第四十九話 ベッドイン! ロス・アラモス!
前回までのあらすじ
ミステリアスな冒険者かつタフな賞金稼ぎのロス・アラモスは野菜を食べていた。
そして今も食べている。
「転生者はこの国の王だと聞いたが……」
みずみずしい緑野菜的な何かを咀嚼して飲み込んだ後、俺は尋ねた。
「話を聞くと、王はもともと農民、そして商人だったということか? そういう身分の者が王族になるのは、サッカレーではよくあることなんだろうか」
ワイルド氏の手が止まる。
しくじったか、そう思った。黙って食べたいタイプだったか。食卓を囲む暖かい団欒など糞食らえだと。
代わりにキリーが答えた。
「転生者様は、成長して学校へ通うようになった時、冒険者ランクの査定を受けたのでござる」
答えてくれたのはいいが、ずいぶんと話が飛んだように思われた。
「学校で? 冒険者ランクを?」
「冒険者を育成する学校でござる。サッカレーの先代の王様が、エンシェントドラゴンを討伐する、Sランク戦士を育成するための学校でござるよ」
エンシェントドラゴン。
何だか久しぶりに聞いた名のような気がする。俺がこの世界へ転生して初日の晩に戦った、蜘蛛の化け物だ。世界各地に出没し、その討伐には超常的な力を持つ冒険者が必要となる。その冒険者を探すための機関が冒険者ギルドだと聞いたことはあるが……。
ここサッカレーではSランクの冒険者が現れるのをぼんやり待つのではなく、国を挙げて育てようとしたというわけか。
「先代の王はもののわかった男のようだな」
「?」
「俺の国では、どんな社会問題もある日突然救世主が現れて、自分たちが何も努力しなくても解決してもらえると考えている、そんな奴ばかりが暮らしていた」
「タイバーンのことでござるか? タイバーン王は娘を溺愛してるぼんやり者だと聞いたことがあるでござる」
「私は温厚な人物だと聞いたことがありますね。有能な大臣を見出し活用している、見かけよりは優秀なお方だと」
俺が言っているのは日本のことだ。必要な人材は先を見越して育成すればいいものを、手間を惜しむため泥棒を捕まえてから縄をなうようなことをしていた。いや、それどころか育成の仕方をそもそもよくわかっていないような節があった。水を飲ませずウサギ跳びさせていれば、天才IT起業家を量産でき経済を上向きにできると、なかば本気で信じていたようだった。
俺の両親も例にもれなかった。
ただ勉強しなさいと魔法の呪文を発すれば、子供の脳が活性化すると信じていたカルト信者だったことを思い出す。
みんな、そうだった。
説明と指示の区別のつかない、不思議な人々の暮らす島だった。
「ロス殿、いかがしました? 手が止まっているようですが」
「何でもない。続けてくれ」
俺はフォークを動かした。カルテルのフォーク。
「それで、転生者様は無数のSSSSSSランクの……」
「SSSSSSSSSSSランクではありませんでしたか?」
「え? えーっと、えー……まあとにかく、エンシェントドラゴンを討伐する能力を持つとみなされた転生者様は、先代王に王宮へ招かれ、国を守る英雄として働いて欲しいと頼まれたのでござる」
俺は訊いた。
「その時点で彼は転生者だと知られていたのか?」
「え? いいえ。ただ薄々はそうじゃないかと考えている人はいたようでござるが」
「続けて」
「その後しばらくは、転生者様は学生冒険者として、クエストをこなしていたのでござるが……ここからが面白いところでござる!」
その後のキリーの話はあまり興味を惹かれなかった。
冒険者学校で出会った、全校生徒の憧れの的である学校一の美少女と恋に落ち、数々の困難なクエストを共に手を取り合って乗り越え、そのうち山からエンシェントドラゴンが現れ、瞬殺し、王になった。
それだけだ。
キリーはそれを、熱っぽく語っていた。
