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第五十九話 うどん


「少し用を足してくる。ここで待っていてくれ」


 俺はキリーにそう言って、それから左腕のラリアを地面に下ろした。


「ラリア。耳を貸してくれ」

「? はいです」


 ラリアはディフォルメを解除した。俺はそこへ耳元に口を寄せ、


「いいか。キリーを見張っていてくれ。俺は林へ行ってくるが、彼女が林へ入ろうとしたら大声で教えるんだ」

「何て言えばいいですか?」

「そうだな。ミミズがいるです、と叫んでくれ。これでいこう」

「わかったです!」


 それから俺は林へ向かった。


 以前、林に行ってクソを垂れると言った後、自分が転生者だと知られたのを思い出したのだ。キリーは俺の味方ではあるのだろうが、念には念を。


 林を分け入り、後ろを振り向く。キリーたちの姿は見えない。俺は言った。


「パンジャンドラム、待たせたな」


 茂みをかき分けて、昨晩別れたきりのパンジャンドラムが現れた。


「いや待たせすぎでしょ。いきなり山賊と一緒に砦に入って行ったかと思ったら、朝まででてこないし。何があったの?」


 俺はパンジャンドラムにことのあらましを手短に説明した。そして、


「というわけで俺はこれからフェリデールという所に行く。ハル・ノートとかいう転生者に会うんだ。君はどうする?」


 パンジャンドラムはなぜか視線を泳がせていた。


「どうした?」

「転生者に会うって……ロス君知ってるんでしょ? あのヤモリのこと」


 ヌルチートのことだ。


「ロス君も見たことあるんだよね? ここの転生者」

「ああ、それが?」

「それがって……ヤバいっしょ! どう考えたって、あの転生者……」

「ハル・ノート。パンジャンドラム、声を落としてくれ」

「そう、ハルって奴だって、ヌルチートに捕まってるに決まってる。女の子たちにさ。それに会いに行くだなんて……どうすんの? もしも俺たちが、転生者だってバレたら」


 俺はタイバーンの、ヌルチートを操った女たちを思い出す。

 みな、気のいい人々だったように思う。

 だが俺が転生者だとわかった途端、みんなおかしくなっていった。


「だからこそだパンジャンドラム。ハルは日本人だ。同じ日本人が卑劣で野卑な中世の野蛮人に捕らえられて人権を蹂躙されているのを見過ごすわけにはいかない。それに引き受けた仕事のこともある」

「危険だよ!」

「俺たちの正体自体がバレなければ問題ない。大丈夫だ」

「あーあーみんなそう言うんだよ。大丈夫だって。でも大丈夫が口癖の奴が大丈夫だった試しはないよ!」


 俺は少し後ろを振り返った。どうもパンジャンドラムは自分を抑えることができないらしい。俺は視線を戻し、


「どうした。何をそんなに悲観してる? 俺は君と闘ったが、すごい腕前だったじゃないか。なのにどうして……」

「スキルなんて何の役にも立たないよ!」

「だが君には銃もある」


 パンジャンドラムはその銃、ライフルをかき抱いた。目を強くつぶっている。

 俺は気づいた。

 パンジャンドラムは震えていた。


「……俺……俺、あいつらに殺されかけたんだ。サッカレーでじゃないけど、別の国で……! スキルがまったく使えなくて、あいつらに……!」


 俺は小柄なパンジャンドラムを見下ろしていた。

 俺は転生者である彼の、本来の年齢をまだ聞いてはいない。

 しかしその見てくれも相まって、彼が本当に小さな子供のように見えた。

 俺は鼻をさすって言った。


「ではここでお別れだな」


 パンジャンドラムは目を開けた。驚きの表情で俺を見て、


「1人で行くって言うのか⁉︎」

「ラリアも一緒だ」

「だったらなおさらだよ! 小さな子供じゃないか! そんな危険なところに連れて行くだなんて……」

「むしろラリアがいなければ俺だって行く気にはなっていない。だがあの子がいる限り、ヌルチートなど何の脅威にもならない。君が協力しないのなら、ここまでだ。俺はもう行く」

