第331話 風の道
《ピンホールショットのスキルを発動しました》
矢の雨は防がれた。俺はすぐにライフルをグスタフの方へと向けた。
だが奴はすでにトンプソンの磔台へと到達していた。俺が照準を合わせると同時に、地面から長く伸ばした棒の上にいる、磔にされたトンプソンを盾に隠れた。
俺たちがいる橋と磔台は距離があった。この位置からは奴を叩く方法はない。
奴はまだアールフォーさんにヌルチートを向けている。
蜂も、今は彼女の風の魔法で矢を払われてしまったが、すぐに攻撃を再開するだろう。
俺はアレクシスに目をやる。
蜂人間に抱えられたあいつは、グスタフとは少し離れてテラス寄りにいる。あれもなんとかしなければならない。
アールフォーさんへと言った。
「……もし蜂が攻撃を仕掛けてきたら、風の魔法で払ってくれ。その間に蜂を俺の《ハードボイル》で倒す」
「は、はい……!」
アレクシスがどこぞへ連れていかれる前に数を減らしたい。頭上を見上げ、マイクロウェーブの体勢に入った。
「あっ!」
……と思った瞬間アールフォーさんが声をあげた。
「グ、グスタフさん、やめて!」
何のことかと思ってグスタフを見やれば、奴は下の方を見て手を振っている。
トンプソンの磔台の下だ。
俺も覗いてみたが、高く伸ばされた磔台の土台の部分に蟻人間が群がっていて、何かごちゃごちゃとやっている。
「ロスさん! この音……蟻が土台を噛じってますっ!」
たしかにガリガリと何かを噛じるような音が聞こえていた。
グスタフは上から手振りでそういうことを指示していたのだ。
「こ、このままじゃ……」
俺は土台の立っている場所に目を向けたが、それには多大な勇気を必要とした。
トンプソンの磔台……と言うより、魔女の城右側にあたる塔は、ブラックエッグ床部の端にある。
塔の底は、ある程度の敷地面積はあり、芝生などが植えられているのが見えるが、その敷地は、一辺がテニスコートぐらいの広さしかない。
その先はもう地面がないのだ。空に浮かぶブラックエッグから、はるか下の漠然とした大地がのぞいている。
「このままじゃ台が倒れて、頼太さんが落ちちゃう!」
なるほど、下が先か。
俺は手すりから身を乗り出し、拳を下に伸ばす。
蜂人間の攻撃が再開された。無数の矢が飛来する。
《アールフォーさんは魔法を使っています。ウィンドブロウ》
援護により俺は《ハードボイル》に集中できる。
撃つ……。
《グスタフはアゲインストウィンドアローのスキルを発動しています》
突然俺の目の前に矢が飛んできた。
アールフォーさんの魔法をものともせずにだ。すぐに格闘スキルを発動し打ち払ったが、グスタフの奴はどんどん飛ばしてくる。しかも奴は《カーブアロー》という矢の軌道を曲げるスキルも使い、様々な角度から俺を牽制している。《ハードボイル》どころではなかった。
「ロスさん、は、早く! 頼太さんが……!」
トンプソンの磔台は早くも傾き始めていた。
アールフォーさんは俺をせかすわりには自分の攻撃魔法で土台の蟻をどうにかしようとはしない。いや、1度にひとつしか魔法を使えないのか? いずれにせよ何かをやらなければならなかった。
だが何を?
そう思った時だった。
《グスタフは魔法を使っています。ウィンディングロード》
磔台と橋の間の空間が揺らいだように見えた。
幅は3メートルぐらいの、何かベルトコンベアというか、道のようなものが……。
「……これは⁉︎」
アールフォーさんが、そう呻いた。
次の瞬間、彼女は橋の手すりを乗り越え、
「お、おい!」
俺の制止も間に合わず空中に飛び出した。
だがなぜかアールフォーさんは落ちなかった。
橋と同じ高さの、空中に着地したのだ。
「これはエルフ族に伝わる、空間に道を作る高度な魔法です! これなら台にいける……!」
「冗談じゃない、敵が作った道だぞ! 途中で解除されたら君は……」
「その時は……」
彼女は一瞬俺を振り返った。
「……グスタフさんがそんなこと、するはずない!」
そう言うと早くも走り出した。
何であろうか。エルフ族の魔法だからアールフォーさんも使えるから大丈夫ということだろうか?
だが俺は自分の手元を見た。
まだホッグスの魔法銃を持っていた。
アールフォーさんを見た。彼女は手ぶらで突っ走っていた。
「やれやれ……」
俺も続くべく、手すりを越えて風の道に足を下ろそうと……。
『ウィンディングロードの魔法は、空中に道を作って3次元的な行動を可能にするぞ! 言っておくがこの風の道は、エルフ族と、心のキレイな者しか乗ることはできない! 選ばれし者のみが歩ける道なのだ!』
足が空を泳いだ。
嘘だろう? 俺の心が汚れていると言うのか?
『………………ぺドモス…………』
「待ってくれ、それはあくまで理論上の仮定……!」
急いで橋に戻る。
同時に矢の雨が降ってきた。
それを払うのはわけもないことだったが、だからこそ俺は、俺たちが罠にかけられたことを知った。
ヌルチートはまだアールフォーさんを見ているのだ。
つまり磔台に走っていくアールフォーさんは、まったくスキルを使えない。その状態でグスタフにおびき寄せられているのだ。
「待て、戻ってこい!」
俺は叫んだが彼女は聞いていなかった。すでに磔台の近くまでいってしまっていた。
ライフルで援護すべきだった。グスタフはもう自分では矢を射ってきていない。
だが蜂人間どもがウロチョロしていて、床に倒れたホッグスに近づこうともしていた。俺は矢を払いつつ、そういう奴らを蹴飛ばしたりもしなければならなかった。
「グスタフさん、もうやめて!」
アールフォーさんが呼びかける声が聞こえた。
「ねえ、私が悪かったわ、謝るから! だからもう、こんなことはやめて!」




