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第五十六話 キリーと諜報部


「それで、王子と君たちはどうしたんだろう?」

「……王子様については、御自らお話しになりたいそうでござる」

「では君のことを知りたい」

「諜報部は、別荘におられた王子様をお連れし王府のあるフェリデールを脱出したでござる。正直どのような状況かまるで掴めておりませなんだが、王子様にも捕縛の手が伸びるやも知れぬと……」


 彼女は話した。


 王子を連れた諜報部は、ひとまず保守派の重臣の領地へと逃げ込んだ。そこへ任務で遠征し王のそばを離れていたため難を逃れたドリアス団長と騎士団が合流した。

 そして、サッカレーの王位を転生者ハル・ノートから取り返す算段を立てることにしたそうだ。


「重臣のお方の領地に身を隠したことは、すでに向こうも予想がついていたのでござろう。すぐに追っ手がかかったので我らはそこを離れ、それからは各地を転々と落ち延び続けたのでござる……」


 話しながらも、テーブルの上のキリーの拳は握り締められていた。屈辱的な遁走の日々を思い出しているのかも知れない。


「しかしそのうち……カスパールと名を変えておられたサッカリー王子殿下が、姿をお隠しになられ……」


 俺は尋ねた。


「君は俺のことを知っていて近づいたと話していたな。あれはどういう意味なんだろう?」


 キリーと初めて出会ったのはラーデールの温泉施設。

 賞金稼ぎギルドで出会ったチンピラ。彼らもまたこの山賊の砦にいた。

 あの一連の出来事が起こった時、彼女は俺をすでに知っていたということか。


 すると、キリーは椅子から立ち上がり、脇にのいて床に手をついた。


「騙してしまい申し訳ござらん……!」

「手を上げて椅子に座ってくれ。俺には女の子に土下座させる趣味なんかない」

「いえ! 拙者、ロス殿を見込んでお頼みしたきことがござる!」


 キリーが床にへばりついたままなので、俺は仕方なく椅子を下りた。彼女の前にしゃがんで、手を取る。


「あ……」

「聞きはしてやる。ただ条件がある。床に手をつくのはやめろ」

「は、はい……」


 キリーは俺に手を掴まれたまま上体を起こした。顔が真っ赤だった。顔を下に向けると血流が顔面の前面に溜まるせいか、たしかに俺もずっとそうしてると鼻血が出そうな気がすると思った。


「話してくれ」

「は、は、はい……。実は拙者、つい先日まで、タイバーンに滞在していたのでござる」

「タイバーンに?」

「はい。実は我ら、サッカレー奪還のためタイバーンに助勢をお頼みできないかと考えたのでござる。そのためタイバーン王がどのような人物か、調査を命じられたのでござる。結果として、タイバーン王がなにがしかの事故によりそれどころではない状態らしいということがわかり、諦めたのでござるが……その時の調査で、ロス・アラモスという御仁がいることが、我ら諜報部の目に留まりました」


 そう言ってキリーは、正座したまま上目遣いに俺を見てきた。

 俺は彼女の手を離した。いったい何でまた俺は少女の手など握りしめていたのだろうと我に返ったためだ。


「我ら、タイバーンにて耳にしました。エンシェントドラゴンを討ち取りし勇者が現れたことを。そしてその勇者が、報酬を受け取るでもなくタイバーンを去ったことも。げにも凄まじき手練れにして、無欲。我らは興味を抱き、ロス殿を調査し、その人となりを見極めんとしたのでござる」


 俺は言った。


「何のために?」

「もちろん、我らがサッカリー王子殿下の、王座奪還にご協力していただくために」


 俺は少し視線を床に落とし、短いため息をついた。


「ではラーデールの温泉で会ったのも」

「そうでござる。偶然ではござらぬ。賞金稼ぎギルドで拙者に絡んでおったチンピラ。あの者たちこそ諜報部員にござる。ロス殿の腕前と人柄を見極めんがため、ひと芝居打たせていただいたのでござる」

「…………それで? 評価は」

「それはもう申し分なく! 見ず知らずの女人を助け、しかし下心もなく……」

「…………ひょっとして君は……ずっと俺を誘惑しようとしていなかったか?」


 彼女は顔を赤らめうつむいた。

 

 俺はこれまでのことを思い出す。

 スコーウェルの村で、彼女は俺の胸にすがりついてきた。

 教会では、ベッドの上でそうしてきた。

 あれら一連の行動は、無垢な少女の無防備のなせる技ではなかったということだったのか。

 俺がハゲの中年オヤジではなく若いイケメンだから、頼り甲斐があるあまりつい身を預けてしまった、そういうわけではなかったのだ。


「……拙者、ゼンの湯にても、ロス殿が覗きにくるかと少し思っていて……」


 ゼンの湯。たしかに人気がなく、無人だった。

 キリー、あるいはあの場に他にも仲間がいて、ゼンの湯が俺とラリア以外誰もいないことを確認していたのかも知れない。

 俺は椅子に座った。


「あ、あの、申し訳……」

「気にしていない。結果として引っかからなかったわけだからな。それに女に騙されてふてくされるほど経験不足なわけでもない。いずれにせよサッカレー諜報部の評価としては、ロス・アラモスはとても強くて性欲のない男、というわけだな」

