第五十一話 襲撃! 山賊の……えーと……山賊!
俺はパンジャンドラムに、今の状況をかいつまんで話した。
ラリアを連れてゴースラント大陸へ行こうとしていたこと。
賞金稼ぎギルドに登録し、カスパールなる人物を捜索していること。
これっぱかしの手がかりもないこと。
パンジャンドラムは「ふぅ〜ん……」と唸っていたが、こう尋ねてきた。
「タイバーンで何かあった?」
俺の目をじっと見てそう言った。
パンジャンドラムは、返ってくる答えがわかっているといった表情だった。
俺は初めて会った時の、彼の言葉を思い出す。
「君は言ったな。俺たち転生者は無敵じゃないと」
「……見たんだね。あのヤモリ」
「知っていたのか」
「もっと話す時間があったら、あの時忠告できたんだけど」
「パンジャンドラム、あれはいったい何だろう?」
ヤモリ。
ヌルチートだ。
タイバーンの女たちが俺にけしかけてきた、巨大で奇怪なヤモリ。
「さあ……俺もよくわからないんだ。スキルを封じるってことはわかるんだけど……」
パンジャンドラムは木に立てかけていた、長い棒状の物を抱き抱えた。
それはライフルのようだった。銃床。引き金。トリガーガード。スコープ状の物も、上部に取り付けられている。
「君はあれに……ヌルチートに遭遇したことは?」
「そういう名前なんだね。1度だけある」
「ひょっとして、その銃。洞窟でゴブリンが使っていたのも」
「うん。スキルが使えないことがわかって、対抗策がいると思って作ったんだ。やたらと燃えるファイアスライムってのがいるのを知って……」
パンジャンドラムはライフルを撫でる。見たところ、それなりに精巧にできているように見える。ライフルの銃床はフレームだけの枠組みになっていて、枠の中に小さな円筒形のタンクがついている。タンクからはホースのようなものが伸びていて、リュックサックにつながっている。おそらくリュックの中に、ファイアスライムのタンクがあるのだろう。
「ロス君、君はどうやって助かったの?」
俺はパンジャンドラムと別れた後の出来事を話した。
王宮における女たちの豹変。下水道。現れた奴隷商人。そしてラリア。
「あの、動物みたいな耳の生えた子?」
「そうだ。あの子がいなかったら今の俺はない」
「捕まって、廃人にされてたんだね。マジで危ないところだったみたいだね……」
パンジャンドラムはぶるりと震えた。
その言動に、俺は少し違和感を感じた。
「なぜ廃人になるとわかったんだろう?」
パンジャンドラムは俺の顔を見ると、ため息を1つついて言った。
「俺、実際そうなった奴を見たことある」
彼はライフルをかき抱いた。
虚空を見つめ、そのことを、情景を思い出そうとしているようだった。その表情はあくまで険しい。
「どこでだ?」
「ここよりもっと西の方。そいつも転生者って噂だった。俺がヤモ……ヌルチートに襲われたのはその時だった。たくさん女の子がいてさ。転生者をさ、大勢で、その……レイプしてた……」
目を伏せて、言いにくそうな声でそう話した。
それから沈黙した。
何か凄まじい出来事があったらしい。
パンジャンドラムの話は、一聴しただけではバカみたいな話に聞こえる。
だが俺の脳裏に蘇るタイバーンの女たちの微笑みが、それがジョークではないと俺に教えていた。
「……たぶんここの、サッカレーの転生者もそうだよ。ロス君見た?」
「ああ、タイバーン側の国境近くで1度。女に囲まれて、具合が悪そうだった」
「やっぱり……」
パンジャンドラムはぎゅっと目をつぶった。
その様を見ながら考える。
パンジャンドラムは、サッカレーの転生者を見たことがある。
そしてこのサッカレーよりも西で、転生者がヌルチートと女の犠牲になるところを目撃したという。
しかしここで、俺自身が遭遇した出来事を思い返した。
俺が出会ったヌルチートは、アナスタシア・サンボーンという女が個人的に研究していた召喚獣だという話だった。