「どうしてだよ……」


 背を向けようとした俺に、震えるゴブリンは尋ねた。


「どうしてそんなことやるんだよ。放っといたっていいじゃないか。危ないのがわかってて、何で……」


 俺は言った。


「他にすることがないからだ」


 そしてパンジャンドラムを置き去りにし、キリーたちの待つ場所へ向かった。ミミズは見つからなかった。





 俺たちは1度ラーデールに戻って、賞金稼ぎギルドに顔を出した。

 カスパールは見つかったと報告するためだ。支部長ウルフから報酬を受け取って、それから俺たちはフェリデール行きの乗り合い馬車に乗った。


 街道を馬車が走る。

 サッカレーの主要都市の間を走る乗り合い馬車だ。それに俺たちは乗っていた。


 車は短いバスのようで、長方形の車体の中に左右3つずつ座席が取り付けられている。

 右前と右後ろの席に1人ずつ中年の男が座っているだけで、他の客は俺たちだけ。

 俺たちは左側真ん中の座席に並んで座っていた。


「フェリデールが見えてきたでござるよ」


 窓際のキリーが外を指さして言った。彼女の膝に座っていたディフォルメラリアは身を乗り出すようにして窓にへばりつく。


 馬車は湖のそばを走っている。その湖の向こうに都市が見えていた。

 遥か遠く、街壁とその上に少しだけ覗く建物の群れが、夕暮れの中空気に霞んでいた。街道は湖を回り込み、あの都市へと続くのだろう。馬車の左側面を過ぎ去っていく湖と、その向こうでゆっくりと後方に流れていくように見えるフェリデール。


 あの都にいるのだ。

 転生者ハル・ノート。


 馬車はフェリデールの街壁にたどり着いた。

 街壁門で1度立ち止まり、2人の番兵が車に乗り込んできた。

 番兵は他の乗客に来訪の目的を尋ねたり、身分証明書の提示を求めていた。俺たちのところにも1人やってきて、身分証明書の提示を促 す。


 キリーは何かのメダルを。俺は冒険者ギルドのカードを、極力Sの数が少なく見えるように提示した。


 入場審査が滞りなく終わると、馬車は街壁門をくぐり、厩で停車する。そこで俺たち乗客も降車した。


 フェリデールの街並みを見回す。


 街壁門すぐは円形の広場になっていて、中央に噴水があった。小便小僧のだ。

 建物はやはり中世ヨーロッパ風だったが、ラーデールと同じようにコンクリート風の建築材で補強されていて、ちぐはぐな印象を受ける。


「ロス殿。まずは宿を取りましょう」


 そう言ってキリーは歩き出した。





 俺たちは街壁門の広場の近くにある安宿に部屋を確保した。


 宿の2階の部屋は質素。窓を開けても、すぐ2メートルほど向こうに隣の建物の壁が見えるだけ。本当に、泊まるだけの宿だった。


 俺たちは荷物(と言っても俺とラリアは手ぶらだったが)を置くと、外へ出た。


 建物の間を、ゆるく曲がっていく石畳。キリーは俺たちを先導しどんどん歩いていく。

 やがて広い通りに出た。

 そこには車輪のついた屋台が並んでいた。三角屋根の小さな移動式店舗が通りのはしにずらりと並び、1つ1つから煙と共に、食欲をそそる匂いが立ち昇っていた。


「これも転生者様が発明した商売にござる。ロス殿、ラリア殿、まずは腹ごしらえをしましょう」


 キリーはハル・ノートのことを転生者様と呼んだ。辺りを見れば、夕食にありつこうとするフェリデールの人々の姿が幾人も。


 ハル・ノートは今、この国の王だ。

 王を呼び捨てにするところを余人に聞かれるわけにはいかないということか。俺だってイギリス国内にいたとしたら、世間話のはしにエリザベスと言いっぱなしにはしないかも知れない。まあ俺は普段から女王陛下と呼ぶようにしているし、呼んだからどうだということはないし、イギリスになど行ったことはないし、おそらくこの先永遠に行くこともないだろうが。


