第333話 ブロウイン・イン・ザ・ウィンド
魔王はアレクシスを下ろすため橋に舞い降りた。
「ロスよ、今、食べ物を作ってやるぞ!」
聞いているのかいないのか、魔王は再び宙に舞った。スピットファイアと一緒に蜂人間と格闘を始める。
そうして何匹かの蜂を叩き殺したあと、奴らの腹(尻尾?)を引き千切る。
《魔王バルバロッサはザ・サバイバーのスキルを発動しています》
まさかあれを食わせるというのだろうか。
戻ってきた魔王に、
「しょ、少佐を先に……!」
と言い、俺は城とテラスをつなぐ通路に顔を向けた。
パンジャンドラムとハル、それにマジノがテラスへと向かっていて、下から這い上がってくる無数の蟻人間と乱闘している。
ラリアはパンジャンドラムの背中のタンクに乗っていた。
城からはそれ以外に誰かがやってくる気配はない。
ヌルチート憑きの帝都民は影も形もなかった。
あの破廉恥な謎のエルフ少女の姿もないのは少し気にかかったが、とにかくこの場には転生者が勢揃いしていた。
そして、ヌルチートはグスタフのもののみ。
魔王がすでにホッグス少佐に虫の肉を食わせていた。
もうひとつこっちに持ってきて俺の口にねじ込んできた。海老みたいな味だった。
《体力が回復!》
《状態異常から回復》
すぐさま跳ね起きた俺に魔王が言った。
「ずいぶん手こずってるな。他のヌルチートはどこだ?」
「グスタフのものだけだ。《ジオラマパーセプション》とかいう、直接視認しなくても俺たちのスキルを封じられるスキルを使ってきてな」
「うん?」
「ヌルチートの顔の前に作る監視カメラみたいなものさ」
俺はグスタフを指差した。
魔王もそちらを見て、ヤモリの眼前の、黒煙を吸っている風のジオラマを認めたようだ。
「あれで注視する転生者を瞬時に切り替えてくる。単純な目隠しは通用しない」
「なるほど。だが転生者がこれだけいるのだ、ラリアちゃんもこっちへくる」
テラスを見れば、城からの通路組から先行したパンジャンドラムとラリアがテラスへ突っ込んだところだった。
「グスタフは我輩とスピットファイアでやろう。奴は空中にいることだし。ロスは蜂を、それに隙を見てラリアちゃんを投げて……」
魔王がそこまで言った時だった。
ホッグスが橋の手すりに寄って、
「あっ! グスタフ殿が!」
指差して叫んだ。
グスタフは弓を構えていた。
狙いはトンプソン。
アールフォーさんの悲鳴があがった。
俺は床に落ちた魔法銃を拾って構えた。
俺が引き金を引いたのと、ライフルを構えたまま横向きにこちらへ走りくるパンジャンドラムが発砲したのは同時だった。
正直に打ち明ければパンジャンドラムの方が早かった。
彼の弾丸は弓から放たれる寸前の矢じりを吹っ飛ばした。俺の方は引き絞られた弦を切断。
弦を引いた体勢からバランスを崩したグスタフ。
「スピットファイア、援護したまえ!」
「よっしゃ僕が爆散したら後は頼むぞガハハハハ!」
魔王が飛んだ。スピットファイアと共に猛スピードで、飛び道具を失ったグスタフに迫った。
俺はその間ホッグスにこちらにくるように言い、彼女を投げてスキルを発動させる。周囲を取り囲む蜂人間の動きが止まった。パンジャンドラムが撃墜して落ちてきた蜂人間の尻尾をむしり取り、《ザ・サバイバー》でアレクシスに食わせる。
「げほげほ、海老……」
「アレクシス、虫を片付けるぞ」
起き上がろうとしたアレクシス。
その時、俺の(おそらく俺たち転生者全員の)頭に声が聞こえた。
《グスタフが魔法をやめました》
パンジャンドラムが首をひねったのが一瞬だけ見えた。
だがそれどころではない。俺は急いでアールフォーさんの方を見やった。
「きゃああっ!」
アールフォーさんが落下を始めていた。
グスタフが《ウィンディングロード》の魔法をやめたのだ。風の道が消失していた。
俺は後ろを振り返った。
ナヤートがいたはず。《ギャラクシーグレイヴ》のブラックホールでトンプソンを吸い込もうとしていたはず。
だが例の黒い球はなくなっていた。ナヤートは城からの通路を走ってきていた。解除してしまったのだ。
「ええい、ちぃッ!」
魔王の声。
グスタフへ突撃していた魔王は急速に方向転換し、落下するアールフォーさんへと向かった。
グスタフはといえば、《ウィンドブーツ》で空中を走る。
向かった先は磔台のトンプソン。
その手には、ナイフが光っていた。
「あの人、トンプソンさんを殺す気です!」
アレクシスが叫んだ。
