第四十二話 賞金稼ぎギルド
賞金稼ぎギルドの建物に入ると、ほんの少しだけ頭に「空き家」という単語が浮かんだ。
何の飾りもない壁。右側の壁には、人の顔が描かれた紙が数枚貼り付けられている。入り口の左側の壁際に、4脚のうち1本脚の折れた椅子が、窓の光に照らされていた。奥の壁に目を向ければ左隅に扉があって、中途半端に開いている。
床は埃がうっすらと積もっていた。左壁の扉と、奥のデスクに向かって床は木の濃い色を発していたが、他は白く濁って見える。
デスクには書類と、羽ペンが幾つか差さったペン立て。火の灯されていないちびた蝋燭にろうそく立て。そして瓶が2本、置かれている。デスクの右、奥の壁には、本棚のようなものがある。
埃を避けた通り道とデスクの上の瓶がなければ、人がいるとは思わなかったろう。まるで生活感を感じない空間だった。
キリーが「頼もう」と古風にエントリーすると、左の扉からのっそり男が顔を出した。
短い黒髪が逆立った頭。袖を引き破ったレザーのジャケットにレザーパンツ。パンツはブーツにインしていた。ジャケットの両肩には金属の防具が取り付けられていて、そこから80年代のハリウッドアクションスターのような太い腕が伸びている。
第一印象は「世紀末」。
小さめの目は狡猾そうな光を放っていて……そして顔は傷だらけだった。手に瓶を持って扉から現れた。たぶん酒瓶だろう。それ以外は似合わない風貌をしていた。
「何だい」
疑問と拒絶をないまぜにしたような響きの太い声。ぼんやりとリラックスしているようでいて、油断のない目つきで俺とキリーを見ている。
「ごめんつかまつる。拙者、キリー・マーダレアルと申す者。先日、こことは違う町で賞金稼ぎギルドに人探しを依頼したものでござる。何か情報が入っていないかと立ち寄りました次第」
キリーがそう言った時、俺は背後に気配がしたので振り返った。
入り口にの外に、スキンヘッドの痩せた男が立っていて、俺を見ていた。どうやら俺とキリーが入り口を塞いでいるので通れないようだ。
前を向くと、レザージャケットの男が手招きして入るよう促してきたので、俺たちは中へ踏み出した。スキンヘッドの男が後ろに続き、俺たちを追い越してレザージャケットに近づき、何か耳打ちしていた。
レザージャケットはそれに何か返事をするでもうなずくでもなく、左側の扉を指で示す。スキンヘッドはその扉へ引っ込んでいった。
そして本棚から一冊の本を取り出すと、デスクの上に広げた。
驚いたのは、本はバインダーだったことだ。
ルーズリーフを綴じ込める構造になっている。
レザージャケットは書類を数枚めくっていたが、あるところで手を止め、キリーを見上げて言った。
「キリー・マーダレアルさんねぇ。カスパールって男の捜索願いを出してる。間違いねえかい?」
「そうでごさる。何か情報はあったでござろうか?」
キリーはレザージャケットに、少し前のめり気味に尋ねていた。
俺は右の壁に目をやった。壁には幾つかの似顔絵の描かれた紙が貼ってある。
紙には多分に描き手の主観が混じっていそうな、悪そうな顔をした男や女の顔。
顔の下に数字が書かれている。顔の上には「生死問わず」の文字。
賞金稼ぎギルド。人探しを生業とする者たちの組合だということだ。
壁からデスクへ、ちらりと視線を飛ばした。デスクの上の書類にはカスパールという名が記載されているのが見える。似顔絵はない。名前と、後は幾つかの情報が書かれた文章のみ。
「このラーデールの北、スコーウェルっつう村の付近で、目撃情報があったらしい」
「なんと! まことにござるか? スコーウェルなる村にいるのでござるな?」
「ええと……いや、違うな。スコーウェル村に続く街道で、それらしき男を見かけたっつう情報だ」
レザージャケットがバインダーを見ながらそう言う。俺も見るともなしにバインダーの書類へ視線を向けていた。
カスパール・パーライン。年齢は21歳。
髪は明るい茶色。瘦せ型。
失踪した日付は、太陽祭の月の3日。いつのこととは俺にはわからない。
他にこれといった特徴の記載はなかった。
何とでも言える、どこにでもいるような風貌に思えた。
「かたじけない! 拙者これより、スコーウェルへおもむくでござる」
キリーはぺこりとお辞儀をする。そして、
