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第七十二話 ジョックとクイーンビー


「あーしはいいアイディアだと思うけどな」

「アリス、正気⁉︎」


 俺に無表情のまま魔法銃を向けるアリスにブリジットは叫んだ。


「あんたハルを諦めて、こんな痴漢と一緒になるって言うの⁉︎ あんな、人前で破廉恥な真似する……」


 何だろうか、ブリジットの腰を抱いたことだろうか。


「うーん、アリだと思うけどなあ。だってほら、この人割と背が高いじゃない。ハルっちも悪くはないんだけど、背はあんまり高くないし、ちょっとナヨっとしてるし……。あーし、本当はもっと筋肉のついてる人が好きなんだよね。まあこの人もメチャメチャついてるわけじゃないけど」


 アリスはそう言って、俺に向かってニヤリと笑った。

 そして、何とだ。

 右手に銃を持ったまま、左手でビスチェの左側をずり下げ、左乳の一部を露わにした。


「なっ、アリス……!」

「アイヤー……」

「わ、アリスだいたーん……!」

「ねえ、ロスくんって言ったっけ? どうする? あーしたちと一緒に来れば、これはあなたのものだよ?」

「ちょっと待ちなさいって! あんた、ハルとは冒険者学校からの恋人だったんでしょ⁉︎ それを、そんな……」


 ブリジットは言いながら、バタバタと動いてアリスのおっぱいをしまおうとしていた。危うく乳房の先端が見えかけたのを防いだ素早さはさすがAランク冒険者と言っておこう。


 アリスは特に逆らうでもなく、乳をしまわれるに任せていた。しかしブリジットの言葉に対しては鼻で笑った。


「あーしねぇ……。そもそもそんなにハルっちのことがすごく好きってわけじゃなかったんだ」


 俺が視線を忙しく、しかし慌てているように見えないよう前後に動かす中、アリスは言う。

 ハルはそれを口をあんぐり開けて眺めていた。


「ハルっちってお金持ちじゃん? それに冒険者学校での成績もいいし、みんなの注目の的だった。あの男子のカノジョって形になれば、みんながあーしに一目置くよねって思ったの。だからハルっちを攻めたんだよ。スキンシップを多めにしてみたら、あっさり落ちたなあ。さりげなく胸を押し付けて腕組んだりとかしたら、顔真っ赤にしてて……」


 くすくすと笑う。そしてハルに微笑みかけて言った。


「その時のハルっち、クールぶっててすっごいバカみたいだったね。パニクってんのバレてないと思った? あーし、ああ、こいつ童貞なんだなって思ったよ。チョロかったあ」


 はじめからそんなものがあったのかはわからないが、サッカレーの偉大なる王は、王としての威厳のかけらもなく顔をシワくちゃにして震えていた。


「な、な、そんな……アリス、おまえ、俺のこと、あんなに好きだって……好きって言ったじゃないか……っ!」

「何? 今さら。あんたはもうどっかへ行くんでしょ? そう、元気でね、今まで楽しかったよ。ハルっちのセカンドキャリアが上手くいくようにチレムソー神に祈ってるね」


 そう言ってアリスはハルに投げキッス。


 どこまでも小バカにしていた。


 まるでそこに一切の愛はなく、私たちの関係は金と体のディールだけで成り立っていたと言わんばかりだ。

 寒気がしたが、血を失ったせいだと思いたい。いやそれだと俺が危険だ。やはりアリスは恐ろしい女だ。そういうことにしておこう。


「それで、みんなはどうする? このロス・アラモスくんを新しい王サマにして、あーしたちはその王妃サマとして今までどおり楽しくやるか。それともハルっちに戻ってきてもらうか。あーしはミスター・アラモスに一票」

「冗談じゃないわよっ! こんな痴漢に好きにされるぐらいならドアに指挟んだ方がマシよっ! 反対を表明するわ!」

「あー……ワタシ、その……」

「……あたしもロスくんに一票かなー。最近のハル面白みがないんだもん。ってか、両方捕まえちゃえば? あたしとアリスがロスくん、ブリジット様とチュンヤンがハル担当でぇー……」

「共に産み栄える感じアルか」

「ダメに決まってるでしょ! ハルが王なのよ! 何でこんなよそ者を王府の中に……王に従えないなら、あんたたちがどっか行きなさい!」

「あーそれは困るアル、権益が……」

「じゃあチュンヤン! あんたどうするわけ⁉︎」

「……………………棄権するアル……」


 すると、アリスは俺を見てにっこり微笑んだ。


「賛成多数。決まったね。ブリジット様。あなただけグループから脱退するといいよ」


 アリスの背からゆっくりと。

 ヌルチートが顔を出した。

 その赤く光る瞳が俺を見つめていた。


 俺は振り返った。ラリアはハルの手の中にある。


「ハル。その子を離せ。この女たちなら俺が排除してやる。だからラリアをこちらに返せ」

「い、嫌だっ! 勝てるわけない! ヌルチートに転生者は勝てないんだ! クソ! クソビッチ! よくも裏切ったな、今まで俺のおかげで美味しい思いしてきたくせに! 俺は、俺は……わあああああっ‼︎」


 ハルは一気に振り返り、背後の扉を開いた。次の車両に飛び込む。キリーは素早くそれを追い自身も車両に飛び込んだ。


「ま、待つでござるっ!」

「チュンヤン! とりあえずハルを追うのよ! 嫌とは言わせないわよっ!」


 ブリジットが叫びとともにクレイモアを掲げると、


《ブリジットはメイド・オブ・アイスのスキルを発動しています》


 彼女の金色の髪が輝き始めた。


 同時に刃を青白い靄のようなものが包む。

 冷気だ。冷気が車両内に漂い来て、それを俺に理解させた。

 