「ロス殿、ここにするでござる」


 キリーが屋台の1つで立ち止まった。

 うどん。

 暖簾にそう書いてある。

 ハルは香川県民なのだろうか。俺たちは屋台の長椅子に並んで座った。ラリアが真ん中だ。


 全員シンプルに素うどんを注文する。

 屋台のオヤジが素うどんの椀を俺たちの前に置く。


《ザ・サバイバーのスキルが発動しました》


「この料理も、転生者様が発案されたそうでござるよ。あっさりしてて食べやすく、拙者とても好きなのでござる」


 しばらく俺たちはひとしきり無言で、うどんを食した。

 旨い。

 ハル・ノート香川県民説が信憑性を帯びてきた。農業や経済は穴だらけのようだが、このうどんだけは完璧と言わざるを得なかった。


 異世界の、中世ヨーロッパ風の街並みの中、捩り鉢巻きをした亭主の前で、屋台のうどんをすする。辺りはすでに暗くなりつつあり、亭主は屋台のひさしにぶら下げた提灯に火を入れた。

 通りの他の屋台もそうしている。フェリデールの大通りを照らす提灯の温かい光は、1日の仕事を終え食事にありつくサッカレーの人々の姿を生活の活気と一抹の侘しさと共に、優しく浮かび上がらせていた。


「ロス殿、お味は?」

「完璧だ。非の打ち所がない」

「おいしーです! 歯ごたえがプリッとして、コクがありつつまろやか、口の中でふわっと広がり、かつ優しい味がするですっ!」


 俺たちはうどんを完食した後、宿へと戻ることへした。


 石畳を歩く。キリーはディフォルメ状態ではないラリアの手を引き、何やらうどんの味についての意見を交わし合いながら、俺の前を歩いていた。

 どことなく楽しそうな、軽やかな足取り。2人、笑いさざめいている。王に反逆するため都に潜入したテロリスト……よく言えば過激派保守の割には、俺たちの姿はあまりに呑気で、穏やかさに満ちあふれていた。


 ふと。自分に子供がいたとしたら、こんな感じだったのかと思う。

 家族を連れて、祭りの屋台だとか、何でもいいが、夕暮れの中を歩いて、高揚感と終わりの寂しさのなか、家路につき、はしゃぐ声があって、明日も仕事で……。


 祭りになどいったことはなかった。

 他人がそうやって遊んでいる間も勉強すれば、他に先んじて勝利を手にすることができる。父はそう言ったし、母は従順にうなずくだけだった。世に出て、いいポジションにつき、安泰の人生を送られると。


 結果として俺は他に先んじて寿命を縮め、劣勢のグループに雇われたフリーの工作員というポジションについた。保険も、福利厚生も何もない。

 楽しそうに会話する姉妹のようなラリアとキリーを眺めながら、今度は勝利できるといいのだがと思った。

 

 キリーが立ち止まった。

 建物の間の路地を覗いていた。

 何事かと思い、俺もそちらを覗き込む。


 路地には3人の人物が立っていた。

 1人は、街壁の門で見かけた警護兵と同じ服と帽子を身につけ、腰に剣を吊るしている男。法執行機関の一員のように見受けられた。


 その男と向かい合っているのは、小柄な少年と、背の高い男の2人。

 背の高い方も顔立ちは幼く、小柄な方とそう歳は変わらないように見える。


 キリーが何気なく立ち止まったのはなぜか、その一団を見ているとわかったような気がした。


 背の高い方がうつむいてすすり泣いているのだ。

 キリーはそちらへ歩き出した。



 

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