ワイルド氏はその間、時折俺の顔を盗み見るようにしていた。ひょっとしたら俺がつまらなさそうな顔をしているように見えているからかも知れない。
俺が本当にそんな顔をしていたとしたら、それは子供達を興奮の坩堝に叩き込むロマンチックな英雄譚の結末に、予想がついていたからだろう。
あの死人のようにやつれた、サッカレーの転生者。
キリーは語り終え、はーっとため息をついた。
「素敵にござるなー……いつか拙者も、転生者様のような素晴らしいお方とそのような恋を……」
上気した顔でそんなことを言いながら……ふと俺と目が合った。俺はむせた。
「ロス殿、大丈夫ですか⁉︎」
「い、いかがなされたでござるか」
「だ、大丈夫だ、問題な、い」
俺はナプキンで口をぬぐい、息を整える。
「ふー……それで」
「何でござるか」
「転生者は王となったわけだが、先代の王はどうなったんだ」
俺の頭に、タイバーンの王の姿が浮かんでいた。俺にタイバーン王位を譲ると言ったが、俺が転生者と知り心変わりし、直後娘に刺された男。
キリーは言った。
「亡くなられたでござるよ。処刑されたでござる」
ワイルド氏が空の皿を持って席を立った。
食事を済ませた俺とラリア、キリーは、寝室へと戻った。
消化のためかすでにウトウトし始めていたラリアを、俺は抱き上げて寝室へ行くことになった。
奥側のベッドの1つに寝かせる。上からシーツをかぶせてやると、ラリアは寝息を立て始めた。
ベッドとベッドの間に置かれた、テーブルの燭台に照らされるラリアの寝顔をわきにしゃがんで眺めながら、とんだ足止めを食ったと考える。
ラリアの故郷ゴースラント大陸へ渡る旅費を稼ぐためとはいえ、仕事は厄介な状況となりつつあった。
明日から、どこにいるとも知れぬカスパールなる男を探して、地域の村々を歩いて回ることになるだろう。
安請け合いをした。
そう考えた。
キリーの兄たるカスパールを、見つけるまで付き合うと言ってしまったのだ。
いつまで探し続けることになるだろうか。
キリーはもう2年も捜索を続けているが、それでも見つからないと言う。
もし……見つからなかったらどうすべきか。
いるとわかっている者を探すことはできる。だがいない者を探すことはできない。しかもそれがもし、いないということを知らないまま探し続けたとしたら?
カスパールがどこかで野垂れ死んでいて、それが誰にも見つからない場所で、死体も狼とか野犬に食べられ、残っていないとしたら?
そしたら俺はいつ、もうこの辺で、俺はもう十分やっただろう、君には悪いが俺にも用事があるんだ、とキリーに切り出すつもりなのだろうか。
「かわいい寝顔でござるな」
ふと気づくと、キリーが俺の隣にしゃがみ込んでいた。
彼女は団子状だった髪を解いて、自然に垂らしている。片手にはブラシを持っていた。
「ロス殿、じーって覗き込んでたでござるよ」
「……鼻水でも出てないかと思ってな」
キリーはくすりと笑うと、
「2人は仲がいいでござるな。主人と奴隷と聞きましたが、なんだか兄妹のようでござる」
と言って、ラリアの寝顔に目をやる。
自分の隣に、寝る前に髪を解いた無防備な女子中学生がいるという奇妙な事実に思いを馳せつつ、俺は言った。
「君の兄も、君の鼻水をチェックしたりしていたのか?」
「まさか。あの方は、どちらかと言えば勉学に忙しく、あまりかまってもらえなかったでござる」
「寂しかった、ということか」
「そうでもないでござる。自然なことでござったから」
足が疲れてきたので、俺はラリアのベッドの隣、部屋の入り口側のベッドに腰掛けた。すると、キリーもそれに倣って、俺の隣に座ってきた。
「兄さんはどうしていなくなったんだろう?」
キリーはうつむいて、しばらく答えなかった。やがてぽつりと、
「……わからないのでござる」
と答えた。
「両親が亡くなったあと、突然いなくなったでござる。拙者は近所を探したのですが、見つからず……」
