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第五十二話 シャドウ・ウィンドウ


 俺の影から何かが飛び出した。

 俺めがけ凄まじい速さで迫る。


 突き込まれた攻撃を半身で(かわ)す。飛び出した曲者はその勢いのまま宙へ躍り上がり、前転しながら何かを投げてきた。


 素早くバックステップで躱すと、足元の地面に3つの十字型の物体が突き刺さる……こともなく、跳ね返ってどこかへ転がっていった。


 一瞬だけ転がる物体を目で追う。手裏剣のような形だった。


 そして、地に着地した、影からの襲撃者に視線を飛ばす。


 短剣のような物を逆手に持った、小柄な少女。


「……キリー?」


 松明の逆光の中に立つ少女。

 教会で待たせていたはずのキリーだった。


「ロス殿……」

「キリー、今のはどういうわけだ? なぜ君が……」

「ロス殿。これにはわけが……」


 キリーは隠していた答案用紙を見つけられた中学生みたいな顔をしていた。

 俺は、まさかと思い彼女の両肩を注視する。


《レーザー測距計のスキルが発動しました。バスト79cm》


 別に発動するスキルは何でもよかった。

 スキルが発動するのかを知りたかった。まさかキリーがタイバーンの女たちと同じように、ヌルチートを使って襲撃してきたのかと思ったのだ。


 だが違ったらしい。彼女はヌルチートを持っていないようだ。

 ではなぜ……。


「む⁉︎ 貴殿は……」山賊リーダーが言った。「キリー・マーダレアル……」

「名を呼ぶは無用ッ!」


 キリーが叫んだ。


「…………どういうことなんだろう? なぜそこの山賊が、君の名を知って……」

「詮索も無用! ロス殿、御免!」


 キリーは叫びざま突進してきた。右手の短剣を胸の前、左手を柄に添えた構え。

 まさかその短刀で俺を突こうというのか。そんなことをされたら死んでしまう。俺は言った。


「やれやれ」


《ソードマスター・ジュージュツ・ムトウドリのスキルを……


《キリーはディレイ・シュートのスキルを発動しています》


 瞬間キリーが縦に跳んだ。


「マスター! 上見ちゃダメです!」


 ラリアの言葉通り顔を動かさずにいたのは正解だった。

 眼前に2つの手裏剣。どこをどうやったものか、キリーは跳躍の寸前投擲していた。自身の背面で手裏剣を隠し、跳ぶことで射線を開けたのだ。野生の面影を残すラリアの動体視力はそれを感知していたらしい。


