第七十八話 チェックメイト
「きゃああっ!」
「うおわぁ!」
鉄道橋の木組みが衝撃に大きくたわんだ。
着弾地点は大きくえぐれ、バラバラに崩れていく。
線路は真っ二つに寸断された。
崩落により線路を失った3両の客車が落下を始める。
「マ、マスター、ゴブリンさんとおねーさんたちが……」
ラリアが呻いた。
屋根にいたパンジャンドラム。それからブリジットと、彼女の腰にしがみついたアリスが投げ出されていた。
どうする。どうするロス・アラモス。
パンジャンドラムは自力で何とかするかも知れない。だが少女2人はどうする? しかも最後尾の車両には、気絶しているはずのディアナとチュンヤンもいる–––––––
「ぅぅううあアチョォォぉぉーあ゛ッッッ!!!!!」
そう考えていた矢先、突如最後尾車両が謎の爆散!
中からディアナを背負ったチュンヤンが飛び出してきた。
《チュンヤンは鋼線的武術のスキルを発動しています》
「はいやぁぁぁぁぁーッッ!!!!!」
何とチュンヤンは崩れゆく木組みの柱、その木片を足場とし空中を駆けていた。
信じがたい。人間技ではない。いっそインチキ臭いほどの神技だった。
《チュンヤンは暗器のスキルを発動しています》
いったいどこから取り出したか(どうも股の辺りをゴソゴソやっていたようにも見えたが)、チュンヤンは鞭のようなものを突然持ち出し、
「アリスーッ!」
「ほいきたーッ!」
アリスに投げ渡した。
受け取ったアリスは、
《アリスはカウガールのスキルを発動しています》
鞭を振って、先端を機関車が走り去った側の線路へ飛ばした。
先端はなぜか輪となり、折れたレールの端に絡みつく。
そしてぶら下がり、ブリジットと2人で弧を描いて移動し、崩れていない木組みに取り付いた。
パンジャンドラムは……、
《パンジャンドラムは固有スキル、レギオンを発動しています》
大量のゴブリンズが列をなしてわき出し、1匹ずつ他の者の両足を掴んでいく。そうやって鎖のようにつながり伸びたゴブリンズ、先頭の1匹が木組みに取り付いた。
ゴブリンズの鎖は散らばる木片と共にサーカスの空中ブランコよろしく大渓谷の下へと垂れ下がっていくが、パンジャンドラムはゴブリンズを駆け上がり俺の方へと向かってくる。
先頭のゴブリンが掴まっていた木組みが砕けた。
俺は手を伸ばし、落下寸前のパンジャンドラムのリュックサックを掴まえ、そして柱に近づけてやった。
パンジャンドラムは柱にしがみつく。役目を終えたゴブリンズは谷底に落ちていった。
「あんがとロス君」
「登るぞパンジャンドラム。キリーがまだ機関車にいる」
「ああ、オレもあのハルって奴にはちょっとひと言言ってやらないと気が済まないね!」
俺たちはそれぞれ、機関車へ向けて木組みを登り始めた。
鞭の反動により跳ね上がったハルのハーレムガールズは、俺たちよりも高い位置にいた。
だがスキルを駆使して駆け上がる俺たちと、彼女たちが線路へ上がったのは同時だった。
線路は崩壊を続けていた。
アーチ型の鉄道橋は、ハルに破壊されたことで強度を失い折れ始めているのだ。俺たちの背後でも、線路はボロボロと崩れていく。
炭水車の上にいたハルは、線路の崩落からサバイブした俺たちの姿を見て、炭水車前方へ駆け出した。
機関車はブレーキをかけて止まり始めているのだ。このままでは機関車も落ちる。おそらく再度加速させるつもりなのだろう。
運転席にはキリーがいる。このままでは危ない。
《ウルトラスプリントのスキルを発動しました》
線路の枕木を蹴って走り出す。
前方にはアリスたち。
「ロスくん、もうほっときなよ、そんなことよりあーしと遊ぼうよー!」
「ハル、私は……!」
「む、転生者! さっきは遅れをとったアルが次は……アイヤ、《太極的呼吸》は明日まで使えないアルか……」
「……あれー、ここどこー? レッシャは?」
線路の前後にバラバラに走り出す者、立ち止まる者。
それぞれいたが、
《ウルトラスプリント・バーチカルのスキルを発動しました》
一気に跳び越える。着地。機関車は目前だった。
しかし機関車は再度加速を始めた。
キリーが機関車の屋根に跳び上がるのが見えた。
