第339話 転生
「ヒューマンとエクストリーム・エルフの戦争は……この場所で起こったことじゃないの……」
魔女がそう話し出したとき、俺たち転生者は顔を見合わせた。
どういうことなんだろう? そう質問するのは簡単だったが、俺たちはみんな、何も言わずに続きを待った。どうも何か、そこはかとなく時間をかけすぎている気がしていたのだ。何に、どんな時間が、と問われれば、それは俺にもよくわからないが。
「かつて……大戦争が起こり……世界の環境は人が住むには適さないものとなった……気候変動……地殻変動……惑星の形をいびつに変えるほど、それらは行なわれた……。可能にしたのは、エクストリーム・エルフの魔法文明……」
俺は空を見上げた。
気候変動。
俺がこの間まで生きていた地球もそういった具合だったことを思い出す。
夏は年々暑くなり、冬は異常に雪が降る。誰もがその問題に対して目を背けていたような気がする。
ところで今俺が見上げている空は、快晴の青空だった。
この異世界にやってきてからというもの、異常気象に悩んだ経験もない。
惑星がいびつになるほどの地殻変動の爪痕なども見たことはない。
アレクシスが言った。
「その戦争のため、人類は地上に住めなくなり、魔女……あなたがこのブラックエッグにヒューマンを避難させた。そういうお話でしたね?」
俺はその間、周囲をキョロキョロ見回していた。
本当は地上を見たかったのだ。高度のある空間に浮遊しているブラックエッグからなら、地上の広範囲を見渡せるんじゃないかと思った。
そうすれば、大戦争の爪痕を少しぐらい見つけられるのではないかと。だがよく考えてみると俺は高所から下を見るのはスタイルに合わないことを思い出した。ロス・アラモスは下など向かない。常に上を見る男なのだ。
「しかしそれが、この場所で起こったことではないと言うのは、どういうことですか?」
魔女はアレクシスの瞳を、やや上目使いに見据える。
「ヴァルハライザーの中……ゲーム内ではないということよ……」
「ではどこなんですか!」
「宇宙……いえ、こことは別の空間……」
アレクシスは一瞬スピットファイアを振り返った。
魔女は続けた。
「地球でもない……地球のある宇宙とは異空間にある宇宙。そこにある星で、行なわれたことよ……」
アレクシスに見つめられていたスピットファイアは目を白黒させていた。アレクシスは、魔王と互いに顔を見合わた。どちらも困惑したような顔だった。
「異空間の宇宙?」トンプソンが呟いた。「何ですか、それは……」
「あー……」パンジャンドラムが言った。「なんだろ。たしか宇宙っていうのはいっぱいあって、それぞれ別の空間に存在してる、みたいな話があったような……アニメとかであるよね」
トンプソンは首をかしげた。
アールフォーさんも、ハルやナヤートも。
俺は言った。
「まさか……マルチバースか?」
魔女はうなずいた。
「あっ、あの、ロスさん、マルチバースって……?」
「まず大きな空間があって、そこでエネルギーが加速膨張するとそれが宇宙となる。膨張する宇宙は空間の中に無数にあり、もし膨張した宇宙同士がぶつかれば、その間にまるで泡のようにまた新たな宇宙が生まれる。そういう量子力学の理論だ」
そこまでハルに言ってから、俺は魔女を見据え、
「じゃあ何か。エルフとヒューマンの戦争は、その別の宇宙にある別の星の出来事だったと言いたいのか?」
そう尋ねた。
奴は無言でうなずいた。
「信じられない……本当にそんなものがあるんですかね?」
「急に言われても何が何だかわからないわよね……」
「あっでもあるって言ってるんだからあるんじゃ……」
能登一家が口々に呟いていた。
マルチバース理論。
量子力学などという学問は俺の人生とは無縁だが、インターネットの海から俺という孤島の波打ち際に、そんな情報が小瓶に詰められて流れ着くこともある。
宇宙もまたそんな波打ち際の無数の泡だということは、たしかヒンドゥー教においてすら自明の理とされた考えだとも聞いたことがある。
それで、エルフとヒューマンのトラブルが、別の泡の中での思い出話であるとして……。
「ってことは……」パンジャンドラムが言った。「エルフはアレ? 宇宙人ってこと?」
「それだとよ」ウォッチタワーも言った。「それだとこのヴァルハライザーの中のヒューマンも、もともと、その別んとこの宇宙人ってことにならねぇか?」
「なんとまぁ……」マジノも言った。「ついていけないんだが……」
魔女は首を横にかたむけて、床を見ていた。
話すだけ話して、その結果の我々の困惑には興味がないらしい。
転生者たちは、互いの顔を見合って、伝えられた事実を自分の中で消化しようと努力しているようだった。
ホッグス少佐は俺のすぐ隣に立って、魔法銃をいつでも魔女へ向けられるようにしていたが、話の内容が理解できないのか転生者たちの顔色をうかがっている。
たしかに、この話をそれなりに受け入れるためには、まず宇宙という概念を理解しておく必要がある。だがホッグスは文明的には中世の住人であり、専攻は軍事だ。知識が少なく、周囲の転生者たちは理解しているからこそ困惑しているという様子すら、不思議に見えることだろう。
ラリアは寝ていた。脳をシャットダウンしたようだ。
俺は一歩、魔女の方へ進み出た。
ことの真偽を確かめるすべはない。
