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第四十六話 教会のワイルド氏


 最高にクールに決めたロス・アラモスは、キリーと手分けをして村人に対する聞き込み調査を開始した。


「ここはスコーウェルの村です」


「こんにちは、よそ者さん」


「恵みの雨はまだか……」


「農業一筋30年!」


「こんにちは、よそ者さん」




 畑の間の小道をラリアと歩く。太陽はSUNSUNと降り注ぎ、村はどこまでも牧歌的だった。病んだ大都会では道行く人々はみな素っ気なく、何かを尋ねても無視されるだけだった。いつもみな、どこかへ急いでいた。それと比べればこの異世界のスコーウェルの人々は温かく、人と人とのふれ合いを大切にしていた。話しかければ返事をしてくれる。古き、良き時代。

 俺は立ち止まった。


「ラリア。今までに得られた情報を整理しよう」

「はいです」

「ここはスコーウェルの村で、俺たちはよそ者。ここのところ晴天が続いていて、農業を極めし者がいて、そして俺たちはよそ者。間違いないか?」

「フガガー、スピー、って言ってた人が抜けてるです」

「あの目を開けて立ったまま寝てた奴か」

「はいです」

「よし」


 俺たちはまた歩き始めた。


 キリーの前で格好つけたまではよかったが、文字通り話にならなかった。

 とにかく人々は1つの決まったことしか喋らない。カスパールもへったくれもなかった。世間話すらままならない。


 畑に目をやる。何やら緑色の植物が等間隔に列を作って並んでいる。何の野菜かもわからなかった。それほど大きな草でもない。

 そんな畑がずっと続き、その間に藁葺き屋根の民家が幾つか見える。そのずっと向こうには山脈がそびえ立っていた。


 前方に目を戻すと、麦わら帽子をかぶった中年男性が、畑の道に腰掛けて休んでいるのが見えた。

 ラリアがそちらへ駆け出していく。あの中年男性にも尋ねるつもりらしい。まったく働き者だ。


「おじさん、こんにちは」

「いやー、教会の司祭様のおかげで、畑が息を吹き返したずら。これで冬を越せるずら」

「カスパールっていう男の人を知らないですか?」

「いやー、教会の司祭様のおかげで、畑が息を吹き返したずら。これで冬を越せるずら」


 ラリアに追いつくと、ラリアは頬を膨らませこちらを振り返った。

 俺は首を振って見せてから、農夫を見下ろした。

 彼は腰掛けたまま虚空を見つめていた。


 前方に視線を戻す。道の奥には小山があり、突き当たりとなっている。そこから左右へ道が分かれているのが見えた。


 その突き当たりの森、木々の葉の上部から、何かが突き出しているのが見えた。

 丸い枠の中にYの字のオブジェ。

 タイバーンで見たことがある。チレムソーとかいう神を祀る教会のシンボルだ。


 どうもこの小道をずっと行けば、あの森の中にある教会へたどり着くようだ。腰掛けている農夫が先ほど言った、教会の司祭が何とやらというのはあれのことだろう。


 司祭のおかげで、畑が息を吹き返したと農夫は言っていた。

 どういう意味かと尋ねようかと考え、思い直してやめる。どうせ同じだ。

 直接行って確かめようかと考え、思い直す。


 タイバーンの錯乱した聖女から受けたカルトアタックの記憶が呼び起こされたためだ。


 これからどうすべきか考えをまとめることができず、しばし立ちすくんでいると、森の小道に何者かの姿が現れた。


 白いローブ。フードをまぶかにかぶっている。その人物は教会のある森から現れると、近くの畑にしゃがみ込み、野菜を眺めている。


「ラリア、行くぞ」

「はいです」


 俺たちは白いローブの人物のもとへ歩いた。

 ダメでもともと、あの人物にも尋ねてみよう。そういう気になったのは、遠目に見たその人物の体格が、男のそれだったからだった。


 ローブの男はしゃがんで野菜の葉を手に取り、表を見たり、少し裏返したり、熱心に眺めている。


「失礼。尋ねたいことがある」

「……何でしょうか」


 男がしゃがんだまま俺を見上げた。

 フードをまぶかにかぶっていたせいで、目元は黒い影になりよく見えなかった。だが、まばらに生えた無精髭と、口元のシワを見るに、40代後半のように見える。


 ふと、カスパールは20代前半だったという情報を思い出した。そういえばキリーは彼の捜索を開始して2年が経過したと言っていた。カスパールの失踪時の年齢はたしか21歳。では今は、23歳ということでいいのだろうか。


