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第五十八話 旅立ちの朝


 少し仮眠を取ったので、砦を立つことになったのは昼になってからだった。


 若いってのはいいものだ。ほんの少ししか寝ていないのに、頭ははっきりしている。


 砦を囲む石垣の入り口。

 そこに俺、左腕にしがみつくラリア。そして旅支度のキリーが立つ。

 王子とドリアス団長、それから幾人かの山賊姿の兵が見送ってくれた。


「もう行かれるのですね」


 日が眩しいのか王子が目を細めて言った。俺は


「仕事は早い方がいい」


 そう答えた。


「キリーよ。しっかりとロス殿をサポートするのだぞ」

「かしこまってござる。何としても転生者ハル・ノートを退け、必ずや王位を殿下のお手に!」


 キリーは王子に強くうなずいた。

 彼女は俺についてくることになった。転生者ハル・ノートがいるのは首都フェリデール。これからそこへ向かうにあたって土地勘のない俺をサポートするために、王子がつけてくれたのだ。


「しかし……」ドリアス団長が言った。「ロス殿と申されたな。本当にそのようなことが可能なのか? あの転生者を、単身にて仕留めるなど……。我ら騎士団や、王子派の兵が束になって敵わなかった相手を」


 ドリアス団長は俺を懐疑的な目で見ていたが、まあ無理もないだろうとは思った。

 彼らには知らせていないが、俺もまた転生者。転生者はどうも他者と比べて異次元の能力を持っているのは自覚がある。

 そんな俺の能力を鑑みるに、その気になればこの山賊の砦すら、俺1人で陥落せしめることは造作もないことのように思えた。まるで負ける気がしない。


 だからこそ、ハル・ノートという男の実力のほども推察できる。彼らがハルを恐れることも。


 だがそれは彼らと違い、おそらく俺とハルはどこまで行っても互角でしかないということを表している。そして俺の推測が正しければ、今のハルは俺と互角には闘える力はない。

 俺は言った。


「ひょっとしたら君たちも知っているかも知れないが、俺はこれでもSランク冒険者だ。そうそう遅れは取らない」

「む……たしか貴殿もエンシェントドラゴンを討伐したと聞いている。しかし1人で、というのは……」

「ハルは弱っている。造作もない。それに俺は奴の考えが読める。何も真正面から解決するまでもない」


 するとキリーが、


「おお! ではすでに何か策が⁉︎」


 と言う。


「ああ。任せておけ」

「お聞かせ願いたい、その貴殿の策とは?」

「企業秘密だ。俺のようなフリーの男は、仕事のアイディアが他人に漏れると商売に差し障る」


 俺の言葉に、みんな一様にうんうんとうなずいた。

 

 策と言っても、ただ話し合うだけだが。

 俺とハルは同じ日本人。話してわからない間柄でもないだろう。


 見送りに来た兵の1人が俺の顔を見ていた。よく見るとその男は、賞金稼ぎギルドの近くで見かけた、キリーに1番最初にスリの疑いをかけられていた男だった。

 彼が言った。


「先日は、任務とはいえご無礼をば」

「気にするな。そちらの方こそ怪我はなかったか?」

「ご心配いただき感謝します。私も含め、部下の命も奪わなかったことにも。その優しさに加え、武技の冴え、そしてあの折り見せた鋭い洞察力には我ら一同、感服しました。やはりあの赤髪の冒険者の言っていた通りの御仁でした」


 偽スリはとうとうと語った。俺はその言葉に首を捻る。


「赤髪の冒険者……とは?」

「実は我ら、タイバーンにて貴殿の人となりを調査すべく、ロス殿がかの地を去った後も少しだけ滞在して聞き込みを行なっていました。その中で、共にゴブリン狩りに行ったことがあるという少女から話を聞いたのです」


