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第三十五話 絶体絶命


《不正な妨害が行なわれています。ナイトヴィジョンのスキルが解除されました》


 暗転した。

 一気に真っ暗闇となり、何も見えなくなった。


「レイニー! 君は……」


 背中に衝撃が走った。神経という神経に針を刺されたような激痛。

 俺はその場に崩折れた。力が入らない。


 すると、突然下水道の中が明るく照らされた。

 真っ暗闇から、視認できるレベルの明るさ。

 反射的に、トンネルのライトが点灯したのかと思った。


 だが違った。

 ミラーレが人差し指を天井に向けていて、その指の上に光球が浮いている。

 おそらく彼女の魔法だ。中世レベルの文明のこの異世界に、LEDライトなどあるはずもなかった。


 ミラーレがその光球をふいと放り投げると、光球は天井近くに浮き上がりとどまった。彼女は呪文を唱えるとともに、さらに次々と光球を生み出し、天井へ投げ上げていく。


 十字路の通路1本1本につき1つずつ。計4つの光球が、十字路を夜の体育館のように明るく照らし出した。


「……どうしてこれを洞窟で使わなかったのかって顔してますね。さすがに洞窟内を移動するたびに光球を出していたら、魔力が持ちませんからね」


 ミラーレはそう言って、人差し指を咥えた。吸い付いているのか、抜き出した時にちゅぽんと音がした。


「君も、姫の仲間……」

「ええ。先日は本当にありがとうございました。あなたのおかげで、あの鬱陶しいペステロを追い払うことができました。まったくあの男しつこかったんですよねえ。私は転生者以外に身を預ける気なんかさらさらないっていうのに……」


 微笑むミラーレ。俺は振り返った。


「……レイニー」


 レイニーが俺を見下ろしていた。その瞳に、光球の光は反射していない。


「……それで……? 君らはいったいどういうつながりなんだ? 全員そろってガールスカウトか……?」


 俺は何とか壁まで這って、座り込んだまま背中を預ける。


「それはですね、ロスさん」

「ミラーレさん。あたしから言わせて」


 俺はレイニーを見上げる。冷たい顔のレイニーを。


「ロス。君、ゴブリンと話してたよね? 洞窟から出た後。あたし、君たちが喋ってるの、こっそり聞いてたんだよ」


 ぼんやりする頭を叱咤して記憶をたどる。

 彼女が言っているのは、転生ゴブリンパンジャンドラムのことだろう。

 洞窟を出た後、俺は彼が転生者だと見抜いた。

 彼に確認もした。

 あの会話を聞かれていたということか。


「ロス、全然戻ってこないんだもん。呼びに行こうって言ったのはゴンザレスだったけどね。あたし、林の中で君とゴブリンが話してるのを見て、変だなって思って……茂みに隠れて聞いてたんだ」


 靴音の反響が聞こえてきた。

 俺とレイニーがやってきた通路から見て、十字路の右から聞こえてくる。複数だ。


 靴音の主はすぐに姿を現した。


 セシリア。

 アナスタシア・サンボーン。

 シスター・イリス。

 そしてレイチェル。DJはやられたらしい。


「ご苦労様、ミラーレ。そしてレイニー。ついに捕らえましたわね」


 セシリアが微笑むと、ミラーレがひざまずこうとした。

 しかしセシリアはそれを手で制する。


「およしになって。もうここまできたら、わたくしたちはみな等しくロス様の妻。妻同士で堅苦しい挨拶などやめましょう」


 そして俺を振り返った。

 俺はセシリアと、レイニーを交互に見比べる。


「……なるほど。セシリア、俺が君と会った時、君は控えめなお人形で、あの奇天烈なヤモリを繰り出すことはしなかった。だが今日になって突然どうしたのかと思っていたら、レイニーが君に知らせたというわけか……」


「その通りですわ」


「その慧眼、アナスタシア・サンボーン敬服いたしましてございます」


「極限状況においても洞察の鋭さは揺るがない。さすがですわロス様」


「いつも冷静なんだね」


「洞窟でも常に落ち着いて、みんなの前でリーダーシップを発揮していましたもんね」


「ペニス」


 女たちは口々に褒め言葉を述べた。うすら寒かった。俺は言った。


「だがわからないことがある。レイニー、君はなぜ俺が転生者であることを、セシリアに話したんだろう? 君らが転生者に執着心を燃やしているのはよくわかった。だが誰にも話さなければ、君だけはこんな手の込んだ真似をしなくてもすんだんじゃないのか」


