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第六十三話 サッカレー王の妻たち


「ねえハルっち、今日はどんなクエスト、キメちゃう?」


「ちょっとハル! あんたもっとしゃっきり歩きなさいよね!」


「ダンジョンとかはもぉいーかなー。入り口で頭とかぶつけたくないもん」


「お金になるクエストにするヨロシ。底辺の奴らに見せびらかすアルよ」


「あ………………あ……………………お……」




 受付へ向かうハル・ノート一行。

 久しぶりに見るハルは、相変わらず頬がこそげ落ちていた。


 キリーは一行を一瞥した後、また手元のファイルを眺める。

 表情が特に険しくなるでもなく、今まで通りの振る舞いを続けるのは流石だった。

 しかしテーブルに両肘をついて覆いかぶさるようにファイルを見つつ、俺に顔を寄せるよう囁いてきた。


 俺もまたファイルを読むふりをしながらキリーに顔を近づける。ラリアも真似をしている。


「ロス殿。あれでござる」

「ああ。見覚えがある」

「男は言うまでもござらぬな。女は全て妻。それぞれの名は、ツインテールの者がアリス。ハル・ノートの同級生にござる。金髪のドレスのお方が、以前お話ししたブリジット嬢。黒髪の者がチュンヤン。東の大陸から参ったそうにござる。そして背の高い者がディアナ」


 俺は一行を盗み見る。

 女たちもそれぞれ冒険者のようだ。武装している。


 アリスはフリンジのついた、腰ほどまでの丈のポンチョをまとっていた。頭には小さな、飾りのようなカウボーイハット。トマホーク状の斧を腰に吊り下げている。


 ブリジットは、赤いドレスの上に白銀の鎧を着て大剣を背負うという前衛的なファッション。鍔の両側にクローバーの葉のようなデザインの、小さなリングが3つあしらわれているところを見ると、クレイモアという剣のようだ。


 チュンヤンもどデカい青龍刀を背負い、腰には束ねられた3つの短い棒。三節棍か何かだろうか。服装自体はスリットから美脚を惜しげもなく見せつける白いチャイナドレス。


 赤い髪をショートカットにしたディアナは刀剣の類いを持っていないようだった。ただ腰にグローブを吊り下げている。拳頭の部分に、金属の鋲が縫い付けられているのがここからでも見えた。ホットパンツから伸びる脚はすさまじく長い。


 それぞれ厳しい武具を所持する少女たち。

 その中心にハル・ノート。脱出不可能、ABCD包囲網の完成ということらしい。


「なんと妻たちは全員、Aランクの冒険者でござる。ロス殿、いかがするでござるか」


 キリーの声に、しばし考える。

 ハルの妻たちは、例のヌルチートなる召喚獣を呼び出せるだろうか。


 だろうと思われる。ハルが転生者として俺と同等のスキルを持つなら、いかに武装した冒険者に囲まれようと問題はないはず。

 それができずにいるということは、ヌルチートはいると見て間違いない。


 ラリアがじっと、ハルの妻たちを見ている。

 このまま藪から棒にラリアを投擲してみるか。妻たちを気絶させ、呆気に取られるハルに近づき、やあこんにちは、俺はロス・アラモス、つかぬことを尋ねるが子供はもう生まれたか? 何人いる? 若者の結婚離れが囁かれるこのご時世に4人も娶って、君こそまさに愛国者だ、そう言ってみるか。


 だがそれは思いとどまった方がいいだろう。

 何せ彼は一応、曲がりなりにもこの国の王なのだ。

 ギルドの受付嬢のいるこの場で王の妻を攻撃するような真似をすれば、テロリスト認定間違いなしだ。


 少なくともサッカリー王子を砦からこのフェリデールに迎えるまでの間、俺はサッカレー軍に追い回されることになるだろう。


 ハルはまず俺たちが何者か、何の目的でここにいるのか知らない。

 見ず知らずの赤の他人が唐突に襲撃してくれば、ハルとて反撃ぐらいするかも知れない。


 俺とハルは転生者。

 同じ転生者であるパンジャンドラムと一戦交えた時は、一進一退の五分だった。であればパニックに陥ったハルと争いになれば、決着が長引いてよりテロリストっぽさが増すだろう。通報によって増援を呼ばれるかも知れない。


