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第七十三話 暴走特急


「う、あ……力が入らにゃいよ……」

「アリス! これブアクアの実だ! 待ってて、解毒魔法かけるから……」


 通路にへたり込んだアリス。

 肩の衣服に、小さな毬栗(いがぐり)のようなものが付着していた。


 ブアクアの実……。

 

 たしかキリーが少しそれについて話していたことを思い出した。

 人間の体を痺れさせる弱い毒がある、植物の実。

 魔術を組み込むことでその毒を利用した道具を作れるという話だった。キリーが持つ短刀や手裏剣もそうだとも。


 今アリスに付着しているものは実そのもののように見える。

 ディアナはアリスが床に落としたトマホークを拾って、斧のせり出した刃を鎌のように使い慎重にブアクアの実を払い落とそうとしていた。


「ロス君ー! どうなってんのーっ⁉︎」


 列車の外で鳩馬に乗ったパンジャンドラムが叫んでいた。


 どうやら彼が自前のライフルで、ブアクアの実を弾頭にして撃ち込んできたらしい。助けに来てくれたのだ。

 俺は氷の鏡に空いた穴から彼へ叫んだ。


「ヌルチートだ!」

「マジ⁉︎」

「鏡を割ってくれ! 奴らは目で見ることでスキルを封じる! 鏡を割るんだ!」


 この説明で伝わったかどうかはわからない。急を要していた。

 だがパンジャンドラムはすぐさまライフルの下部から、小さな黒い箱のような物を取り外した。

 たぶん弾丸のマガジンだろう。外した物をベストのポケットへねじ込み、別のポケットから新しいマガジンを取り出してライフルに装着。


 レバーを引いて次弾を装填するような動きを見せ、鏡に向かって発砲し始めた。


 俺は車内を振り返る。

 ディアナが魔法の呪文を唱えてアリスを復活させようとしている。


剣聖(ソードマスター)・ジュー》


《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》


 通路にしゃがみ込んだディアナ、そして倒れたアリスのヌルチートがこちらを見ている。

 俺は物も言わずディアナに躍りかかった。


「きゃあっ!」


 ディアナを通路に組み敷く。アリスに復帰されるのはまずい。

 車内の通路で2人してもぞもぞともがき合う。


「いやっ……やだ……やめてぇ……っ!」

「はあはあ……おとなしくするんだ……」

「やぁっ……だ、誰かあっ!」


 股間に衝撃!

 どうやらディアナの長い足により膝がめり込んだようだ。手足にまるで力が入らなくなり、俺はあっさり押しのけられた。


「あ、ごっ、ごめん! そこを使い物にならなくしたらハーレムになんないよね! ……ん? いや、捕まえて言うこと聞かせるだけでいいのかな……?」


 ディアナは何やら独り言を言った後、アリスを回復させる作業に戻る。


 悪寒を覚えつつ何とか立ち上がろうとするが、腰に力が入らない。

 早くもアリスが痺れから立ち直ったようだ。ガバと跳ね起き、床に落ちた魔法銃を拾う。腰から左手でもう一丁抜き出した。


「よくもやったなっ! ディアナ、ロスくんを見てて!」

「ヤッてていい?」

「えっ、今酷使するのはかわいそうじゃない……?」

「じゃ回復魔法をかけてあげよーっと」


 アリスは背もたれに足をかけ、屋根に登る。

 ディアナが俺に近づき、


「よぉし……!」


 俺を仰向けにひっくり返して、股間のアラモスをひっ掴もうとしてくる。


「や、やめろ……!」

「はいはい、痛くなくなるようにしてあげるって。おとなしくして。叫んだって誰も助けになんてきやしないんだから」


 ディアナは結局触るのは諦めたのか、そのまま魔法の呪文を唱え始めた。

 股間の痛みが引いていく。我々は今何をやっているんだろう。


 屋根の方から断続的な破裂音が響いてきた。

 おそらくアリスの魔法銃だ。かなり連射している。

 そのマズルファイアは氷の鏡に反射し、ストロボのように明滅する光りが車内をも照らしていた。

 パンジャンドラムのライフルの発砲音もする。熾烈な射撃戦が行なわれているようだ。

 