どうやらハルが運転席へ行き、加速を命じたようだ。キリーにとってハルは荷が重い相手だ、屋根に逃れたのだろう。
機関車は客車をすべて捨てたせいか、加速が増していた。いや……、
《ハル・ノートは無詠唱のスキルを発動しています。ファイア》
あいつ、ボイラーの温度を上げている。おそらく先ほどの炎の魔法だ。機関車のシリンダー音がテンポを速めている。《ウルトラスプリント》でも追いつけないほどの加速だった。
「アリス、これは何をやってるアルか? あの転生者を捕まえるアルか? たたっ殺すアルか?」
「さ、さあ、あーしもよくわかんない……でもハルっちがあーしたちのこと殺そうとした……」
「マジ? あたしたちが何したって言うのかなー?」
「許せない……ハル、あんた絶対ブッ殺してやるわっ!」
俺は後ろを振り返った。
アリス、チュンヤン、ディアナは線路の崩落に追われ、こちらへ向け走ってくる。
しかしブリジットはクレイモア片手に同じく走りながら、瞳には明確な憎悪の炎を宿らせていた。
違和感を覚えた。
先ほどまでブリジットはハルに対し擁護する姿勢を見せていたような気がするが……。
「よくも……よくも!」
あれが、殺意と呼ばれる気配なのだろうか。ブリジットはそんな雰囲気をまとい線路を走っている。
俺は叫んだ。
「アリス! その鞭を寄こせ!」
「え、何、何で。まさかそういうプレイ⁉︎」
「機関車を止める!」
《アリスはカウガールのスキルを発動しています》
アリスは鞭を寄こさず、自分で投げた。
先端は俺の左脇を飛び、正確に炭水車後部の手すりに絡みつく。
「どうするの⁉︎ まさか引っ張って止める気⁉︎」
「違う! ブリジットに鞭を持たせろ!」
アリスとブリジットは眉根を寄せていたが、俺の言われた通りにした。
「ラリア、鞭を掴め!」
「はいです!」
《カミカゼ・ブーメラン‼︎》
俺はラリアを、炭水車へ向け投擲。
「きゃ、何よぉ⁉︎」
鞭を掴んでいたブリジットも釣られて炭水車へ吹っ飛ぶ。俺は線路脇へ避けてブリジットを先行させた。
炭水車に取り付いたラリア。続いてブリジットも、石炭を入れたコンテナを足で蹴って止まり、タラップに立つ。
「ちょっと転生者! 何のつもり……」
「《メイド・オブ・アイス》だ! 炭水車を凍らせろ!」
「何で……」
「その車両には水が入っている、水を凍らせれば機関車は走れなくなる! 早くしろ!」
ブリジットが炭水車を見やった。
機関車は石炭を燃やした熱で水を蒸発させ、その蒸気でピストンを動かすことで動力を得る。
その石炭と水を積んでいるのが、今ラリアとブリジットがいる炭水車だ。
コンテナ上部に石炭を、下部に水を積んでいるのだ。そして水をブリジットのスキルで凍らせてしまえば、機関車は動力を失う。
ラリアが飛んで、こちらへ戻ってくる。
同時にブリジットが、
《ブリジットはメイド・オブ・アイスのスキルを発動しています》
炭水車に触れて凍らせ始めた。
これは1つの賭けだった。
離れつつある機関車。
炭水車の後部にいるブリジットの横顔が見える。
彼女は何かぶつぶつと呟いているように見えた。顔には脂汗が滲んでいる。
突如、風にたなびく彼女の金髪が強い光を放ち始めた。
後ろでアリスが、
「……凍らせれてないよ! ブリジット様は高熱を冷やす時あんな風にメッチャ髪が光るんだ! たぶん反対側でハルっちが魔法で燃やしてるんだよ!」
ら抜き言葉が少し気にかかったが今はそれどころではない。
ブリジットの髪はあまりに強く輝いていた。
眩しいほどだった。それほど、ハルの炎魔法の出力が高いということか。
読みどおりだった。
ハルにも《スキルアナライザー》があり、ブリジットが《メイド・オブ・アイス》を発動したことを、やはり察知した。
そしてやはり炭水車を加熱し始めた。
俺は前方へ叫んだ。
「ブリジット、炭水車の上に登れ!」
「はあ⁉︎ 何でよ!」
「上に登った方が早く凍らせられる!」
「え、え、どんな理屈よ……」
「いいかよく聞け! あまり知られてないことだが、あまり知られてないことだが! 石炭は鉄よりも熱の変化を早く伝える! だから炭水車の壁に触ってるより上からの方が効率がいいんだ! 一瞬で機関車を停止できる!」