 だからこそ話し合う必要があるが、この場にはキリーがいる。


 ハルは俺も転生者だとわかれば、落ち着いて心を開いてくれるかも知れない。

 だが俺は極力この異世界の住人に俺が転生者だと知られたくない。


 ……よく考えてみると、俺はキリーがそばにいる限りハルと接触できないのだ。


 ハルの妻と、キリー。

 同時に遠ざける方法は……。

 ラーデールの温泉に誘う? そこで男同士裸の付き合いを……。

 いや、あそこはどうも混浴の風呂があるようだった。混浴じゃないとしても王様権限で貸切にしそうだし、第一それで男女が別れられるぐらいだったらハルももう逃げられているだろう。


 俺はハルたちの方をちらりと見てみる。

 彼らはまだ受付の前で話し込んでいる。


「もう! 何でまたわざわざクエストなんか受けなきゃならないのよっ!」


「まあまあブリジット様。ハルっちがずっと王宮にいても退屈だから、時々は冒険して遊ぼうって約束したっしょ」


「だからってアリス、頻度高すぎなのよ! 何であんたたちってもっとこう、お屋敷で優雅にお茶を召し上がるとか、そういうことに楽しみを見出せないわけ⁉︎」


「お茶もいいアルが、時間かかるアルからネ」


「チュンヤン、そりゃあんたのティーセットがちっさすぎるからでしょ! あんたのあれ何なの、ほぼミニチュアじゃない!」


「クンフー茶碗をバカにするのやめるアル! あれで忍耐の大切さを学ぶヨロシよ。成功とは常に時間のかかるものアル。最後に勝つのは耐える者アルよ」


「にしても何かもっといい方法あるでしょうが、あんたっていつも頑張りの方向性がおかしいのよっ!」


「いーじゃんもーブリジット様、色んなやり方があるよ。それよりさ、あたしたちほんとにこんなことやってていーの?」


 背の高い赤毛がそう言った。


「だってさ、まだ王子は見つかってないんだよ? ハルの成り上がりが気に入らないからって、担ぎ上げて反乱起こそうとする奴らがいるって言うじゃん」


「うーん……でも、もうあれから3年も経ったっしょ。もう何の動きもないし、諦めた感じ? もし反乱を起こしたとしても、BANG、BANG、BANGってやっつければいいと思うよ」


「……アリスって基本的に何でも暴力で解決しようとするよね。でもさー、気になるじゃん」


「じゃあどうするってわけ? 本来その手の仕事が得意な諜報部の連中は、3年前にごっそりどっか消えちゃったわよ」


「賞金稼ぎギルドに頼めばいいアル。プロよ、プロ」


「えー、それはさすがにお金もったいないかなー」


「アナタ何にでもそう言うけどいつもお金何に使ってるアルか」


「チュンヤンは意味ないことに使いすぎー、そのうちなくなっちゃうよ?」


「意味はあるアル。みなお金持ちのワタシ見てビビるアルよ」


「あーもういいわよあんたたち! やめやめ! 王子殿下のことなんてほっとけばいいわよ! どうせもう何の力もないでしょうから」


「けどさー……諜報部がねー……」


「何よディアナ。暗殺が怖いってわけ? 転生者のハルがネズミ如きに負けるわけないじゃない」




 女3人寄れば(かしま)しいという言葉があるが、4人いたらどんな文字を何と発音すればいいのだろうか。受付のカウンターの前で、出口のない話に興じている。ハルは一言もしゃべっていない。