「よっし! もう楽になったんじゃない? それではさっそく……」


 ディアナは親切なことに、アリスに撃たれた右肩の治療までしてくれた。何の苦痛もなくなっていた。

 そして、彼女は俺のズボンのベルトに手をかけてきた。


「大サービスだよ。まずは口でしてあげる」

「……待て」

「何? もう観念しなよ。天井の染みでも数えてればすぐ終わるからさ」


 仰向けになった俺には、完成したばかりの客室の天井に染みなどないのがよく見えた。俺は言った。


「レディー、こういうことにはまずムードというものが必要だ。そして順序というものが。理想のセックスの追求に焦ってはならない」

「同感。で? どうしたいわけ?」

「まずはキスからだろう」


 実際、どうなのかは知らない。理想のセックスどころか事務的なセックスの経験も俺にはない。

 しかしそれを知ってか知らずか、ディアナは妖艶に微笑んで、床に倒れた俺を這い登ってくる。


「いいね……すごくいい。あたし、すっごく興奮してきた。テクニックに自信はあるの? お兄さん?」

「いや。まったくないな」


 言うが早いか俺は右足の裏をディアナの腹につけた。

 そして巴投げ。


「わあっ⁉︎」


 ディアナを前転させつつ吹き飛ばし、客室後部の扉へ背中をぶつけてやった。


「いった……!」


 逆さまに扉に衝突したせいで、ディアナは落下により床で少しだけ頭を打ったらしい。しかも彼女の長い手足が左右の座席に邪魔され、立ち上がろうとする動きが鈍かった。


 その時、視界に入った。

 ヌルチート。

 のろのろと起き上がろうとするディアナの背中にしがみつくヤモリは、ぐったりとしている。


 ディアナと扉に挟まれてダメージを負ったのだ。

 床を見ると、アリスが忘れていったトマホーク。

 俺はそれを手に取ると、


「失礼、レディー」

「何……いたっ、や、やめて!」


 ディアナの髪を掴んで頭を床に押し付けた。

 彼女の背中から頭を起こして俺を見上げたヌルチート。

 その顔面を、トマホークで横殴りに叩き切る。

 金切り声とともに鮮血が飛び散った。


「いやぁっ⁉︎ な、何⁉︎ 何⁉︎」


 後頭部に血を浴びたディアナはやや恐慌状態にあるようだ。俺は彼女の髪を離してやり、立ち上がった。


「な、何……あ‼︎ あたしのヌルチートちゃんが……!」


 座席の間に吹き飛ばされ血まみれとなったヌルチート。

 仰向けとなりもがいていたがやがて動きを止め、うっすらと消えていった。


 四つん這いのディアナが俺を睨み上げた。俺は言った。


「そのまま席について、景色でも楽しんでいてくれ。これ以上君を傷つけたくない」

「紳士なん…………だねっ!」


《ディアナはチャクリキ・ラストタイラントのスキルを発動しています》


 立ち上がりざま俺を両手で突き飛ばした。同時に右のハイキック。


剣聖(ソードマスター)・ジュージュツのスキルが発動しました》


《パウンドフォーパウンドのスキルが発動しました》


 ダッキングで避ける。

 ディアナは勢い余って俺に背を向け、長い足が背もたれの上に乗ってバランスを崩した。

 すかさず背後から裸締め。

 綺麗に首に入った。

 ディアナはしばらくもがいていたが……やがて力が抜け、ぐったりとなった。


 俺はディアナを座席に寝かせると、屋根へと登った。




 屋根から顔を出した瞬間、風に帽子が飛ばされそうになった。

 俺はそれを手で押さえながら様子を窺う。


 6、7メートルほど向こうの屋根で、アリスが2丁拳銃で仁王立ちに撃ちまくっているのが見えた。


 パンジャンドラムはというと、列車の進行方向左側、ジグザグに馬で駆けながらアリスの弾丸を避けつつ、鏡を銃撃している。

 下手に撃ち返すより鏡を割ることに集中するつもりのようだ。


 そう言えば、以前パンジャンドラムは非致死性のゴム弾を使っていた。

 さっきはブアクアの実の弾頭。


 ひょっとしたら、今鏡に向けて撃っている弾丸は鉛(あるいはそれに準ずる金属)なのかも知れない。

 いちいち別の非致死性の弾頭に交換するのが面倒なのか。パンジャンドラムはこの期に及んでもアリスを射殺する気はないらしい。


 アリスの意識がパンジャンドラムに向いている。俺は静かに屋根に登った。

 そしてするすると近づき……。


 振り向いたアリスと目が合った。


「あっ」

「あっ」

「ディ、ディアナはどうしたの⁉︎」

「俺のテクニックで昇天した」

「こいつー!」


《ソードマスター・レイジン》


《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》


 銃を向けたアリス。俺はトマホークを投げ捨て両足にタックル。見よう見まねだがだてに格闘技ブーム世代ではないのだ。少し手こずったがテイクダウン。アリスの両手を抑える。


「は、離して!」

「パンジャンドラム! 聞こえるか!」

「何、ロス君!」

「剣や棍棒は持ってないか⁉︎ 《ザ・マッスル》のスキルでブチ砕け!」

「で、でもヌルチートがいるんでしょ⁉︎」


 俺はアリスと格闘しつつ(アリスは腕を抑えられたまま頭突きしてきていた。痛い)、少し考えた。そして、


「ヌルチートは転生者にしか効果を、いて、効果を発揮しない! 君ならできる!」


 そう叫んだ。

 ヌルチートは転生者を視認することでスキルを封じる。

 だがこの場にいる俺以外、パンジャンドラムが転生者だと知らない。

 まったくいい時に来てくれた。彼は今なら、その転生者としてのスキルをいかんなく発揮できるはずだ。


《アリスはレスリング・カレッジスタイルのスキルを発動しています》


 俺の下でアリスが体をくねらせ、身悶えし……と言うより俺に掴まれた腕を足元の方へ押しながら、同時に足で地を蹴り抜け出そうとしていた。


 正直なところ、俺はそれをまったくと言っていいほど止めることができないでいた。少女相手に情けないことだが、いかんせんテクニックが違いすぎた。このままでは立たれる。


 俺はアリスを屋根に押しつけたまま走った。

 彼女が俺の下から這い出ようとする方向へ。

 猛スピード(俺的にはそうだ)で列車前方へ走り……


「わっわっ、危なっ⁉︎」


 客車と客車の間。連結部分の隙間に、アリスの上半身を乗り出させた。

 即座に腕を掴んでいた手を離す。


「あわわ……!」


 アリスは思わずなのか銃を手放した。

 線路へ落下しそうになっているのだ。上半身を捻って下を向き、落ちないように体を支えようとする。線路に落下した2丁の魔法銃が、車輪に巻き込まれて砕ける音がした。


「わ、わ、ちょっ、ちょっ!」


 客室同士をつなぐタラップがあるとはいえ、幅は狭い。正確にそこへ落ちるとは限らない。


「レディー、第2ラウンドの主導権を握ったぞ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] ヌルチート対チート。ぎりぎりの攻防がある。出して終わりではなく。封じられて終わりでもない。駆け引きがある。競合する男女はどちらも一人ではない。ゆらゆらと有利はお互いの間を揺れる。ほどよい緊…
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