第四十八話 転生者とフォークマフィア
ワイルド氏が俺に見せたフォーク……今俺自身も握っている物もそうだが、見たところ、ただのフォークだった。
ステンレス製ではなく木製という以外、これといって特別なところはない。
「転生者という存在は、我々の知らない様々な知識を持っていることが多いそうです。このフォークという器具は、我がサッカレーの転生者が4歳の折に発明したと言われています」
「フォークならタイバーンにもあった」
「ええ。わりと便利ですからね。真似て作るのも簡単ですし、大陸の広い地域に普及しているようです」
ワイルド氏はフォークをトマトに突き刺した。
そういえば、ヨーロッパにフォークという器具が普及したのは14世紀ぐらいからだと聞いたことがある。
フォークそのものは古代ギリシャでも、古代ローマでも、古代中国でも、ありはしたらしい。しかしヨーロッパ、特に南欧以外は妙に断絶があり、普及したのはその年代辺りだったと。
イギリスにいたっては、16世紀までは「なんでフランス人って熊手で食事してんのwww」と嘲笑していたほどだったという。
「手軽な発明だな」
「簡単な物に見えますが、思いつくのは誰にでもできるものではありませんからね。転生者はこのフォークの商標というものを取って、財を築いたそうです」
「商標……があるのか?」
商標が発明されたのはいつ頃だったか。思い出そうと記憶をたどる。思い出した。思い出す以前に最初から俺にそんな知識はなかったということを。
「ええ。当初転生者は、フォークを手売りしていたのです。しかし便利なカトラリーを真似る者が出てきて、すぐに利益は横取りされるようになっていったようです」
「だが財を築いたと言っていなかっただろうか?」
俺がそう尋ねると、ワイルド氏はそれに答えようとした。しかしそれより早く、キリーが返事をした。
「転生者殿は商工ギルドに働きかけて、商標権というものを作らせたのでござるよ。発明した人の利益を守り、ニセモノが売れなくなるように」
彼女は腹に物が入って元気が出てきたらしい。ワイルド氏が引き取った。
「商工ギルドはそのアイディアにすぐに飛びつきました。誰かが新しい何かを作っても、それを真似られれば自分の物は売れなくなる。特に、模倣した側がオリジナルより値段を下げてしまえば。
真似ることに制限がなければ、みなこぞって流行りの発明品を模倣し、自分もひと旗挙げようと考えます。そして自分だけが儲けようと、よそより値段を下げ、他の者もまた負けじと値段を下げ、ゆくゆくは……」
「価格崩壊か。結局利益が出ないところまで値が下がり、儲けにならないから全員が手を引く。売る者がいなくなり、製品も市場から姿を消す。消費が起こらず、景気が悪化。国は衰退する……」
「……お若く見えるのに、よくご存知ですね。賞金稼ぎをやっているそうですが、どこかの教育機関などで勉学を? タイバーンにそのような教育機関がありましたっけか……」
「………………ただの論理的思考というやつだ」
俺は頭の中に中華人民共和国を思い浮かべていただけだった。
中国があれだけのポテンシャルを持ちながら近年までうだつが上がらなかったのは、知的財産という概念を理解していないからだという話を、昔テレビで学者がしていたのを思い出したのだ。
AのアイディアをBがパクり、Aより値段を下げて売る。それを見たCがその売り方そのものをパクる。そして、誰も儲けられなくなる。
もっとも俺がその話を聞いたのはもうずっと昔のこと、中国が経済成長する前のことだ。学者が例に引いたのは、当時中国で大流行していた毛生え薬の商品だった。日本でもあれだけ話題になっていたのに、急に噂が聞こえなくなったのはそういう理由があったのかと、妙に納得したものだ。
どうやらサッカレーの転生者は、少なくともだが、俗に言う西側の人間のようだ。資本主義の犬。他人と競争するのではなく、権益を独占することで活路を見出す、唾棄すべきブルジョワ。
「サッカレーは、商標権の制度を導入する前はどうやって権益を守っていたんだろう?」
ワイルド氏は皿に視線を落とした。長い睫毛が瞳を隠す。
「……以前は商工ギルドが、流通を仕切っていたのです。ギルドはそれぞれ家具だとか、衣服だとか、様々な部門に分かれています。もちろんその中にも食器などのカトラリー部門も含まれています。生産者の利益はギルドが守っていたのですが……」
ワイルド氏が話したことはこうだった。
サッカレーの都市では基本的に、商工ギルドに所属していないモグリのビジネスマンは地味な嫌がらせを受けるものだ。逆に所属していさえすれば、様々な恩恵にあずかれる。
だからたいていの者たちは、ギルドに挨拶をしてから商売を始める。
転生者とその父が、それを知らずにフォークの手売りを始めた。田舎の貧しい農村に生まれた転生者とその親子は、都市部のビジネスルールを理解していなかったそうだ。
街角の露店に並べられたフォークは、転生者の宣伝アイディアも相まって、徐々に売れ始めた。
そうすると、柳の下のドジョウを狙う者も現れてくる。幸い転生者親子はギルドに所属していない。そのため、転生者フォークを模倣する者が続出しだした。
ワイルド氏は、そこまではまだ田舎の親子のちょっとした失敗で済んでいたという。都会の洗礼を受けたと。
だがフォークの利益を独占しようとする暴力的なフォークマフィアが誕生し、発明者である転生者親子を力づくで排除しようとしたのだ。
「どうなった?」
「……その時、転生者の恐るべきスキルが目覚めたのです」
かいつまんで言うと、フォークマフィアは乗っ取られたらしい。
当時5歳の転生者に。転生者特有の、圧倒的なスキルの暴力によってだ。
転生者をボスとして戴きフォークカルテルとなったマフィアはしばらく地道にフォークを売っていたが、商工ギルドからクレームが入った。
転生者はフォークの商標権を認めることを条件にフォークカルテルを解体。
転生者親子はひと財産を築き、いつまでも平和に暮らしました、どっとはらい、というわけだった。
そこまで話して、ワイルド氏は再び野菜を食べ始めた。
俺は少し、台所を見回した。
狭い台所。宵闇に反抗するのは一本の蝋燭だけ。
ワイルド氏はいつもこの狭い空間で、独り食事を摂っていたのだろうか。
俺は質問を続けることにした。




