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第七十九話 ブリグジット


 俺たちは全員で大渓谷の反対側に到達した。


 結局凍ることのなかった炭水車。

 再度機関車を動かして、線路の終わり、機関車を反転させる転車台と、水や石炭を補給する駅へとたどり着いた。


 補給駅の先には山脈が見える。

 あれを越えた向こうが、ガスンバとかいう地域なのだろう。


 俺がそうやって、停止した炭水車から山を眺めている時だった。キリーがあっと声をあげた。


 一瞬の隙をついてブリジットがハルの襟首を引っ掴み、炭水車を飛び降りたのだ。そのまま駅を離れて引きずっていく。

 キリーよりも先にアリスやディアナたちも飛び降りてブリジットを追いかけていく。


「ちょっとブリジット様、どうする気⁉︎」

「こいつ、殺してやるわ!」

「アイヤ、落ち着くヨロシ!」

「何もそんな怒らんでもいーじゃん……」


 俺とラリア、パンジャンドラム、そしてキリーも、ハルの妻たちを追い駅を出た。


 ハルはキリーのブアクア刀を受けて身動きができないのか、引きずられるに任せて泣いていた。ブリジットは駅から少し離れた大渓谷の崖のそばまで行くと、ハルを地べたに放り捨てた。


「よくも、この私をバカにして……!」

「ちょ、やーめーなーよー!」


 クレイモアを振りかざし、ハルの頭をカチ割ろうとしているブリジット。それを組み止める他の妻たち。

 パンジャンドラムが俺に言った。


「……これどういう状況?」


 もともと一度はヌルチートを避け、俺と別行動を取ったパンジャンドラムだった。

 だが俺とラリアのことを心配してくれたのか、途中から乱入してきた彼。ハルと妻たちの関係についてあまり理解はできていないのだろう。

 俺はハル・ノートがサッカレーの王となってから、列車の諍いまで、かいつまんで説明した。


 パンジャンドラムは俺の説明を聞き終えても、何も言わなかった。腕を組んでいる姿は何かを考え込んでいる風にも見えた。


 そうこうしているうちにキリーがハルへと近づき、ブアクア刀でつつく。


「ちょっとちょっと女の子」アリスが言った。「諜報部だっけ? 横から何やってんのさ」

「こうしないと逃げられるでござるよ」


 アリスに答えたキリー。

 俺はキリーへ近づいてから、ハルを見下ろした。


 痺れのためかハルは痙攣……と言うより振動している。泣きながら何かもごもご言っているが、口が上手く動かないのか発音がいまいち聞き取れない。

 と言っても、だいたい「たすけて」とおぼしき音を発しているが。

 俺はキリーへ尋ねた。


「ブアクアの力はスキルを無効にできるのか? ハルはワープもできていないようだが」

「左様。と申しても完全にではござらぬし、ごく短い時間しか効果はござらぬから、定期的に触れさせないといかぬでござるが」


 俺は少し、ブリジットを羽交い締めにしているアリスを振り返ってから、再びキリーに話しかけた。


「ずいぶんと便利だな。転生者のスキルすら封じられるだなんて」

「本来ブアクアの実は、スキルを持った者を捕らえるために研究されていた植物でござるよ。強力なスキルの持ち主が犯罪行為に走れば手がつけられませぬゆえ。まさか転生者にも効果があるとは思いませなんだが。本来であれば、実を溶かし込んだ手錠で拘束するところでござるが……」


 言いつつ刀の先端でハルの腹をつんつんとつつく。そしてアリスを振り返った。


「……である以上、ブアクアの実は王府の限られた組織の者しか手にすることはできぬ禁制品。扱いは難しく、逆に使用者が痺れに襲われることもあるでござるが……このようなものを用いることができれば、やりたい放題でござるからな」


 キリーは厳しい目つきでアリスを睨んでいた。視線を逸らしつつ口笛を吹くアリス。


 俺はパンジャンドラムを振り返った。

 彼もまたブアクアの実の弾頭を所持していたが……。

 パンジャンドラムも視線を逸らし、口笛を吹こうとしていた。しかし口の形が人間と微妙に異なるためか、音が出ていない。


 おおかたアリスの方は、ハルの妻、つまり王妃となることで、王府御用達のブアクアにアクセスできたのだろう。

 パンジャンドラムは……どこかで盗んできたのかも知れない。

 俺はキリーに言った。


「これから彼をどうする?」


 キリーはハルを見やりつつ、


「王府へ移送し、裁判を受けさせるでござる」


 大渓谷を振り返る。

 このクレバスは長い距離に渡って続いていると聞いた。

 その大回りを嫌って、先王はここに橋をかけようとし、ハルはそこに鉄道を通したそうだ。

 その橋は先ほど崩壊した。

 ということはこれからその大回りのルートを、ブアクア刀でハルを小突きつつ歩いていかなければならないということか。

 