 俺は右に転がって避けた。空中のキリーは回転しながらさらに手裏剣を投げてくる。俺はゴロゴロ転がってそれを避ける。


「キリー、どういうつもりだ!」

「皆の者! 松明を持って散開されよ! 《シャドウ・ウィンドウ》を遣い申す!」


 キリーは着地と同時に叫んだ。山賊たちはなぜかその言葉に一斉に従い、松明を手にバラバラと走る。広場の中、俺たちを不規則に取り囲むように。

 それだけではない。騎馬の者は馬を下り、尻を叩いて俺とキリーの周りに走らせすらした。


 どういうつもりか。考える間もなく、


《キリーはシャドウ・ウィンドウのスキルを発動しています》


 キリーの姿が、走る馬に遮られ一瞬俺の視界から消えた。

 馬は駈け去った。

 その向こうにキリーの姿はない。


「上かっ!」

「マスター、下です!」


 俺の影。山賊の松明に照らされてできた俺の影から、短剣が飛び出す。

 俺が転げて躱すと同時にキリーが影から現れた。


「マスター、ボクがいきます!」

「頼んだぞ!」


 ラリアを投擲。

 キリーは飛来するラリアを避け、近くにいた山賊の、足元の影に飛び込んだ。

 水面に飛び込むような、両手を頭の上に揃えた綺麗なフォームだった。地面に激突するかと思われたが、そのまま影の中に吸い込まれていく。


「あっいないです……!」


 着地したラリア。同時にまた俺の影からキリーが飛び出す。転げて躱す。

 聞こえた。


《キリーはディレイ・シュートのスキルを発動しています》


「そこにいたですね!」


 キョロキョロしていたラリアが振り向く。


「ラリア、避けろっ!」

「あっ⁉︎」


 キリーは飛び出した瞬間、すでに投げていた。狙いも俺ではない。高速で飛ぶ手裏剣はまっすぐラリアに向かっていた。


「いたっ!」


 ラリアのおでこにコツンとぶつかる。

 ラリアは額を両手で押さえていたが……特にダメージはないらしい。刺さってもいない。ただ涙目になっているだけだった。


 短刀片手に殺到してくるキリーを俺は迎え討つ。


《ソードマスター・ジュージュツ・ムトウドリのスキルを発動しました》


《キリーはソードアート・ウラ・スクロールを発動しています》


 素早く小手返し。彼女は素早く受け身でいなし、これまた素早く淀みない動きで距離を取る。


「ラリア、戻ってこい!」

「はいです、あっ……?」


 ラリアがぐらつき、地面に手をついた。


「むむ…………!」

「ラリア、どうした!」

「力が、入らないです……」


 うずくまるラリア。俺は駆け寄ろうとしたが、


「皆の者! その童を捕らえてくだされ!」


 あっという間に山賊の1人がラリアを抱き抱え、


「ロス殿、動きめさるなッ! さもなくばラリア殿を……!」


 キリーが叫ぶと同時に、別の山賊がラリアの首筋に剣を突きつけた。


 山賊たちは、キリーとラリアの周りに集合していた。自分の背後をちらりと見てみると、捕まった村人が俺の後ろの位置にいる。

 その中にいた村長が言う。


「お嬢さんは、昼間我が家を訪ねてきた子じゃな! いったいなぜこんな真似を……仲間じゃったのか⁉︎ 山賊を引き込むために、人探しをしとるふりをしていたということか⁉︎」


 村長を見返すキリーの顔は歪んでいた。


「……拙者、けしてそのようなことのためにこの村を訪れたわけではありませぬ。拙者まことに、人を探して訪ねて参ったのです。しかし……ある意味では村長殿の言う通り。言い訳をするつもりはござりませぬ」


 俺は言った。


「ある意味……というのは、山賊の仲間であるという点か?」


 キリーは苦渋の表情で俺を睨むのみで答えない。そして、


「皆の者。お早く……この村を立ち去りましょう」


 山賊のリーダーに促した。


「この帽子の男はどうするのだ?」

「……置いて参るしかありませぬ。やむを得ぬ仕儀かと」


 リーダーは他の者に、気絶した仲間の解放と、略奪した物資の積み込みを命じた。

 俺は言った。


「待て! その荷物は置いて行け! 村の人の物だぞ!」

「動くな、帽子の男!」


 リーダーは、山賊の1人が捕らえているラリアに剣を突きつけ叫ぶ。ラリアは山賊の手の中で、「はわわ……」と震えている。


 人質を取られたロス・アラモス。

 万事休す。

 いかんともしがたかった。

 無敵のスキルも、こんな場合は何の役にも立たない。


《ウェイブスキャナーとサッキレーダーを併用しました。10時の方向》


 キリーとリーダーが睨んでくるところを正面から見返しながら、そんな俺の視界の左はしに動くものが見えている。


 上の方向。民家の藁ぶき屋根。松明の光は届かず暗がりになっている。


《サッキレーダーは友好な気配を感知》

 

 パンジャンドラムだ。

 藁葺き屋根の頂点の向こうに、赤い帽子が見え隠れしている。長い棒のような物をキリーたちに向け始めていた。


 ライフルだ。

 狙撃しようと言うのだ。


 当たるだろうか? 誰を狙うつもりだろうか。キリーか。リーダーか。ラリアを抱える山賊か。

 位置を考えるに、パンジャンドラムからはキリー、山賊、リーダーの順に見えているはずだ。そしておそらく、屋根の上から見下ろす角度的に、ラリアの姿はキリーの体で隠れて見えないはず。


 パンジャンドラムのライフルの先端が揺れている。

 山賊を狙うつもりと()た。銃口に迷いが見える。キリーの体が障害となり、山賊を1発必倒できるポイントが見つからないのだ。うっかりすればラリアに当たらないとも限らない。