俺は、魔女の話が真実であるという前提で、疑問を口にした。
「それで、シスタ・イノシャ。いずれにしろ異空間の宇宙のヒューマンを、君はこのブラックエッグに避難させた。それが三賢者と呼ばれる者のひとりである君がやったこと」
「……ええ」
「それとヴァルハライザーと、吐院火奈太少年が空想したファンタジーゲームの世界……つまり俺たちが今いるこの空間と、何の関係があるんだろう」
魔女は床から視線を上げ俺を見た。
俺は続けた。
「エクストリーム・エルフとヒューマンの結末がよその星の文明の終末だというなら、それはそれでいい。だがそれはあくまでよその話だ。ここの、この宇宙の話じゃない。君の話は、君自身と、俺たち転生者の存在の答えとはなっていない」
「私たち三賢者は…………」
この時、魔女は少し、俺の後ろの方を見るようにしながら、
「あの滅びから生き延びることは無理だと判断したわ……。地は割れ、空は汚れ……命が生きるための、あらゆる前提が崩壊しつつあった……そしてそれは、三賢者……いえ、エクストリーム・エルフの知恵をもってしても、止めることは不可能だった……。
そこで私たち三賢者は、一計を案じた……この宇宙で生きることができないのであれば、別の宇宙へいけばいい……いや、いくしかないと……」
俺は後ろを振り向いた。
魔女の視線はアレクシスを向いていると思ったからだ。
実際、アレクシスはそこにいて、その背中に隠れるようにしているカロリアンも目に映った。
「どうやってだと言うのだ」
アレクシスの隣に立っていた魔王が口を開いた。
「それこそ不可能だ。ただ生命の住める他の惑星を見つけて、宇宙空間をそこまで移動するだけでも無理難題に近かろう。君らの星の文明レベルがどの程度かは知らんが、惑星を破壊できるほどの戦争ができるぐらいだ、エクストリーム・エルフとやらの力は相当なものだとうかがえる。
そんなエルフと戦争できるほどのヒューマンですら、星間移動はできなかったということだろう? ではなおさら時空間すら超越して、別の宇宙に飛び出すなど……それも、ヒューマン全人口を?」
アレクシスも言った。
「それを成し遂げたのがブラックエッグだと言うのですか? この建物は、あなたの宇宙船だとでも? ですがたくさんの人々を乗せるには手狭に過ぎ……」
だが彼女は、そこまで言って息を飲んだ。
大きく瞳を見開き、驚いたような顔で、魔王と、スピットファイアを交互に見た、
「……あなたはわかったようね…………」
魔女が言った。
「たしかに言うとおり、全てのヒューマンを物理的に空間を越えさせることはできない……けれどここには……今この場には、『物理的に空間を越えた』わけではないのに、『自分自身として』存在している者たちがいるわよね……?」
マジノの喉が、ごっ、と鳴った。
ゲップに近いような音だった。
「前世において……その肉体が滅びながらも……『自分自身』を続行している者たちがいる……」
ガチャンと床に物が落ちた音がした。
パンジャンドラムがライフルを取り落としたのだ。
彼はそれを慌てて拾い上げた。
「ま……まさか…………⁉︎」
アレクシスの呻き。
魔女は言った。
「星の終わりが迫るなか、最後の力で魔術式を発動させた……魔術式といっても、言ってしまえばあなたたちの科学とそう変わりはないけれど……とにかく、空間の隔たりをそれによって意思のみ越えさせ、ある者の心に入り込んだ……」
ウォッチタワーが言った。
「だ、誰だい……⁉︎」
その答えは、おそらくアレクシス、魔王、それにあるいはマジノも、察しがついていたのかも知れない。
俺もそうだった。
魔女の白い指が、空中のある場所を指したとき、俺はさほど驚きはしなかった。
指の先にはスピットファイアがいた。
「吐院火奈太君よ……」
「なっ……⁉︎」アレクシスが呻いた。「そ、それじゃあ……!」
「そう……肉体の滅びを避けられなかった私たちは、せめて意思、自分たちの情報だけは存続させようとした……そのためには魔道具……意思の容れ物を、異空間に造らなければならなかった。
だからこそ意念のみを飛ばし、異空間にいる知的生命体に容れ物の造り方を教える必要があった。そこで見つかった、容れ物を理解できる知能を持った人物こそが吐院火奈太君であり……そうして造られた容れ物こそ…………」
魔女はため息と共に言った。
「ヴァルハライザーよ………………」
ほんの少しだけ、沈黙が流れた。
ナヤートなどは落ち着かないのかオロオロしていた。
パンジャンドラムも、ウォッチタワーも何も言わない。
「ヴァルハライザーであれば……肉体の移動と違って困難ではない……今いる人間を別の場所へ移すのではなく、最初から別の場所に出現させることができる。ヴァルハライザー内に再構築されたヒューマンは、そこで再度生きることができる……空間を越えて移動させるモノは、私たちの情報を含んだヴァルハライザーの知識ひとつ……ひとつだけでいい……つまり……」
「つまり何か」
俺は呟いた。
「この異世界にいる住人は……」
「ゲームの住人なんかじゃないわ……体はそうでも、意識は」
「君たちの空間のヒューマンが乗っ取った……?」
「そうなるわね……」
「じゃあ……つまり……」
「ええ、そうね……」
魔女は言った。
「この異世界とは……私たちの世界そのものが『転生』してできている……ということね……」