「誘拐されたという線は?」
「……書き置きが残ってたでござる。探さないで欲しいと」
うつむくキリーの、蝋燭に照らされたふっくらとした頬。
それを眺めながら、カスパールという男はとんでもない男らしいと考える。
両親が死んだというのに年若い妹を置いて、何が気にくわないのか逐電したというわけだ。
しかもそれは2年前のことだから、キリーが13歳の頃ということになる。
「何かそうなるような前兆があったのだろうか? 様子がおかしかったとか」
「……家業を継ぎたくない、と漏らしたことがあったでござる」
「ご両親の家業は」
「拙者らは農民でござった。畑を受け継ぎたくないと」
「では農地は……」
「人手に渡り申した」
「その間、君はどうやって生活を?」
「……村の方々が、ご親切にも面倒をみてくださって……」
呆れた男だ。生かしてはおけぬ。
収入ゼロの13歳が保護者と離れれば何が起こるか、想像がつかないのだろうか。村の人々がイエスキリストばりの聖者ばかりだったから事無きを得たようなものの、場合によっては、腹を空かせてさまよう少女が、悪い男に、それは例えば42歳ぐらいの、頭も禿げたりとかしている、低俗な男に密室へと連れ込まれ、ベッドの上に2人きりとかいうことになるかも知れないとは考えなかったのか。弱みにつけ込み、親切なふりをして、その実若い体を狙っている、そんなハゲの可能性を。
「この2年、兄を探す費用も、村の人々が立て替えてくださったでござる。みなさん、お金を出し合ってくれて……」
もうカスパールなんて必要ないんじゃないかと思い始めてきた。そこまで奇特な人々に守られていたなら、そんなアウトドアニートなど放っておけばよかったと。口に出そうとしてしまったが、それを呑み込む。
「……みなさん、兄を必要としていたでござる。いつも村の人々みんなの暮らしを想い、勤勉だった兄を。だからみなさん、お金を惜しむことなく……」
俺は鼻白むような思いで黙って聞いていた。
が、キリーの肩が震えているのに気づいた。
太ももの辺りの裾を、両の拳で握りしめている。
そうかと思えばだ。
突然俺にすがりついてきた。
「拙者、怖いのでござる! もし、もしこのまま、兄が見つからなかったとしたら……。拙者は、拙者はどうすれば……」
俺は、冬場に水道の蛇口から流れる静電気に警戒するような動きで、彼女の肩に触れた。温かい。
「……兄さんは必ず見つかる」
「……本当でござろうか? なぜそう言い切れるでござるか?」
「答えは簡単だ。君にはロス・アラモスがついているからだ」
俺は極めて論理的な答えを返しつつ、キリーをベッドに横たえた。
そしてラリアと同じようにシーツをかけてやり、言った。
「眠ることだ。不安なんてものは、しょせん脳が疲れた時に見せるまやかしだ。1度頭をリセットするといい。明日また考えよう」
俺は立ち上がった。立ち上がる瞬間素早くキリーに背を向ける。そのままベッドを避けて、部屋の出口へ向かう。
「ロス殿……どちらへ?」
「月の軌道を観察してくる。日課なんだ」
そう言ってドアノブに手をかけた。
その時、キリーが呟いた。誰にともなく、囁くように。
「…………なぜでござろうか。あれほど優しく、真面目だった兄が。なぜみなを……村を捨てて、行ってしまわれたのでござろうか……」
俺は振り返る。彼女は天井を見つめていた。
独り言に返事をするのはマナー違反だ。ドアノブを捻り……やはり言った。
「男という者は、時に何もかもを投げ出したくなる時があるものだ。それがいつで、投げ出すものが何で、そして本当にそうするかどうかは、その男によるがな」
俺はドアを開き廊下に出て、後手に閉めた。
窓から漏れる月明かりだけが廊下の照明だった。
ふと盛り上がった股間に目をやり、
「………………我ながらデカイな…………」
そう呟いて、外へ向かった。




