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第七十六話 低俗! ハル・ノート!


 線路上へ投げ捨てられたキリー。

 鏡の壁から俺を見据えるヌルチート。

 俺は叫んだ。


「パンジャンドラム! 扉をふさいでくれ!」


《パンジャンドラムは固有スキル、レギオンを発動しています》


《パンジャンドラムは剣聖(ソードマスター)のスキルを発動しています》


 彼は俺が叫ぶよりも早く行動を開始していた。突如として屋根の上に溢れ返ったゴブリンズが扉の方へ飛び降りていくわ、左右の鏡の壁へぶら下がるわ……。


 しかもパンジャンドラムはゴブリンズが鏡へ跳ぶ寸前、彼らの頸動脈を素早くナイフで掻き切っていた。鏡はゴブリンズの噴射する血にべっとりと汚れていく。


《パウンドフォーパウンド・アドレナリン・スローヴィジョンを発動しました》





 キリーの体がゆっくりと、宙を泳ぐのが見えた。


 このまま線路に落下すれば、炭水車の後ろに続く客車によって轢死は必至。


 俺は跳んだ。


 目に映る客車の屋根が、後方へと流れていく線路に移り変わる。


 落下に備え、おそらく無駄になるだろう受け身の姿勢取るキリー。


 目をつぶっているのが見えた。


 俺は助走もなしに跳んだだけ。


 向こうの炭水車になど到底届くわけがない。


 足下を見る俺の視界に、《レギオン》を発動させたパンジャンドラムの姿が入り込む。


 屋根から扉の前へ、ぼとぼととゴブリンズが落ちていく。


 その群れの向こうにブリジットとアリス、そしてヌルチートの視線は消えていた。


 炭水車へ向かう俺と、客車の方へ落下するキリー。


 上下に交差する瞬間、俺は背を地に向け、天を仰ぎ––––––




《アドレナリン・スローヴィジョンの効果が切れました》


《ハードボイルを発動しました》


 マイクロウェーブを空に打ち上げた。

 両の拳から青白い光が強く発される。


 地面を返り見た。

 《ハードボイル》の発光。

 俺の体が光を遮り、走る線路に影が落ちている。

 そこにキリーが交差するように落下してきた。

 ドンピシャだ。


「キリー! 《シャドウ・ウィンドウ》だ!」


 一瞬のことだ。

 俺の脳裏に《シャドウ・ウィンドウ》が発動された旨を知らせる情報が。同時に客室扉の前のゴブリンズが吹き飛んだ。


 クレイモアをひるがえし姿を見せたブリジット。そしてヌルチート。

 瞳が赤く光る寸前、アリスが組みついた。


「やめて、転生者が死んじゃうでしょっ!」


 俺は線路に落下した。

 キリーはどこにもいない。


《ゼロ・イナーティアのスキルが発動しました》 


 発動するやいなや客車に跳ね飛ばされた。

 何の衝撃も苦痛もない。風船とはいつもこんな気分なのかと思いつつ、俺は上空に跳ね上げられる。


 列車を見下ろせるほどの高さになった時、機関車の煙突が目に入った。


 煙突からはもうもうと白い煙が吐き出されている。その煙が機関車の上部に落とした影からキリーが飛び出したのが見えた。

 俺は空中で叫んだ。


「キリー、機関車を止めるんだ!」

「ど、どうやるでござるか⁉︎」

「運転している奴がいるんだ、話すなり殴るなりして止めさせろ!」


 キリーの、屋根の上で少しまごつく動きが見えた。たぶん運転席がどこかわからないのだろう。

 運転席は機関車と炭水車の間。キリーは機関車の先頭、煙突近くにいるが、運転席自体は車両の後部にあるのだ。

 しかしその後、


《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》


 急に体が重くなる。

 客室の扉から、ブリジットとアリスが摑み合いをしているのが見えた。

 ヌルチートはその背中から、まっすぐこちらを見ている。


 俺は炭水車の、少し右側の荒野に背中から落下した。

 中学校で学んだ柔道のスキルがまた俺を助けた。ダメージは息ができなくなっただけですんでいる。

 ちょうど目の前を通りかかった車両のタラップ。手すりの縦棒をキャッチした。


 荒野が俺の背中を大根のようにすり下ろそうとしていた。

 仰向けの体勢のまま足で地面を蹴って跳ね上がり、なんとか体をレールの1本に乗せた。


「ロロロロス君、大丈夫かーっ!」


 パンジャンドラム的には俺の答えを待たないといけないほど、大丈夫かそうでないか判断に迷う状況に見えるらしい。


 もちろんロス・アラモスはまったく大丈夫ではない。

 体の右側を下にして、右足の腿を鉄道のレールに敷きサーフィンを楽しんでいるが、摩擦熱で大変なことになっていた。


 ただ背中を打ったせいで息ができない。何も他人の心配を無視してだんまりを決め込んでいるわけではないが、声が出ないのだ。


「んもうブリジット、やめなって! ヌルチートをよこして!」

「いやよ! あいつはハルを捕まえて王位を奪おうとしてるのよ! そうなったらどうなるかわかってるの⁉︎ ハルが処刑されちゃうじゃない!」

「だったら何なのよ! ヌルチート返して! もともとあーしんだよ!」


 客室ではキャットファイトが行なわれているようだ。

 時間があれば見物したいところだが……ハル・ノートがタラップから俺を見下ろしているのが問題だった。


「クソ、クソ、やっぱり、やっぱりそうだったんだな! やっぱりおまえも俺を殺しにきたんだ! 前世の奴らみたいに、上手いこと言いながら本当は俺をバカにしてやがったんだなっ!」