「……あの、何か?」


 男が枯れた声で尋ねてきた。

 尋ねてきたのだ。バリエーションの多い言語を操る男だった。俺はラリアと顔を見合わせた。そして向き直り要件を切り出した。


「カスパール・パーラインという人物を探している。年齢は20代前半。茶色い髪の男だ。スコーウェル近辺で目撃されたという情報を聞いて、村を訪ねた。何か心当たりはないだろうか?」


 男はしばらく何も言わなかったが、やがて立ち上がった。


「私はこのスコーウェルの村で司祭をさせていただいている、ワイルドという者です。失礼ですが、あなたはどういったお方で……?」


 司祭、ワイルド氏は背の高い男だった。ローブから長い金髪がこぼれて、日の光を跳ね返していた。一見屈強だが、佇まいは静か。声には、年相応の威厳と気品が覗いていた。


「俺はロス。ロス……アラモスという者だ。賞金稼ぎギルドのメンバーだ」

「賞金、稼ぎ」

「カスパールという人物の捜索依頼があって、探している」

「…………して、なにゆえ?」


 えらく質問を質問で返す男だと思った。他の村人と比べ語彙こそ豊富だが、結論が遠いのには変わらない。

 だがそういうものかも知れないと思い直す。平和な村に賞金稼ぎなる不穏な仕事を生業にする者が現れ、誰かを探している。その誰かはお尋ね者と相場は決まっていて、その危険な犯罪者が村にいるかも知れないのだ。警戒心も働くだろう。


「カスパールの妹が彼を探している。唯一の肉親だそうで、俺はその子の手伝いをしている。俺はあくまでいるかいないかを確認するだけの仕事だったんだが、成り行きでね」


 それから長い沈黙があった。

 ワイルド氏は首から下げた金色の、チレムソーのシンボルを指でいじりながら、記憶をたどるようなそぶりを見せていたが、やがて、


「申し訳ない。お力にはなれませんね。この村の方々はよく教会に来られますが、そういった名のお方は存じ上げません」

「風の噂には?」

「聞いていません」


 ワイルド氏はそう言うと、大きな体をうずくまらせ、野菜をいじる作業に戻った。

 

 俺は、今来た道を振り返った。

 さっきの農夫が相変わらず座っているのが見えた。俺は向き直り、


「もう少し訊いても? 作業の邪魔になるというのであればもう行くが」

「私で答えられることであれば」

「さっきあそこの農夫が、司祭のおかげで畑が息を吹き返したと言っていた。何かそういう魔法があるのだろうか?」


 俺はワイルド氏の隣にしゃがみ込み、野菜を眺めながらそう尋ねた。

 俺自身、前世の学校で、人類と大地の飽くなき死闘の歴史を聞かされてきた。この世界には魔法がある。ひょっとして俺の世界では成し得ない、画期的な農業技術、いや魔術があるのだろうか。


