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第六十九話 成功! 王位奪還!


 ………………。


 ハルの話は唐突に終わった。

 何か続きがあるかと思って黙っていたが、彼は座席に座ったままコートの裾を指でいじり、視線をそこに向けているだけ。


「……それで?」

「そ、そ、それでって、何」

「それで、今日はいったいどういうわけで愛する妻たちから逃げ回り、列車に乗って孤独な旅を決め込んでいるんだろう?」


 通路を挟んで反対側。座席のハンドレストに腰掛ける俺を、ハルは顔を上げず横目にちらちら見ていた。

 ひょっとしたら俺の眉間にはシワが寄っているのかも知れない。それが理由でハルは言いよどんでいるのかも知れない。


「も、もう嫌だったからだよっ。もう、あいつらとは一緒にいたくない、嫌なんだ」

「何がだ。今聞いた限りでは、とても楽しい成功譚のように聞こえたが。金がある。地位も名誉もある。髪の毛もある。美少女に囲まれて何が不満だ」

「だって、だって」

「ハル。俺は何も説教しようだとか、妬んでいるとかそういことで言っているんじゃない。君の話にはヌルチートが出てこなかった」


 ハルはやっと顔を上げて俺の方を見た。


「ヌ、ヌ、ヌルチート。あのヤモリみたいな召喚獣か。そう、あれだ、あれのせいでスキルが使えなくなって、逃げられなくって……」

「なぜ逃げるんだい? 君の人生は完璧だよ」


 落ちくぼんだ瞳がしばし俺を見ていた。ぽかんと口を開けていた。そしてまたコートの裾に視線を落とす。


「な、何だよあんた、あんたに何がわかるってゆんだよっ。あれが、あれがどんなひどいアレなのかあんたにわかるかっ」

「では教えてくれ。何があったんだ」


 ハルはコートの裾をいじりながら、またぶつくさ言い始めた。


「俺、俺ある時さ、自分が転生者だって教えてやったんだ。そしたら、あいつら目の色が変わって……あ、そのあいつらってのは、チュンヤンと、ブリジットと、ディアナで、アリスは俺の彼女だったから、いや違うか、アリスが目の色変わったんだったかな? ブリジットと婚約するってなった時、いやいや婚約を破棄されるかもって、なった時だ、たたたしかそうだよ、うん」


 要約するとこうだった。


 ハルがブリジットと対立する貴族を拷問死させた後。

 ペナルティとしてブリジットとの婚約が破棄されることになった。


 元々ハルはブリジットと結婚するつもりはなかった。

 単純に、アリスと付き合っていたからだ。


 救国の英雄と、名家の令嬢。2人は結婚するにふさわしいと王府の中で勝手に話が進んでいたが、ハルの人間的な常識として、恋人を捨て出世に走る気にはなれなかったらしい。


 だがブリジットは非常に落ち込んだ。


 ハルの中では、ブリジットはかなり気が強く、プライドの高い女性というイメージがあった。

 ブリジットと知り合ってからというもの、彼女はハルにかなり辛辣な態度(顔を合わせるたび罵倒されたそうだ)を取り続けていたので、ハルは嫌われているとばかり思っていた。


 農民上がりのハルなのだ。貴族のブリジットからすれば、あまり馴れ馴れしくされたくないのだろうと思っていたし、ましてや結婚など侮辱以外の何物でもないのではと考えていた。


 しかしブリジットの方ではそうではなかった。

 婚約破棄が決定された時ブリジットはハルにしがみつき、あんたと一緒になれなきゃ死んでやるとまで言ったらしい。


「そ、そ、それで俺、言ったんだよ。あの、俺転生者って」

「…………」

「元々違う世界から来たんだ、だから、おまえとは一緒になれない、悪いけどって」


 脈絡のない話だと俺は思った。

 そしてそれは当時のハル自身にも自覚はあった。

 ただ他に何と言えばいいかわからなかったそうだ。


 当然、じゃあアリスはどうなるのよっ(そこの部分をハルはブリジットの声真似つきで再現したが、あまり似てないように思えた)と反論されるだろうと彼は思っていた。


「そしたらあいつら、顔見合わせて、ブリジットも特になんも言わなくて……それで、なんか、その場はお開きになったってゆう……」


 その後、ブリジットが猛烈な政治運動を開始し、ハルは王になった。


 そしてブリジットは王の権限として、私と結婚しろと迫ったそうだ。王様なら何でも許される、アリスと結婚してもいいから、私とも結婚しろと。


 俺は客室後部を振り返る。


 扉の外で、キリーたちがこちらに背を向けているのが見える。キリーが遠くの何かを指差し、ラリアに解説でもしているような風情だった。まるで仲のいい姉妹のようだ。

 俺は視線を戻し言った。


「それでヌルチートはまだか」

「あっその……俺、あの、逃げようとして……あっその、結婚はしたんだけど、結局みんなと……そしたらその、毎日求められて…………せ、セッ、クスを」

「それで」

「最初はよかったんだけど、マジかよ、みたいな、うわすげ、俺めっちゃモテててね? みたいな」

「余計な感想は省いてくれないか」

「あっ。それでその、だんだんキツくなってきて。だってほとんど毎日、4人とヤらないといけなくて……そのうち、チュンヤンが俺の権限使って、熊猫会を優遇するようになって……他の子も贅沢ばっかして。逆らう奴は牢に入れたり、庶民にマジDQN(ドキュン)みたいな態度取ってみたり……」


