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第五十五話 ハル・ノート


 キリーの話は4年前。

 サッカレー王国にエンシェントドラゴンが襲来した事件に遡って始められた。


 山から襲来したドラゴンを、その当時すでに頭角を現していたサッカレーの転生者があっさりと討ち取ったことが、始まりだったという。


「転生者。ハル・ノートという名の少年でござった」


 サッカレーの転生者ことハルは功績を讃えられ、先王から貴族に身分を上げられた。元は貧しい農民だったことを考えれば、異例の成り上がりだった。


 ハルはそれから、王国の貴族の1人、ある若い令嬢と婚約したという。

 そこはあまり本題と関係ないためキリーは簡潔に話したが、両親が亡くなった世間知らずの娘につけ込み、悪い貴族が彼女の領地を奪おうとしたことがあったそうだ。ハルがそれを助けたことから、2人は愛し合うようになった。


「少し待ってくれ。君は教会で、ハルには学校のクラスメイトの恋人がいると言わなかったか?」

「その女性とも結婚したそうでござる。たしかに先に出会ったのは級友の方でござったが、ハル・ノートと貴族の令嬢の立場上、第一夫人は令嬢の方になってござる。あくまでそれは後の話、現在の話であって、当時は婚約という状況にござったが」

「ハーレムね。甘美な響きだわ」

「むしゃむしゃ」


 ハルと悪の貴族との戦い、その謀略と暴力は熾烈を極め、内戦に発展する恐れすらあったらしい。

 しかし最終的にはハル自らが敵の邸宅に乗り込み、悪の貴族を討ち取り、令嬢を救ったという。


「燃えるわね。憧れるわ」

「……キリー、浮かない顔をしているな」

「……あまり思い出したくない事件なもので……」


 キリーが話したところによるとこうだ。


 ハルが行なったことは紛れもない殺人だった。

 貴族が他領を強奪しようとしたことはサッカレー王国の御法度ではある。

 しかしそれに対し暴力で報い、あまつさえ法の裁きを待たずに暗殺したのだ。これでは法治も秩序も何もあったものではない。

 しかもそれだけではない。


「後に明らかになったのですが……ハル・ノートと敵対したとされる貴族は、邸宅で死んだのではなかったのでござる」


 悪の貴族の死体が発見されたのは、ハルの領内だった。

 キリーの所属する諜報部は内戦を防ぐべく彼らの対立を影から監視していたのだが……。


 その仕事の終着点が、下水に捨てられた悪の貴族の、激しく損壊した死体だった。

 

 諜報部の調べで、それはハルによって行なわれた長い拷問の結果だったと判明した。

 期間は3ヶ月。邸宅で死んだと思われていた貴族は3ヶ月の間、ハルの領地に監禁され拷問を受け続けていたようだった。


 王府の議会は荒れた。

 事件の表向きの顛末は、悪の貴族がハルの超常的スキルによって屋敷ごと爆死したということになっていた。


 しかし実際には、ハルは目を背けたくなるような残酷で執拗な拷問を行なっていたのだ。

 内戦、殺人、そして拷問。王府では、転生者ハル・ノートの存在に対して懐疑的に思う者も現れ始めた。


 何かがおかしくなっていったのは、それからだったという。


 王府における派閥の1つ、比較的保守的な考えを持つ一派が、ハルを罰するべきだと言い出した。

 それ自体は自然なことだった。ハルは完全に、サッカレーの法に触れていたのだから。


 もう1つの派閥、国の改革を訴えていた一派が、寛大な処置を取るべきだと主張した。

 それ自体も自然なことだろう。ハルはエンシェントドラゴンを討伐した救国の英雄であり、貴族との対立も相手側の横暴、禁忌である領地収奪に端を発していたのだから。


 ただ、当時先王の心は、ハルを罰する方へ傾いていたらしい。


 何でも、王の前で開かれた審問会におけるハルの態度が気に食わなかったと、側近に漏らしたそうだ。

 ハルは審問に対して、ほう、とか、ふむ、とか、やはりそうか、とか、とにかく曖昧で煮え切らない返事を繰り返していた、それが王の気に障っていたのだ。

 

 罰の内容については、様々な案が出た。

 領地没収。領地を減らす。身分の降格。罰金。服役。100叩き。訓練場100周ランニング。


 その中の1つの案に、先に話された貴族の令嬢との婚約破棄が含まれていた。


 具体的なペナルティがまだ決まっていなかった中で、これだけは動かなかったらしい。

 というのも、その令嬢の家はサッカレーでも由緒正しき家柄であり、その1人娘を前科者の妻とするのは許されない、とのことだったそうだ。


「盛り上がってきたわね! 身分と家柄、運命の荒波に引き裂かれる2人! どうなったの⁉︎」

「あ、あの、笑い事ではないのでござる……問題はここから始まったのでござるよ……」


 ハルは仮にも救国の英雄である。今さら与えた身分を剥奪するのもナンだというので、領地没収、身分は一代限り。ハルに子供が生まれても、その子孫は貴族身分とはならない、というところで決着を見ようとした。


「その時から、改革派が奇妙な動きを見せ始めたでござる……」


 キリーたち諜報部は王家直属の家臣で構成されていたため、保守派、改革派問わず、国の内外のあらゆる事情を調査し続けていた。


 当然、ハルの減刑を訴え続けていた改革派も監視の対象になっていたが……彼らがそれまで日和見(ひよりみ)を決め込んでいた、中立の臣を取り込み始めたのに気づいたという。


