第五十三話 卑劣の砦
夜の森を、山賊たちは松明で道を照らしつつ進んでいた。
馬に乗っている。
リーダーの隣に、ワイルド氏を乗せた馬。
俺も馬に乗っている。
山賊の馬だ。
背後にはキリーが、べったりとへばりついていた。
「……ラリアを返して欲しいんだが」
「……申し訳ござらん。またお2人に暴れられると困るので、今しばらくのご辛抱を」
ラリアはワイルド氏の前に座らされていた。やはりぐるぐる巻きに縛られていて、眉を八の字にして俺の方を見ていた。
スコーウェルでの戦闘の後。
山賊たちはワイルド氏の提案に従い、村の食物を置いて去ることになった。
しかしその時、キリーが『ロス殿にも一緒に来ていただきましょう』と言った。
俺にではない。山賊のリーダーにだ。
そうして俺とラリアは馬に乗せられ、山賊のアジトとやらに向かうことになったのだ。
俺は縛られているわけではなかったが、下手な動きをするとラリアに危害を加えると山賊が言うものだから、仕方がなく馬に揺られていた。
そんな俺を、キリーが背後から手を回しクラッチしている。
下手な動きとやらをさせないためらしい。
これが夜ではなく昼間で、森ではなく海岸通りで、馬ではなくバイクであれば、夢にまで見た青春の図式だったろう。
だが背中に与えられる控えめかつ温かな感触は、俺の夢想していたものとはいささか違った剣呑な思いを俺に抱かせていた。
「ロス殿……ご無礼は重々承知でござる。しかしながら、縄目の恥辱を与えるでもなく、ブアクアの威力にて力を奪うでもなくこうしていることが、拙者たちがロス殿に危害を加えるつもりがないということをご理解いただきたいのでござる……」
「……ブアクア?」
「ご存知ない? 触れると力が抜ける毒を持つ植物の実でござるが……魔術を施すことで、他者を傷つけず捕らえる武具にもなるでござる。ラリア殿に当てた手裏剣もしかり……拙者の持つ短刀も同じ効能を持ち、いざとなればロス殿をそれで捕らえることも……しかしそれは……」
能書きを聞く気にはなれなかった。
山賊の一団はスコーウェルからラーデールへと向かう街道を外れ、山へと登り始めた。
「キリー」
「何でござろうか」
「昼間、君と街道を歩いていた時、ゴブリンを見かけたのを覚えているか」
「そうでござったな。それがいかがされた?」
「いや。何となく思い出しただけだ」
暗い森。
おそらくこのどこかから、パンジャンドラムが俺たちを覗いているのは間違いない。
村では結局狙撃を敢行することはなかった。俺がこうして山賊と行動を共にしているのを見て、姿を隠して追跡していることだろう。
思えば昼間見かけたゴブリンは、彼のスキルによって生み出されたものではなかったのだろうか。彼は俺を追って来たと言っていた。ひょっとしたら、ゴブリンズを派遣することで、ずっと俺を監視していたのかも知れない。
いずれにせよ、今俺とラリアは悲観する必要はないように思えた。
パンジャンドラムは村人に遠慮したためかゴブリンの軍勢を繰り出すことはしなかったが、ここは山の中。いざという時は彼の援護が入るだろう。もう少し成り行きを見守ってもいい。
ワイルド氏の顔を盗み見る。
彼は目を閉じ、無言だった。
しばらく山を登ると、やがて木々の向こうに大きな建物が見えてきた。
砦のようだった。チェスの駒、ルークのような形をした石造りの建物。
砦の周囲は苔むした石垣に囲まれていて、ルークの正面だけ崩れて入り口のようになっていた。
どうもそれほど古い建物らしい。番兵なのか、その入り口から2人の男が現れ山賊たちを出迎えた。
そして山賊のリーダーに話しかけた。
「ドリアス団長」
「その名で呼ぶな。よそ者がいるのだ」
そう言って少しだけ俺を振り返り、そしてまた番兵に向き直る。
「何か変わったことは?」
「は、それが……」
「どうした?」
「何か変な女が訪ねてきて、人を探していると」
「ほう。それで、どんな人物を?」
「はあ……なにぶんかなり主観的な特徴だったので要領を得なかったのですが……イケメンで、渋くて、地上最高にイケてて、いずれ自分の伴侶となる男を見なかったかと」
