第337話 純子
「やや、ラリア。それにおにいさん。お久しぶり」
奴隷商人カロリアンは、頭をかきつつ笑みを浮かべて立ち上がった。
俺は言った。
「……何をやっているんだろう? こんなところで……」
アレクシスが俺に尋ねてきた。
「アラモスさん……この人は?」
「例の奴隷商人だ」
ホッグスも言った。
「む……! たしかアンダードッグ区に潜伏していて、区が閉鎖されたためそこにいたはず! なぜブラックエッグに?」
カロリアンは、今自分が落ちてきた穴を見上げたあと、こちらへ走ってくる。
「いやまぁあのね。なんかアンダードッグ区が急に騒がしくなって、衛兵たちの包囲が崩れてたので逃げ出してきたわけですけども……」
「しかしどうやってブラックエッグまで……」
「いや、今話してる場合じゃないんですよ、おにいさん!」
そう言うと、なぜか俺の後ろに隠れた。
「カロリアンおじさん、どうしたの……?」
ナヤートが尋ねる。
「おっナヤート! 無事だったか。おまえさんを元の世界に返してやろうと思って、ちょいとヴァルハライザーを取り返してやろうと思ったんだけども……」
カロリアンがそう答えた時だった。
天井の穴からまたひとり、誰か飛び降りてきた。
魔女だった。
「……? どうやら……グスタフはやられたみたい、ね……」
奴は俺たちの顔を見るなりそう言った。
アールフォーさんが叫んだ。
「魔女さん! グスタフさんの魂を返して!」
アレクシスもだ。
「皇帝陛下と、私の両親の魂もです。たぶんですが、もうあなたにヌルチートは残されていないはず。観念してください」
魔女はそれに対して首をかしげたのみ。
すると、魔王が進み出た。
「これは驚いたな……純子さん、やはりあなただったのか」
俺は魔王の横顔を盗み見た。彼は言った。
「ロスよ、いつか話したろう。日本で、ヴァルハライザー・ゼロを盗んだ女がいた。我輩はその女に銃で撃たれて、この異世界へくることになったが……」
魔王は魔女を指差す。
「彼女がその女だ。名前は純子。顔がそっくりだ」
マジノも言った。
「お……俺も会ったことがある! たしかにこの女だ! アレクシスさんが日本で暗殺された証拠をくれたのは……」
パンジャンドラムが「あっ!」と声をあげた。
「ロス君、この人だよ! 俺が、駅で助けようとした女の人!」
駅……たしかパンジャンドラムは、駅で何者かに追われている女をかばった結果、その何者かたちに銃で撃たれて異世界転生をキメたと話していたっけか。
「いったいなぜここに……⁉︎」
魔王が呻く。
魔女は言った。
「……向こうの“私”は、ヴァルハライザー・ゼロを確保……できたようね……それは……とてもいい……」
魔王とアレクシス、それにマジノが顔を見合わせている。
ハルが言った。
「あっえっ、じゃ、じゃあ何ですか? この魔女が、えっ、日本にいた……ってことです?」
そういうことになる。
経済産業省の官僚だった前世のアレクシスを殺害しヴァルハライザーを奪おうとした勢力を牽制すべく、週刊誌の記者だった前世のマジノに殺害の証拠を渡し、そうまでして協力的だったはずが、ヴァルハライザーの管理者だった前世の魔王を撃ち殺し、ゼロを奪った女。
それが、この異世界にいる。
ウォッチタワーが言った。
「ぐ……ってことは何かい? この女も、異世界転生?」
魔王からゼロを奪ったあと、何かがあって彼女も死に、俺たちと同じようにこの異世界へ……ウォッチタワーはそう考えたようだ。
だがその問いに答えたのは魔女ではなかった。
「いいやオークのおにいさん」カロリアンは言った。「こいつは最初からここにいたんですよ。ずっとここにいて、おにいさんたちの世界にもいる」
俺たち全員が、どういうことだって顔をしていたせいだろう。カロリアンはさらに、スピットファイアを指差した。
「簡単に言ってしまえば、この妖精と同じですよ」
「スピットファイア?」魔王が言った。「スピットファイアはゲームの案内役のキャラクターだ。魔女もそうだと?」
「そういうことじゃなくてね。化身ってことです。もうひとりの……この世界の中で活動するための仮の体。だからふたりいる」
俺は魔女を振り返った。
「では何か。魔女は……この女は、元々俺たちと同じただの人間……?」
「いやぁ、それも違う。おにいさん、これにはふかぁ〜いワケがありましてねぇ……」
カロリアンはまだ俺の背中に魔女から身を隠しながら言う。
魔女も言った。
「そうね……私は、この世界の人間でもないし……あなたたちの世界の人間でもない……もっと違うもの……」
「わかるように説明してもらいたいんだがな」
「その必要は……ないわ……あなたたちは……そんなことは気にせず……ずっとこのヴァルハライザーの中で生きればいいのよ……真の幸福の中で……」
俺は奴に詰め寄ろうと思った。
その時だった。
何かの衝撃音がし、塔全体がぐらりと揺れた。
音自体は下の方から聞こえた気がする。
魔女はチラリと下を向いたが、すぐに顔を上げ、
「カロリアン……あなたに構っている暇はないわ。ヴァルハライザーは手に入れたけれど、まだエクストリーム・エルフが残っている……あのエルフを手中におさめたとき、私の計画は完成する……」
俺は言った。
「何の話だろう? ヴァルハライザーはどこだ」
カロリアンも背中から言った。
「そーだそーだ! あれがなければおにいさんたちが元の世界に帰れない!」
魔女はふっと息を吐く。
「……帰さないわ……ひとりも。けれど……ヴァルハライザーがどこにあるかは見せてあげる」
すると、魔女はどこからともなく短いスティックを取り出した。
それを、さっとひと振り。
直後、塔が振動し始めた。
俺は上を見やった。アップルとエンシェントドラゴンの卵がある天井が、上の方にせり上がっていっている。
「うわっ⁉︎」
トンプソンが叫んだ。
部屋の真ん中から、太い柱が伸び出したからだ。
柱は卵へと伸びていく。
少しだけ足に圧迫感を感じた。上りのエレベーターに乗ったときのような感覚だった。どうやら部屋全体も上昇しているようだ。
やがて部屋が明るくなっていく。
天井が、花びらが開くように八方へ開いていき、太陽の光が差し込んだのだ。
開いたのは壁もだ。分解し、八方向へ開き、床となる。
部屋の中央から伸びた柱はエンシェントドラゴンの卵を包む繭に突き刺さり、さらに持ち上げていく。
丸くて黒いジャングルジムのようなものが、柱の先の、卵の上の方に乗っかっている。
「見なさい……あれを……」
魔女はジャングルジムをスティックで指す。
「……あれが、ヴァルハライザーよ」
ジャングルジムの中には、たしかに、巨大な灰色の脳が入っていた。
「ちなみに……純子は偽名よ………………」