 ハルの目はもはや血走り狂人のごとき形相だった。言いざま、手すりを掴む俺の手を蹴ってくる。


「ああっ、やめるです、マスターが落っこちちゃうっ!」

「落ちろ! 落ちろっ、クソッ! 死ね! みんな死ね! みんな敵だっ!」


 俺の頭上に影が差した。


「てめえ、やめろコラァーッ!」


 パンジャンドラムだ。

 ライフル片手に、客車の屋根から機関車タラップのハルへ飛び蹴りを敢行。


《ハル・ノートは剣聖(ソードマスター)・ジュージュツ・アイキのスキルを発動しています》


「何だ、このゴブリンは!」


《パンジャンドラムはバヨネットファイティング・プロフェッサーのスキルを発動しています》


「何だじゃねーんだよおまえこそ何なんだ、人殺ししようとしたり子供を人質にとったりよぉ! マジ死ねおまえ!」


《アリスはレスリング・グレコローマンのスキルを発動しています》


「か〜え〜し〜て〜よぉ〜……っ‼︎」


《ブリジットはボクシング・ダーティクリンチワークのスキルを発動しています》


「くぉの尻軽女、前々から気にくわないと思ってたのよぉっ!」


「あーしの何が気にくわんっての……よ!」


「その曖昧な……発音……よっ! しかもいつもズボンをパンツって呼ぶし……パンツは下着のことでしょおがっ!」


「時代は……! あーしが……! つくるんだよ……っ!」


 誰か俺にも構ってくれ。

 ロス・アラモスの類いまれなる忍耐力は限界を迎えつつあるのだ。そろそろ右足が取れてしまうのではなかろうか。


 その時だ。

 パンジャンドラムのライフルによる殴打を捌いていたハル。その銃床の攻撃を前腕で受けると同時に、


《ハル・ノートは固有スキル、プロジェクト・フィラデルフィアを発動しています》


 ざらりと砂嵐に変わった。そのままパンジャンドラムの目の前でかき消えた。


「あっ……えっ? どこ行った⁉︎」


 見回すパンジャンドラムを尻目に、俺は線路の両側に視線を飛ばす。


 左右の荒野のどこにもいない。

 客車か。それはない。そちらにはまだブリジットたち、つまりヌルチートがいる。


 ハルの声が響いた。


「こ、これを見ろっ!」


 ハルは炭水車の上に立っていた。

 短い距離だけ移動したようだ。そこからこちらを見下ろしていた。

 腕の中にはラリア。ナイフを突きつけられている。


「こいつ、おまえの仲間だろ! こ、こいつがどうなってもいいのか⁉︎」

「あーし別にアニマルが死んでも困んないよ」

「おまえには聞いてない!」

「ひっど……今の聞いた?」

「あんた黙ってなさいよ!」

「おいゴブリン! そっちの客車に戻れよ! ロス! このガキを殺されたくなかったら、その手を離せ! そして列車に轢かれて死んじまえ!」


 ハルはそう叫んだ。


 パンジャンドラムは信じられないようなものを見る目つきでハルを見上げていた。