 入り口から新たに冒険者らしき革鎧の男が入ってきた。

 デカい男だった。身長は2メートルぐらいあって、スキンヘッドに髭面、肌の色浅黒く、かなりの強面だ。そいつが大きな麻袋を担ぎ、ノッシノッシとカウンターへ向け歩いていく。


 しかしそこは5人の人間で壁が作られていて、男は横に回ろうとしたり上に伸び上がってカウンターを覗こうとしたり。かなり困っていそうな顔をしていた。

 何とか受付嬢と話をしたい様子だが、女たちは喧々囂々(けんけんごうごう)、男に気づいてないかのようにカウンター前を占領している。


 男がついに声をかけた。


「あ、あの、すみません、ちょっとどいてもらえないでしょうか? 私、素材の換金をしたいのですが」


 見た目の割にかなり腰の低い頼み方だ。

 女たちは一斉に振り返り、


「何よ⁉︎ 何なのあんた! あらまあずいぶんちっちゃい体してるわね!」

「ハ、ハルっち、怖ぁい、黒人だよ」

「なにー? 何でどかないといけないわけ? あたしたちはここに突っ立ってる権利ってものがあるんだけど」

「それとも東の者のワタシはここに立ってちゃいけない言うアルか!」


 ハルの妻たちは唐突に凄まじい剣幕で、男に凄み始めた。


「あ、いえあの、私はただですね……」

「ハル、何ぼーっとしてんのよっ! 早くこいつ追い払っちゃいなさい!」

「ハルっち気をつけて! こういう人はきっとギャングかなんかのメンバーで、ポケットに魔法銃とか持ってるに決まってるよ!」


 男は、「いえ、私はそんなもの……」とうろたえている。


「ちょっとさー、あんたここにいるイケメンが誰か知ってて話しかけてるわけ?」

「も、もちろん! サッカレー国王、ハル・ノート陛下……」


 ハル・ノート陛下は男の方を見ていない。虚空を見つめて何かブツブツ呟いている。


「へー、あんたわかってて、どけって言ってるんだー」

「な、何もどけだなどとは……」

「何アルかオマエ言い訳するアルか」

「い、いやあの……」


 キリーを見ると、眉をひそめてカウンター前の喧騒を見ている。

 俺は彼女に顔を寄せて尋ねた。


「いつもあんな感じか」

「さ、左様。王権をかさにきて、傍若無人の振る舞い……」


 俺はカウンターを振り返る。

 何というか、ああいう感じの女はどこにでもいるのだなと思った。

 日本でも、不良と付き合っているからと、自分が強くなったかのように横柄な態度を取る女がいたものだ。自分が強くなったと錯覚するのは結構だが、何も無礼なキャラクターになる必要はなさそうなものだが、それが人間の妙味ということかも知れない。


「……いや、どちらかと言えば犬の理屈だな」

「何の話でござるか?」

「ちょっとここで待っていてくれ」


 俺は立ち上がりカウンターへ向かった。

 そして長身の男のわきをすり抜け、女たちの前に立つ。


「何よあんた……」


 言いかけたブリジットの胸当てを掴み乱暴にどかせた。


「きゃっ!」

「あっ! ブリジット様……」

「何するアルか!」


 俺はチャイナドレスのチュンヤンをビンタする。


「アイヤー!」

「ちょっと、女の子に何てこと……」


 長身のディアナを突き飛ばし、ツインテールのアリスを押しのけ、ついでにチュンヤンをビンタする。


「アイヤ! な、何でワタシだけ叩くアルか! ワタシ何かしたか⁉︎」


 そしてハル・ノート。

 奴はぼんやりと、光のない目で俺を見ていた。

 俺はハルのコートの襟を両手で掴み、横にどかせる。


 長身の男を振り返り、言った。


「空いたぞ」


 

 


この物語はフィクションです。

実在の人物、団体、国家とは一切関係ありません。

なおこの作品は特定の人種、民族などへの差別を助長する意図によって書かれたものではありません。

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