…………………………。
「それじゃわからん、もっと何か特徴ないのかと訊いたら……三角帽子をかぶって黒いコートを着たタフガイだと」
番兵2人と、俺以外。その場にいる全員が俺を振り返った。
リーダーがなおも尋ねる。
「その女はどんな人物だった?」
「えーと……何か物凄い美少女で、というかエルフでした」
…………………………………………………………………。
「ほう、昨今珍しいな。そのエルフは?」
「そんな男は知らないと言ったのですが、ちょっと中にいさせろと言って、無理やり中に入ってきて……」
「そのままか」
「ええまだいますよ。帰らないんすよ」
俺は即座に言った。
「用事を思い出した。おいとまする。ラリア、行こう」
「ちょ、ダメでござるよ!」
「離してくれ、ここにいるときっとよくないことが起きる。俺にはわかるんだ」
「しばらく、しばらく……」
「助けてくれ!」
馬を降りようとしたがキリーがしがみついてきて上手くいかない。
すると、それまで無言だったワイルド氏が呟いた。
「……ひょっとすると、私の知り合いかも知れない……」
俺とキリーは顔を見合わせる。
結局、俺は砦の中に入ることになった。
砦の1階は広い空間で、天井を支える柱が4本立っている。
木箱やら麻袋やらが、所狭しと積まれていた。
剣や槍を掛けるためのラックがあった。リーダーが歩哨を数人立ててから休めと命じると、山賊たちはラックに剣をかけ始めた。
1番奥の壁に、2階へ登る階段がある。
リーダー、屈強な山賊、キリー、ラリア、ワイルド氏、そして俺は、その階段へと近づいた。
その時、素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「あーれー助けてぇ〜ん」
「ヘッヘッヘ。さけんだって、だれもきや、しないぜ」
鼻にかかった女の声と、棒読みの男の声だった。
声は階段の脇にある床から聞こえてくる。そちらに目をやると、床に両開きの扉がある。地下へ行く扉のようだ。
リーダーが近くにいた山賊に声をかけた。砦に残り雑用でもやっていたのだろう、襲撃の時には見かけなかった山賊だ。
「何事だ?」
「は、はあ。団長がでかけた後エルフがやって来て、無理やり地下に入って行ってですね……」
「何の用だ? 何をやっている」
「あの……練習……だそうです」
「何の」
「さ、さあ…………」
答えが煮え切らないものだったからか、リーダーは自ら地下への扉を開けた。
俺たちに何も言わず降りて行くので、何となくそれに続く。
地下は牢屋だった。石造りの床。左側が石壁で、右側には鉄格子で仕切られた部屋が、3つほど並んでいる。
1番奥の牢の前に、2人の男が立っている。
その2人に見覚えがあるような気がした。俺がそう思っていると、さらに声が聞こえてくる。
「ぐえ、えと、ぐぇっへっへ。さけんだって、むだだ。こんなところでは、だれにもきこえや、しないぜ、おじょうちゃん」
「あーもう、それさっき言ったじゃない。次、次のセリフ!」
「……え? えっと……おじょうちゃんは、これから、このとりでにかんきんされて、おれ」
「違う、おで! おれ、じゃなくておで!」
「お、お、おでたちにめちゃくちゃにされるのさ。へへへ、たっぷり、かわいがって、やるぜ」
「いやぁん恐ろしー!」
「ここには、たくさんの、さ↑ん↓ぞくが、いる。そのひとりひとりが、おじょうちゃんを、の、おじょうちゃんのからだを、もてあそぶのだ。へへへへっへへ、さぞやたのしみなことであろうて。わたしは、こうふんを、きんじえない。なかまたちは、いまはではらってるが、おれ、あ、おでが、いちばんに、おたのしみするでやんす。じゅうななさいの」
「16歳」
「じゅうろくさいの、えるふびしょうじょの、しょじょを、いただくぜ、ひゃっはー」
「あ、ちょっといい? そのヒャッハーのところなんだけどね、もうちょっとこう、感情込められない? ヒャッで高くなって、ハーで伸ばす」