 気持ちはわからないでもない。

 あのハル・ノートなる人物……。


「ロス君………………何なのあいつマジ…………!」


 俺とパンジャンドラムの知る、平均的な人間の姿からかけ離れていた。

 人間らしさというものが完全に失われていた。

 ハルは言った。


「へ、ひへへ。気にするなよ。どうせ、どうせここで死んだって、きっとまたどこかへ転生できるさ。俺たちはそうやってこの異世界に来たんだ。なら大丈夫さ。ほら、早く死ねよ」


 醜く歪んだ笑みを浮かべていた。


「ぐ、おまえ……!」

「ゴブリン、早くしろよっ!」

「待てよおまえ! せめてロス君を上げてからだろ!」

「いいやダメだ! 先に飛び移れ!」


 パンジャンドラムは逡巡していたようだった。


 が、急に荒野が途切れ、列車は崖を渡る鉄道橋の上を走り始めた。

 大渓谷に突入したのだ。


 レールの上を引きずられる俺の両脇は、深く暗い崖。線路の木組みは遠く対岸まで続いている。


「早くしろって! こいつを投げ落とすぞ!」


 ハルが叫んだ。パンジャンドラムは慌てて客車の屋根に跳び移る。


「後はおまえだ、ロス。早く手を離せ!」


ラリアを片手に威勢のいいハル。

 やっと呼吸ができるようになった俺は言った。


「キング・ハル……! 仮に俺がそうしたとして、君はその後どうするつもりなんだろう?」




「へっ! さっきの女も殺して、俺はガスンバへ逃げる。いや待てよ、犯してから殺してもいいな。このガキも。うん、それがいい! 俺はもう、アリスたちには飽き飽きしてたんだ。うんざりだったぜ。それで、その後は新しい生活を始めて、今度はもっと大人しい、俺の言うことを何でも聞く女の子を彼女にしてさぁ……。そうだよ。女なんて、大人しく男の言うことだけ聞いてりゃいいんだ。あれこれ指図したりとか、自分の意見とか聞きたくねーんだよっ! 黙って股だけ開いてりゃいいんだ! アリスたちも最初はちょっと可愛いなって思ってたけど、おまえらはクソだっ! クソビッチだっ! おまえらなんかもうどうでもいい! 俺を、俺様を嫌な気持ちにさせやがって、せっかく転生して新しい人生を始めたっていうのに! あのクソみたいなよぉ! クソみたいな人生をやり直して、そんですげーチートな力も手に入れて、上手くいってたのによぉ! 何だよ! 何なんだよおまえらわもぉぉぉ‼︎」



諜報部「自分が喋りたい時はメッチャ饒舌なんですよねあの人」


決着まであと二話。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ロスとゴブリン達とパンジャンドラムの連係により、キリーは自らを助けた。ハルノートは追い詰められ口を滑らす。目は血走り口汚く罵り興奮している。女達は仲間割れめいた争いを始め。場の混迷は深まる…
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