第六話 出現! 爆乳シスター!
俺は通りを歩いていた。
左右の建物は、写真だとか、ネットの画像だとか、テレビ番組で見かけたような、典型的中世ヨーロッパ風の建物だった。
五階建てであるところを見れば、この世界の住人が地震をまったく恐れていないことがわかる。
三角に尖った屋根はオレンジ、壁は石膏の白。柱は茶色だ。
それらが延々と壁のようにつながっていて、曲がりくねる道をエスコートしていた。
行ったこともない場所のはずなのにどこか懐かしい。無性に地球ふしぎ発見という番組を見たくなってきた。クイズ番組だったが、見ていて問題に答えられたことは一度もない。俺はそういう男だった。
左腕を見下ろして尋ねた。
「おまえ、名前はあるのか?」
コアラは俺を見上げ、首をひねった。
ないのだろうか。ないのならば、まさか俺がつける必要があるのだろうか。もしそうならば何と名付けよう。そうだ、マンハッタンがいい。
俺がそう思っていた時だった。
「ラリア」
「何だと」
「ラリアです。ボクのお名前」
「俺はアラモス。ロス・アラモスだ」
ラリア。
か細い声でそう名乗った。それがコアラのボクっ子の名前だった。
俺はラリアをぶら下げたまま町を歩き、目的の場所にたどり着いた。
教会だ。
円形の広場があり、中央には植え込みなんかがあって、その広場の一角にそれはあった。
地球ふしぎ発見の通りの外見だった。
白い建物に、光の反射か青い影が落ち、存在感を放っていた。
屋根のところどころにはガーゴイル的な何かの彫像が配置されている。
教会は周りの建物からは距離があった。きっと自分をスペシャルな存在だと思っているのだろう。あたしは周りのあの子たちとは違うのよ。まるで町の主人公気取りのような風格が、その建物にはあった。
中に入ると、やはり教会だった。否定のしようもなかった。
左右にベンチ、中央に通路、突き当たりには祭壇、教科書どおりだ。十字架の代わりに円の中にY字が象られたオブジェがあり、その背後のド派手なステンドグラスが、上品さの中にも魂の汚れた者に対するヘイト意識を覗かせていた。
地球ふしぎ発見との違いは、祭壇の前に広いサークルが確保されていることだった。
俺がそこまで進むと祭司が現れた。
白いローブ。縦に長い、デカいフランスパンみたいな白い帽子を被った男だった。
「迷える子羊よ、どういった御用でしょうか?」
「ここでスキルを確認しろと言われた。冒険者ギルドの、ギルド長に」
俺はフランスパンにそう言った。
ギルド長パシャールは俺にある頼みごとをした。
それは冒険者としての仕事であり、俺も冒険者として登録した以上、なすべきことではある。
ただ問題は、俺は冒険者が何であるのか知らないということだ。
パシャールの説明によるとだ。
魔獣と呼ばれる動物をハンティングし、その毛皮だとか角だとかをしかるべき業者に納入することで生計をたてる、それが冒険者という職業らしい。
パシャールが俺にした依頼は控えめに言ってもシリアスなものだった。
その内容は駆け出しの冒険者に頼むようなビジネスではなかったのだが、今はそれはいい。
まずは俺ことロス・アラモスが冒険者としての仕事の流れを掴むことが優先事項だと、パシャールは言った。話はそれからだと。
これから俺は、クエストを受注する。
パシャールの依頼の前に仕事に慣れるための、初心者向けの簡単なやつだ。
その前にパシャールは教会へ行けと言ったのだ。
この世界にはスキルという、何か特殊な技能があるらしい。
冒険者はたいていそれを持っている。
冒険を助ける、不思議な技能だと言う。
どんなスキルなのかは冒険者によって個人差があるそうで、それを確認するためには教会の祭司の力を借りる必要があると言うのだ。
「冒険者の方ですね。ご自身の、スキルとステータス、レベルの現状をお確認したいと」
「そのとおりだ」
「それでは、その魔法陣の中央にお立ち下さい」
祭壇前のサークルのことだ。振り返って見てみれば、サークルは床に幾何学的模様を描いていた。
言われたとおり魔法陣の中央に立つ。その時だった。
「お待ちくださいっ!」
若い女の声が響いた。
俺とラリア、そして祭司は同時に声の方を振り返った。
祭壇の左にあるドアから、女が現れた。
白いローブ。祭司より少し控えめなサイズのフランスパン帽子。
その下から栗色の髪がたなびいていた。
そいつが巨大な、あまりに巨大な胸を揺らしながらこちらへ歩いてきた。
垂れ目の女だった。
垂れ目は往々にして、穏やかさを連想させるものだ。
だがその女の目つきは垂れ目ながらも厳しかった。
その厳しい視線は、俺の左腕のラリアに注がれていた。
「あなたはなぜそのようなものを教会へ連れてきたのですか?」
