第三十三話 無力
「ヌルチート、だと……?」
「ええ、そうですわ。不正に得たスキルを無効にする。だからヌルチート」
セシリアの背後のヤモリ。
奴がじっと、じっと俺を見ている。
「転生者を捕まえるために生み出された合成魔獣です。転生者の持つあらゆるスキルを無効にすることができるのです。契約して召喚獣とすることで、好きな時に呼び出せますのよ」
「転生者を、捕まえる……」
「ええ。転生者という方は気まぐれですからね。少し目を離すと、手の届かない遠くへ行ってしまわれるの。だからわたくしたちの元から飛び立たないように……」
セシリアはヤモリを見ながら愛おしげに撫で、
「スキルという羽根をもぎ取るのですわ。この子が」
《ウルトラスプリ》
ヤモリの目が赤く光った。
《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》
「無駄ですわロス様。この子の前ではロス様のスキルは発動できませんの。おとなしく寝所へ参りましょう。さすれば、この体をあなたに……」
プリンセス・セシリアがゆっくりとドレスの胸元を開きはじめた。87cm。俺は言った。
「レディー、焦ることはない。そういことにはムードが必要だ。ロマンティックな会話で盛り上げることが大切なんだ。じっくりと行こう」
「素敵ですわ。ではどのようなお話を?」
「兵士たちはどうした」
廊下でずいぶん大暴れした気がする。
王の間でセシリアは父親を刺した。大臣が静止しようとしていたし、兵が彼女を拘束しようと追ってきてもいいはずだった。
だが一向に誰も反抗期のセシリアを追ってこない。
セシリアはふっと笑った。
彼女の足元。
どういう理屈か、足の底の辺りからいばらの蔓が、床の八方へ伸びはじめた。
《セシリアはロイヤル・リストレイントのスキルを発動しています》
「これはわたくしのスキルのうちの1つ。この蔦で縛り上げてきましたわ。だってみな、わたくしの邪魔ばかりするのですもの。わたくしはもっと自由に生きたいのに」
なぜだろう、《スキルアナライザー》だけは発動できるらしい。無限の蔓がターゲットを拘束、束縛すると、頭の中に文字が躍る。自分は自由にしたいと言いながら他者は抑圧する。実にロイヤルなスキルだった。
「ロス様。わたくしはあなたを待っていたのです。この鳥籠からわたくしを自由にしてくれるお方を。さあ、わたくしをここから解き放って。そしてわたくしたちと素晴らしきハーレムを……」
「レディー、君はハーレムを勘違いしているんだ」
俺は両手をクロスさせ、廊下の窓を突き破った。
「あっロス様⁉︎ お待ちをっ!」
外へと飛び出した。気分はまるでハリウッドのアクション俳優だ。逆らうテロリストは皆殺し。法の裁きなんて手ぬるい生き方には背を向けろ。
だが実際の俺は銃もなければ、軍隊でつちかった特殊な技能もない。窓枠を飛び出し前転で受け身を取る。受け身は中学時代の体育の授業でつちかった。取り上げることのできない俺のスキルだ。
前転の勢いのまま立ち上がり走り出す。
ここは中庭だ。
辺りはすっかり夜になっていた。
噴水を回り込み、建物を離れる。
空中庭園の中庭は段になっていた。田舎の棚田のように幾つかの階層に分かれていて、走る先に下りの階段がある。俺はそれを走り下った。
たぶんそれぞれの階層で異なる意匠を凝らした造りになっているのだろう。さっきは噴水のある庭園だったが、階段の下は生垣の壁で道が造られた、奇妙な庭だった。
右へ左へ、角を曲がり俺は走り続ける。
どこへ走っているのかは正直わからない。
壁に遮られた通路に合わせて走る。幾つかの別れ道。自分の方向感覚を信じ、セシリアたちのいた建物から遠い方を選んで曲がる。
俺は自分がまずい選択をしたことに気づきはじめていた。
走る通路の幅は1.5メートルほどと狭い。
直角に曲がる角と、別れ道。
この階層、おそらく迷路だ。
