第335話 エッグ
黒い塔へ向かって橋を歩きながら、俺はパンジャンドラムに言った。
「無事だったんだな」
「まあね。ここに連れてこられてから、まわりは知らない女の人だらけだったけど、先に助けられたウォッちゃんとハルたちが乱入してきてね。おかげでこの世界での童貞を捨て損ねたよね」
彼は肩をすくめてそう言った。後ろではウォッチタワーがうなずいている。
俺はさらに言った。
「ちょっと見苦しいところを見せてしまったな」
正直なところ、パンジャンドラムたちがきていなければ俺たちはグスタフに負けていただろう。
特に俺などは、最後の詰めを誤り橋に大の字に寝転んでいたのだ。
「たまにはいんじゃない?」
パンジャンドラムは言った。
「結局さ、オレらはほとんどみんな、ロス君に助けてもらったことあるわけで。たまにはオレらがイイとこ見せたっていいでしょ」
左腕におさまったラリアも言った。
「まあマスターがいなければ基本的にみなさんの未来はなかったも同然です。感謝すべきです。そしてボクは基本的に役に立ってない感じがするです」
今日のラリアは自虐的だった。
「そう言うな。おまえがいなければ全員ここまでこられていないさ。俺も含めてな」
そう言っておき、塔へいこうとしたが……。
「ええ……獣人が、ですねぇ……」
アレクシスの呟きが聞こえたので俺は立ち止まって振り返った。
「何だアレクシス。獣人に文句でもあるのか」
「ちょっとロス君、絡むのやめなよ」
「私は別にそういう意味で言ったんじゃないですよ」
アレクシスは、俺の少し後ろを歩いているホッグスの方を見ていた。
「奴隷……の契約ですけど、アラモスさんは奴隷商人からラリアさんを受け取ったんですよね? アラモスさん以外は獣人と契約できない」
「それが?」
「アラモスさんのおっしゃるとおり、ラリアさんがいなければ私たちは危ないところだったわけで」
ラリアとホッグスを見比べるようにしつつ、
「どこへいってしまったんでしょうね? その商人……」
そう言った。
元々、奴隷商人カロリアンなる人物は、帝都で捜索中だった。
皇帝やアレクシスの両親に異変があったのと、パンジャンドラムたちがここブラックエッグに連れさらわれてしまったものだから、それはうっちゃってここへやってきた。
魔王が言った。
「聞けば、ラリア君の故郷では獣人が、ヴァルハライザーの操作とおぼしき動きで消されてしまったそうではないか。獣人との連携はヌルチートの対抗策になる。奴隷商人は獣人をロスに預け、魔女は獣人を消した……」
ウォッチタワーも言った。
「はなっからずっと足を引っ張りあってたってわけかい、商人と魔女は?」
歩みを止めて、考え込むことになった転生者一同。
だがナヤートが言った。
「ねえ……早くあの、エルフのお姉さんを探しにいかなきゃ」
俺がナヤートを見やると、
「あのお姉さんがいなくなるとき、グスタフさん言ってたよね? あたしたちをブラックエッグにおびき寄せたのは、あたしたちが狙いじゃない、あのお姉さんだって」
ナヤートの言うとおり、グスタフはそんなようなことを言っていた。
魔女の指示によるものだと。
ハルも言った。
「あっ、そういえばあの人、今、孤立してるんじゃ……」
ついつい忘れがちになる、あの少女の存在。
いったい魔女があのロクでもないエルフに何の用事があるのかはわからないが……。
俺はみんなにもう1度、城を探した上で見つからなかったのか尋ねた。
「どこにもおらンかったでよ」
とはスピットファイアの談。
俺は黒い塔を振り返り、
「では急ごう。残るはあそこだけだ」
足を進めた。
たしかあそこには、アップルもいたはず……。
黒い塔に足を踏み入れた。
まず狭い通路が右回りにあって、そこを慎重に進むと広い円形の部屋に出た。
特に変わったものはない。黒い床と壁のがらんどうだった。
以前ガスンバでこの塔に入ったときは、1階から入ったものだった。梯子を登ると小さな部屋があって、そこにアップルがポツンといたのだ。
だが今は塔の中ほどから侵入した。
ガスンバのときの小部屋は、感覚的におそらく、ここより下の階層だろう。
「何もないね」
パンジャンドラムが言った。
「さっき、グスタフと戦う前だが」俺は言った。「アップルがいた」
「アップルって……魔女の子供とかいう?」
「ああ。城の最上階で窓から見えたから、たぶんこの辺りの階にいそうなものだが……」
見渡してみても本当に何もない。
家具だとか、あるいは何らかの荷物だとか、そういったものは皆無だった。
「シスター・イノシャ……いえ、魔女は」アレクシスが言った。「どこへいったんでしょうね? 私たちと同じ入り口からこの中へ入っていったはずですが……」
床には下に降りるような階段もない。
しばらくキョロキョロしていたときだった。
突然、部屋の中央の天井が動いた。
丸い円盤の形に下がってくる。
狭い螺旋階段だった。螺旋階段が、無音で降りてくる。
底の部分が床に設置されたときも無音。
俺たちはそれを、しばらく無言で眺めていた。
それからマジノが呟いた。
「……上にきて欲しいらしいな」
スピットファイアが言った。
「僕が様子を見てきてやるよ」
ふい、と飛んでいったスピットファイアは、なぜか律儀に階段のとおりに螺旋状に上昇し、天井の穴に姿を消した。
戻ってくるまでそう時間はかからなかった。
スピットファイアは再び天井の穴から、逆さまに顔を出すと、
「きなよ。危険はないけど……エンシェントドラゴンの卵があるでよ」
床の俺たちは顔を見合わせた。
エンシェントドラゴンの卵といえば、転生者の何人かと共にブラックエッグに運ばれていったのだった。
魔王が先に階段へ向かった。俺たちもそれに続く。
上の階に出たとき、ドラゴンの卵はたしかにあった。
それはその階の天井に設置されていた。
というか、蜘蛛の巣というか、白い糸の密集した、繭のようなもので固められていた。
その卵の横に、寄り添うようにして、瞳を閉じている少女がいる。
「アップル……」
俺は思わずそう呟いていた。