 レイニーは冷たい顔のまま、背中からヤモリを覗かせた。

 ヌルチートだ。


「このヌルチートっていう魔獣はね。アナスタシアさんが秘密に研究してた、人造魔獣なんだ。アナスタシアさんは、レイチェルさんのグリフォンの知識とか、ミラーレさんがクエストで集めてくる魔獣の素材とかを使って、このヌルチートを造ったの」

「全ては敬愛する姫様の御為」

「ありがとうアナスタシア」


 俺は彼女たちが女の子グループ特有の褒め合いをしている間も、下水道を眺め回していた。

 どこかに逃げ道はないか。あったとして、俺はこの体を動かして、そこへ行けるのか。


「それで? レイニー。君はその物語のどの辺りに登場するキーパーソンなんだ」


 レイニーは顔を伏せた。

 俺はどうやら、何か答えづらい質問をしたらしい。

 いいぞ。そのまま黙っていろ。ミラーレの後ろの壁にある排水口。ミラーレの背中ぐらいの高さに丸い穴が空いている。あれはダメだな。とてもじゃないがあそこまで行けない。足腰に力が入らない。第一そこにはミラーレがいる。


「レイニーは出資してくれてたんですのよ。お父様は厳しいお方だから、わたくしにほとんどお小遣いをくださいませんの。アナスタシアのお給金でも研究費は厳しかったのですけれど、そこへ目をつけたのが、レイニーとミラーレだったのです」


 その後もセシリアが何かうだうだ言っていたが、かいつまんで言うとこうだ。

 ヌルチートの研究には多数の魔獣と、素材が必要だ。

 だから冒険者の協力を得ようとした。

 サンボーンの厳正な審査のもと、彼女の眼鏡にかなったのが、レイニーとミラーレだった。

 それから2人は魔獣を討伐し素材をサンボーンへ供給するかたわら、クエストの達成報酬の一部をヌルチート開発の投資資金に回していたそうだ。


「なぜその2人だったんだ。冒険者は他にいくらでもいる。なぜ2人だけに?」


 サンボーンが答えた。


「私の研究は表立って行なえるものではありません。国王陛下は転生者を恐れておいででした。しかし姫様の目的は転生者を引き入れること。信頼できる者でなければなりません。つまり、ハーレムの一員となる人物でなければ。それに……」


 セシリアが引き取る。


「ハーレムの一員となるには、容姿の方も優れていなければならないでしょう? 冒険者の中で可愛らしい方は、そちらのお2人しかいなかったんですもの」


 もしも容姿の優れた冒険者が他にもたくさんいたら、この寂しい下水道はもっと賑わっていたということか。

 後ろ手に回していた俺の左腕に何かが触れた。毛深い。壁と床の角と、俺の尻の間の隙間を、走り抜けようとしたのだろう。たぶんネズミだ。病原菌だらけの、うんざりする奴だ。


 俺はレイニーの腰に吊るされた剣を見やる。


「君は金に困っていた。その安物の剣を選んだのは、投資に回してカツカツだったからか」

「…………」

「どうりで平民の君が城の構造に詳しかったわけだ。下水入り口の扉にだって、どうせ鍵なんかかかっていなかったんだろう。誰にも邪魔されずに俺を捕まえるために、俺をここへ誘い込んだ」

「………………」

「騙したな、レイニー」

「……悪い? あたしは、お姫様じゃない。ミラーレさんみたいにBランク冒険者でもない。あたしにできることって言ったら、こんなことぐらいしかないもん。幸せを手に入れるには、ロスみたいな転生者と一緒になるにはこういうやり方しか」

「そうやって栄光を追ってたどり着いたのがこの汚らしい下水道ってわけだ」


 レイニーが俺を睨んだ。

 俺はそれについてもう相手をするつもりにはなれなかった。

 それはセシリアや、他の女たちもそうらしかった。


「レイニー。もうよろしいじゃありませんか。あなたの苦労はついに実り、今わたくしたちは転生者を手にすることができた。後はロス様をお部屋へ連れ帰り、ハーレムを作るのみですわ。わたくしたちが真心を込めてもてなせば、ロス様のお考えも変わるでしょう」