こんな感じの生垣の迷路を映画で見たことがある。ライブ中に客席から投げ込まれたベクター菌まみれのコウモリの死体、その頭に噛りつくパフォーマンスをやってしまったせいで病院にかつぎこまれた、メタルバンドのヴォーカルが出演していた映画。
そのバンドの有名な曲。迷路を走りながらその特徴的なリフが頭に鳴り響く。アイ、アイ、アイ、アイ。俺はこの曲はあまり好きではない。ミラクルマンの方が好きだ。ミラクルマンはどんな出だしだったか。思い出せない。ほんのついさっきまで、俺は本当のミラクルマンだったはずなのに。
角を右に曲がった。
広い空間に出た。
生垣で囲われた円形の広場。中央に小さな休憩所。白い柱と白い屋根、壁のない小屋だ。
その小屋に何者かがいた。
夜の暗闇の中、奇怪な動きを繰り返していた。
そいつは俺に気づいたようで、声をかけてきた。
「YOYOロス! こんなところでワッツァップどうしたんだ?」
DJだった。エンシェントドラゴンの襲来の折、港で魔砲部隊を率いていた、黒人の隊長だ。
「こっちのセリフだDJ」
「俺か? 俺は、なんつーかその、散歩を……いややっぱり聞いてくれ。正直に言う。ダンスの練習をしてたんだ」
「夜中に迷路の真ん中でか」
「ほら、みんなアレだろ? みんな俺たち黒人が、生まれつきダンスが上手いと思ってやがる。でもさ、ダンスだって何だって、練習しなきゃできるようになるわけないYO! でもみんな俺のことナチュラルボーンにソウルフルなダンスのエキスパートだと思ってるし、夢壊しちゃ悪いなって思って……だからこっそり練習してたんだ。この時間帯のここなら、誰にも見られないって思ったからさ」
「そうか。邪魔して悪かった。この秘密は墓まで持っていくから練習を続けてくれ」
俺はDJのわきをすり抜け、広場の向こう側の通路へ走ろうとした。
「YOYO待ちなYOブラザー、一緒に練習しようぜ!」
「急いでるんだ、またの機会に」
「何を急いでるんだYO」
「追われてるんだ」
「フー誰に?」
「セシリア姫」
「それはホワイ? どういうことだい? 教えてくれないのかい?」
「話してる暇がないんだ」
俺は走り出そうとした。
すると、何かの羽音が聞こえてきた。2人で上を見上げると、巨大な鷲のようなものが降りてくる。
それは鷲ではなかった。
グリフォンだ。グリフォンが一頭、風で埃を巻き上げながら広場に降り立った。
グリフォンから人が降りてきた。ヘルメットを脱いで、空色の髪がこぼれ落ちる。
航空兵団部隊長、レイチェル・コシードだ。
「YO危ねえなレイチェル。何やってるんだ。庭園にグリフォンなんか着陸させたら、始末書じゃすまないぜ」
「申し訳ありません。しかし、火急の用件なのであります。上の許可はもらっています。今、大変なことがおこってまして……」
「ワサ、ワサ、ワッタヘルゴーイノン、アー?」
「それが……ロス殿。お耳を拝借……」
何だろうか。またエンシェントドラゴンでも出たのだろうか。レイチェルに近づく。
彼女は俺が近寄るまでに、月を見上げながらぶつぶつ小声で何か言っていた。そして俺が目の前まで来たのに気づいたかこちらを見ると、
「隙あり! マジカルテーザー!」
手刀を打ち込んできた。
「ロス、危ねえっ!」
間一髪、DJが突き飛ばしてくれたおかげで手刀を躱すことができた。
「ワラユドゥーイン、メーン⁉︎ 何するんだ⁉︎ 人を気絶させる魔法なんか!」
「待てDJ。様子がおかしい!」
いきり立つDJを制しレイチェルを注視する。
彼女は目を血走らせ、興奮状態にあった。
「やっとであります……! やっと出会えたであります! 転生者! セシリア姫様からうかがった時は半信半疑でありましたが、まさか本当だったなんて……!」
「YO! 何言ってんだYO!」
「レイチェル。上からの許可はもらっていると言ったな。その上というのは……」
レイチェルはふっと笑った。
「もちろんセシリア姫様であります。もしロス殿が城外へ逃げた時に備え、空中で待機せよと命じられていたでありますよ」