 しかしワイルド氏は俺の質問に対して控えめに吹き出した。


「そのようなものはありませんよ。命を操る法など、魔術にもチレムソー様の教えにもありません。もしあるとしたら、畏れおおいことです。他者の命脈を左右するなど……」


 ワイルド氏は微笑みを浮かべそう言った。

 俺は、畑の植物を自在に成長させる魔法があるのかと思ったのだ。そんなものがあれば、かつて失われた俺の髪も復活せしめる可能性があるかも知れないと考えたのだが……。


「む……たしかに、恐るべきことだ」


 俺は思わず唸った。そもそも前世の肉体は髪どころか首の骨まで滅んでいたのだった。それを復活させるとなれば只事ではない。

 いや……唸ったのはそれが理由ではない。

 なぜ俺は今、髪を復活させようなどと思ったのだろうか。仮にそんな魔法があったとしたら、その魔法を覚えて、元の世界に帰ろうとでもいうのだろうか。

 あの全てが用意されていて、何も与えられなかった世界に。


「ただの、ごく一般的な農業技術ですよ。畑に肥料を撒いただけ。それだけです」


 俺の思考を遮りワイルド氏が言った。


「肥料?」

「ええ」


 ワイルド氏は、森に沿って伸びる小道の向こうを指差した。

 そこに目をやると、道の脇に、木の棒で斜めに立て掛けられた板があるのが遠目に見えた。


「肥溜めです」

「肥溜め」

「ええ。あの板の陰に肥壺があります。村の人々の糞尿を集め、あそこで発酵させているのです」


 肥溜め。ずいぶん江戸チックな話だった。あの、うららかな日差しに照らされ、蝶々なんかが舞っている辺り、陽光を避ける板の下に、恐るべき地獄が隠れているというのか。


「たしかに、シンプルだ。それが原因で畑が息を吹き返したと言うにしては。以前は相当厳しい状況にあったらしい」

「ええ。私がこの村にやって来た時、畑はひどい有様でした。作物は枯れ、村は困窮状態にありました。この村の人たちは、糞尿を直接畑に撒いていたのです」


 俺はワイルド氏の横顔に目をやった。


「それが何か問題でも?」


 ワイルド氏は少し俺を振り返るような動きを見せたが、再び野菜に目をやり、


「人糞を肥料とすることはたしかに正しい手法ではあります。しかし人糞を直接撒くのは、植物には刺激が強すぎるのです。根腐れを起こしてしまいます。本来であれば、ああして肥壺の中に溜め、時間を置くことで発酵させないといけないのです。撒く際にも水で薄める必要があります。しかし……」

「村の者はそれを知らなかったというわけか」

「ええ。ですが、彼らを責めることはできません」

「誰にだって知らないことはある」


 俺自身、そんな話は今初めて聞いた。糞尿には胃腸が消化し損ねた栄養素が含まれていて、畑に撒けばいい肥料になるとしか知らなかった。俺の知ってる世界には健康のために自分の尿を飲む人だっていたくらいだ。ましてはここは中世。学問の知識がないことは罪とは言えない。


 だが、ワイルド氏は別のことを言った。

 それは密やかな。溜め込んだものが意思に反して漏れるような声で話された。


「……それだけではありません。この国の新王の命により、なかば強制されていたのです」

「……強制」

「ええ。もともとこの国では畑に肥料を撒くという習慣はなかったのです。そのため畑の収穫量を増やすため、王府は数年前から肥料の研究に着手しました。それが新しい王が現れてから、ただ人糞を撒けと……」


 ワイルド氏は顔をうつむけ、野菜の葉をじっと見つめながら喋っていた。。長い睫毛に隠れる琥珀色の瞳からは、彼の胸中は窺い知れないが、葉を掴む手は動きもしていなかった。


 しかし彼は話の途中で、急にはっとしたように顔を上げた。そして俺を見て、


「今の話……聞かなかったことにしていただきたい。私はけして、政治を批判しているわけでは……」


 じっと俺に向けられている彼の瞳。


 政治を批判。して何か困ることがあるのだろうか。一国の首相を指して、公然と独裁者やら下痢呼ばわりする者もいた国からやって来た俺には、その揺れる瞳の色の意味が解しかねた。


「……新王と言ったな。たしか、このサッカレーの新しい王というと、転生者……」


 遠くの方から俺を呼びかける声が聞こえた。

 声の方を振り返ると、今俺とラリアが歩いてきた小道を、キリーが手を振りながら走ってくる。


 ワイルド氏が立ち上がる気配がした。

 


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