第336話 殻
「何してんだ? あんなとこで……」
ウォッチタワーが呟いた。
俺は部屋の周囲を見渡してみた。
「ここにも魔女がいないな?」
部屋にいるのは、エンシェントドラゴンに寄りそうアップルのみ。
「あっ……攻撃してきたりしませんかね、あの子?」
「あの子だぁれ?」
「魔女の手下」
ハルとナヤートが喋っている。
アレクシスや魔王、マジノも周囲を警戒していたが、誰か、あるいは何かが攻撃してくる気配もない。
アップルも、まるで眠っているようだった。
ホッグスと魔王が尋ねた。
「どうするのである、ロス?」
「卵は見つかったが……ヴァルハライザーも探さなければならんぞ」
「エルフ殿もである」
何から優先すべきか。
スピットファイアが言った。
「とりあえず卵をブッ壊しちまえ。余計なものは減らしとくに限る」
それもいいかも知れない。
魔女やエルフ、ヴァルハライザーのこともある。時間をかけるべきではないだろう。
アレクシスが言った。
「誰がやります? 《ドラゴンウォール》がありますから、固有スキルでやる必要がありますが」
俺がやろうかと考えた。
卵は天井にへばりついているので、パンジャンドラムの《レギオン》や、格闘的に手を触れなければならないウォッチタワーの仕事ではない。
俺の《ハードボイル》ならビームのような攻撃なので遠距離でも当てられる。
俺は見上げて言った。
「アップルに当たるのはまずいな」
「黒帽子……」スピットファイアが言った。「敵だぜ。しかも普通の人間じゃない。貴様も散々ブッ殺してきた虫人間だ。ましてやンプク……ゲームのNPCなンだぜ」
スピットファイアはさらにこうも言った。アップルや虫人間はもともとゲームに用意されたNPCではない。魔女が勝手に創り出した、偽物のNPCだと。
「遠慮するこたぁない、殺っちまおう。罪にはならないぜ」
「スピットファイア。君はその価値のないゲーム世界の、ガスンバの森の生態系を必死に守ろうとしていたな? 最後に森を守ったのは誰だと思ってるんだろう」
俺がそう言うとスピットファイアは口を、への字に曲げた。
ガスンバの森は火山の噴火により焼き払われようとしていた。それをアップルが自己犠牲も覚悟で救ったのだ。あのあとから彼女はおかしくなってしまったが……。
《ドラゴンウォール》を突破するのは結構だ。だがアレクシスのスキルでは威力が強すぎる。アールフォーさんとトンプソンでは、何せ相手は卵だ、効いてるのかどうか判断しづらい。
「俺がやるよ」
そう言ったのはマジノだった。
「俺の《凱旋》は《ドラゴンウォール》を直接手でこじ開けられる。穴を空けてから、そこに魔法なりなんなりブチ込むってのはどうだ?」
「どうやってあそこまでいくんだろう?」
「魔王さんに肩車してもらおうかな」
魔王は翼を持っていて、空を飛べる。
マジノは魔王の肩に乗った。魔王は翼を開くと、宙に浮き上がる。
床に残った俺たちはそれぞれ周囲を警戒することにした。
特に妨害の気配はない。
《アールフォーさんは無詠唱のスキルを発動しています。リーフカッター》
魔法の葉っぱが数枚、上へ飛んでいき、卵を包む繭を切り裂く。そうやってマジノたちのための道を作ってやっていた。
ふたりは繭の中心の卵に到達。
「ロス」魔王がこちらを向いた。「この女の子はどうする?」
「可能なら下ろしてくれ」
アップルは卵にぴったりと寄り添っている。
《ドラゴンウォール》の内側になるのだろうか? マジノたちが近づいているが、まだ眠ったままだった。
《マジノは凱旋を発動しています》
マジノの両手が輝いた。
彼はその両手を上に伸ばした、部屋の電球を取り替えるような動きで《ドラゴンウォール》に触れる。
「……うん?」
彼は呻いた。
《ドラゴンウォール》には、干渉を受けていることを表す波紋が起こっている。
マジノは、その波紋のある辺りを、押したり、叩いたりしている。
それはしばらく続いた。