「あの、謝礼の方は……」
と財布を取り出そうとした。
レザージャケットは手を上げて、
「まあ待ちな。今言った男が、お嬢ちゃんが探してるカスパールさんとは決まったわけじゃねえ。確認ができねえうちは金は受け取れねえ」
そう言った。
胡散臭げな風貌をしているわりには誠実な男のようだった。
賞金稼ぎギルド、組合というからには組織としてビジネスが成り立つよう活動しているのだろうから、それは自然なことなのかも知れない。
だが気になるのは、もしも実際にカスパールだったらどうするのだろうかということだった。
キリーがスコーウェルなる村へ行く。
カスパール見つかる。
そのままトンズラ。
調査料払わない。
可能なのだ。
もしそれをやられた場合、どうやって料金を支払わせるのだろうか。
「お手数ですがね、キリーさん。うちのギルドメンバーを連れて行って欲しいんだ」
レザージャケットがそう言った。キリーは少し、きょとんとした顔をしている。
「ギルドメンバー、でござるか」
「ああそうだ。うちの賞金稼ぎと一緒にスコーウェル村に行き、もしカスパールさんが見つかればその時に報酬を。見つからなければ、スコーウェル村付近にカスパールはいなかったっつう情報を、ギルドで共有しなきゃならねえ。捜索の範囲を広げる必要がある」
「なるほど……」
「それに、今ラーデールからスコーウェル村の間の街道には、山賊が出るって噂がある。女の子の1人歩きはお勧めできねえってこともある」
「山賊……」
キリーは呟いた。少しだけ逡巡していたようだったが、
「わかったでござる。して、そのギルドメンバーというのは……」
レザージャケットは、ゆっくりと手を上げて、俺を指差した。
「何だと?」
俺は賞金稼ぎギルドの建物の、2階へと案内された。
殺風景な部屋だった。扉のわきに帽子掛け、部屋の中央にデスク、椅子が3つ、奥の壁のラックに蛮刀。以上。
レザージャケットの男は、ウルフと名乗った。
何となく、偽名なんじゃないかと思った。ウルフは椅子を1つ、デスクの前に置くと俺に座るよう促し、自分はデスクの向こうへ回って、デスクの椅子に腰掛けた。
俺は椅子へ座った。
「部屋の中で帽子を脱がないのは、あんたのこだわりかい?」
「そうだ。用件に入ってもらおうか」
ウルフは肩をすくめると切り出した。
「あんた、賞金稼ぎやってみないかい」
俺はウルフを眺めた。
ウルフの顔の傷。縦やら横やら斜めやらに刻まれたライン。
「俺ら賞金稼ぎってのは、町や国の衛兵どもが手を焼いてる犯罪者を追跡するのが仕事だ。これは説明するまでもねえ話だが、衛兵ってのは町に雇われてるわけだから、町にいる罪人を捕まえはするが、町の外に逃げちまった奴を追いかけたりはできねえ。町を離れるわけにはいかねえからな」
傷だらけの男ウルフの能書きをまとめるとこうだ。
本来罪人の追尾、捕縛は各地の領地を治める貴族の裁量で行なわれる。
領地にある町に犯罪者が出る。
町の衛兵が追う。
逮捕。
衛兵は町が徴収する税金から雇われていて、それぞれ町の治安を維持することに努めている。
時には町を脱した罪人が、他の町や村などに身を潜めることもある。その際罪人の追尾を行なうのは、領主である貴族が直接雇っている、法執行者ということになる。
ただ治安が悪すぎて犯罪者の数が多く手が回らなかったり、あるいは土地の貴族が一般国民の暮らしに関心がなかったりした場合、犯罪者が野放しとなってしまう。
そこで現れたのが賞金稼ぎというシステムだ。
貴族、あるいは町の名士が罪人に懸賞金をかけ、民間の誰かにハントさせる。
そもそも衛兵や法執行者を雇うと言っても、為政者の懐具合が寂しかった場合、充分な人員を確保できないという場合もあるそうだ。
いや、だいたいにおいては懐具合は寂しいと。
だがこの賞金稼ぎというシステムであれば、法執行者の正規雇用により恒常的に賃金を支払う必要がないので、税の支出を抑えることができるということだそうだ。
いつ頃からか、そんな賞金稼ぎたちの利益を保護し、円滑な仕事を実現するために、賞金稼ぎたちはギルドを作った。
各地の賞金稼ぎたちと連携し、情報を提供しあい、罪人をどこまでも追尾する。それが、
「賞金稼ぎギルドだ」
ウルフはそう締めくくった。