「その必要はないわ、今ここでブッ殺してやるっ!」


 ブリジットが叫んだ。

 クレイモアを振り上げた彼女と、それを押さえようとするアリスたち、わあわあとモメている。


「ブリジット様、それはお考えなおしいただきたい。こやつは反乱によって王座を盗んだ逆賊。しかるべき罪に問い、しかるべき罰を与えねばなり申さぬ」

「何でよ!!!!」

「何でって……いやそれはあの」

「何よ!!!!!」


 キリーはしどろもどろとなった。


 この華奢な諜報部員は15歳のわりにしっかりした法治の考えを持っているようではある。ただちょっと今は社会常識についての話は聞きたい気分ではないらしい王妃の剣幕にたじろいでいた。


 俺は言った。


「そうでないと国民がびっくりするからだ。サッカレーの王様がいました、そいつが反乱を起こした転生者と変わりました、と思っていたら転生者がいきなり死んだらしく、で、また違う王様になりました。こんなことではおちおち畑も耕してられない」

「だったら何よ!!!!」

「転生者は反乱によって王座についただけの偽物で、正式に否定され罰されたということを示す必要がある。今までの3年間はただの夢で、サッカレー王国は依然としてあの王子の家の……何という名字だったか……」

「ウィルディア!!!!」

「そのウィルディア家のものであることは動かないとだ。そのためにはハルに1度、フェリデールまで生きて戻ってもらう必要がある」

「何でよ!!!!」

「…………レディー、君の気持ちはわかるよ。だが焦る必要はない。剣を下ろすんだ」


 ブリジットはクレイモアを大上段に振り上げた体勢のままハルを睨みつけていた。

 しかしため息をつくと、剣を下ろして、そして投げ捨てた。


「……感謝する」

「あのう…」


 アリスだ。彼女はブリジットを羽交い締めしたまま、その肩越しに声をかけてきた。ブリジットを押さえているふりをして、その実隠れているような様子だった。


「それでぇ……あーしたちは、どうなるのかなーって……」

「もちろんあなた方にも裁きを受けてもらうでござる! 反乱を起こしたあげく、これまでの狼藉放題の罪をつぐなって……」

「その必要はないわ」


 ブリジットが遮った。

 

 彼女はハルにガンを飛ばすのをやめ、遠く大渓谷の果てを見ていた。


「ちょっとあんたたち離しなさいよ」

「ブ、ブリジット様? どしたの……」


 組みついていたお友だちを乱暴に振り払うと、彼女は言った。


「裁かれるのは私だけで十分よ。反逆者ハル・ノートの第1夫人、このブリジット・ノートだけでね」

「ちょちょ、何言って……」


 腰に手を当てふんぞり返ったブリジットをアリスたち3人の王妃たちが取り囲む。しかしそれを押しのけながら、


「ちょっと触らないでくださる? 前から言おう言おうと思ってたけどね。平民風情のあんたたちに馴れ馴れしくされたくないのよ、私」

「え、ええ……」

「そんなー……」

「アイヤ……」

「聞きなさい、ロス・アラモス。それに諜報部員の娘」


 一瞬パンジャンドラムが無言で自分を指差していた。


「何か勘違いしてるんじゃない? 反乱を起こしたと言ったわね。それは誰がやったのか言ってみなさい」

「……それは、ブリジット様が主体となって行なったという調査結果があるでござるが……」

「ではあんたは、どうしてそこのアホ面女たちを反乱の罪に問おうとしてるのかしら? ただの平民なのよ、そこの3バカトリオは」

「あーしそんなにアホ面?」

「なかなかアルヨ」

「し、しかしながら! あなた方が先王陛下を捕らえようと王の間に踏み込んだ時、そこなる者たちもハルと共に……!」

「ええ、そりゃね。あの当時は私もハルも手駒が少なかったからね。ちょっと無理言って、いえ脅して数合わせに協力させたけど……」


 ブリジットはずっと大渓谷の果てを見ていた。

 ディアナが叫んだ。


「ちょっと待ちなよ! 何言い出してんのさ急に⁉︎ あの時はたしか、みんなでハルを王様にしようって話し合って……」

「どうして私が平民と話し合いなんかするのかしら?」

「ちょいちょいちょいブリ様ちょい待って」アリスだ。

「誰がブリ様よ!」

「いや待って待ってマジわかんないから。どういうつもり? なんかカッコつけてる?」

「カッコつけてなんかないわよ。さあ、2人とも、私とハルだけ連行しなさ……」

「嘘ばっかりっ!」


 アリスがブリ様を突き飛ばした。


「あーしたちみんなでやったことだよっ! そりゃたしかに、1番最初にハルっちを王様にするって言い出したのはブリジット様だよ! でもそれに乗ったのはあーしもじゃん! なのになんでそんなこと言うの⁉︎ みんなで力合わせてさあ、みんなで王妃になったんだよ⁉︎ 仲間じゃん、あーしたち! なに自分だけ悪者ぶって……」