「おーい、何かあったの?」
パンジャンドラムが声をかけた。
マジノはこちらを見下ろし、
「開かない」
そう言った。
「開かないって何」
「開かないんだ。手が入っていかない」
「ええ?」
魔王が少しだけ上昇し、さらにマジノを《ドラゴンウォール》へ押しつけた。マジノはその体勢で両手を突き込もうとしている。
ここからでも、その動きは、かなり力を入れているように見える。
「ダメだ、入らない。どうなってんだ?」
「マジノ君、代わろう。我輩がやってみる」
魔王は1度マジノを床に下ろした。
それから、猛スピードで卵に向かって飛んだ。
波紋を起こして《ドラゴンウォール》に激突。
ぐちゃりと潰れた。
《魔王バルバロッサの不死者・クアンティゼイションが…………》
魔王の血がしたたるなか、見上げる俺たち。
《…………不成功! 失敗しました》
《魔王バルバロッサは不死者・再降臨を発動しています》
肉片と化していた魔王が元の姿に再生した。
だがそれは卵のこちら側だった。
「何だ? なぜうまくいかん?」
「あっ」ハルが言った。「今度は俺が……」
だがアレクシスが制止した。
「待ってください。私がやってみます」
「アレクシス」俺は言った。「アップルを巻き込むようなことは……」
「ライフルか何か、小さい物をひとつだけ入れてみます……今あの中にハルさんを入れない方がいい気がします」
どういうことか尋ねようとしたが、
《アレクシスはウェポンミュージアムを発動しています》
早くもスキルは発動された。
卵のそばに、アレクシスの兵器が現れるはずだった。
だが卵の周囲全体に波紋が起こると……1丁のアメリカ製M4ライフルが、《ドラゴンウォール》の外側に現れた。
それは、空中で狂ったように回転すると、あらゆる箇所がてんでバラバラの方向に折れ曲がり、しまいには丸く潰れて、床に落ちてきてしまった。
「やはり……入られませんね」
「あっ、俺も……なんですかね?」
「入ろうとしていたら、こんな風になっていたかも……」
アレクシスは床に転がった、ライフルの成れの果てを指差した。
「どういうことであろうか?」ホッグスが言った。「転生者のスキルが、《ドラゴンウォール》を破れないなど……?」
「ンなバカな?」スピットファイアも言った。「今までこんなことは……!」
俺は卵を見上げた。
アップルに寄り添われた卵は、何事もなかったように天井にとどまっている。
まったく初めてのケースだった。
その場のみんなが俺の方を見ていた。
俺が何かのアイディアを出すのを待っているのかも知れない。アップルがどうのこうのと水を指したのは俺だから、責任を持ってプランBを出してくるものだと思っているのかも。
それでも俺が黙っているとウォッチタワーが言った。
「ひょっとして、何かしてるとか? あの女の子が」
「黒帽子、やっぱりブッ殺そーぜ」
「まずどうやってだろう? アップルは《ドラゴンウォール》の内側にいるぞ」
アップルの仕業だろうか?
そのために寄り添っている?
だが彼女に、転生者の固有スキルを無効にするほどの何かのトリックを使う能力があったろうか?
考えてみたが、この場の責任者はロス・アラモスではない。
「魔女を見つけよう。奴が何かしたに決まっている」
「ここ、ドアの類いがないのであるな」
ホッグスはすでに部屋のチェックを終えていた。
行き止まりだろうか?
奴はどこへいったのか……。
突然、どこかで爆発音がした。
かなりの衝撃があり、部屋も揺れた。
「な、何だぁっ?」
パンジャンドラムが言ったと同時に、天井の隅の方に亀裂が入った。
間を置かずしてそこが崩壊し、瓦礫や埃と共に誰かが落ちてくる。
俺たちはそれぞれ臨戦体勢を取った。
そうして、落ちてきた奴が何者か見極めようとした。
床に落っこちたそいつは、尻から落ちたためケツをさすっている。
ラリアが叫んだ。
「商人さんっ!」
落ちてきたそいつは、奴隷商人カロリアンだった。