「姫様の仰せの通りかと」

「ロスさんってちょっとツンデレっぽいですもんね」

「ペニス」


 女たちがついに俺ににじり寄ってきた。

 サンボーンとレイチェルを先頭に、俺の腕を掴む。


「う……う……やめろ……!」

「おとなしくするでありますよ!」

「やめろ!」

「私、先ほどロス様には手ひどく痛めつけられました。今夜はそのお返しに、私が上となって苛んであげましょう。このアナスタシア・サンボーン、テクニックの限りを尽くし……あ、と申しましても私経験がないもので、書物の知識のみですが……」

「離せィ!」


 俺は左手の手首を返すスナップによって、放り投げた。

 ネズミ。

 尻と壁の間を通り抜けようとした奴を捕まえておいた。それを投げた。


 ネズミは放物線を描き、セシリアのドレスの、空いた胸元に吸い込まれていった。


「ギャア、ネズミ!」

「ひ、姫様⁉︎」


 ネズミはセシリアの87cmの胸の谷間にストンと落ちた。


「いやぁん、出て行って!」


 ネズミ自身も出て行こうと努力はしているに違いない。だがきっとセシリアの胸が柔らかく沈んで踏ん張りが効かず、さらに谷間地獄へ落ち込んでいっているのだ。クレバスとは恐怖だ。


 忠義に厚いのも考えものだ。サンボーンとレイチェルは反射的にだろう、俺の手を離しセシリアに駆け寄る。

 今だ。


「あ、ロス! 待ってっ!」


 俺は震える足を引きずり、通路中央の溝へ足を踏み入れる。俺を追いかけようとしてきた女たちは、跳ねた汚水を嫌ってか乙女チックに踏みとどまった。


 ブーツの中に汚らしい液体が入ってきて靴下はずぶ濡れだった。しかも何がアレかと言えば、ぬめる。そのぬめりのため靴の中で足が滑るが、何とか梯子にとりついた。

 これを登れば、外に出られる。


 しかし。

 

 俺の腕に植物の蔦が絡まっていた。

 足にもだ。

 俺は振り返った。


 ネズミをドレスから取り出そうとするサンボーンとレイチェルに揉みくちゃにされながら、セシリアが指先から蔦を伸ばしている。


《セシリアはロイヤル・リストレイントのスキルを発動させています》


 そして俺は梯子から引き剥がされ、投げ飛ばされた。先ほどミラーレが立っていた辺りの、排水口のそばの壁に叩きつけられる。


「やったッ! 取れたであります!」


 レイチェルがドレスから取り出したネズミを、腰のポーチにしまった。


「グリフォンのおやつするであります」

「ロス様ぁ……今のはひどくありませんこと? ネズミを投げつけるだなんて……」

「畏れながら姫様、レイチェル・コシード、発言の許可を願います」

「何でしょう?」

「サー! 男の子は好きな女の子にイモムシとかを近づけて、気を引こうとする習性があるであります! サー!」

「まあ、ではロス様はわたくしのことを……!」

「サーッ!」


 女たちが、壁に寄りかかる俺を取り囲んだ。

 万事休すだ。

 もうネズミもない。奴は俺より先に囚われの身となった。

 

 脳裏に、サッカレーの転生者の姿がよぎる。

 きっと俺もああなるのだ。


 転生ゴブリン、パンジャンドラムの言葉が思い出された。


 俺たちは無敵じゃない。


 彼はこのことを知っていたのだ。

 ヌルチートの存在を。


《アナスタシア・サンボーンはS・J・J(サザンジュージュツ)紫帯(パープルベルト)のスキルを発動しています》


《レイチェルはCQBのスキルを発動しています》


 その時だった。


 俺はふいに、誰かに左腕を掴まれた。

 女たちの誰にでもない。

 女たちも驚いたような顔をしている。


 俺は左を振り向いた。そこには排水口があって……そこから手が伸びていて、俺の腕を掴んでいる。


 男の手だ。

 そして排水口から、男の声が響いた。





「……だからあたしゃ言ったんですよ。奴隷を買いなさいって」



 

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