「そ、それだけではござりませぬ! あの時ロス殿は、チンピラ、拙者の仲間に対して明らかに手加減してござった! それにスコーウェルにても、誰1人命を奪ってはおりませぬ! 己の命を狙い、悪行を行なう者に対してすら無体をせず、法の秩序をおろそかにしない。ハル・ノートのような男とはまったく違う、慈悲深く理性的な殿方でござる」


 俺はキリーから目を逸らした。

 そのハル・ノートなる人物と俺は、結局は同じ転生者なのだ。逸らした視線の先にはエルフの鼻提灯があった。


「……それに……」

「それに?」

「ロス殿がタイバーンを去った後、向こうに残り調査を続けた仲間がおりました。ロス殿を知る人物に聞き込みを行なったでござる」


 俺は視線をキリーに戻した。


「何だと?」


 タイバーン。


 今さら思い出したが、俺はあの場所で、国王襲撃の容疑をかけられていたのだった。

 そもそもそのために逃げるようにサッカレーへやって来たのだった。キリーの仲間は、あの後の俺についての噂を聞き込んできたと言うのだろうか。


「風のように現れ、ドラゴンを討ち、風のように去って行った、まるで神のような男だったと聞き及んでおります」

「…………他には? 君はタイバーン王がよくない状態だと言っていたが」

「……? 何でも、将来の進路で揉めて親子ゲンカの末に姫君に刺されて、何とか回復魔法で命を取り留めたと。姫君は王宮秘書官に連れられ、修道院に送られることになったとか。昔馴染みのシスターも付き添ったそうにござるが……」

「……他に何かわかったことはあっただろうか?」

「はあ……そのシスターでござるが、彼女の勤める教会の司祭が、彼女に頭を殴られたと訴えているという話があったそうで。ただ何者かに教会を破壊されたショックで頭が錯乱しているのではと町の噂になってござった。司祭は精神病院に送られたそうでござるよ。

後は……同じ病院に、同僚がおかしくなっちまったんだYO! と叫ぶ兵士が収容されたとか。頭の検査を受けさせられるそうで」


 ……どうやら、タイバーンの女たちは何の罪にも問われることなく逃げ切ったらしい。


 キリーが最後に話していたのは魔砲部隊長DJのことだろう。死んではいなかったらしい。

 このぶんだと、レイチェルもお咎めなしだったと看ていい。今頃何事もなかったかのようにグリフォンのクソの世話を続けているのだろう。傷ついたのは男たちだけだったというわけだ。


 なぜか噂の中に、俺が転生者であるということは含まれていなかった。

 女たちは俺を独占すべく伏せたままにしてしまったのだろうか。王や大臣も聞いていたはずだが……他国に逃げたというのが効いたのだろうか。

 超人的転生者の存在を他国に知られ、その力で他国を利することを避けたのだろうか……?


 いずれにせよ俺の噂話はこれで終わりらしい。そう思った時だった。


「そう言えば……」

「何だろう?」

「ロス殿と共にゴブリン狩りに出かけたという2人の冒険者の女性が、こう申したそうでござる」


 ミラーレ。それに………………レイニー。


「ただただ勇敢で、粘り強い男の人だったと。白い服の女性は惜しい男を逃したと申したそうで。特に赤毛の少女の申した言葉が、我らにロス殿を頼む決断をさせ申した」

「……彼女は何と?」

「2度も命を救われた。恩着せがましくもなく、迷惑だと言うこともなく……あんな優しい人は見たことがない。そう申したそうでござる」


 テーブルに視線を落とした。

 そんなところには何もない。ただ木の節目があるだけだ。何という材かもわからない。

 俺はその木目を指でなぞった。それでどうしたかったのかもわからない。ただ、ため息をついた。


「……それで……ロス殿。どうか、我らの頼みをお引き受けしていただけないでござろうか……」


 キリーはまだ石の床に正座していた。俺を遠慮がちに見上げている。


「もちろん、相手は転生者。容易な相手ではござらぬ。無理強いはできませぬが……」

「王子はどこにいるんだろう?」

「は……我らの話が終わるまで、屋上で風に当たってくると……」

「彼と話してこよう。それから決める」


 俺は立ち上がった。何か新しいことを始めたい気分だった。キリーが、ラリアとエルフはどうするのかと尋ねてきたが、俺は2人を一瞥して、


「寝かせておいてやってくれ」


 そう言って部屋のドアを開けた。


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