俺とパンジャンドラムがライフルを構えた。
グスタフはこちらに対し正面を向いていた。奥から手前へ走って、トンプソンへ向かっている。
「クソッ、ヤモリ、頭を引っ込めやがった!」
パンジャンドラムの忌々しげな声が聞こえた。
ヌルチートはグスタフの背中に身を隠し、こちらから狙うことはできなかった。
磔台の土台部に目をやったが、そこにいるウォッチタワーは飛び道具の類いを持っていないらしく、台の支柱を抱えて動かすことでトンプソンをグスタフから遠ざけようとしている。
俺は言った。
「ラリア!」
「はいです!」
パンジャンドラムの背中からラリアが跳ねた。それをキャッチして投げる。
《ツープラトンのスキルが発動しました》
《ラリアはスピン・ザ・スカイのスキルを発動しています》
グスタフへ飛行したのはラリアだけではない。
スピットファイアもだ。妖精王はアールフォーさんを魔王に丸投げしグスタフへと突っ込んでいく。
「オラーッ、偽ンプクーッ! ねばっとンやないどーーーーーッ!!!」
スピットファイアはグスタフのはるか上を飛び越えた。
バックを取ったのだ。ラリアとの挟み討ち。
《アレクシスはウェポンミュージアムを発動しています》
グスタフとトンプソンの間に、戦闘機が出現する。
「あっ、ハリアーだ、古いなぁ……」
空中でホバリングしている戦闘機を見てパンジャンドラムが呟いた。
いずれにせよグスタフの進路は断たれた。あとはスピットファイアかラリアが奴のヌルチートを仕留めるのを待つだけ。
しかしグスタフはトンプソンへの突進をやめなかった。宙に漂うVTOL機に向かい走っていく。
《グスタフの魔力が上昇しています。オーバーロード》
何の迷いも見られない動きだった。
何も考えていない、なかばヤケクソとも取れるような動き。
「無茶な……」
アレクシスが呟いた、その時だった。
《グスタフは魔法を使っています。テンペスト》
轟音と共に風が吹き荒んだ。
奴の目の前のハリアーがバランスを崩し、ひっくり返った。まるで紙のようにくるくると回転して、どこかへ吹っ飛んでいく。
「おわーっ⁉︎」
スピットファイアもだった。見えない渦に巻き込まれたかのように、あらぬ方向へ飛ばされている。
風の魔法だ。
戦闘機を吹き飛ばすほどの魔法を、グスタフは使っていた。
ラリアはまだ頑張ってグスタフへと突っ込もうとしていたが、
「コアラっ子、やべぇーぞッ! 戻れなくなるッ!」
スピットファイアがラリアの方へ飛んでいき、背中の衣服を掴んで引き止めた。ふたりはグスタフから離れていく。
今やグスタフの進路を邪魔するものは何もなかった。
ナイフを閃かせ、トンプソンに迫るグスタフ……。
俺は魔法銃を投げ捨て、床に散らばっていたクロスボウを手に取った。
たしかグスタフが、突風の中を突き抜ける矢のスキルを使っていたはず。
矢の軌道を自在に変えられるスキルもある。それでグスタフの背後を取れるはず。
間に合うか?
グスタフはすでにトンプソンの目と鼻の先……。
「やめてぇっ!」
《アールフォーさんの魔力が上昇しています。オーバーロード》
《魔力供給獣の魔力が上昇しています。オーバーロード》
《アールフォーさんは魔法を使っています。テンペスト》
アールフォーさんが抱えていた、魔力供給獣のタンクがボコボコと膨れ上がった。同時に新たな強風が吹き荒れる。
トンプソンの方からだった。グスタフが風に煽られ、突進が止まっている。
《グスタフはアゲインストウィンドのスキルを発動しています》
1度は押し戻されていたグスタフだったが、再び前進を始めた。
突風を貫く矢のスキルを自分に使ったのだ。たしかガスンバでツェモイ騎士団長が似たようなことをやっていた。
俺が、クロスボウの引き金を引こうとしたとき。
何かが破損する派手な音が聞こえた。
テラスの方からだった。
強風によりテラスの塔が悲鳴を上げている。周囲の蜂人間や蟻人間も吹き飛ばされていた。
そのテラスの中に吊り下げられた、ブアクアの檻。
風に吹かれて軋んでいた。
教会の鐘のように揺られて天井にガツンガツンとぶつかっている。
アールフォーさんの魔力供給獣タンクが破裂。中から鮮血がほとばしったとき、檻が千切れた。
連結部が耐えられず壊れたのだ。
ブアクアの檻が飛んでいった。
トンプソンたちの方。
グスタフは今まさにトンプソンに、ナイフを突き立てようと振りかざした。
だが飛来してきたブアクアの檻、その入り口が、グスタフを飲み込んでいった。




