第6.5話 最上級スキル
司祭の説明はこうだった。
要はスキルとは単純にそのまま、研鑽によって身につけた技能のことだそうだ。
「ひとくちにスキルと言いましても、様々なものがあります。今それらの種類をあげればキリがありませんし、職業によって必要とされるスキルには違いがありますが……あなたのような冒険者であれば、《剣術》のような戦闘スキルを中心とすることが多いですね」
司祭は、こういった教会にスキル確認のために訪れるのは冒険者か、あるいは軍の兵士が多いと俺に話した。
特に冒険者。
魔獣に行なうハンティング、輸送商隊の護衛において山賊との戦闘、はたまた罠の仕掛けられた洞窟などの探索。
料理人や大工などのような仕事と違い、特化された技能だけでは賄えない仕事であり……なおかつ問題は死と隣り合わせであること。
だからこそ冒険者たちが習得するスキルは多岐に渡り、かつ彼らは自分の現状の能力確認に余念がなく、そのためよく教会に入りびたるとのこと。
「スキルは鍛錬によって身につけるわけですが、自分の実力というものはなかなか自分で冷静に判断することは難しい。人は自分のことが1番よくわからぬものです。しかしその冷静かつ客観的な認識を可能とするのが…………」
この教会が提唱する、ステータスオープンなる『神のお告げ』というわけだ。
自分の能力の可視化。
結構なことだ。
この異世界の冒険者もきっと、ブックマーク件数を気に病むweb小説家のように、変動しない数字に不安になったり機械の故障を疑ったりしているのだろう。
あるいは、どこぞの大学の掲示板に張り出された紙に、自分の将来を決定する番号がなかったことを確認するにはもってこい………………。
「……いかがなされました?」
ふと気づくと、司祭が俺の顔を覗き込んでいた。
「……何がだろう」
「険しい顔をしておりましたが。何かお悩みがあるのならお聞きしましょう」
「……大丈夫だ。この顔は生まれつきだ」
「そうですか。もし話したくなったらいつでもおいでください。チレムソー神はきっとあなたをお救いくださるでしょう」
「だといいがな」
俺はしばらく、眼前でふらふらと舞うステータス画面を眺めた。
過去のことなどどうでもいいだろう。今の俺はもう数字や番号とはきっと無縁の人間だ。そんなものは首の骨と共に砕け散った。
今の俺の全てはここにある。
この画面に。
「ロスさん」司祭が言った。「ちなみに、現時点ではどのようなスキルをお持ちですか?」
「2つだけだ。《ザ・マッスル》と《ウルトラスプリント》」
2つしかないなんてあまり冴えないな。それにもっとこう、金が儲かりそうなスキルならよかったんだが。いや、この世界にオリンピックがあればスターになれそうか?
そう考えながら司祭の顔を見る。
彼はなぜか口をあんぐり開けていた。
シスターの方を見ると、彼女もやはり目を見開いている。
「……どうしたんだろう?」
「あの、えっと……《ザ・マッスル》……ザ・マッスルだけと書かれてます?」
「ああ。それと、《ウルトラスプリント》」
「うるッ…………‼︎」
司祭は絶句。
俺は言った。
「こう言うのもアレなんだが……俺は何かやってしまったか?」
何かまずいスキルなのだろうか。
《ザ・マッスル》のスキルを持つ奴は猟奇殺人鬼に多いとか、《ウルトラスプリント》があると膝の靭帯を切りやすく選手寿命が短いとか?