彼女は右手を光らせながらじりじりとこちらへ近づいてくる。
「ロス⁉︎ 転生者って……ロスがあの、転生者? 伝説の?」
「……何のことかわからないな」
「しらばっくれても無駄であります! 自分は空から見ていたであります! 窓から飛び出して、ここへ走ってきたところを。その様子を見るに、姫様に追い詰められて逃げ出してきたんでしょう!」
「姫様から逃げる? ロス、何やったんだYO?」
「DJ魔砲部隊長、どくでありますっ!」
レイチェルがチョップ攻撃を繰り出してきた。俺と彼女の間にDJが慌てて割って入り、腕を掴んで手刀を食い止める。
「や、やめろレイチェル! ロスが何したって言うんだ!」
「転生してきたであります!」
「何の問題が……」
「大問題であります! 他のドロボウ猫に取られたらどうするでありますか! 早いとことっ捕まえて姫様たちと一緒にこいつをブチ犯して、自分たちのモノにするでありまぁす!」
「ワッタファ⁉︎ うらやまし……いや何言ってるかわかんねーYO!」
「離すであります!」
レイチェルの膝がDJの股間にめり込んだ。俺は目を逸らした。
「ウーン……」
崩れ落ちるDJ。レイチェルがギラリと光る獣のような目で俺を睨む。
「なぜだレイチェル。なぜ君までが……」
「なぜ? 転生者のハーレムとなるのは全女性の夢であります。それにロス殿。貴殿はドラゴン襲来の折、自分のお尻に腰を押しつけて震わせ、自分のこと誘惑してきたではありませんか。責任取って欲しいであります」
「俺そんなことしただろうか」
「やかましいッ!」
レイチェルが唐突に叫んだ。
「自分はもう嫌なんでありますよォ〜グリフォンのクソの世話をして暮らすのはッ! 転生者のハーレムとなれば一生遊んで暮らせるであります! 力! 金! 地位! 土地ィィーッ! 全てが自分のもの! それがハーレムッ! だから自分は貴殿を捕まえて、ハーレムの一員となるであります! そうすれば自分の人生はバラ色でありまァァァーすッ!」
「レディー、君はハーレムを勘違いしているんだ」
「問答無用ッ覚悟ッ!」
レイチェルが手刀を振りかぶって襲いかかってくる。俺は何とかその手刀を、腕を押さえて止める。
DJはこの手刀を見て、人を気絶させる魔法だと言った。であればこの手刀に触れられるのはまずい。
《ザ・マッスルの》
《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》
すさまじい形相で迫るレイチェルの左肩から、ヤモリが覗く。こいつもか。
しばし揉み合う。女性と言えど軍人、なかなかの力で、一進一退の攻防。
《レイチェルはザ・マッスル・使える筋肉のスキルを発動させています》
ふと気づいた。彼女はDJの時と違い金的攻撃をしてこない。チャンスだった。
「とうっ!」
「何でありますかーっ⁉︎」
手刀の右腕を抱え込み一本背負い。中学校とは通っておくものだし、授業も真面目に受けておくものだ。我が偉大なる祖国の教育レベルの高さには感動を禁じえない。日本人でよかった。
投げ飛ばした。しかし敵もさる者、素早く受け身を取って頭部からの落下を避けた。
俺はグリフォンの方へ走った。後ろに走り込み、ケツをひっぱたく。
グリフォンは驚いて飛び去っていった。
これでいい。これから迷路を逃げるのだ。上から追われるのはまずい。
「悪いがレディー、帰りは歩きだ」
「スカしてんじゃあねーでありますぞッ! スキルとペニス以外に利用価値のないドチンポ野郎がーッ!」
《レイチェルはサスティナブル・ランのスキルを発動しています》
俺が走り出すと同時に、レイチェルもダッシュをかける。
その時だった。
「やめろレイチェル! ビークールメーン!」
彼女の足にDJがしがみついた。
「あ、離すであります」
「ロス、逃げろ! 俺にかまわず行け!」
レイチェルが転倒したのを尻目に、俺は通路へと走り込んだ。