 赤髪。冒険者。ゴブリン狩り。

 レイニーだ。

 あの城での一件の後、レイニーに話を聞いたというのか。そう言えば昨晩、キリーがそんなことを言っていたような……。

 俺は尋ねずにはいられなかった。


「彼女は何と?」

「……失礼ながら……これは私が言ったことではないのですが」

「何だと」

「人相が悪くなるほど修羅場をくぐったのだろう、そうして若くしてSランク冒険者になったのだ、と」


 偽スリは少し言いにくそうにしながらそう言った。


 俺はレイニーに、1度面と向かってそう言われたことがある。

 だがそれは、俺が転生者だと気づいていることを、俺に知られないための方便だったと思っていた。

 彼女は結局、俺の秘密を誰とも共有するつもりがないということなのだろうか。


「そういえばその少女と共にいた、やはりゴブリン狩りで一緒になった少女もこう言っていましたな」


 誰だろう。ミラーレか。


「スキルもろくに使わずに私を倒した、ありゃ本物のバトルアニマルだ、私のランクがB止まりなわけだ、と」


 ミラーレで間違いない。しかしミラーレの中で俺はどんな人物像になっているのだろうか。レイニーを除けばあのタイバーンの女たちの中で1番正常そうな少女に見えたが……。

 いずれにせよだ。

 今この偽スリに聞いた話でも、キリーの話においても、2人とも俺が転生者だとは話していないらしい。


「冒険者ギルドのギルド長や、変わった髪型の冒険者も、貴殿のことをタフで、逆境を逆境としない男だと話していました。並々ならぬ修行の成果と看ます。それほどの戦士であるあなたであれば、ちょっと頭の弱そうなハル・ノートを料理するなど自由自在だということですね」


 偽スリはニヤリと笑った。

 俺がタイバーンでの出来事を凌ぎ切れたのは、たんに神から与えられたスキルと、奴隷商人に託されたラリアのおかげなのだが。

 それにハル・ノートが頭が悪いかどうかなど俺にはわからない。

 誰にでも得意不得意の別れる分野もあるだろう。

 俺は言った。


「天の助けに恵まれただけだ」

「な、何と謙虚な……!」

「驕りも油断もない、これは期待できますよ殿下!」

「こないだ俺には不可能はないとかイキったこと言ってたような気がしないでもないでござるが、頼もしいでござる……!」


 俺は王子たちに背を向けた。

 旅立ちの時だ。


「ロス殿。なにとぞ、ご無理はなさらぬよう……。もしものことがあれば、まず己を第一に考えていただきたい。ハル・ノートは残酷な男。私のために傷つくようなことがあれば私は……」

「いらぬ心配だ。この俺が動いた以上ハル・ノートに明日はない。畑ではなく奴の口にクソを詰めてくれる」

「何でしょうな殿下、この人ブレすぎでは……」

「口を慎めドリアス。真の男というものは言葉ではなく行動で語るもの。ゆえに真の男の言葉とは得てして空虚で整合性がないものだ」


 俺は最後に砦を振り返って、


「…………あのエルフは?」

「まだぐうぐう寝ておりますが」

「かわいそうだから起こさないでやってくれ」


 そう言って砦を後にした。





 俺とキリー(ラリアはもちろん俺の腕にいる)は踏みしめられた獣道の斜面を下る。

 砦はずっと昔に放棄されたもので、そこへ街道などから通じる道がないのだ。


 しばし黙々と歩いていたが、ふいにキリーが口を開いた。


「……ロス殿。かたじけない。我らの頼みを聞き届け、サッカレー王国のために働いてくださり……感謝のしようもございません」

「まだ成功したわけじゃない。どうするかはこれからフェリデールに行ってから決めるんだぞ」

「えっ策がおありなのでは」

「ありはする。最終的な結末はな。だがそこに至る道のりは現場を見てみないことにはわからない」

「む。そのようなものかも知れませぬな。拙者も諜報任務の際には、最初に立てた計画が上手くいかず修正しながら行なうことの方が多いでござるし……」

「そういうことだ。重要なのは方向性であって、計画そのものじゃない。ハル・ノートはそれがわからん典型的な男のようだが」


 キリーは俺の方を見た。


「……たしかにハル・ノートは、最初に決めた計画が上手くいっていないことを認めぬところがござった」

「だろうな」


 日本人の悪い癖なのだ。

 計画に固執し、柔軟性がない。目標のために計画を練っているのに、計画を行なうことが目的になってしまう。計画通りにやりさえすれば、俺たちの脳内では仕事をしたことになってしまうのだ。だからどれほど結果が思わしくなくとも、良い結果が出たということになってしまう。


 俺自身、その欠点に気づいたのは大人になってやり直しの利かなくなった頃だった以上、ハルを責められる立場にもないが。


 つまるところこれはサッカレーだけの問題ではない。

 俺とハルの問題でもあるのだ。

 俺とハルが対峙している対象は、サッカレーという国でもなければ、政治でもない。


 民族だ。

 俺たち自身の愚かさ。

 ハル・ノートはわざわざ外国までやってきて、日本の恥を晒しているのだ。俺はその俺たちだけにわかる事実を、この件に立ち向かうモチベーションとすることにした。


 ふと、何か物音がした。

 右手の林、草を揺らすような音。


 俺とキリーがそちらを見やる。

 林の奥からはそれ以降、特に何か物音がするというわけでもなかった。


「狐か何かでござろうな」


 キリーがそう言ったのへ、俺はこう返した。


「少し用を足してくる。ここで待っていてくれ」




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