 やりたい放題が始まったということか。

 先ほど出会ったハルの妻たち。かなり感じの悪い印象を抱いたが、印象以上の悪女の集まりらしい。


「だから、俺もういやになって逃げようとしたんだ。逃げたんだ。そしたら、あいつらヌルチートとかいうヤモリの召喚獣を使って……」

「逃げられないようになった、と」

「そ、そう、そうなんだ」

「作ったのはアリスか? 合成魔獣だと聞いたが」

「そうだよ。アリスは召喚獣を使うのが得意だから」


 俺は鼻からため息をついた。

 下を向いてコートの裾をいじるハルを見下ろす。


 痩せこけていた。毎晩4人の美少女に精気を吸い取られた結果の姿。


 タイバーンで起こった一連の出来事を思い出す。

 あそこで逃げ損ねていれば、やはり俺もこうなっていたのかも知れない。

 キリーやサッカリー王子たちはハルが国を奪ったと考えていたようだが、実際にはブリジットの暴走が生み出した結末らしい。

 

 タイバーンの時はセシリア姫という少女が中心になっていたが、思い返せばたしかに彼女もかなりカッ飛んでいた。


 この異世界の女性たちは、転生者と聞くと目の色が変わる。


 なぜだろうか?

 思えばあのストーカーじみたエルフも、妙に転生者にこだわっていた。エルフは異世界に来て初めて出会った人物だが、その時から早くも転生者転生者と連呼されたものだ。


 女性陣はなぜ転生者に執着するのだろうか?


 ブリジットはハルの気持ちがアリスにあることを知りつつ、諦めきれなかった。

 それはある意味、諦める必要があることを彼女自身が認識していたことに他ならない。


 だがハルが転生者と知った瞬間、態度を変えた。

 諦めることの方を捨て去ったのだ。

 それも迷いなくだ。


 そしてアリスだ。なぜ自分の彼氏が突然現れたよその女に執着されているのに、ただ黙って受け入れたのだろうか?


 幼馴染みのチュンヤンもそうだ。ハルに元々好意を寄せていたのは間違いない。そのためにこそ家族にワガママを言ってまでサッカレーへ戻ってきたのではなかったのか。


 考えてみればディアナが一番おかしい。彼女は最もハルと接点が薄く、もうただそこにいただけといった人物だ。なぜそれがちゃっかりとハルの妻の座に納まっているのだろうか。


 俺がタイバーン王国で出会った少女たちも、俺とはほぼ全員が初対面。親しくも何ともなかった。


 だというのに俺が転生者と知れた瞬間あの乱痴気騒ぎだ。

 理解しがたい異常さだったが……。


「あっあの。ロス……さん」

「何だ」

「あんたは、何で俺を助けにきてくれたんだ?」


 俺を見上げるハル。

 そういえば俺にも当面の目的があったことを思い出した。


「キング・ハル。実は以前君を見かけたことがある」

「えっどこで」

「タイバーンのラバサという町だ。そこで初めて君を見かけた」

「あっ、そういえばそこに行ったような……」

「それで君の境遇が気になったということもある。だが今日君に会いに来たのは、ある人に頼まれごとをしたからだ」

「ある人……」

「失踪したサッカレーの王子だよ。プリンス・サッカリーだ」


 ハルは首を傾げた。サッカリー王子には会ったことがあるのだろうか、その顔を思い出そうとするように虚空を見つめている。


「あっ、あの人か。俺の農業の知識にいつもケチつけてきた、感じ悪い奴。俺に嫉妬してたんだろうけど」

「………………。俺は彼に頼まれ、君を王座から引きずり下ろし、サッカレーを正当な王位継承者へと返すためにここへ来た」


 哀れな転生者は瞳を大きく開き、俺を睨む。


「ま、まさか俺を殺しに……」

「早合点するな。俺には君があの少女たちから逃げたがっていることはわかっていた。だから君をここから連れ出し、そしてプリンス・サッカリーにこの国を返そうと思う。来てくれるよな?」


