第334話 ごめんね
ナヤートはもう1度だけ《ギャラクシーグレイヴ》を使った。
そうやってグスタフがブチ込まれたブアクアの檻を吸い込み、テラス寄りの橋に下ろした。
磔台はウォッチタワーとゴブリンズによってテラスに立てかけられ、マジノがトンプソンを救出している。
アールフォーさんは、魔王によってテラスの方へ運ばれていく。
俺と、戻ってきたラリア、それにホッグス少佐と、アレクシス、パンジャンドラムも、そちらへいくことにした。
テラスでは、ブアクアの檻からグスタフが、ハルとナヤートによって慎重に引きずり出されているところだった。
「気絶してますね」
ハルがそう言った。
ナヤートは、グスタフの背中から、おっかなびっくりヌルチートを引き剥がしている。
ホッグス少佐はディフォルメ状態を解除して、元のスーパーモデルみたいな姿に戻っていた。彼女はナヤートに、ヌルチートを抱え上げるように言った。
それからパンジャンドラムにナイフを借りると、ヌルチートの喉を切り裂いた。
《魔王はザ・サバイバーのスキルを発動しています》
トンプソンへは魔王が虫肉を食べさせていた。
磔台での拘束のままだったが、回復したトンプソンはスキルにより自力で拘束を引き千切り、テラスへと降り立った。
「いやぁ、みなさん申し訳ない。お手数おかけして……」
「頼太さんっ!」
トンプソンが言いかけたのを遮って、彼の前にアールフォーさんが進み出た。
「ごめんなさい、ごめんなさい……私は……!」
アールフォーさんは、それ以上何かを言うことはできないでいた。そうやって泣きじゃくっていた。
トンプソンは彼女の肩に手を置いて微笑む。
「……いいんだ。謝ることなんか何もない」
「でも、でも私は……あなたを裏切りました……」
「私だってそうだよ」
トンプソンは首を横に振る。
それでもアールフォーさんは何かを言いかけたが……ハルが言った。
「父さんの裏切り具合の方がヤバかったでしょ。たしか6人ぐらいいなかった? ハーレム」
「お、おい、それは言わない約束だろ……!」
俺もついでに言った。
「しかもみんな若かった。ちょっと倫理的にどうなのかというメンバーだったな」
トンプソンは顔を赤らめた。慌てたようにアールフォーさんに顔を向けた。
アールフォーさんは、また怒りがぶり返すかと思ったが……彼女は吹き出した。
それを見て、トンプソンはしばらく頬をかいていた。アールフォーさんと、床に倒れたままのグスタフを交互に見て、
「しかしおまえ……どうするんだ?」
「どうするって……何が?」
「彼のことだ。好き合っていたんだろう? なあ、おまえはこのままここに残っても……」
彼はハルとナヤートの方へ目をやった。
ハルとナヤートは、日本へは帰らないと決めた。ふたりはあちらに居場所がないからと。
アールフォーさんもまた、ふたりと共にここに残ると言い張っていたが……。
しかし彼女は、首を横に振った。
「ここは……正しい世界じゃない。私もここにはいられません……」
「だが……」
アールフォーさんは、ゆっくりとグスタフに近づいた。
膝を折って、正座の姿勢になると、その膝にグスタフの頭を置く。
頬を両手で包み撫でていた。
ほんのしばらく、そうしていた。
そして。
《アールフォーさんは魔法を使っています。メモリーブレイカー》
グスタフの顔を包む手が光った。
その光が消えたとき、彼女は言った。
「……これで……この人は私のことを忘れました……」
グスタフを見下ろすアールフォーさんの表情は、彼女の垂れた髪に隠れ見えなかった。
しかしそれでも、グスタフの頬に、水滴がひとつ落ちたのを俺は見た。
「……ごめんね……ごめんね」
それから俺たちは、黒い塔へ向かうことになった。
魔王に、「あのエルフの女の子を見なかったか」と俺は尋ねた。
俺とアレクシスと共に、転移魔法陣の罠でどこかへ飛ばされたエルフの少女。
魔王たちが言うには、城のどこを探しても見つからなかったそうだ。そうこうしているうちに大きな音(アレクシスのスキルの砲声だ)が聞こえたので、こちらにやってきたのだと言う。
残す場所は黒い塔のみということだった。
「あとはエルフと魔女、それからヴァルハライザーか」
俺がそう呟くと、後ろでマジノが言った。
「しかしな……仮にヴァルハライザーを取り返して……それで日本に帰れるとして……このふたりはどうするんだ?」
彼はハルとナヤートを指差していた。
「この世界にはあの魔女と、ヌルチートがいる。転生者のハル君とナヤートちゃんは、残れば危険だと思うんだが」
俺たちは橋の真ん中で1度立ち止まった。
ハルとナヤートは、少し困ったような顔をしている。ハルの父親のトンプソンもだ。
ナヤートはまだしも、ハルは殺人事件の犯人だ。戻ったところで明日はない。被害者である井染一家はこの異世界でもまた死んでしまったが……。
しかし、魔王の肩にとまっているスピットファイアが言った。
「ヴァルハライザーを取り戻せばワンチャンあると思うぜよ」
「どういうことだろう?」
「そもそもこの偽物のあの世に、ヌルチートなンちゅー奇怪生物はいなかったンだ。転生者のスキルだけを封じるなンて、本来不可能よ。それを可能にしてるのは、たぶンあの魔女アマがヴァルハライザーに不正なアクセスをしたからとしか考えられン」
魔王と、アレクシスも考え込んでいる様子を見せた。
スピットファイアはさらに言った。
「ヴァルハライザーを取り返し、魔女をやっつければ、2度とヌルチートは生まれンかもしれン。そーすりゃヒョロガリとダークエルフも、この偽物のあの世で平和に暮らせるだろうさ。安心して子作りにでもなンでも励むがいいぜガハハ」
ナヤートに背後から引っぱたかれて、スピットファイアがこちらに飛んできた。
ついで指ではじいておいた。励むだなんて言ったからだ。
「しかし……」ウォッチタワーが言った。「魔女をやっつけるって、具体的にはどうするんだい? まさか殺すってわけにも……?」
誰も、何も言わない。
俺はアールフォーさんを見やった。
彼女は少し血の気が引いた白い顔でうつむいている。
テラスには、魔女に魂を盗まれたままのグスタフを寝かせてきた。魂どころか、甘い思い出まで捨てさせられたグスタフ。
俺は言った。
「会ってから考えよう。少なくとも1発は殴る」
みんなは目を丸くして俺を見ていたが、
「誰も止めるなよ」
そう言って塔へと向かった。
アップルに、ロザミアに、グスタフ。
魔女は散々俺たちを振り回し、たくさんの人々を自分のおもちゃにしてきた。
42年間、クソみたいな人生でも音を上げたことのないロス・アラモスだったが、そろそろ忍耐の限界を感じ始めていた。




