第四十七話 スコーウェルの晩餐
「ロス殿、何かわかり申したか?」
「うんちは薄めた方がいいということがわかった」
「?」
「いや、何もわからなかった」
「そちらのお方は……」
キリーが俺の隣に立ち、ワイルド氏を見上げる。
「村の司祭、ワイルド氏だ。やはりこちらも、君の兄さんの噂は聞いたことがないと」
ワイルド氏は俺たちに少し背を向けるようにしながら立っていたが、キリーに会釈をする。
そして、「それでは私はこれで……」と立ち去る。
俺は空を見上げた。
正午をだいぶ過ぎたようで、空は赤みがかった紫色になりつつあった。収穫はない。これからどうすべきか。
キリーに目をやると、去りゆくワイルド氏の広い背中を見つめている。
見ればたしかに、高身長のワイルド氏は背中からしてイケメンオーラが出ていた。フード付きのローブと、どこか影のある雰囲気と相まって、他人の家の壁を登る殺し屋のゲームのような佇まい。
やはり女の子はああいった感じの、シャープかつタフな高身長男子に目を奪われるものだろうか。ワイルド氏は知的な人物でもあるようだし……。
キリーが呟いた。
「……兄様…………?」
ワイルド氏が立ち止まった。少しこちらを振り返るように、畑の方へ顔を向ける。
「あ、あの! あなたは兄様では……⁉︎」
キリーは駆け出し、ワイルド氏を追った。
「お顔を! お顔を見せてください!」
ワイルド氏は斜に構えた体勢でキリーを見下ろしていた。そして無言のまま、静かにフードを脱いだ。
「あ……違う……」
そこにあったのは、厳しいシワの刻まれた、壮年の男の顔だった。
ワイルド氏は言った。
「……あなたはロス殿のお話にあった、カスパールさんという方の妹君ですね? カスパールさんは20代の若者と聞きました。しかし私は見ての通り……」
そして、再びフードをかぶる。
キリーは「……失礼つかまっった……」とか細い声で呟き、顔をうつむかせた。それきり、何も言わない。
「……お嬢さん」ワイルド氏が言った。「そのカスパールさんという人物……どのぐらい探しているのですか?」
「……2年になり申す……」
「おそらく、その目撃情報は古いものと思われます。この村を探しても見つからないでしょう。諦めた方がよろしいかと」
キリーを静かに見下ろすワイルド氏。なぜか彼は素っ気なく断言した。
「ミスタ・ワイルド」俺は言った。「ここら辺には、他に村があるだろうか? あればそちらも訪ねたいが」
「あるにはありますが」
ワイルド氏は空を見上げた。
「……なにぶんこの辺りは辺鄙なところですから……今から歩けば、たどり着く前に日が暮れるでしょう」
何か問題が……と言おうとしてやめる。この世界には街道に街灯がない。暗すぎて夜道など歩けたものではないのは想像がついた。俺には《ナイトヴィジョン》があるし、ラリアは俺の腕に掴まっていればいいが、キリーはそうはいかないだろう。
「一度ラーデールに戻るか?」
キリーは顔を上げたが、その表情は暗い。
すると、彼女をじっと見下ろしていたワイルド氏がこう切り出した。
「ラーデールへ戻るとしても、やはり夜になるでしょう。どこか、泊まるあてがおありで?」
「いいや」
「では、当教会へお泊りにられてはいかが? 夜が明けたら、隣村へ向かう。よその村はここよりも、ラーデールから遠い。二度手間になるでしょう」
俺はキリーを見下ろした。
「どうする?」
キリーは俺とワイルド氏の顔を見比べていたが、やがて小さく、首を縦に振った。
教会は森の小道から入り、階段を登ったところにあった。
小さな教会が、三方を森に圧迫されるように囲まれている姿は、俺にどことなく日本の神社を連想させた。無欲にして静謐。宗教施設というものはこうでなくてはならない。
教会の中へお邪魔する。
壁、柱、床、どれも古ぼけていて、年季が入っていた。
俺、ラリア、キリーは教会奥の居住区に案内された。
その居住区の部屋の1つをあてがわれる。
「本来、チレムソー教の僧侶が寝泊まりする部屋ですが、この教会は今は私1人。遠慮なくお使いください」
ワイルド氏が部屋のドアを開けてそう言った。
中に入ると、それほど広くはない質素な空間に、ベッドが4つ。部屋の左右に2つずつ並べられている。部屋の奥には窓がある。
床には埃1つなく、窓も磨かれていて、外の森の木々がよく見えた。辺鄙な田舎の教会に住人は1人しかいないながらも、手入れの行き届いたこの場所からは、ワイルド氏の丁寧な人柄が垣間見えるような気がした。
日が沈んだ頃、ワイルド氏は俺たち客人に夕食をふるまってくれた。
教会備え付けの台所で、俺たちはテーブルを囲んだ。かまどのある台所の中央に置かれたテーブル。それを4人で囲む。テーブルの真ん中には蝋燭が1本、ひっそりと部屋を照らす。
料理は野菜が中心。量は少なかった。
「村の者たちが、畑で採れた野菜を届けてくれるのです。若いお2人には、物足りないと思われるかも知れませんがご容赦を」
「いえ、そのような。ありがたくいただくでござる」
「腹一杯になるのは胃に負担をかけて、意外に健康に悪い。不満はない」
「ボクお野菜大好きです」
俺はラリアの前に置かれた皿を摘んだ。
《ザ・サバイバーのスキルが発動しました》
そんな俺の動作を、キリーとワイルド氏は不思議そうに見ていたが、
「いただきまーす!」
ラリアが元気よく言ったので、食事を開始した。
しばらく、無言の時間が続いた。聞こえるのは、食器と木製のフォークが接触する音だけ。
ワイルド氏は中々に寡黙な男だった。黙々と静かに野菜を口に運んでいる。
キリーは浮かない顔だった。何も野菜が不味いわけではないだろうことは想像がつく。瑞々しく、甘い野菜なのだ。
何か、喋らなければならないような気がした。他人と一緒にいながら一言も言葉を発さないゲームにかけては俺はトッププレイヤーの自信がある。だが年端もいかない少女がもそもそと野菜をかじる様を見ていると、いい歳していつまでもゲームにうつつを抜かしていることは、大人として褒められたふるまいではないという気持ちになってくる。
俺は言った。
「このサッカレーという国には転生者という人物がいると聞いたが、どんな人物なんだろう?」
キリーとワイルド氏は2人揃って、フォークを動かす手を止めた。それを見て俺も思わず手を止める。うごかしているのはラリアだけだ。
「……俺は最近タイバーンから来たんだが、転生者というものを見たことがなくて……」
ワイルド氏が、フォークの先を上に向けて持ち、俺に見せた。
「これは、転生者が発明した物です」




