんにキモい奴だとしか思ってなかったわ。平民風情が妙に赤の他人の私を助けようとしてるのも、お金をせびったりとか、コネクションを欲しがってるのかと思ってたのよ」

「だが助けられて恋が芽生えた?」

「……どうかしら。暴力的で野蛮だと思ってたわ。正直に言うと、ちょっと怖かったわね。今度はこいつが私に襲いかかってきたらどうしようって」


 その後、結婚した。

 そう不自然な話とも思えなかった。

 吊り橋効果と呼ばれる恋愛心理のようなものだ。一部の女性は胸の動悸があった場合、それが恋と恐怖のどちらによるものなのか分類できないことがあると聞いたことがある。

 暴力的な男から離れられない女がいるのも、きっとそういうことなのだろう。ハルがDVをするような男だったかどうかは知らないが。


 恋愛感情などしょせんは苦痛を感じる仕組みと同じで、ただの脳の機能にしかすぎない。

 俺は訊いた。


「ハルが言うには、彼が転生者だと話したとたん、君たちが豹変したそうだが」


 ブリジットは考え込んでいるようだった。やがて、


「……やっぱり私も、あいつの金だとか力とかを期待してたのかものね」


 そう言って、ふっと笑った。


「ヌルチートについて訊きたい」

「あのヤモリの何を?」

「アリスが造ったと聞いた」

「ええ。彼女の家……と言うか2人が住んでたハルの屋敷に研究室があって、そこで召喚獣を造ってたわ。ある時、こんなのができたよーって言って見せてきたのよ。キモいったらありゃしなかったわ。でも……」

「何だろう」

「……アリスはこれがあれば、転生者を捕まえられるって」

「君はそんなものを捕まえたかったのか?」

「どうかしら。転生者ってのがいるのは話には聞いてたけど、自分には関係ないって思ってたわ。あの時までは」

「ハルが出自を打ち明けた時か」

「……ええ。あの時……何かこう、思ったのよ。ここで逃しちゃダメだって。こいつのすべてを、私のものにしなければって」


 ブリジットはカップを持ち上げたままそれを眺めていた。

 飲むでもなく見つめていた。


「アリスはどうやってヌルチートを造ったんだろう?」

「さあ。私は召喚獣の精製には詳しくないし、説明されてもわからないだろうから聞かなかったわ」


 彼女はカップに口をつけた。

 それからナプキンでカップをぬぐってソーサーに置くと、尋ねた。


「私これからどうなるのかしら」


 俺は言った。


「先王の居所を教えてくれれば、俺が王に掛け合って刑を軽くしてくれるよう頼んでみよう」

「……ハルはどうなるのかしら」

「俺はもう奴に興味はない。奴が前世でやった殺人事件は、俺の国の法ならたぶん死刑の判決がくだるだろう。この国で犯したことも、死刑になるというならそれにケチをつける気もない。だが君が助命を求めるならそれも掛け合ってもいい」

「その後はどうするの?」


 ブリジットが訊いた。


「私をあんたのオモチャにするの?」


 俺の視界の端に、同じくテーブルの席についているキリーがいる。

 じっと俺を見ている。ラリアもいるのだ。子供の前でするような話ではないのだが。


「やったらいいんじゃない? もうどうでもいいわ。めちゃくちゃにしてくれてもかまわないわよ。そっちの獣人みたいに、私もコレクションにする?」


 そう言う彼女の微笑みが、自嘲の類いだということはわかっている。

 キリーがじっと見ている。ラリアもまた茫洋とした顔で俺を観察している。俺は言った。


「先王はどこだ」

「私を慰み者にしないの? そうしたがってたみたいだけど」

「あれはただのふりだ。実際そうしたくないと言えば嘘になるが」

「じゃあやったらいいじゃない」

「いいかレディー、疲れた女性の心のドアに鍵が掛かっていないからといって寝室に踏み込むほど、俺は男らしくもない」

「紳士なのね」

「臆病なだけだ」


 俺とブリジットは互いの目を覗き合っていた。


 美しい少女だ。

 前世であれば俺がこんな美少女と見つめ合って会話をするなど、消費税が0%に戻るよりも確率の低いことのように思われた。

 そして俺がそんな美少女に目を合わせることも、なかなかないことだ。


 ただキリーとラリアが俺のことをじっと見ているのだ。ここで目を逸らしたら、女に免疫のない恥ずかしがり屋が目を逸らしたと思われてしまう。


「……わかったわ」


 先に目を逸らしたのはブリジットの方だった。さすがはロス・アラモス。あらゆるゲームに打ち勝つ男。貴族の箱入り娘、傷心の少女ごときに負けるはずがなかったのだ。


「ブ、ブリジット様! それでは先王陛下の居所を教えていただけるでごさるか⁉︎」

「ええ。陛下を隠したのは……」


 ブリジットがそう言った時だった。


 部屋の外、廊下の方が騒がしい。

 数人の男たちがわめき合っている声が聞こえる。

 俺たちが扉の方へ目を向けていると、建物の外から大きな音が響いた。


 何かが爆発する音で、部屋の窓がガタガタと振動した。

 キリーが立っていって扉の向こうへ何事かと問うと、扉が開かれ番兵が言った。


「た、大変です! ハル・ノートの妻たちが襲撃してきて、ブリジット様を解放しろとわめいています!」


 ブリジットの方を見やると、彼女は番兵を眺めたままぽかんとしている。

 俺は言った。


「やれやれ」





 屋敷牢の玄関から外に出ると、玄関先10数メートル先の地面に小さなクレーターができていた。


 そして5名の番兵が槍を構えて反社会的テロリストと向かい合っている。


 槍先の向こうのテロリストは3人と1羽。

 グローバルイーグルと、その背中に乗った少女3人。


 アリス。チュンヤン。ディアナだ。


「あっ、ロス・アラモス! 何であんたがここに⁉︎」

「さては囚われの身の貴族令嬢、ブリジット様を弄んでいたアルね⁉︎」

「ひっどー……!」

「何の用だレディーたち」


 俺は番兵よりも前に出て、ハルの妻(たぶん元妻ということになるだろう)と対峙した。


「ブリジット様を返してよ! あーしたちの仲間だよ!」

「……ついでにハルも解放しろと言うんだろうか?」

「あいつはもういいや」

「落ち目の犬に用はないアルよ」

「ひっどー……。ま、あたしもいーけど」


 俺は言った。


「君たちは自分が何をやっているのかわかっているのか? 王家をないがしろにしたあげく武装して刑務所を襲撃するなど、これでは社会が進歩してしまう」

「って言われてもさぁ、あーしたちももうこの国にはいられないし、なりふりかまってらんないっしょ」

「熊猫会ももう活動できないアルし、東に戻ってやり直すヨロシ」

「ねーねー、ブリジット様を返してよ。悪い男に騙されただけなんだよ。一時の気の迷いだったんだって」

「もし断ると言ったら?」

「オーケー、じゃこれ見なよ!」


 グローバルイーグルの背には、アリスたちハルの妻以外にもう1人、男が乗っていた。

 その男は後手に縛られていて、アリスによって俺や番兵に見えるように引き出された。


 長い金髪に髭。

 初老の男。

 長身。

 どことなく見覚えがある。


 番兵が叫んだ。


「せっ、せっ、先王陛下⁉︎」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 突如現れる先王陛下。それは麗しき女達の友情の証。縛り上げられた先王陛下を手土産に監獄への強訴を決行する女達は強い。 敗けて国を出る。それは茫然としてか。勿論違う。決然としてだ。生きる力が漲…
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