「ええい、この際あとで考えるヨロシ!」


 チュンヤンは俺から見て車両の右側の座席にいたが、突然窓ガラスを蹴破った。蹴るが早いか腰から三節棍を取り出し、後ろも見ずにアクロバティックな動きで先端を左側の窓へ飛ばし叩き割る。


 瞬間、ブリジットの剣の冷気が急速に左右へ伸びた。

 冷気は割れた窓から外へ出て……。


 壁を作り始めた。


 両側の窓から少し離れた周辺が一気に凍りつき、さらに車両の外を覆うように氷の壁が出現した。

 ここから見ても、外の壁の要所要所から小さな柱が伸び、車両の側面に張り付いて、列車に置き去りにされないよう固定しようとしているのが見えた。


 こういうことをして何のつもりなのか、俺はすぐに理解した。

 窓の向こう。氷の壁に俺の姿が映っていた。

 鏡だ。氷の鏡だ。


「チュンヤン、屋根に登りなさい! ハルの姿を見失っちゃダメよ、スキルで消えるんですからね!」

「お任せアルッ!」


 チュンヤンが素晴らしい運動神経を発揮して、屋根に空いた穴からするりと登っていった。


 よくわかった。


 鏡は車両から少し空間を開けて接合されている。

 車両の両側に鏡の壁がある限り、車内は鏡に映り込む。屋根の上のチュンヤン、というより彼女のヌルチートからは、車内の様子は丸見えになる。


 となればハルは《プロジェクト・フィラデルフィア》も、他のスキルも使えない。


 鏡を固定し終えたらしいブリジットは冷気を出すのをやめた。

 そしてアリスをひと睨みし、


「……あんたにはガッカリだわ。誰とでも寝るような奴だったなんて」

「あーしは有能でイケてる人なら誰でも歓迎なの。そういうスタンス」


 ブリジットは座席の背もたれを蹴って屋根へと登っていった。


 その様を横目に見ていたディアナが言った。


「……ね、アリス」

「何?」

「これさー……最後にはどっちが王座につくのかな?」

「もち、ミスター・アラモスでしょ」

「それってさ……あたしたちがブリジット様と戦うコースじゃない……? チュンヤンはどうするかはわかんないけど……」


 アリスは無表情に俺を睨んだまま答えなかった。


「いい方法があるぞ」俺は言った。「サッカリー王子を王にすればいい。全部丸く収まり、君たちは友達のままだ」


 アリスは少しの間無言だった。だがやがてふっと笑って、


「……樹液にたかる虫は友達同士ってわけじゃない。とまった木がたまたま同じだっただけ」


 ……なるほど。

 転生者というものは、人々に仲良く手を取り合わせ、次の瞬間今のはただのグローブタッチだと言わんばかりに殴り合わせる存在らしい。まったくロス・アラモスはまるで中東の油田のように輝かしい男だった。


 それはさておき、どうしたものか。


 どうしてキリーはハルを追い、俺を1人にしたのだろう。

 この状況を俺が1人でどうにかできると思っているのだろうか。


 いや、思い返せば俺はいつもキリーの前でビッグマウスを多用していた。

 本当にできると思ってしまったのかも知れない。

 それに俺が捕まったところで3Pプレイを強要されるだけでそれほど深刻な事態ではないと思ったのかも知れない。

 むしろ俺が喜ぶと思っているのかも知れない。

 いずれにせよ、どうしよう。


 アリスが銃を突きつけ、通路を歩みくる。


「さあ、ロスくん。おとなしくすれば肩の怪我も治したげる。それから楽しいハーレムを作ろうね」

「レディー、君はハーレムを勘違いしているんだ」


 その時だった。


 列車後部を向く俺から見て右側。

 氷の壁からびしりと、小さく鋭い音が発された。


 アリスとディアナがそちらを向いた。

 もう一度、びしり。

 俺もそちらを見ると、氷の壁の一部にヒビが入っている。

 位置はちょうど、アリスの立つ場所の側面。ヒビは2つ。小さなクモの巣のようなヒビができていた。


「…………何?」


 アリスが呟いた瞬間。


 衝撃音とともに鏡が割れた。バスケットボール大の穴が開く。

 間を置かずアリスが何かに跳ね飛ばされたかのように、穴の反対にある座席の隙間に転倒した。


「ア、アリス⁉︎」

「う、う⁉︎」


 びしりという音が立て続けに車内に響いた。列車の外から連続して何かが撃ち込まれている。

 やがて俺の立つ場所の近く、氷の壁が窓ごとブチ抜かれ穴が開く。


 穴から覗く列車の向こうの景色はいつの間にか荒野へと変わっていた。

 馬が走っている。タイバーンで一度乗ったことのある鳩馬だ。


 その背中に何者かが乗って、列車に並走している。

 何者かは俺を見つけ、手に持ったライフルを振り回しながら叫んだ。


「ロス君、大丈夫かーっ⁉︎」


 転生ゴブリン、パンジャンドラムのエントリーだった。

 

 


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゴブリン。とりあえずゴブリンで。気のいいゴブリンが颯爽と現れる。まるで苦しい時はもう終わりだと告げるように。 [気になる点] 列車の運転手さんは大丈夫だろうか。列車がゴブリンに襲撃されてい…
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