極秘に研究されていて、ヌルチートの存在はあのタイバーンの女たちしか知らないということだ。
にも関わらず、パンジャンドラムはヌルチートを知っていて、タイバーンから離れた場所で接触もあったと言う。
「パンジャンドラム、聞きたいことがある。その君が見たヌルチートというのは、いったいどうやって……」
「しっ……!」
俺の言葉を鋭く遮り、パンジャンドラムは口に人差し指を当てた。
そして、村の方へ顔を向け、耳をピクピクうごめかせている。
「どうした?」
「……叫び声が聞こえる」
パンジャンドラムは荷物を抱えて駆け出した。俺もそれへ続く。
森のはし、教会の階段下辺りまで行くと、彼は双眼鏡を手に村の方を見ていた。
俺は裸眼ではあるが、《ナイトヴィジョン》のためある程度遠くの民家が見えてはいる。
その民家が密集した辺りに、小さく強い光が幾つか動いていた。
「パンジャンドラム、何が見える?」
「……馬に乗った男たち……武装してる、剣を持ってて……村の人たちを脅してるみたい……!」
俺の脳裏に単語が閃いた。
山賊。
地域の話題を独占する時の人が、ついにおいでなすったらしい。
「パンジャンドラム、待っててくれ。片付けてくる」
「あっ、俺も行くよ……あ、ヘルメットないんだった。ヤベ、袋も捨てちゃった」
森を飛び出し、教会と村をつなぐ小道に出る。
すると背後の階段の上から声がかけられた。
「マスター!」
「ロス殿、ここにいたでござるか、何やってるでござるか」
ラリアとキリーだ。俺を探しにきたらしい。
俺は森へ向けてパンジャンドラムへ出てこないよう手で示しつつ、階段上へ叫んだ。
「山賊だ! 君らはここにいろ! 俺は追い払ってくる!」
「マスター、ボクも行くです!」
ラリアが階段を駆け下りてきて左腕に納まる。
「キリー、君はワイルド氏と隠れていろ!」
そう言って、
《ウルトラスプリントのスキルが発動しました》
村へ駆け出した。
畑の間の小道を走り、景色を置き去りにし、民家へ急接近する。
近づくにつれ、山賊の姿が見えてきた。
馬に乗った複数の男たち。手には剣。革の鎧。髭面。俺は言った。
「やれやれ」
畑から民家の並ぶ辺りへ差し掛かった時、山賊の1人がこちらに気づいたか馬首を廻らせた。
「そこの奴、止まれッ!」
「止めてみろ」
《パウンドフォーパウンドのスキルが発動しました》
山賊は右手に剣を持っていた。俺は素早く奴の左手側に走り込み、脛を拳で強打する。
悲鳴を上げて落馬する山賊を尻目に村へ駆け込む。
中央の広場に村人たちが集められていた。
ずいぶん手際のいいことだ。早くも山賊たちは、民家や倉庫のような建物から食料品を運び出して、広場に集めている。それを馬の鞍に乗せる作業すらやっていた。
広場の山賊を数える。ざっと20人。村の外側に見張りも何人かいるだろう。大袈裟な数に思えるが、山賊とはそういうものだろうか。
「何者か!」
黒毛の馬に乗った男が誰何してきた。
他の山賊と比べると、心なしか立派な風采をしているように見えた。鎧の左肩に鳥の羽根を1つつけている。リーダーかも知れない。
俺は広場に座り込んでいる村人の中に長老がいるのを目に留めながら、リーダーらしき男に言った。
「誰でもいい。ところでもう夜中だ。走り回るのはやめて早く帰ってくれ。君たちは道路交通法及び村の迷惑条例に違反している」
「そうはいかんな。貴様も早くあちらの村人たちの輪に入って大人しくしているがいい。我らの目的はあくまで食料。抵抗しなければ危害を加えることはしない」
「その食料は村の人々が一生懸命作った作物だ。細心の注意を払い、クソの熟成にまで手を染めたんだぞ。それを楽して得ようとするなんて、君らの振る舞いは到底受け入れがたいものだ。遺憾の意を表明する」
「政治家のような口の利き方をするんだな。こちらの方でも、貴様の言い分を受け入れないと言ったら?」
「戦争は誰も望むところではないが、こちらは恐れはしない。君たちのような怠惰で堕落した卑劣漢は、無慈悲な圧倒的火力で炒められるだろう」
