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第六十七話 列車でGO


 大きく白いグローバルイーグル。

 上空から地を舐め回して眺めるように、ゆっくりと旋回していた。


 俺たちが小屋の屋根の下からうかがっているあの奇怪な鳥は召喚獣だとキリーは言う。

 

 召喚獣といえばヌルチートもそうだが……。


 俺は呟いた。


「あんなものが大量にあれば軍の偵察は楽だろうな。ハル・ノートに逃げ場はなさそうだ」


 キリーは小屋の陰から空を窺いつつ、


「一体だけでござるよ。あの召喚獣、アリスが独自に造り出した一品モノにござる」


 そう言った。


「独自に造った……」

「左様。ご存知やも知れませぬが、魔獣を合成してそれを召喚獣とする技術は、最近世に知られるようになり申した。アリスもまたその技術に秀でているのでござる」


 最近世に知られるようになっただなんてもちろんご存知ない。ロス・アラモスが世に現れたのはたぶんもっと最近なのだから。


「しかし、一体だけか」

「合成された召喚獣はあまり耐久性がなく、能力も低いので使い道がないのでござる。それに、召喚獣の生成にはかなりお金がかかると聞くでござる。普通の魔獣を飼いならした方が時間も手間もかからぬと。アリスはフォーク屋さんとして儲かっていたハルの援助により、あのグローバルイーグルを生成したのでござるよ」


 なるほど。

 以前タイバーン王国で出くわしたヌルチートも、女たちが金を出し合って造ったものだと聞いた。

 このサッカレーにおいてヌルチートを造り出したのは、アリスと考えていいのだろう。


「そう言えば、チュンヤンとかいう少女の実家とハルのフォーク屋がビジネスをしたと、妻たちの1人が漏らしていたが」

「ラウ家のことでござるな。サッカレーでも屈指の富豪で、互助会である熊猫会という結社の元締めでござる。ハル・ノートのフォーク屋さんを商工ギルドに認めさせるために暗躍したと聞き及び申す。そもそもハル・ノートと1番付き合いが長いのはチュンヤンでござる」


 幼馴染みというやつか。ハルの稼ぎと、ラウ家の出資。ヌルチートを造るにあたって、資金の悩みは皆無だろう。


「ハルが王になった後、ラウ家はどうなったんだろう?」

「……熊猫会が商工ギルドの長となり申した。物価を己に都合のいいように吊りあげるわ、他人の商標はパクるわ、契約内容をすぐ反故にするわで、やりたい放題にござる……」


 そう言うキリーは拳を握りしめていた。

 王位を追われた王子に付き従い続けた忠義なる忍び、そして一人の愛国者の姿がそこにあった。


「忌々しきことにござる……!」


 俺は言った。


「何としても奴を見つけ、王座から引きずり下ろしてやらなければならないな」

「……できるでござろうか」

「時間の問題だ。奴は取り巻きを捨て逃げ出し、孤立している。驕れる者は永くない。俺が必ず奴の世をハルの夜の夢に変えてやる」

「本当でござろうか。ハル・ノートは強いでござる……」

「任せておけ。ハル・ノートなど俺の前では風の前の塵に等しい」

「言葉の意味はげしかねるがすごい自信……!」


 空を見ると、グローバルイーグルが遠ざかっていく。この辺りの捜索は切り上げ、別の区域を探すつもりのようだ。

 俺たちは小屋の屋根下を出た。


「ハルはどこへ隠れるだろうな。彼も当然グローバルイーグルの存在を知っているだろう」

「隠れる? グローバルイーグルからでござるか? なにゆえ……」


 キリーが首を傾げて俺を見上げた。


 そうだった。

 彼女はハルが妻たちから逃げたがっているのを知らないのだ。

 話すべきかどうか迷ったが、やはりやめた。ハルがなぜ妻に捕まっているかを、なぜ俺が知っているのか上手く説明する方法がない。

 俺は言った。


「男というものは時に妻から逃げるものだ。そのタイミングは人によるが、奴にとっては今日だった。それだけだ」

「えっ、なにゆえ逃げるので……」

「刺激が欲しいからだろう。男はいつも同じ女といると飽きる」

「えっ……そのようなものでござるか……で、ではロス殿も拙者といることに飽きつつある……?」


 キリーが何か言っていたが、急に空き地の向こうから大きな音が聞して遮られた。左腕にしがみついていたラリアがビクリと体を震わせた。


 蒸気機関車の汽笛の音に似ていた。

 むしろそれそのもののような音だったが……。


「何だ今のは?」

「すごい音です……」

「ああ、蒸気機関車というものだそうでござる」


 それそのものらしい。

 あくまで異世界現地人ロス・アラモスのふりをしつつ俺は尋ねる。


「それは何だろう?」

「いつものハル・ノートの思いつきでござるよ。炭を燃やして水を熱し、その湯気で……何かを回して……? それでたくさんの車輪を回し……」

「要は馬車の代わりか」

「さ、左様。よくはわかりませぬが、大きな箱を車輪を用いて運ぶものだそうで。かなり重い物、たくさんの人を輸送できるとハル・ノートが言い張り、国中の学者や職工が集められたのでござる。しかしまあハル・ノートは蒸気で動くんだと繰り返すばかりで、言い出しっぺの本人が仕組みをよくわかっておらず、製作に難航しておったようでござるが……」