 鼻で笑う音がした。


 ブロンドの王妃はやっと大渓谷から目を離し、アリスを見やる。

 その瞳は彼女のスキルのように冷たかった。


「……仲間? あらあんた、私をそんな風に思ってたの? 汚らわしいわね、思い上がりすぎじゃなくって?」


 アリスは視線を受けて固まっていた。後ろでチュンヤンとディアナも顔を見合わせていた。


「私は貴族なのよ。しかもサッカレーでも群を抜いて古い歴史を持つ旧家。それがあんたたちみたいな、ぽっと出の牧場の牛糞臭い女やら、東の野蛮人やら、赤い髪の奴やらに、仲間だと思われてたなんてね」


 そして口の端を歪めて微笑んだ。


「自分の格を知りなさいよ。はっきり言うけど、迷惑だったわ」


 そして彼女は俺たちの方をふり返り、


「と、いうわけよ。ハルの妻は私。私だけなの。私はそこの平民風情を王府の政治に関与なんかさせてないし、税金を使わせてやってなんかいないわ。あいつらにそんな資格ないもの。さあ、さっさと私とハルを連れていきなさい」


 そう言った。


 パンジャンドラムが足元を見ながら尻をかいているのが目に入った。


「そ、そのような理屈が通るとでも……」


 キリーがそう言った時だ。

 アリスがブリジットに掴みかかった。


「ひどいっ! あんた、あーしのことそんな風に思ってたの⁉︎ あーしは、あーしは友だちだと思ってたのにっ!」

「触らないでないでって言ってるでしょ、牛の糞がつくでしょうが! 友だちだって思われるのが迷惑なのよ!」

「こ……このっ!」


 俺はアリスの着ているポンチョを後ろから引っ張って引き剥がした。チュンヤンとディアナも慌ててアリスを止めにきた。


 ブリジットはしれっとした顔をして、再び大渓谷に目をやっている。息を荒げたアリスはブリジットを睨んだ。


「……なによ……あーしはあんたのこと……お姉ちゃんみたいだと思ってたのに……!」

「……よく言うわ。そんな私を真っ先に追い出したのはあんたでしょ」


 睨む視線。目を合わせないブリジット。


 俺はキリーをふり返って言った。


「もういい」

「え……」

「ハルとブリジットだけ連れて帰ろう」

「……しかし、他の3人は……」

「どうでもいい」

「な、何と……」

「どうやって連れ帰るんだ。4対3だぞ。縛る縄もない。途中で逃げられないよう目を光らせるのも面倒だ」

「ですが……」

「キリー。俺はハルの排除が仕事だ。女のことなんか約束していない。これ以上面倒なことはしたくないんだ。2人だけ連れて帰ろう」


 そしてチュンヤンをふり返った。ぐっと睨み返してきた彼女へ、


「さっさと親元に帰れ。サッカリー王子がフェリデールに戻れば、熊猫会に居場所はなくなるぞ」


 そう言って、倒れていたハルを担ぎ上げた。


「パンジャンドラム。手数をかけるがブリジットの見張りを頼めるか」


 途中参加の転生ゴブリンは肩をすくめると、投げ捨てられたクレイモアを拾い上げ、先を歩くよう手で促した。ブリジットはそれに従い歩き始める。


 キリーはアリスたちを気にするそぶりをしながらも、やがて俺と共にブリジットのあとへ続く。


 アリスは俺たちに背を向けていた。

 ディアナはそんなアリスと、歩き去るブリジットを交互に見ていた。

 チュンヤンは崩落した橋を眺めているようだった。


 そうやって3人は立ちすくみ、ずっと動かないでいた。

 

 俺たちは1度転車台へ行き、運転士と機関士について来るよう話した。崩落した橋を指し、もうそうするしかないと。


 転車台を離れ歩き出す。

 パンジャンドラムが橋のたもとを少しふり返った。そこにはまだ、3人の少女たちが立ちすくんでいる。


 彼は言った。


「……よかったの? これで」


 俺は言った。


「わからない」


 それからパンジャンドラムはもう何も言わなかった。

 キリーも、ブリジットも、何も喋らなかった。

 ただハルのもごもごとした命乞いが時折思い出されたかのように聞こえるだけだった。


 1つの仕事が終わった。

 前世の俺はいつも働いていた。

 懸命に働くことが美徳とされた世界の中で、俺はかなり美徳に忠実な男だったと思う。


 仕事が楽しいと思ったことは1度もない。

 やり遂げたという達成感を得たことも、生き甲斐を感じたこともない。


 そしてそれはやはり今日も同じだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 強調された個性の持ち主達が集まり一悶着あり終わった。渓谷にて。深い断絶がある。ハルノートは何も言えず。ブリジッドは建前論に終始。ディアナ、アリス、チュンヤンは立ち尽くす案山子だ。その様はそ…
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