 屋根上からライフルが引っ込むのが見えた。場所を移動するつもりらしい。

 やるなら早くしてほしいものだ。山賊たちはすでに物資を馬に積む作業を終えつつある。


 その時だった。


 俺を注視するキリーとリーダーの視線が、少し逸れた。

 俺の後方を見ている。同時に村人たちの声が聞こえた。


「おお、司祭様!」

「ワイルド司祭様!」


 俺は振り向く。

 ワイルド氏の長身がそこにあった。村人たちの間をすり抜け、俺のそばまでやって来た。


「ロス殿……」

「なぜここに?」

「あなた方が寝室にいなかったので外を見てみたら、村の方で青い光が跳ね回っていたので、何事かと思い……」


 ラリアのことだ。

 そのラリアは山賊に捕まっている。俺がそちらを向くと同時に、ワイルド氏もその事実に気づく。

 そして、


「無体な……!」


 ワイルド氏はキリーたちに歩み寄ろうとした。


「ワイルド氏、待つんだ!」


 引き止めようとした俺を、ワイルド氏は俺を手で制した。

 鷹揚な動きだった。武装した山賊に囲まれているというのに、少しも慌てたそぶりがない。


「お任せを……」


 そう言って山賊たちに向き直る。


「その子を離せ。このような狼藉、到底許されるものではない」

「司祭殿」リーダーが言った。「それ以上は近づくな。危害を加えたくない」

「愚か者ッ‼︎」


 ワイルド氏が突然一喝した。

 凄まじい大音声だった。

 物静かなワイルド氏に似合わぬ、怒りに満ちた叫び。リーダーもキリーも、ついでにラリアもびくりと跳ね上がった。

 そして彼はキリーに呼びかける。


「キリーよ……」

「司祭様、これにはわけが……」

「言うな! 村の収穫物を全て下ろし、即刻去れ!」


 俺は一同を見つめつつ周囲の民家の屋根に注意を払っていたが、少しばかりの違和感を覚え始めていた。


 ワイルド氏はキリーに話しているのだ。

 山賊のリーダーでもなく、ラリアを捕らえている男でもない。

 自分が宿を提供した初対面の少女を問いただすでもなく、一方的に命令していた。

 しかもその声音は、高圧的で、偉そうだった。

 偉そうに話すことに慣れている、そんな声音だった。


 山賊のリーダーが前に進み出た。


「司祭殿、下がっていてもらおう! 我らは何も、私利私欲のためにこのようなことをしているのではないのだ! 訳は話せないが……」


 ワイルド氏は厳かに言った。


「黙れドリアス団長。理由など聞いていない」


 名前を、だ。

 山賊のリーダーの名前を。

 リーダーの顔が驚愕に引きつった。


 するとワイルド氏は、胸元から何かを取り出すような仕草をした。

 俺や村人たちの位置からは彼の背中しか見えないが、胸元から取り出した何かを、リーダーたちに見せるような動きをしていた。


「なっ……バカなっ……⁉︎」


 リーダーが呻いた。キリーももう1人の男も、目をまん丸に開けて、ワイルド氏が掲げている何かを見つめて固まっている。


「山賊よ」ワイルド氏は言った。「こうしましょう。私を連れて行きなさい。私を誘拐し、チレムソー教会の……どこでもいい、首都フェリデールの教会にでも、身代金を要求するといいでしょう。その代わり、この村からは何1つ奪わないでいただきたい」


 先ほどと打って変わって、穏やかで慇懃な話し方に戻ったワイルド氏。


「否とは言わせないぞドリアス」


 やっぱり偉そうに念を押した。


 リーダーはかなり逡巡しているようだった。眉間のシワが只事ではない。キリーもうろたえたように、リーダーとワイルド氏を見比べている。


 その向こうの民家。

 屋根から赤い帽子が覗いた。

 パンジャンドラムがにょっこり顔を出す。


 目が合ったので、小さく首を横に振って見せた。

 様子がおかしいのだ。ここは成り行きを見守るべきかも知れない。ラリアが人質に取られている以上、迂闊な真似は避けるべきだ。


 リーダーはやっと、部下の1人に命じて縄を持ってこさせた。それでワイルド氏を縛るように言う。囁く声がかすかに聞こえた。


「……きつく縛るな。見せかけだけでいい」


 そして、部下はワイルド氏に駆け寄り、緊縛を始める。


「司祭様!」

「や、やめろぉ!」


 口々に叫ぶ村人に、ワイルド氏は振り返り、


「心配ありません。みなさん落ち着いて。全てはチレムソー様の御意志」


 と微笑んだ。


 



 


 

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