「そ、そうなの……? けどあんた、さっきからこの私に指図ばっかり……」
「早くしろ! ケツをひっぱたくぞ!」
「あーもう、あんた後で覚えてなさいよねっ!」
ブリジットはスキルを発動させながらも、炭水車の上部に躍り上がった。
輝く髪を風になびかせながら石炭に手をついた。
どうやら科学知識のあまりない異世界人は俺の言い分を信じたらしい。
そしてどこかしら抜けている、追い詰められた王も。
炭水車の上にハルが姿を見せた。
「ブリジット……! まだ俺の邪魔するのかよぉ……!」
「……あーら旦那様、ずいぶん汗だくなのね。お着替えなさったら?」
ブリジットがハルへ向き直った。
そして立ち上がり、クレイモアを、霞の構えに取る。
「殺してやる……! てめえ、殺して……」
「ハル。見苦しい真似はやめなさい。あんたは王なのよ。私の夫なのよ……私の夫なら、もっとそれらしく振舞ってよ……お願いだから!」
炭水車の上で対峙した2人。未成年に手を出す浮気者の夫と、情緒不安定な妻。血を見ずには収まらない予感しかない。
「やめてブリジット様っ! 勝てないよっ!」
俺の背後のアリスが叫んだ。
転生者とAランク冒険者。勝敗はやる前からわかっている。
俺は隣を走るパンジャンドラムに言った。
「パンジャンドラム。俺をそのライフルで撃ってくれ」
「………………は?」
「俺の背中を、撃ってくれ」
しばしの、無言。
パンジャンドラムはライフルのレバーを引くと、背後から発砲した。
《ゼロ・イナーティアのスキルが発動しました》
着弾と同時に俺の体が弾丸の速さで飛んだ。
炭水車が急速な勢いで迫ってくる。
ブリジットが踏み込んだのが見えた。
ハルのリアクションは、彼女の剣を捌いて、必殺の貫手を極めるに十分な体勢に見えた。
その1合目に俺は間に合わないだろう。
だが決着はついていた。
よく考えろよハル・ノート。
石炭越しに冷やしたからといって水が凍るわけないだろう。
「なっ……⁉︎」
声をあげたのはブリジット。ハルの背後を見てあげた声だ。
突然炭水車の石炭の中から……
《キリーはシャドウ・ウィンドウのスキルを発動しています》
キリーが飛び出した。
ブリジットの輝きでできたハルの影から。
《ハル・ノートは剣聖・サッキレーダーのスキルを……》
遅かった。
ブリジットのクレイモアはすでにハルを捉えていた。ハルはそれを真剣白刃取りで受け止める。
「とったッ! 逆賊ハル・ノート、覚悟ッ!」
「あッ…………⁉︎」
逆手のブアクア刀を袈裟斬りに。ハルの背中へキリーは斬りつけた。
前のめりに転倒したハル。すぐに立ち上がりはしたが、足がもつれている。ブアクアの効果だ。
俺は炭水車へと到達。石炭で滑りつつも着地。
ブリジットのクレイモアがふらつくハルに降り下ろされようとするのを、俺は下から腕を押さえることで制止した。
「あ……あ……」
《ハル・ノート、は、固有スキル、固有スキル、プロジェクト・フィラデルフィアを、を、フィラ、ふぃらふぃふぃふぃ……》
アナライザーの声は変に弱々しかった。
俺は言った。
「キング・ハル。これがチェスの嫌なところだな。敵陣に入るとみんながクイーンになる」
「あ、あ、くそ、死ねえ!」
《ハル・ノートはスペるれり……》
《パウンドフォーパウンドのスキルを発動しました》
右で、腹。
顎が出たところをまた右でアッパー。アイアンの異名で呼ばれたボクサーが得意としたコンビネーション。
さきほど線路に投げ捨てられたキリーの分と、ラリアの分とで2人分。1発ずつくれてやった。サッカリー王子の分の3発目も考えたが、それは本人がこれから自分でやるだろう。
ハルは石炭の上に崩れ落ち、動かなくなった。
キリーがブリジットを見張っている姿を確認して、俺はハルの襟首を掴んで引きずる。
運転席を覗いてみた。
石炭を燃やす火室の前では、顔を炭で真っ黒にした運転士と機関士が俺を見上げながら、抱き合って震えていた。
見下ろしながら、俺は言った。
「おめでとう。試運転は大成功だ」