 キリーは音のした方へ歩き出す。

 俺もついて行くと、やがて鉄道の線路が、コンテナの間に走っているのが見えてきた。


「機関車を走らせるための軌道とかいう道が必要で、それを造るためにまた人足が駆り出され申した。ま、それ自体は公共事業ということで経済の助けにはなったようでござるが……」


 キリーは辺りを見回しながら、


「そういえば、今日試運転をするらしいという情報が入ってたのでござった。大々的にお披露目をやる予定ではござるが、失敗したら恥ずかしいからと初運転はこっそり試すとのことで。たしかこの辺りに機関車が……」


 俺は歩きながら尋ねた。


「公共事業と言ったな。軌道はどこまで続いている?」

「はあ……西の方でござる。内陸地ガスンバの手前までと聞き及んでござる。サッカレーとガスンバの間には深くて長い渓谷がござって、進出するには南へ大回りする必要がござる。それで橋をかけて通行しやすくしようと先王陛下がご提案なされたのでござるが、ハル・ノートがそれを鉄道にしようと言い始めて……」


 というわけで渓谷の向こうまで軌道は完成しているでござる、とキリーが言った時。


 俺たちの目に蒸気機関車の側面が姿を現した。

 先頭車両は黒いボディ。クランクでつながった複数の車輪。煙突からは煙を上げている。

 俺も前世で写真を見たことがあるが、細かい違いはあるもののおおむね蒸気機関車の(てい)をなしていた。


 機関車の後ろに、緑色の客室車が3台。

 客室者のところどころの金具は金色で、華美なデザイン。交易のための荷台列車かと思ったらただの豪華列車だった。


「わあ、すごいです……!」

「これが蒸気機関車でござる。しかしロス殿、なにゆえ軌道の先を気にするでござるか?」

「見ろ。あそこだ」


 俺は客室車の最後尾を指差した。


 黒いコートの男が、よろよろと客室車の後部にとりついていた。

 手すりに必死にしがみつき這い上ろうとしている。


「あっ! あれはハル・ノート……」

「彼はあれに乗って逃げる気だ。あれなら自分で歩かなくていいし、屋根があるからグローバルイーグルにも見つからない。そしてそのまま渓谷の向こうまでドロンという寸法だな」


 その時、再び汽笛が鳴った。

 リズムよく蒸気を吹き出す音をたて、車輪が回り始める。


「ロ、ロス殿! 試運転が始まったでござる!」

「素敵だな。一度ああいう感じの乗り物に乗って旅をしてみたいと思っていたところだ。俺たちも乗り込もう」

「は、はい!」

「いくですよ!」


 俺たちの眼前で列車は走り出した。

 大急ぎで駆け寄り、ハルと同じように最後尾から手すりを掴んで乗り込む。


 手すりのあるタラップに3人して(と言ってもラリアは左腕にいるが)立つ。

 客室のドアは開け放されていた。

 中を覗く。

 フェルトかビロードかどうかは知らないが、緑色のクッションがしつらえられた座席が、木の床の両脇に並んでいる。両側に7席ずつだ。


 右側の席、最後尾のこちら側から5席目。

 背もたれから黒髪の後頭部が覗いている。

 ハル・ノートだ。ただの試運転だけあって他に乗客はいない。


 俺はドアから顔を引っ込めて、ラリアに囁いた。


「少し降りてくれ」


 素直に左腕から降りてディフォルメ状態を解除したラリア。俺はしゃがんで目線を合わせて言った。


「ここでキリーお姉さんと待っているんだ」

「はいです」

「キリー、この子を頼んだぞ」

「ロス殿、いかがするでござるか」

「彼に試乗した感想を訊いてくる」


 そう言い置いて、俺は客室に踏み入る。そして後手に扉をそっと閉めた。


 レトロで、落ち着いた雰囲気の車両だった。

 天井に小さなシャンデリアが3つ並んでいるが、火は灯されていない。

 窓から差し込む陽の光のみが車内を照らし、列車の規則的なピストン音が穏やかに響いている。窓の外、右は街壁、左は遠くフェリデールの街並みが、ゆっくりと後方に流れていくのが見えた。


 静かで、穏やか。

 背もたれ向こうの後頭部は列車に揺れていた。

 あれがこの国の王だ。

 よく晴れた空の呑気な光り、その影である車内の佗しい暗がり。

 それが一国の王の、逃避行の姿だった。

 

 何と声をかけるべきだろうかと考えた。

 ハルはワープするスキルを使える。うっかりした声をかければハルはここからワープし、事によると列車の外へ出てしまうかも知れない。

 俺は少しだけ、2列目の座席まで進んでから、言った。


「君の妻たちは全員ブチのめした」


 まあ嘘だが。


「少し話をしないか? キング・ハル」


 後頭部がびくりと跳ね、背もたれの下に隠れた。


《ハル・ノートはプロジェクト・フィラデルフィアの


「逃げる必要はない。俺は君の味方だ。ヤモリも連れていない。あの赤い瞳のヌルチートなんてな」


 しばらく機械的なピストン音と、車輪が軌道を転がる音のみが響いていた。プロジェクト・フィラデルフィアの砂嵐の音は聞こえてこない。

 やがて背もたれの向こうからかすれた声がした。


「……あんた、誰なんだ⁉︎ さっきの男か?」


 声は震えていた。俺が予想していたよりは少し低めの声だった。


「そうだ。ロス・アラモスという者だ。前世の名前は勘弁して欲しい。今あまり必要ないからな」


 背もたれから頭が飛び出した。落ちくぼんだ瞳とこけた頬の王様、ハル・ノートの顔がそこにあった。





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