 俺はそう言って、ハルの返事を待った。

 彼はまたコートをいじくり下を向いた。何を考え込む必要があるのか、かなり長い間そうしていた。


 ずいぶんと優柔不断だ。

 金髪貴族美少女ブリジットを蹴って恋人アリスへの誠実さを貫いたと聞いた時は骨のある奴だと思ったが。


 だが結局はチュンヤンやディアナの求愛も断り切れなかったところを見ると、やはり欲に弱い男なのだろうか。

 それとも、この国に残すことになる自分の資産が気になっているのか。


 しかしハルは、俺の思惑とは別のことを言った。


「……あいつらが……あいつらが黙ってるかどうか……」


 顔を上げずにそう言った。


 恐妻家のハルは震え始めていた。

 俺はあの強欲で横暴そうな少女たちの顔を思い浮かべる。


 自分の夫が高い地位から引きずり下ろされ、自分たちもその権益のおこぼれを失う。たしかに納得しそうには思えない。


「君はどこまで逃げる気なんだろう? この列車は試運転をしている最中だと聞いたが」

「ガスンバ……。その手前までは線路ができあがってる。列車はそこで路線を切り替えてフェリデールに戻るけど、俺はそこで降りて、ガスンバに行く。もうサッカレーには戻らない……!」


 ……なるほど。


 やはり当人はすでに腹は固まっていたのだ。


 ではそこまで見送るか。

 当初はハルを説得し自ら王位を正式に譲らせるつもりだったが、フェリデールに戻ればあの妻たちとまた一悶着起こさなければならないような気がする。

 俺は言った。


「ではこうしよう。俺もそこまでついていく。客車の外に待たせている少女は、俺が君をどうするか見届けにきたサッカレーの諜報部員だ」

「あっ諜報部員……王子について出て行ったって聞いたけど……」

「君をガスンバとかいうところまで送ろう。そして国境を越えたことを確認したら、俺は王子のもとに帰ってハル・ノートを排除したと報告する」

「な、納得するかな?」

「俺は元々王子に、ハル・ノートを暗殺してやると言ってここへ来たんだ。俺が君を殺したことにしよう。渓谷があると聞いた。死体はそこに投げ込んでやったと言っておく。外の少女にも証言させよう。そうすれば君の妻も諦めるだろう。俺の実力と話の通じなさは見せておいたからな。疑いもすまい」


 ハルはしばらくの間、ぼんやりと俺の顔を見上げていた。

 みるみるうちに瞳に涙が溜まり、


「ほ、ほ、ほんとうに……⁉︎ ほんとに、俺、助かるの……⁉︎ あいつらから、離れられるの?」

「……このまま何事もなければたぶんな」


 啜り泣き。

 その声は徐々に大きくなっていき、ついにはハルは顔を覆って、大声で泣き出した。

 まるで子供のように。


 俺はそれを眺めながら、そんなものだろうかと思った。

 全てを手にした男、ハル・ノート。

 そんな男が、幼児退行するほど解放の喜びに打ち震えている。

 

 セックスとはさほどに辛いものなのだろうか。


 4人どころか1人ともやったことのない俺には想像もし得ないようなことが彼の人生に起こっていたようだ。


 いや、ひょっとしたら死の恐怖か。

 たしかにその手の行為は限度を越せば命に関わると聞いたことはある。


 だがそれに対して共感をいだけない俺は、慰めの言葉の1つも思いつかず、ただハルがしゃくりあげる様を眺めていた。


 いずれにせよ俺の仕事は終わりに近づいていた。


 このままただ列車に乗っているだけで、引き受けた仕事を達成することができる。

 報告のために砦に帰れば、またあのエルフの顔を見なければならないのだろうかと考えてしまった。


 ……そう言えばあのエルフ。

 彼女はヌルチートを持っていないのだろうか? えらく健気に、あの手この手で俺を誘惑しようと頑張っていたが……。


 持っている者と、持たない者がいる。


 その差は何だろうか?

 それに、タイバーンのアナスタシア・サンボーン。サッカレーのアリス。

 まるで共通点も接点もなさそうな2人が、互いに連携しているわけでもないだろうに、それぞれ独自にヌルチートを造り上げた。


「………………レシピでもあるのだろうか」


 俺がそう呟いた時だった。


 唐突に客室後部の扉が開く音がした。

 そちらを振り返るとキリーが客室に飛び込んでくるのが目に入った。

 ハルがびくりと震えて泣くのをやめた。キリーはそれに目もくれず、扉の外を指差し叫んだ。


「ロス殿、グローバルイーグルでござる! 列車を追ってきてるでござるっ!」

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 端から見てほぼ完璧な成り上がりを達成したハルノート。確かに掴んだその喜びは自らの手の中で変ってしまったのか。初めからそんなものはなかったのか。気付いた。逃げ出した。捕まった。その瞬間の失望…
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