「ひゃっは」
リーダーはツカツカと進み、牢の前で困ったようにポリポリ頭をかいている2人の男に言った。
「何をやっている?」
「あっ団長お帰りなさい」
「質問に答えろ」
「そ、それが……」
俺たちも牢の奥へ進む。
「あっ! このおにーさんたちは!」
ラリアの声に、2人の男が振り向く。
「げっ! あんたは!」
俺も思い出して、キリーの顔を見る。彼女はバツの悪そうな顔でうつむいた。
2人の男は、賞金稼ぎギルドの近くでキリーに絡んでいたチンピラのうちの2人だった。
「貴様たち、何をやっているのかと訊いているんだ」
「キリー、どういうことなんだろう? なぜ彼らが山賊の砦に?」
「あーーーーーーーっ! この声はっっっ!」
牢の扉からバタバタと飛び出してくる者があった。
「ロス・アラモス! 見つけたわよっ!」
「あっこないだのおねーさんです!」
牢から現れたのは、タイバーンでエンシェントドラゴンと共に海に沈み息を引き取ったと思われていた、あのエルフだった。
「何をやっているんだ」
「何をやっているんだろう?」
俺とリーダーが同時に訊いた。牢の奥からもう1人山賊が現れる。手に鞭を持っていた。そいつもギルドの近くでノシた奴だった。
困り顔の山賊たちより早くエルフが叫んだ。
「ロス、助けて! 私、この山賊たちに捕らえられているのぉ!」
リーダーと、ワイルド氏が顔を見合わせた。
「どういうことか」
「団長それが、このエルフがですね、三角帽子のイケメンを見かけたら、この砦に美少女をさらったぞって威嚇して、おびき寄せろと言ってきてですね」
「ちょっとあなた誰なのよ今ロスとお話ししてるんだから壁の方でも向いてなさいよ。ロス聞いて! このむくつけき、野卑で、野蛮で、無教養で、下品、かつ性欲の塊みたいな男たちが、私のことをよってたかって嬲りものにしようとしているのーっ!」
俺は言った。
「それで、レディー。俺にどうしろと?」
「あー、その声でレディーって言われると濡れるわ。助けて! そして私とファックして! 森の中で! あ、ここでもいいわよ」
「気が乗らない。だいたい何で君を助ける必要がある」
「何でって、見てよこの男! スケベそうな、変態そうな顔してるわよ! これ! これが、これが私を襲おうとしてるの! この下等で低劣な、汚らしい、臭い丸耳のオヤジが、この美しきエルフの私を、身の程知らずにも! これ見て何とも思わないの⁉︎」
「だが君は鍵のかかっていない牢から出てきたぞ」
エルフは、はた、と口をつぐんだ。
山賊たち、リーダー、牢、俺、そしてまた山賊たち、と目を向けていき……改めて牢に戻って、扉を閉めた。
そして鉄格子を掴んで、言った。
「ロス、助けて! 私ここに閉じ込められているのっ!」
俺はリーダーに言った。
「上で話さないか?」
「良いアイディアだ。行こう」
俺たちは1階へ向かう階段を登り始める。
背後から、
「ちょっとロス、どこ行くの? 助けてよ、ねー。ねーったら。ちょっと待って私も行く。何のお話? 私も混ぜて……あ、ちょっと何よあなた。何さりげなく鍵かけてんの。ちょ、外しなさいよ、ただのフリでいいって言ったでしょ? 何でほんとに鍵かけ……ちょ、開けて! ちょっとあんたたちどこ行くの! こっち見なさいよ! ねえ! ま、待って! 明かり消さないで! 1人にしないで! 出して! ロス! 待ってぇーっ!」
何か聞こえていたが、やがて声は遠ざかっていった。
しかしエルフが最後に叫んだ言葉に、俺とキリー……そしてワイルド氏が足を止めた。
「ちょっとそこの! そうあなたよ! カスパールでしょ⁉︎ スルーしないで助けなさいよ、カスパールッ! あなた私に恩があるでしょうがっ! 私の顔忘れたとは言わせないわよっ! 私はあんたの顔忘れてないもん!」
俺はキリーと顔を見合わせた。
ワイルド氏がため息をつき、言った。
「……エルフのお方を牢から出して差し上げろ。これから話をするためには、やはりそのお方がいたほうがよい」