司祭が言った。
「あの、ご存知ない?」
「……教会へ来たのも初めてなもので……」
「あなたのスキル、それは最上級スキルです‼︎」
叫びが鼓膜に響いて痛かった。
俺は耳をほじりつつ、
「最上級、なに?」
「よ、よろしいですか? スキルというものには段階があります。たとえば《剣術》であれば、下からニューモン、チューデン、キリガミ、モクロク、カイデン……と上がっていき、最後まで極めれば《剣聖》という位に達します」
そのあとも司祭が様々なスキルとその段階を紹介していたが、俺は左腕に気を取られていた。しがみついて居眠りしているラリアがよだれを垂らし、俺の腕が濡れていたからだ。
「……というわけでですね。あなたの《ザ・マッスル》はパワー系の、《ウルトラスプリント》は走破系のスキルの最上級ということになります。あなたは身体能力を極めし者、ということです!」
そう言って司祭は語り終え、俺の顔を眺めていた。
彼は俺に何といって欲しいのだろう。ずいぶん興奮した様子だが、そんなことを急に言われてもどうしようもない気がした。
「いやあしかし、お若く見えるのに厳しい鍛錬を積んでこられたのですね? 見れば背も高いし、しなやかで引き締まった魔豹のような筋肉。さぞや女性にモテるでしょう」
俺は林で会ったエルフを思い出した。それから言った。
「そうでもない」
「左様ですか……まあそれはそれとして、かなり鍛え込んでこられたのでしょう。最上級スキルに達する、ストイックな努力を」
それも、そうでもない。
30歳も後半になった時さすがに腹が出てきたので、腕立て伏せやらスクワットやら、ジョギングやら短距離ダッシュやらはたしかにやっていた。
しかし俺はもともとさほど運動神経はよくないと思うし、だいいちそこまで大声でビックリされるほどハードトレーニングも積んでいない。
そしてそのジョギングの最中にトラックに轢かれたのだ。
「今あなたは2つしかスキルを持ちませんが……なに、ご心配はいりません。これから身につけていけばよいのです」
「これから……」
「ええ。あなたは鍛錬の甲斐あってフィジカルエリートのご様子。それほどの身体能力があれば、様々な戦闘スキルを身につけていくのも楽でしょうな。やはり武術というのは技からではなくフィジカルから育成するのが大切だと私は思うのですよ、それを市井の者どもは若いうちから小技の精度ばかりにこだわって、伸び伸びとした体の動きが身につかず、だから若者はもっと筋トレを……」
「要点を言ってくれ」
「おや失礼。つまり肉体鍛練から始めるというあなたのこれまでの人生の選択は正しく、前途は洋々、今このタイバーンでもっともアツい冒険者と言えばロス・アラモス殿と言っても過言ではないということですな」
「人生の選択、ね」
そんなものが正しければ穴の空いたスニーカーなど履いてないという言葉を飲み込む。
「ロス殿。あなたのstatusがinfinityなのもそれが理由なのでしょうな」
「いんふぃにりー」
「statusの数値は様々な要因に影響されます。武器防具などの装備品の質によっても変動します。ただやはり、skill levelによるものが最も大きい」
「すきぅれべぅ」
「地力というものですな。あなたの2つのskillが最上級に達しているがために、powerとagilityの項目がinfinityに達しているのでしょう」
「いんっっふぃ……だが他の項目も……」
魔力。賢さ。運。カリスマ。器用さ。視力。胃腸の強さ。滑舌。
全部、いんふぃーねてぃぃーだ。
「おそらくあなたにはまだ何か、ご自分でも気づかれていない才能が眠っているのかも知れませんな」
「才能?」
「よくあることですよ。何気ない生活の中でやってきた作業のため、一見関係のないようなskilllevelやstatusが上がっていることは。滑舌をよくしようと教典の内容を音読していたら記憶力がlevelUPしていた人を知ってますよ」
「レベラ、つまり、俺のすれいらすは」
「伸び代ですねえ」
ごもっともだが、俺の考えは違った。
俺はたしかに肉体鍛練はやってはいた。
だがこの異世界にやってきて発揮した身体能力は常軌を逸していた。
司祭はスキルを得るには鍛練が必要だと言った。
果たして俺は、あれほどの瞬発力を出せるほどの鍛練をしてきたのだろうか? 特にこの異世界にやってきてから……。
「まあなんにせよ、statusというものはそういうものだと覚えおきください。
身体の力、
skillのlevel、
そのskillにより発動される諸々のEnergyや現象、
そして装備品の質や付属効果。
それらの要素が統合された、今あなたという人間が発揮し得るだろう能力の最大値を見ることができるわけです。ロス殿、冒険者ランクの査定は?」
「すでに済ませた」
「左様ですか。あのランク査定も、statusの値が影響するのですよ」
司祭はそう言った。
装備品も関係あるのか。テレビゲームにあるような概念だった。特定の鎧を着ると、着ぶくれしてるはずなのになぜか素早さの数値が上がったりするようなアレだ。
今の俺が着ているのはタンクトップにジャージ。
これでインフィニティだというのだから、よほどの付属効果でもあるのだろうか? ディスカウントショップで購入した、上下と靴を合わせて5,000円もしない装備なんだが。まさかな。
しかしだとすると、力や速さ以外の項目もインフィニティなのだから、何かしらのスキルの影響を受けている?