栗色の髪の女がそう言った。
下っ腹の前で両手を重ね合わせおしとやかに立ち、言葉遣いこそ礼儀正しかったが、目つきと声音には険が含まれていた。
俺は言った。
「そのようなとはどのようなもののことを言っている、シスター? 主語と述語ははっきりさせるものだ」
「その左腕の獣人です!」
礼儀正しさをかなぐり捨てて、女はラリアを指差した。
「何か問題でも?」
「もちろんですとも! 獣人とは、チレムソー神に背を向け、獣に身を堕とされた罪人の末裔。そのような者を神の家に入れるなんて……あなたは何をお考えなのですか?」
女は地団駄を踏んでそう言った。その動きに合わせ胸が躍っていた。
俺はラリアを見下ろした。ラリアは目を伏せ、震えていた。
「まあまあ、シスター・イリス」司祭が言った。「よいではありませんか。神はおっしゃいました。この地に生きる者みな等しく、チレムソーの意思を果たす使命を帯びた仲間であると。こちらのお方は冒険者。ステータス確認をするだけのことにそう目くじらを立てることもないでしょう」
「ですが司祭様……」
「さあ始めましょう」
司祭はイリスをたしなめたあと俺に向き直った。イリスはむくれてこちらを睨んでいたが、俺もそれにかまってやるつもりはない。
「お名前を伺っても?」
「俺はアラモス。ロス……アラモスだ」
「それではロス殿。あなたのステイタスを確認しましょう」
「それはどうやるのだろう?」
「なに、簡単です。呪文を唱えればよいのです」
「呪文」
「ええ。それでは唱えてください。『ステイタス、オープン』と」
「ステータスオープン」
それからしばらくの間俺たちは無言だった。
教会の石壁は町の喧騒を遮断していた。静かだった。ステンドグラスからは光が降り注ぎ、暖かさのためかラリアが居眠りを始めていた。
何も起こらない。
「誰か俺のステータスを確認できたか? 俺にはわからないんだが」
「発音がよくないのです」
「発音」
「ええ。もっとこう……Status,open! みたいな感じに」
「ス……ステエータス、オプン」
「もっと……あの、よろしいですか? 子音のあとに、母音を発音するんです。まずS。『スッッッ‼︎」みたいな音です。そのあとがT。『トゥッッッッッ‼︎』と発音します。そのあとがですね、Aでございますでしょ? これは普通に『エェィ……』と発音します。その次がまた『トゥッッッッッ‼︎』。次がUでございますからして、『ユゥゥ……』。そしてまた『スッッッ‼︎』。『オゥゥ……』、『プッッッ‼︎』。『イーィィ……』。『エンンン……ンヌッ……』」
「はあ……」
「これを続けて発音するのです。全てつなげて」
「ス……スッ……テュ、エェェイィィ……テュス? オーウプイィエン……」
「もっと早く!」
「ス、ス、スチェイチャス、オーピエン!」
「もっと! もっとそれらしくッ!」
「ス、トゥえーいー、トゥ……」
「そんなものか! 自分の本当の姿を知りたくはないのか! 自己を見つめようとするあなたの思いはそんなものかッ! おまえそれでいいのか! ここで終わっていいのか!」
「ス、ス、ス!」
「そうだ、いけ、いけいけいけ!」
「スッツエィツス、オッッペンンンンンンンナッッッ!!!!!」
それからしばらくの間俺たちは無言だった。
教会の中にはただ、俺の声の残響が、行き場をなくした幽霊のように漂っていた。
「何か……」司祭が言った。「見えましたか……」
俺は言った。
「イン……フィニティだ」
「え……」
「インフィニティだ。目の前に浮かんだ全ての項目が、インフィニティをマークしている」
「まさか……」
「これは真実だ」
「つまり、カンスト……」
「そうだ」
そうだとだ。俺は答えた。
俺の目の前に、SF映画のホログラムのように、俺の能力を数値化したデータが浮かんでいた。
力。速さ。魔力。
それ以外にも様々な項目があったが、列挙する意味を見いだせない。論じることそのものが無駄だった。
全てがインフィニティ。8を横倒しにしたムゲンダイの記号が並んでいたからだ。
スキルという項目がある。
ウルトラスプリントと、ザ・マッスルという名詞が書かれてあった。
スキル枠はかなりのスペースがあり、それらはスキル枠の上段に書かれていたが、その下はスペースがゴッソリと空き、文字はなかった。
薄く何かが書かれているようにも見えるが、読み取れない。
今の俺には、少なくともこのウルトラスプリントとザ・マッスルというスキルがあるということか。
「ミスタ・司祭。訊いても?」
「何なりと」
「この……スキルというのは具体的に何なんだろう?」
「その手の質問にお答えすることが私の生き甲斐。ご説明致しましょう!」