「小癪な、者共かかれッ!」
話し合いというのは素晴らしいものだ。人と人とが分かり合えないことを言い訳の利かない形で再確認させてくれる。号令一下、山賊たちが俺に殺到してきた。
敵は馬上。複数。
「行くぞーラリアー!」
「おーっ!」
《ツープラトンのスキルが発動しました》
俺はラリアを掲げ、投擲。
《カミカゼ・ブーメラン‼︎》
「あーっ!」
《山賊Aは気絶しています》
「あーっ!」
《山賊Bは気絶しています》
「あーっ!」
《山賊Cは気絶しています》
光弾と化し縦横無尽に飛び回るラリア。衣服を引き裂かれあられもない姿を晒し、次々と落馬していく山賊たち。
まだ無事な奴らは、俺たちを見て驚きの表情を浮かべている。その者たちも地に這うことになるのはもはや時間の問題だった。
《ソードマスター・サッキレーダーのスキルが発動しました。7時の方向》
「おのれ、死ねッ!」
視線だけで肩越しに振り返ると、背後から騎馬の山賊が剣を振りかざし突進してくるのが見えた。
《ウルトラスプリント・バーティカルが発動しました》
「とうっ!」
俺は気合とともに跳躍。軽く3メートルは舞い上がる。両腕を広げイエスキリストの如き姿で後方宙返り。眼下に、口をぽかんと開けて俺を見上げる山賊を捉えた。
「馬上の不利を知れ! ふんッ!」
その顔面に錐揉み回転しつつ拳を打ち込み、馬の背後に着地。山賊は馬上からどうと音を立てて落ちた。
「な、なんと華麗な拳……!」
「美しい……!」
「さては神では……」
村の人々が口々に何か言っていた。
「ええい、弓だ! 弓で射ろ!」
ラリアの猛追を避けつつ山賊の誰かが叫んだ。同時に荷運びの作業を放り捨てた徒歩の山賊が3人、素早い動きで並び、弓を構える。距離5メートル。
違和感を覚えた。奇妙なまでに整然とした動きだった。俺にその答えを与える暇も与えず、矢は射られた。
尖った殺意が俺の眼前に急速に迫る。
《パウンドフォーパウンド・パリィのスキルが発動しました》
「無駄なことはよすんだな」
3本の矢。全て眼前で掴み取った。
「なん……だと……」
「人間技じゃない……!」
「憧れる……」
ラリアが左腕に戻って来た。
まだ山賊は残っているが、飛行できる時間は決まっているらしい。
俺は手にした矢を放り捨て、再度ラリア投擲の構えを取る。
その前に。俺は念のため最終警告を行なった。
「……君たちには黙秘権と弁護士を呼ぶ権利が認められている。これから君たちが話す言葉は、法廷で不利な証言として記録される場合がある。つまり俺からアドバイスできることは、男らしく言い訳せずに、黙って武器を捨ててお縄につけということだ」
山賊たちはまだ落馬していないリーダーを囲み、うろたえた顔を見合わせていた。
彼らが逃げるなら別に追うつもりはない。別に無理して逮捕するつもりもない。だが犯罪者相手に譲歩の余地があることを示してやるのはあまりいいことのようには思えない。こちらが有利である時は妥協の姿勢を見せてはならない。ゼロか100か。選択に耐えられず自らの意思で逃げたという図式を、彼らの心に刻み込むべきだろう。
「早くしてくれないか。俺は早く君たちのケツの穴の感触を知りたくてたまらないんだ……!」
「ひっ……!」
リーダーの隣にいる者が悲鳴をあげた。リーダーはさすがに引きつった顔を見せるのみで無言だったが。いずれにせよ犯罪者と戦う時は、犯罪者よりも犯罪者めいて振る舞うのが効果的だ。そうものの本に書いてあった。
山賊たちが手にする松明。その光に、リーダーのこめかみに伝う汗がきらめいたのが見えた。
決断の時だった。
その時。
《ソードマスター・サッキレーダーが発動しました。6時の方向》
まだいるのか。俺は振り向いた。
その方向には誰もいなかった。
《サッキレーダー、12時の方向》
そこには誰もいない。
ただ俺の影が伸びるだけ。
しかしその影から何かが飛び出した。
短刀が俺の喉元に迫った。