視力はあまり変わった印象はない。
それに、街の外でスキルが発動した時は自分の肉体にかなりの躍動感を感じたが、今はそうでもない。普通だ。
と言うより、発動した瞬間自分の体が他人の物のようにすら思えた。
司祭が言うには鍛錬によって身につく技能、体力とのこと。ただの人間的成長のようだ。
であれば、何かの特技を実行に移した時、『他人のような』気持ちにはならないはずだが……。
「もう1つ訊いても?」
「どんどんこいッ! 遠慮せずにッ!」
「スキルが発揮される時は、頭の中で声がするものなんだろうか」
司祭はしばし無言。そして、
「……は?」
「ほら、あの、ザ・マッスルのスキルが発動しました、というような声が」
「……はて……そのようなことを口にする方には私は会ったことがありませんが……」
「声はしないものなのか?」
「先ほど申しましたとおり、スキルはただの技能ですよ。肉をナイフで切る時に『料理スキルを使いました』などとは考えないのでは……?」
司祭は首をひねっていた。
シスターの方を見やると、彼女もやはり垂れ目を大きく見開いて俺をガン見している。
……そろそろここを出るか。
あまり1つの場所であれこれ質問していると田舎者だと思われてしまう。海外旅行でそんなことをしていれば詐欺のカモにされかねない。
とにかく今わかったことは2つ。
俺ことロス・アラモスはとても運動神経がよく、将来が嘱望されている若者であるということ。
ステータス値はスキルや服の品質に影響を受けるということ。
「ミスタ・司祭。あなたとの会話は楽しかったよ。これで失礼する。行くぞラリア」
ラリアがビクッと頭を持ち上げたあと、まわりをキョロキョロ見回していた。
用は済んだ。俺は踵を返し出口へ向かおうとした。
「お、お待ちくださいっ!」
イリスが再び、ウェイタミニッツだ。俺は振り返る。
「俺のコアラにまだ何か言い足りないことでもあるのか?」
俺がそう言った時、ラリアがはっとこちらを見たような気がする。
イリスが言った。
「あなたの……いえ、あなた様の、ギルドランクを教えていただけませんか⁉︎」
「訊いてどうする? 獣人では司祭にたしなめられたから、難癖をつけるための次の理由を探してるのか。教会というものは罪をでっち上げなきゃビジネスにならないことは理解するがレディー、俺は急いでるんだ」
「……っ! 先ほどのことは、失礼いたしました。謝罪します。どうか、あなた様のギルドランクを教えてください!」
俺は言った。
「やれやれ」
そして振り返って、祈るように両手を組み胸を押しつぶしたシスター・イリスに言った。
「Sを好きなだけ並べろ。それが俺のランクだ」
それから出口を見据えた。振り返ることなく歩く。どうせ振り返るべき過去もない。それが俺のような……
「転生者様……っ‼︎」
シスター・イリスが叫んだ。俺は思わず歩みを止めてしまった。振り返りもした。
なぜわかったんだ。