 主観的な意見を述べれば、ハルに科されたペナルティはそう重いものではないように思われた。元は土地を持たなかった者が、また土地のない者に戻るだけ。

 しかもハルは金持ちだ。彼がフォークの利権を一手に握る、フォークカルテルの親玉だったということはすでに話されていた。カルテルは解体されたが、利権は残っている。


 俺がそう思ったのと同じように、中立派、そして保守派の面々も、そこを落とし所としていた様子だったが……改革派はまだ満足できなかった。


「中立派は明らかに買収されてござった。資金の出所は、ハル・ノートの私財。……先導していたのはブリジット嬢。婚約者の令嬢でござった」


 ペナルティの中で最も不服とされていたのは、どうやら婚約破棄の部分だったようだった。

 キリーたちの調査によると、ブリジットなる令嬢が意地になって婚約破棄の破棄へ向けて動いていたらしい。キリーたち情報部はそれを先王に報告した。


 先王は激怒した。必ずやかの邪智暴虐なるハル・ノートを除かねばならぬと決意した。


 1度判決の下った裁判を、ゼニの力で覆そうというのだ。

 この時点では先王は、それを行なっているのはハル・ノートだと考えていたそうだ。己の保身のため、婦女子をたぶらかし、あまつさえ隠れ蓑とし、法をないがしろにする。許されざることだと先王は考えていた。


 しかしこのあたりでだ。

 諜報部は新たな情報を掴んだ。


「ハル・ノートが転生者であるという事実でござる」


 キリーたちはハル・ノートなる農民上がりの男の身辺調査を徹底して行なった。


 元々奇妙なことだと思っていたそうなのだ。

 金と力はあるものの、ズバ抜けた美男というわけでなく、背が高いというわけでなく、男らしさのようなものがあるわけでなく、話も面白くないし、行動力はあるとは言えるが、覇気がない男。


 諜報部員の1人が一般人のふりをしてハルと接触を持ってみたことがあるそうだ。

 感情に乏しく、目を見て話さないし、話す内容は幼稚、それでいて喋り方は無礼、会話のリズムはめちゃくちゃで話は途切れがちになるし、リアクションは牛のように遅く、自分のしたい話の時は饒舌だが、その場合は早口すぎて聞き取りにくい。


 遠く風の噂に聞くだけなら、なかなかの男に思えた。近くで話をしてみると、風の噂に聞くだけにとどめるべき男。

 これが諜報部のハル・ノートに対する人物評だった。


 有能なのは間違いない。だが一緒にはいたくない。そんな人物。

 

 なぜブリジット嬢は、こんな男のためにムキになっているのか。

 洗脳されているのか。弱みでも握られているのか。何かの魔法で操られているのか。


 しかもブリジット嬢だけではない。ハルには学校いちホットな美少女の恋人がいる。しかもさらに、他のクラスメイトと二股、三股もかけているとわかった。


 なぜ。

 あんな田舎の成金百姓が、なぜ。


 諜報部は調べた。余談だが特に男性の諜報部員などは寝る間も惜しんで有給休暇も取らず働いたという。

 

 そこで聞こえてきたのが、転生者というワード。

 ハルとそのハーレムがベッドで乳繰り合っているところを、屋敷に忍び込んだ諜報部員が聞いたのだ。

 

 諜報部員はすぐさま報告に戻った。それから再び議論は割れた。

 転生者という存在は、サッカレー王府の一部の重臣の間では知られていた。カシアノーラ大陸の幾つかの国に現れたことがあり、超人的スキルと無限の知識を持つと。


 その転生者の力と知恵によって、国力を強めた国もあるという。


 その時、すでに改革派は過半数を占めていた。

 そして改革派は、転生者ハル・ノートを無罪にすべきだと主張した。


 驚いたのは先王だ。

 改革派は転生者を取り込み、サッカレーの利益とすべきだと言う。しかし先王は、法は法、有能の士であるからと秩序を揺るがせにすべきではないと言う。それに、無罪などとはやり過ぎだと。

 先王は議場で強く命じた。ハル・ノートに、決定通り領地没収と婚約破棄の処置をせよと。


 改革派は動かなかった。

 元中立派も。

 軍部もだ。


 狼狽する先王と一部の保守派。

 そこへブリジット嬢が現れた。ハルと取り巻きの女性を引き連れて。


 そこからは……聞いているこっちまで首を傾げたくなるようなことが起こったようだ。


 一介の貴族、ブリジット嬢が、先王を捕縛せよと命じた。

 誰に、というより、その場の全員にだ。


 奇妙なことに、そばに控えていた先王子飼いの騎士団以外、それに何の抵抗も示さなかったらしい。

 ハルたちの次に議場になだれ込んできた兵士たちが、先王を捕らえた。騎士団は抵抗したが、ハルの前に全滅。


 そして。

 ハル・ノートはサッカレーの王となった。




「いつの間にか…………国の主だった方々が、ハル・ノートに付き従っていたのでござる」


 キリーはうつむきがちに語った。


 俺はテーブルの左側を見てみた。

 エルフが鼻提灯を膨らませ熟睡していた。なぜかその膝にラリアが座り、エルフの胸に後頭部を預け胸枕としながら、大口をかっ開いて寝ていた。


 俺はキリーに視線を戻す。


「……それで……君たちは。王子と君たちはどうしたんだろう?」




 


 

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